英雄の笑顔、悪者の涙

【その16:戦う相手はワームと魔化魍】

「それが、小野寺さんの変身ですか?」
 異様な空気が周囲を包んでいる。互いに隙を探し、硬直状態に陥っているかのような、そんな空気が。
 そんな中で、翔一は興味深げにユウスケに問いかけた。
 他の面々の変身は見ていたし、今はいない白刀がユウスケを連れ回した事、そして今までの彼の反応、そして最初に彼に感じた感覚から、変身できるのではないかとは予測はしていた。
 だが……ユウスケの変身した姿が、どこか自分、アギトに似ているような印象を受ける事もあってか、その声にはやや驚きの色が含まれている。
 そんな翔一の言葉に、ユウスケは面の下で軽く苦笑しつつ、首を縦に振り……言葉を放つ。
「俺は……クウガです。それはきっと変わらない。これまでも、この先も。皆の笑顔を守る。俺はその為に戦います」
――もう一人のクウガである、五代さんと同じように――
 心の内でのみそう呟くと、ユウスケはぐっと親指を立てる。それは多分、彼の決意の表れなのだろう。
 言葉だけでなく、行動によって皆の笑顔を守ると言う宣言のつもりなのかも知れない。
 その一方で、唯一この世界の住人であるアラタは、ガタックと言う仮面の下で驚きの表情を浮かべる。
 ディケイドと言う前例がある為、「マスクドライダーシステムとは異なる仮面ライダー」……今で言えば、クウガ、アギト、響鬼、電王の四人の存在は理解出来る。……青鬼のような格好だったテディが、電王の剣になっているのは流石に驚くが、お陰で彼が敵ではないらしい事は分った。
 ……問題は、除外した一人。天道が変身した「カブト」だ。アラタにとってカブトとは、クロックアップシステムの暴走により取り残された「ソウジ」の事であり、天道ではない。
「ソウジさんとは異なるカブト……?」
「ほう? この世界のカブトも、『そうじ』と言う名か」
「何?」
「お祖母ちゃんが言っていた。天の道を往き、総てを司る男。俺の名は、天道総司だ」
 言いながら、天道は近寄るワームをカブトクナイガンで撃ち抜く。アラタもまた、これ以上は彼の集中を欠くと判断したのか、それ以上は何も言わず、目の前の敵を切り裂く事に専念する。
「仲間が増えたのは心強いが、相手は夏の魔化魍か。……分かっちゃいたが、ちょっと厳しいなぁ」
 心底困ったように、だが油断なく音撃棒、烈火を構え、ヒビキは小さくそう呟く。
「魔化魍の中には、人間サイズの者もいるんですね」
「ああ。主に夏に現れる奴が、人間と同じ位の大きさだな」
 テディの、どこかほっとしたような声とは対照的に、ヒビキは緊迫した声で返す。
 そのヒビキの声に、幸太郎はかすかな違和感を覚えた。
 人間サイズの相手ならば、少し前に遭遇した、七メートル大の魔化魍を相手にするより、余程楽だと思うのだが、ヒビキから感じ取れる緊張は、それらを前にした時よりも遥かに上回っている。
「何か、気になる事でもあるんですか?」
 アギトと化した翔一も、この異様な空気を感じ取っているらしく、いつでも対処できるよう身構えながら、不思議そうにヒビキに問う。
「いやなぁ、夏の魔化魍は普段の魔化魍と違って、厄介な能力を持っている奴が多いんだよ」
「厄介?」
「分裂とかな」
 訝るユウスケに、あっさりとヒビキが言ったと同時に、バケネコがその姿に似合った鳴き声を上げながら、その鋭い爪をヒビキに向かって振り下ろす。
 それが合図になったかのように、敵味方入り乱れての戦闘が開始された。
「おーい青年達に少年! 魔化魍は音撃じゃないと倒せないから、弱体化だけよろしく!」
「そこはでかいのと同じか」
「しかも、太鼓でないと倒せない。だから厄介なんだ」
 言いつつ、ヒビキは二体に分裂したバケネコに向かって、軽やかな動作で音撃を叩き込み、その二体を自然へと返す。
「お祖母ちゃんが言っていた。祭の中心は太鼓。太鼓がない祭は、既に祭じゃないってな」
 ヒビキの背を守るようにしながら、天道もまた、襲い来るワームを切り伏せながら、連携して襲ってくる緑色の魔化魍、カッパも同時に軽くいなす。
「あー、それからなあ、青年。カッパの吐き出す液は、固まる時に声が変わるガスが出るから気をつけろ~」
「ヘリウムかよ!」
「案外、アルゴンかもしれないぞ、幸太郎」
「この際、高くなろうが低くなろうがどっちでも良い!」
 襲い掛かるワームを斬り伏せながら、幸太郎とテディは軽口を叩きあう。
 今のところ、ワーム達はクロックアップしてこないが、何しろ相手は脱皮後の形態。いつクロックアップしても、おかしくはない。
 そうなれば、魔化魍に止めを刺す事も、クロックアップについていく術もない自分は、足手纏いになってしまうのではないか……
 そう思った瞬間、まるで幸太郎の考えを読み取ったかのように、周囲を囲んでいたワーム達が、一斉にクロックアップし、五人のライダーを翻弄し始める。
 それに乗じて、魔化魍達も彼らに向かって容赦ない攻撃を繰り出しており、彼らは攻撃をかわすのに手一杯の状態となってしまう。
「ワームは俺が何とかする。お前達は魔化魍とやらを止めろ」
「俺も行く。クロックアップ」
 言うが早いか、天道とアラタは自分の腰を軽く叩き……
『Clock Up』
 二種の電子音と共に、彼らの姿もぶれて消える。
 高速の世界に入ったのだと、分かるのではあるが……それでも、自分達に襲い掛かる、目に見えない敵の攻撃は緩む様子がない。
「やっぱり、天道さんとアラタさんだけじゃ手に負えない、みたいですね……」
 悔しげに呟く翔一の脳裏に、唐突に白刀の呟きが思い出される。
――アギトの場合は『超絶感覚の赤』、あるいは『三位一体の戦士』で対応できなくはないだろうな――
 「襲ってくる相手に関しては」と条件付きではあったが、今はその条件に当てはまる。
 やってみる価値があると判断したのか、翔一は金を基調としたグランドフォームから、赤を基調としたフレイムフォームへと姿を変えると、強化された右腕に持つフレイムセイバーと呼ばれる剣を振るって相手を叩き斬る。
 研ぎ澄まされた感覚で、何とかワームの位置は把握できる。動きに付いていくのは少々難しいところではあるが、襲ってくる相手の動線上に剣を持っていけば、攻撃するのは容易い。
「フォームチェンジか。それなら、俺も士がやった方法で!」
 翔一の行動を見て、ユウスケもまた、かつて友人が取っていた「クロックアップに対抗する方法」を思い出したらしい。
 きょろきょろと周囲を見回し、誰か……恐らく以前ワーム達に襲われたゼクトルーパーが落としたらしい拳銃を見つけ、拾いあげる。それと同時に赤を基調としたマイティフォームから、緑を基調としたペガサスフォームへと姿を変える。
 姿が変わると同時に持っていた銃は原子、分子レベルで分解、再構築し、専用武器であるペガサスボウガンへと変化させ、彼の感覚が捉えたワームを撃ち抜いていく。
 そんな二人の働きも手伝って、瞬く間にワームの数は激減。襲ってくるのはバケネコやカッパ、カシャを始めとする魔化魍達だけになる。
 その魔化魍も、幸太郎が切り伏せて弱体化させ、ヒビキが烈火で止めを刺すという図式が出来上がっており、魔化魍が分裂するよりも倒されていく数の方が上回っていた。
「これで……」
「最後……っとぉっ!」
 最後のワームと、最後のバケネコが倒されたのはほぼ同時。
 ワームの爆発する音と、ヒビキの放った清めの音が重なり、どぉんと言う大きな音が狭い建物の中で鳴り響く。
 それが合図になったのか、全員が自身の変身を解いて周囲を見回す。
 どうやら、今ので終わりではないようだ。少なくとも、最初に幸太郎が見たはずのテングの姿が見当たらない。ヒビキが倒した訳でもない。
「……テングには逃げられたな」
 顔だけ変身を解き、建物の更に奥を睨みつけるようにしながら、ヒビキは真剣な口調で言い放つ。
 他の魔化魍もそうだが、基本的に魔化魍達は人間を主食として生きている。放っておけば、外で魔化魍に怯えるゼクトルーパーの皆が、殺されてしまう可能性もあるのだ。
「それなら、奥に逃げていくのを見た。追えれば良かったんだが……」
「いや、逆に深追いしないで正解だ青年」
 ぜいぜいと肩で息をしつつ、奥を指差しながら言うアラタに、ヒビキが軽くその肩を叩きながら言葉を返す。
 魔化魍を倒す術を持たぬ者が深追いしても犠牲になるだけだ。倒せなかったのは残念だが、居場所が分るだけ良しとすべきだ。それに、外に出ていないなら、まだ行動のしようがある。
「ヒビキさん、どうぞ。着替えです」
「あー、悪いな青鬼君」
「テディです」
 テディが差し出した「七」と番号が振られた袋を掴むと、物陰に隠れ……直後、ヒビキの悲鳴にも似た奇妙な声が上がった……

「……勘弁してくれ……」
 着替えが終わったのか、真っ赤な顔でそう言いながら、物陰から恥ずかしげに出てきたヒビキの格好に。
 他の面々は、様々な反応を返した。
 ポカンと口を開けているユウスケとアラタに、大笑いしている幸太郎とそれを窘めながらも、肩を震わせるテディ。そして、いつも通りにこやかな笑顔で何を考えているのか分からない翔一に、驚いたように目を見開いた天道。
「王子だ」
「ああ……王子だな」
 くっくと、目に涙すら浮かべて笑いながら言う幸太郎に、これまたテディも震えた声で返す。
 彼らの言う通り、ヒビキの今の格好は「王子」。
 首元にはフリルが付いており、基本色は白。スーツに見えなくもないのだが、馬上服のようにも見える。よくよく見れば、下に来ているシャツのボタン周りにもフリルが付いており、やはり「王子」と言う印象が否めない。
「その格好は……」
 思わず、天道の口からそんな声が漏れる。
 服だけ見れば、同じなのだ。……全てのワームを倒すと公言した、あの男と。
「白刀さんの趣味なんだろうけど……袋の中にさ、『紫の蠍』ってタイトルのふってあるカードがあってさ。『横にアメリカンミニチュアホースでもいたら完璧なのだが』って言うコメントが付いてたんだけど……」
 用意した主の、何らかのこだわりの言葉なのか。しかしその姿の本来の主を知る天道としては、言葉に困る。少なくともあの服が良く似合っていた「仲間」は、横にアメリカンミニチュアホースなど置いていなかったと記憶している。
 着ている者が異なるだけで、こうも印象が変わるのかと、感心してしまう程……似合わない。と、天道も……そして、着ている本人も思っているのだが、いかんせん他に着替えを持ってきていない以上これを着るしかない。
 うう、と気恥ずかしげにヒビキは呻くが、呻いていても仕方ないと思ったのか、素早く思考を切り替えてテングが逃げたと言う「奥」へ視線を向ける。
「まあ俺の格好はともかくとして。やっぱり気になるよな」
「魔化魍がいた事が、ですか?」
「ああ。だって今まではこの近辺に魔化魍は出なかったんだろう? それが急に出てくるって言うのは、危険な兆候だ。魔化魍と鬼の大戦おおいくさの前触れって感じかな」
 問いかける翔一に、ヒビキは真剣な顔で言葉を返しながら、テングが逃げたと言う方向に歩を進める。
 夏の魔化魍の増殖。出るはずのない場所に出てくる現象。
 ……かつて起こった、「オロチ」と呼ばれる魔化魍大量発生の前兆も、確かこう言った現象から始まった。
「そう言えば、この世界には『カブト』と、『ガタック』が存在しているな?」
「ああ、そうだが……」
 思い出したように問いかける天道に、アラタは神妙な表情で頷く。恐らくは彼がカブトであった事を引き摺っているのだろう。
 しかしそんなアラタの表情に気付いていないのか、天道は何処か不思議そうな表情を浮かべ、更に言葉を紡ぐ。
「ザビーの名も聞いている。ならば他のゼクター……サソードやドレイク、ホッパーそれに、ダークカブトはどうした?」
 それは、当然と言えば当然の疑問。
 天道が知るライダーは、カブト、ガタック、ザビーの他にも、五人の仮面ライダーがいた。
 「カブトの世界」と呼ばれ、ZECTやワームも存在しているのに、その五人がこの世界にはいないと言う事が、天道の腑に落ちない。
 よく似た別世界だからと言えばそれまでだが。
「一応、ドレイクゼクターとサソードゼクターはある。だが、資格者がいないんだ。他のゼクターは、残念ながら俺は知らない。開発中と言う噂も聞かないし……」
「……そうか」
 アラタが天道に向かってそう答えているのとは別に。
 何故か幸太郎は落ち込んでいた。
 それに真っ先に気付いたのは、当然テディ。そして、幸太郎の横にいた翔一もまた、幸太郎が凹んでいる事に気付いていた。
「どうかしたの、幸太郎君? 具合でも悪い?」
「……別に」
 言葉とは裏腹に、非常に不機嫌そうな声をあげながら、幸太郎は覗き込んでくる翔一からふいと顔を背ける。
「津上さん、多分幸太郎は……悔しがっているんだと思います」
「悔しがってる? 何で?」
 本人には聞こえないような小さな声で、囁きかけてくるテディに、翔一もまた密やかな声で不思議そうに問い返す。
「幸太郎は……皆さんのように、高速移動するワームと対等に渡り合う術を持たない。だからと言って、ヒビキさんのような鬼ではないから、魔化魍も満足に倒す事が出来ない」
「……それが、悔しいって事ですか?」
「多分。皆さんの足を引っ張っているのかも知れないと、思ってるのだと思います」
 長年の付き合いがあるテディだからこそ、分かるのであろう幸太郎の心境。
 確かに、言われてみれば幸太郎は皆に見えない程度にではあるが、きつく唇を噛み締め、悔しそうに拳をわななかせている。
 ……とは言え、下手に慰めても幸太郎にとっては屈辱なだけ。そう思うと、どう声をかけて良いのか分からなくなってしまう。
 そんな逡巡が、巡りかけた瞬間。
 幸太郎に纏わり付くように、大きな何かが彼の周囲を飛び回った。
「何だ、これ……!?」
 いきなりの出来事に、思わずうつむきかけた顔を上げた幸太郎の視界に入ったのは……水色の蜻蛉に似た機械。
 それがまるで、意思を持っているかのように自分の周囲を飛び回っている。
 一方で、ヒビキの足元にも……カサカサと、何かが近付いてきていた。それは、紫色の蠍を模した機械。これも、幸太郎の周囲を飛ぶ蜻蛉同様、自らの意思があるかのように、ヒビキに近付いて来ていた。
「な……何だ、この蠍!?」
「水色の、蜻蛉?」
 二人の驚きの声が、その場に響き、機械の昆虫らしき物達は、彼らの驚愕など気にした様子もなく、幸太郎とヒビキに、懐く様に擦り寄っていた。
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