英雄の笑顔、悪者の涙

【その17:Let’s go, Strike Action】

 ヒビキの足元に紫色の蠍が、幸太郎の肩に水色の蜻蛉が止まり、まるで彼らの命令を待つかのようにじっと二人を見つめる。
 とは言え、懐かれた方はその奇妙な機械に対して戸惑いの色を隠せない。
 どことなく、天道が変身する時にやってくる赤い甲虫にも似ているような気がするが、蜻蛉の方は明らかにそれより大型だし、蠍にしたって天道のようにベルトに着ける大きさではない。
「おぉい、青年達。こいつら一体何なのか、知らない?」
 いつの間にかヒビキの肩にまで這い上がってきた蠍を指差しながら、ヒビキは困ったように顔を顰めて天道とアラタに向けて問う。
 幸太郎も聞きたかったのか、答えを求めるような視線を彼に送った。
「それは……サソードゼクターとドレイクゼクターだ」
「サソード? って言うと、さっき青年達の話の中に出てきたな」
「それじゃ、こいつを使って変身すれば、ワームと対等に戦えるって訳?」
 不思議そうなヒビキとは対照的に、幸太郎はどこかうきうきとしたような声で言った。
 先程までの落ち込み具合が、嘘のようだ。
「そうなるな。どうやらお前達は、そいつらに選ばれたらしい」
「でも、こんな大きいの……どうやってベルトに着けるんです?」
 ヒビキ達に懐くそのメカ昆虫を、つんつんと突きながら、翔一は天道に、当然の疑問をぶつけた。
 先にも述べたが、とにかく……大きい。
 天道のように腰に装着したら、随分と動きが制限されそうだ。特にキックは難しい印象を受ける。
「そいつらはベルトで変身しない。ドレイクグリップとサソードヤイバーと言う、それぞれに対応するツールを用いて変身する」
「……え? ベルトじゃないんですか?」
「ああ。ザビーもベルトじゃなかっただろ? 武器と一体化させる事で、機能向上が図れるかって観点から作られたゼクターだ」
 天道の言葉を受け、半ば驚いたように言ったユウスケに、今度はアラタが答えを返す。
「ただ……ドレイクグリップもサソードヤイバーも、どこにあるのか不明だ」
「何だって?」
「……以前ここで起こった戦いの際、二つの行方が分らなくなった。……この建物の中にある事は分っているが、ワームや妖怪……魔化魍と言うんだったか? あいつらの妨害にあって、探索が中断されているのが現状だ」
「宝の持ち腐れって事かよ……」
 はぁ、と溜息を吐き出しながら、幸太郎は肩に止まる蜻蛉を見やる。
 視界に映るこの機械は「鍵」だ。しかし鍵は単体では機能しない。その鍵に合う「錠」があって、初めて意味を成す。この場合、変身に用いる為のツール……ドレイクグリップが「錠」だ。
 ドレイクに変身できなければ、高速移動など当然出来ない。
「まあ、そうしょげるな少年。こいつが来たって事は、何らかの意味があるって事だろ。一期一会は大事にしないとな」
 ポン、と幸太郎の頭に手を置き、ヒビキがからからと笑う。
 彼もまた紫の蠍に懐かれ、戸惑いを覚えてはいるのだが……戸惑っていても仕方がないと判断しているのだろう、いつも通り魔化魍を探し、そして倒す事を心に決めているようだ。
 それが伝わり……今度は呆れたような溜息を吐き出すと、幸太郎はヒビキの手をゆっくりと外し、「いつもの表情」でその顔を見上げ、言葉を返す。
「……その格好で良い事言われてもな。笑えるだけだぞ?」
「……少年、何気に酷いな」
 そんな会話を交わしながらも、緊張は解かず。一行はアラタが先導する中、ようやくこの廃墟の最奥……瓦礫だらけの広い部屋へと辿り着いた。
 テングが逃げた方向もこの辺り。恐らく、隠れているとしたらこの辺りだろうが……この場所には、何だか妙な空気が充満しており、気配が乱反射しているような感覚が、翔一には感じ取れていた。
 ……確実に何かいるのだが、正確な場所がつかめない、と言った所か。
 翔一がそんな事を考えているとは露知らず、アラタが部屋の中央に聳え立つ巨大な機械を軽く撫でる。
 既に壊れているらしく、大きな穴が中央に空いており、そこから色取り取りの配線が覗いている。時折チリチリと火花が散っている所を見ると、未だ通電はしているらしい。
「これは、クロックダウンシステムと呼ばれる物。……簡単に言えば、クロックアップシステムを無効化させる装置だ」
「しかし……これ、壊れていますね?」
「まあ、色々あってな。今後修繕するかも未定だ」
 テディの指摘に、アラタは特に気にした様子も……そして、説明する気もないらしく、曖昧に言葉を濁し、更に続ける。
「妖怪……魔化魍って言うんだったな。あの連中は、俺達をこの場所……正確にはこの更に奥にある制御室に近付けまいとしているように見える。しかもワームと結託してまでな」
「……成程。チェス盤をひっくり返せば、彼らは奥に、『守らなければならない物』を隠していると言う事になるな」
 パキンと指を鳴らして言ったテディの言葉に、全員が同意するように頷く。
 一斉に外へ出て行く訳ではなく、この建物に入って来た者を排除しようとするだけ。
 それを考えると、相手にはここを離れられない理由があると考えるのが妥当だ。それは恐らく……彼の言う通り、何か守らねばならない物があるのでは、と疑うのはごく自然な事だろう。
 そんな時……ふと、天道が思い出したように口を開いた。
「ああ、そう言えば。お前に聞き忘れていた事がある」
「……何だ?」
「あそこにいるザビーは、何者だ?」
 そう言った彼の指の先には、黄色と黒を基調とした仮面ライダー。面の目の色は黒く、どこか蜂を思わせるスマートなフォルムが印象的。
 ……ザビー。見た目通り、蜂……「The Bee」であり、相手に痛烈な一刺しを与えるライダー。
 しかし以前の資格者は人に擬態したワームであり、その存在も「この世界のカブト」と「ユウスケの友人」によって倒されたはず。
 では、目の前にいるのは新しい資格者なのだろうか。
 そんな風に、ユウスケが思った瞬間。アラタはさっと身構えると、他の面々を守るように前に躍り出る。
「あれは、この辺りにいるワームと魔化魍を統べる者。……弟切さんと同じように、ソウジさんに擬態した、もう一人のワーム」
 早口にそう告げると、アラタは彼の変身用ツールであるガタックゼクターを召喚、すぐにそれを腰に装着して……
「変身!」
『Henshin』
『Change Stag Beetle』
 青い鍬形虫を連想させる戦士、ガタック・ライダーフォームに変身するや否や、問答無用と言わんばかりにザビーに向かってその拳を繰り出す。
 だが、その拳を受け止めたのはザビーではなく、間に入った魔化魍テング。それも先程見かけたような、烏天狗に近い姿の者ではなく、鼻の長い、よく絵巻などに描かれているタイプの天狗だ。
「まずいな、テングだけでも二種類以上いるのか……!」
 慌ててテングとの距離を取り、飛び退るようにしてこちらに戻ってきたガタックに、軽く視線を送りながら、ヒビキは心底困ったように呟きを落とす。
 その刹那、更に奥から……わらわらと、無数のワームがその姿を現す。その殆どがサナギ態だが、中にはやはり脱皮した者もいる。
 認識したと同時にその姿がぶれ、更にその次の瞬間には幸太郎とヒビキの体は吹き飛んでいた。
「がっ!?」
「うわっ!」
 二人の体が瓦礫の山に突っ込み、その衝撃で溜まっていた埃が濛々と舞う。
「幸太郎、ヒビキさん、大丈夫ですか!?」
「これぐらい、どうって事ない」
「鍛えてますから。それより青年、あっちの青い彼の援護頼む」
「……分りました!」
 声をかけるユウスケに、二人は短く返しつつ、口の端から流れ落ちる血を拭う。
 瓦礫に突っ込んだ際に、口の中を切ったらしい。独特の嫌な味を感じながらも、大きな怪我がない事を自身で確認し、立ち上がろうと体に力を入れた瞬間。
 二人の手に、瓦礫とは違う硬い物が当たった。
 幸太郎の手に当たった「それ」は、どことなく銃のトリガー部分のような印象がある。どうやって使う物なのかは分からないが……どことなく、天道のベルトと同じような素材で出来ている。それに、グリップの上部を見ると、ここに蜻蛉……ドレイクゼクターとやらが止まるだけのスペースがある。
――ひょっとして、これ……!――
 慌ててそれを拾い上げると、幸太郎は自分の側を心配そうに飛ぶ蜻蛉と、手の中に収まるそれを交互に見つめ……小さく笑った。
 一方のヒビキもまた、その手に触れた何かを自身の側に引き寄せる。それは、あからさまに剣。あたった部分は柄だったらしい。装甲声刃よりも少し刀の幅は細いが、切れ味は良いらしく触れる瓦礫をスパスパと切っていく。
――……触ったのが柄の部分で良かったな――
 などと心の内で安堵しながらも、ヒビキはそれをじっと見つめる。色が蠍と似ている事や、そのデザインから鑑みるに、どうやら柄の部分にこの蠍がつく事で変身できるらしい。
 猛士ではあまりお目にかからないような、ハイテクの塊であるその剣を様々な角度から眺めるが……正直、使用方法は分からない。何しろヒビキは、機械に関して物凄く疎い。機械音痴と言っても過言ではない程に。
 それでも変身方法程度は理解出来る。即座に立ち上がると、自分と同じように「何か」を手にしている幸太郎に視線を向け……
「……こうなったら、俺達もやってみますかねえ、少年!」
「少年って呼ぶな」
『変身!』
 ヒビキと幸太郎の声が重なる。直後、その声に反応するように、彼らの肩に止まっていた機械達は、自分が納まるべき場所に収まり……
『Henshin』
 電子音と共に、二人の体を銀色の鎧が包んでいく。
 幸太郎はどことなくヤゴを連想させる姿に、ヒビキは昆虫のサナギを連想させる姿になり、それぞれの武器を構えた。
「これ多分、銃……だよな」
 蜻蛉……ドレイクゼクターが止まった状態の武器を見て言いながら、幸太郎は流れ込んでくる情報を整理して、ワームに向かってパラパラとその銃弾を放つ。
 当てるつもりで撃ったその銃弾は、僅かに狙いから反れ、牽制のような形で敵の足元に着弾してしまう。
「くっそ……やっぱ俺にこう言う武器は慣れないって。じいちゃんのイマジンならともかく……」
 祖父と契約している、紫色の物騒なイマジンの姿を思い浮かべながらも、幸太郎は苦々しそうにそう呟く。
 普段はマチェーテディやデンガッシャーを用いた剣術メインの戦い方をする分、ドレイクのような銃撃戦は不慣れなのだ。
 そんな幸太郎の様子に気付いたのか、いつの間にか彼の背後を守っていたテディが、何かを思い立ったように囁きかけた。
「幸太郎、ここは俺に任せてくれないか?」
「テディ……?」
 テディの放った「任せろ」の一言に、一瞬だけ幸太郎は仮面の下で不思議そうに眉を顰めたが……すぐにその理由に思い至ったのか、大きく一つ頷く。
「わかった。……今回は任せたぞ、テディ」
「Yes, My lord」
 恭しく一礼すると、テディはその身をエネルギー態に変え、幸太郎に「憑依」した。
 滅多に人に憑依する事がないのだが、テディもまたイマジン。普段は必要がないから憑依しないだけで、やろうと思えば出来るのだ。
「え?」
「合体した!?」
「合体ではなく、憑依です」
 近くで魔化魍を殴りつけていた翔一とユウスケの驚きの声に反応するように、ドレイクこと幸太郎・テディ憑依態……面倒なので普通にテディと呼称……は、いつもの彼の口調でそう返しながら、再び銃口をワームに向け、連射。
 今度は見事に全弾命中させ、サナギ態のワームを何体か葬る。
「それでは、行きますよ?」
 完全に使い方をマスターしたらしい。テディは仮面の下で不敵に笑うと、再び銃口をワームに向け、次々に撃ち抜いていく。
「それでは、そろそろ本気で行きましょう。……キャスト・オフ」
『Cast Off』
『Change Dragonfly』
 尾に当たる部分のスロットルを引き出し、トリガーを引くと同時に、電子音が響き渡り、その外装が弾け飛び、テディはその姿をドレイク・ライダーフォームへと変えた。
「それでは、ここからが本番です」
 直角近い角度で一度、相手に向かってお辞儀をすると、真っ直ぐに姿勢を伸ばし、彼は襲い来るワームと対峙したのであった。
17/30ページ
スキ