英雄の笑顔、悪者の涙

【その18:それぞれの敵】

 さて、幸太郎がテディに表意された頃。サソードに変身したヒビキはと言うと。
 変身出来たは良い物の、慣れないシステムに四苦八苦していた。
 戦い方は、何となく分かる。要は剣で相手を叩き斬れば良い。だが、この鎧の扱い方は……分からない。使用方法のマニュアルのような物を読んでもいなければ、そもそも機械のどこをどう弄れば、どうなるのかすらも分からない。
 鎧の効果なのか、高速で移動するワームを感じ取る事は出来るが、なにぶんにも視界が狭い。鎧も、いつもの響鬼としての姿に比べると重く、鎧の周囲の纏わりつくチューブや、外装等も動きを制限する要因になっている。
 とりあえず近くにいるワームを斬り伏せはするが……ヒビキは既に四苦八苦を通り越して、混乱状態だ。
「えーっと……? どうすりゃあ良いんだ?」
 その情報は、変身した時から流れてくる。多分、このシステムの使い方を自動でアナウンスしてくれているのだろうが……
 はっきり言おう。ヒビキは横文字も苦手なのである。
「プッと音? 粕とお麩? それ、美味いの?」
「れ、レバー? 焼き鳥か?」
「らいだぁすらっしゅ……? え? 何々、こいつは俺に何を求めてるの!?」
 などと、聞き間違いやら何やらでもたついてしまっている。とりあえず手の中に納まっている剣、サソードヤイバーと呼ばれていたそれを振り回し、一応相手を斬り裂いてはいるが、それもいつまで保つか分らない。
「おい、何をしている?」
 訝しげな声を上げたのは、いつの間にか後ろに立っていた天道。
 彼の姿を認識すると、ヒビキは天の助けと言わんばかりに振り向き……
「丁度良かった青年! こいつの扱い方を教えてくれないか!?」
「……何?」
 ヒビキの言葉に、天道は信じられない物でも見るかのような目で、マスクドフォームのサソードを見やる。とは言え、カブトと言う仮面越しにではあるが。
 そんな彼の視線に気付いているらしい。ヒビキは気恥ずかしいのかカリカリと仮面越しに頬をかきつつ、困った口調で自分の置かれている状況を、簡単に説明する。
「いやな、さっきから出てくる情報が皆、横文字ばっかりでさ。慣れないんだよね、こう言うの」
「……やれやれ。ここまで扱えない奴も、珍しいな」
 普段、古文書のような物ばかりを読みあさる事の多いヒビキとしては、横書きの文字は読み慣れないし、聞こえてくるカタカナ語も、意味が分からなかったりする。
 まして、専門用語ともなれば……分からないのも道理だろう。
 軽く苦笑いを浮かべた後、天道は簡単な操作説明をしてやる。今の状況から言って、そう長い時間は取れない。説明したのはキャストオフの方法、クロックアップの方法、そして必殺技であるライダースラッシュの方法の三つだけ。
 もちろん、極力カタカナ語を避けて。
 天道の説明の仕方が良かったのもあるが、ヒビキは元来、飲み込みの早い男である。簡単な説明だけで、何とか基本操作を理解したらしい。
 そして、理解してしまえば後は早い。今までの無駄な動きが嘘のように消え、マスクドフォームであるにもかかわらず、精彩に富んでいた。
「やー、ありがとな、青年! お陰で助かった」
 軽くそう言うと、ヒビキは教えられた通りにサソードゼクターの尾を倒し、その先にある尻尾……蠍のとげの部分、サソードニードルをサソードヤイバーに押し込む。そして一言。
装甲解除キャストオフ!」
『Cast Off』
『Change Scorpion』
 外装が弾け飛び、銀の鎧の下から紫色の本体が現れる。仮面の目の色は緑で、全体的に蠍のイメージの鎧だ。
 その事で体が軽くなったのか、今までよりも遥かに軽快な動きで相手を切り伏せていくヒビキ。
 そして、その後方では青い鍬形虫……ガタックことアラタが、ガタックカリバーを用いて相手をやはり斬り捨てている。
「……マスクドライダーシステムには慣れたか?」
「こんな鎧を使うの初めてだからなぁ。慣れる以前に戸惑う。いやあ、参った参った」
「笑っている場合ではありません。残っているのは、魔化魍とクロックアップする脱皮したワーム、そして親玉らしきあの『蜂』だけです」
 いつの間に来たのか、水色の蜻蛉、ドレイクことテディもまた、油断なく銃を構え、撃ちながらもヒビキの側で冷静に言い放つ。
「その声、青鬼君? へー、意外だな、銃撃が得意なんだ? 剣に変身していたから、てっきりそっちが得意なのかと思ったよ」
「私は、姿はモモタロス、体色はウラタロス、名前はキンタロスを受け継いでいます。そして、本来の私の攻撃方法は……」
 パララ、とクロックアップしようと目論むワームを牽制するように銃を放つと、テディは仮面の下で、再度不敵な笑みを浮かべ……
「リュウタロスの銃撃を受け継いでいます。それと、私は青鬼ではなく、テディです」
「何だか良く分からんが、銃撃が得意って事は分かった」
 そうこう言っているうちに、テディの牽制から逃れた数体のワームが、クロックアップしてこちらに攻撃を仕掛けてくる。
 それでもシステムの補助機能なのか、クロックアップした相手の動きが、僅かだが感知できる。ただ、動きがついていかないだけで。
――動きがついて行かないなら、こちらも動けるようになれば良い――
「ちぃっ! クロックアップ!」
「行くぞ幸太郎。クロックアップ」
「えーっと、加速装置クロックアップ!」
『Clock Up』
 咄嗟に判断し、三者三様の反応を見せつつも、それぞれ高速の敵に対応すべくクロックアップシステムを作動させる。
 ……若干一名、どうにも頂けない和訳をしていたようではあるが。
「でぇやああっ!」
 アラタは、ひたすら相手……ザビーに向かって斬りかかっていた。だが、相手はそれを最小限の動きでかわし、逆にアラタに向かってその拳を叩き込む。
「ぐっ!? が、はっ!」
 鳩尾に強烈な一撃を加えられ、思わず噎せるが……それでも、アラタは攻撃の手を緩めなかった。
「何故まだ戦う、アラタ?」
「弟切さんの……いや、ソウジさんの声で何を言うかと思えば……!」
 余裕気なザビー……この世界のカブトであるソウジに擬態している、ワームの問いに、アラタは怒鳴るように言葉を返す。
「お前達ワームが人間を襲うから、俺達は戦ってるんだ!」
「そんな理由か?」
「俺にとっては、これ以上ない大事な理由だ!」
 どこか馬鹿にしたようなザビーに対して怒りを覚えたのか、アラタの攻撃が更に苛烈さを増していく。しかし、同時にその攻撃は、大振りになり……冷静さを欠いていると、一目で分かるものであった。
 体力配分も何も考えていない。ただ早く、大振りなだけの攻撃。
 大振りであるが故に、その攻撃の軌道は読みやすく、ザビーはひょいひょいとその攻撃をかわしていく。そして……アラタの攻撃の手が緩んだ時に生まれる、一瞬の静寂に滑り込ませるように。彼は言葉を紡いでいく。
「ならば、俺達が人間を襲わなければ、お前は戦わないのか?」
「……え?」
「人間を襲わず、ただ誰かに擬態するだけ。擬態した相手を殺すでもなく、共存する。そうすればお前は、俺達と戦う事をやめるか?」
 唐突に放たれたその言葉に、今度こそ、アラタの動きが止まる。
 その隙を、ザビーは逃さなかった。一気に間合いを詰め、相手の横面を殴り飛ばすと、ゼクターニードル上部のフルスロットルを押し……
「ライダースティング」
『Rider Sting』
 ザビーの必殺技が、起き上がろうとしているアラタの体を捉えかけた瞬間。
 しかしその蜂の一刺しは……カブトの、カブトクナイガンによって阻まれた。
「甘いな。ガタックはどの世界でも、甘いらしい」
「カブト……ソウジ、さん?」
「お祖母ちゃんは言っていた。甘さは料理には重要だが、甘すぎるとまずくなるってな。人間も同じだ」
「貴様は……この世界のカブトではないな!?」
 ザビーの苛立つような声に、カブト……天道は、仮面の下で不敵に笑った。

「ダニ、と言った所か」
 クロックアップしたテディの前に立っていたのは、琥珀色のダニと思しき者……アキャリナワームと呼ばれる存在であった。
 今まで倒してきた存在とは、段違いの実力を持つとすぐに分かる程、アキャリナから感じるプレッシャーは大きい。
 ……もっとも、かつて戦った死郎と言う名の男に比べれば、大した事はないのだが。
『ドレイク。あなたはここで、風と共に散ると良い。そう、その短い人生は儚くも美しい……美しい……』
「シャボン玉、ですか?」
『そうそう、それそれ』
 アキャリナの横に浮かぶ、幻影の男がそう言って笑う。だが、その笑みに爽やかさはない。自身が擬態された時もそうだったが、ワームの浮かべる笑みは、ひどく残忍な印象を抱かせる。
『では、私があなたに、死と追憶のメイクアップを』
「お断りします。あなたのメイクは、濃い物になりそうですので」
――そもそも俺達は、死んでやるつもりもないしな――
 襲い掛かってくるアキャリナに向かってテディはそう言葉を返すと、容赦なく相手に向け、その無尽蔵な銃弾を放つ。
 しかし相手は、それの銃弾のほぼ全てを、全身の棘を飛ばす事で相殺すると、一息に距離を詰め、今度はお返しと言わんばかりに右手の大鉤をテディに向けて振り下ろす。
「おっと。危ないですよ、そんなものを振り回しては」
『私は風。自由気侭に飛び回る者ですから』
 テディの方も、言いながらその攻撃を軽やかにかわし、再び何発かの銃弾を相手の右肩に食らわせ、銃撃の反動を利用して相手との距離を保つ。
 しかし相手にこれといったダメージは見受けられない。銃弾を受けた場所に多少の焦げは残っているが、その程度だ。
――ダニの癖に、随分と外殻が固いんだな――
「そのようだ。だが、それならそれで対処のしようはある」
 低く唸ってこちらに再度鉤爪を振り上げるアキャリナの姿を見ながら、テディはゆっくりと狙いを定めると、無数の銃弾をその両肩めがけて撃ち放つ。
 その銃弾の殆どは、アキャリナの放つ棘に相殺され、棘を回避した内の何発かは外殻に阻まれてダメージにつながらない。しかし、残りのほんの数発。それが相手に着弾した瞬間。
『がっ!?』
 自らの外殻の硬さを過信していたのか。先と同じように肩に受けただけだと言うのに、今度は低く呻いて、自らテディとの距離を大きくあける。
『あなた……何を!?』
「あなたは、自らの力を過信しすぎです。どんなに硬い外殻でも関節には隙間があります」
『まさか、それを狙っていたと!?』
「はい。狙いました」
 ぺこりと頭を下げ、再びテディは正確な狙いでアキャリナの両股関節にある外殻の隙間を狙い、撃ち抜く。それを相殺する暇もなく、アキャリナは股関節を撃ち抜かれ、悶絶する。そしてテディのその攻撃と同時に、どこからか飛んできた光りの矢が、アキャリナの肩関節を貫いた。
『あ、あがああぁぁっ!』
「今の矢は、確か……」
 矢の飛んできた方向を見やると、緑色の戦士に変身していたユウスケが、丁度手に持っていたボウガンをもう一度構えなおし、こちらに向かってサムズアップを送っている所だった。
「後で、ユウスケさんにお礼を言わなければならないな」
――ああ。それじゃテディ、そろそろ決めてやれ――
「ああ、勿論だ」
 幸太郎の声に従うように頷くと、彼はドレイクゼクターのヒッチスロットルを引き……
「ライダーシューティング」
『Rider Shooting』
 電子音が鳴り響き、光弾がアキャリナに向かって放たれ……彼は防御できぬまま、その胸にある僅かな隙間を、テディの放った光弾と、ユウスケの放った矢に撃ち貫かれる。
『私はただ……風になりたかった……だけ……』
 幻影の男が、心底悔しげに言いながら。アキャリナワームはドンと言う派手な音と共に散る。
「……どうやら、風にとなって散るのはそちらだったようですね」
『Clock Over』
 元の時間に回帰して、辺りに響く爆発の反響を聞きながら、テディは再び直角近く深い一礼をした。

「おおっと!?」
 クロックアップ中のヒビキの前に現れたのは、驚くべき事に二体のテングであった。
「えーっと……これってテングに擬態してるって思えば良いのか?」
 困ったように呟きながらも、とりあえず相手の体をサソードヤイバーで横薙ぎに薙ぐ。が、斬られた側はすぐにその傷を再生させ、カァと鴉に似た鳴き声を上げると、その手に持つ錫杖らしき武器を、ヒビキに向かって突き立てにかかってくる。
 それをサソードヤイバーで軽くいなすと、体勢を崩した烏に似た個体の背を蹴り飛ばし、もう一体を再びサソードヤイバーで薙ぎ払ってから、ヒビキは相手との距離をとって困ったように呟く。
「あっちゃー、魔化魍が高速移動か……弱ったなぁ、この格好じゃ倒せないし、かと言ってこの格好じゃないと高速移動に対処できないし……」
 困りながらもテング達の攻撃を喰らわぬようにかわし、ヒビキはどうするべきかを考える。
 夏の魔化魍は、太鼓でしか倒せない。言い換えれば、音撃棒を使えば倒せると言う事なのだが……いかんせん、この状況。クロックアップする魔化魍を、鬼の姿で倒せるかと問われれば……否だ。
 そう考えていた、その刹那の間。僅かにヒビキに隙が生まれたらしい。気がつけば、テングの杖がヒビキの眼前に迫っており……
「しまっ……」
 かわせない。次に来るであろう衝撃を覚悟しながらも、できる限り距離をとろうと後ろへ飛んだ瞬間。
 ガキン、と金属のぶつかり合う音が響いた。
「……へ?」
 来ると思っていた衝撃も来ない。
 間の抜けた声を出すヒビキが見たのは、赤に変身している翔一が、その手に持っている二振りの剣でテングの杖をそれぞれ受け止めている姿だった。
 右に持つのは、先程も見たフレイムセイバー。そして左に持つのは……この世界に来る前、翔一がファミリアーリスに託された剣。
「ナイスだ、青年!」
 ヒビキの無事を確認するや否や、翔一は黙ってその剣で相手の杖を弾くと、ゆっくりとした動作でヒビキの横に立つ。
 ……感覚だけはこの高速の世界についてきているようだが、体がそれに伴いきれていないらしい。
 そう理解すると同時に、ヒビキは軽く頭を振って考える。この状況を打破する為の手段を。
 音撃でなければ魔化魍は倒せない。クロックアップに対応するには、今の姿でなければならない。つまり、自分がどうにかして「二つの力を同時に使う」しか、目の前のテングを倒す算段がない事になる。
――二つの力を同時に使う?――
 自分が思い至ったその考えに、思わずちらりと翔一の手元を見る。
 アギトの剣と、アンノウンの剣。今の彼は、まさに「二つの力を同時に使っている」状態。
「……成程、その手があったか」
 言いつつ、ヒビキは普段「鬼」として戦う時の感覚を思い出しながら、己の背に手を当てる。
 ……いつも、術で小さくしている音撃棒、烈火を、取り出す時のように。
 その刹那、自身の左手に目的の物が当たる。鎧の外に出てきてくれたのは幸運と言うべきか。
 ヒビキは楽しそうに仮面の下で笑い、手に取ったそれをくるりと回すと……右手にサソードヤイバー、左手に烈火を持って、構える。
「それじゃ、一丁『併せ技』やってみようか! 音撃打、紫蠍一刺しかついっしの型!」
『Rider Slash』
「はあああああ……でやあっ!」
 サソードの力によるライダースラッシュでテング達の腹部をまとめて貫き、響鬼の力による烈火で、弱った相手に音撃を叩き込む。
 ……鬼であるヒビキだからこそ出来る技が炸裂し、テング達は断末魔の悲鳴と共に自然へと還って行ったのであった。
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