英雄の笑顔、悪者の涙

【その15:よく似た「自分」にご用心】

 食事を終え、お代を払う際。思い出したように看板娘のマユは、ユウスケ達に向かってある事を教えてくれた。
 何でも、ユウスケ達がこの世界から去ってしばらくした頃、ZECTがある場所を「エリアX」なる特別区域として封鎖されたと言うのだ。その場所は、かつてユウスケの友人が、ワームの目論見を潰した際に赴いた場所。
 平穏だったはずのその場所は、いつの間にかワームの巣と化してしまったと言う噂があるらしい。
 ……鳴滝と名乗ったあの男が、自分達にこの世界の危機を救ってくれと頼んできた事を考えると、恐らくはそのエリアXが何かしら関係しているのだろう。
「とにかく、現時点で何が起こっているのかわからない以上、そのエリアXを当たるしかないですよね。運良くワームが現れてくれるとも限らないし……」
 店を出て、ユウスケがそう言った瞬間。
 その視線が前方で固定され、表情は困惑と驚愕、そして警戒を混ぜたような不思議な物に変わった。
「小野寺さん、どうしたんですか?」
「いや……世の中って、案外都合の良い事が起きるんだなぁって……」
 翔一の問いに答えた彼の視線を辿ると……そこにいたのは、彼らと全く同じ姿をした一行の姿。
「うわあ……何か凄いですね」
「擬態されてしまったという事ですね」
 半ば感動したように言った翔一に対して、警戒したように言ったのはテディ。もしも自分達に擬態したと言うのなら、正直この上なく厄介な相手である。少なくとも、テディに擬態したワームは、マチェーテディになれるのだろうから。
「なあ、青年達。俺らに成り代わられてくれないか?」
 ニヤリと、爽やかさの欠片もない笑顔をヒビキに向け。
「そうですよ。俺等が代わりになってあげますから」
 さも親切とも言うように、翔一へ提案し。
「士に会った時、ちゃんと俺だって言っておいてやるからさ」
 低く、邪悪な印象しか受けない笑い声を立てながら、ユウスケに言い。
「天の道を往く者は、二人もいらん。ここで消してやる」
 人差し指を天道に突きつけ。
「そう言う事。俺が代わったって特に問題ないだろ?」
 肩をすくめながら、幸太郎へ声をかける。
 彼らに擬態した面々が、奇妙な笑みをその顔に貼り付けながら、まるで世間話でもするかのような口調で言い放つ。
 しかし……言っている事は、相当に不穏な事だ。相手は自分達を生かしておく気はないらしい。
「そうは行くか」
 真っ先にそう言って立ち塞がったのは天道。その手には既に、カブトゼクターが収まっている。
「変身、キャストオフ」
『Henshin』
『Cast off』
『Change Beetle』
 銀色の外装が弾け飛び、中から赤い鎧が姿を表す。面の目は青く光り、その外見はカブトムシにしか見えない。
 ……カブト・ライダーフォームへの変身を遂げ、天道はカブトクナイガンを構える。一方で擬態していた面々はピクリとその眉を顰め……即座に擬態を解くと、カブトとの距離を詰めた。
 その様子を、ヒビキは真剣な表情で見つめ……低く、唸る。
「青年も強いんだけど、ちょっと数が多いなぁ……」
 ヒビキの言う通り、現状は六対一。その内二体程は脱皮している。
 短い付き合いではあるが、天道の実力ならば然程苦戦するような相手ではないだろうが、それでも時間がかかるであろう事は分かる。
 時間がかかればそれだけ、逃げられる可能性もあるのだ。
 そう考え、ヒビキは困ったように顔を顰め、呟く。
「とは言え、服がないからなぁ……」
「服でしたら、先程デンライナーの中に置いてあった物を何着か持ってきていますが」
「用意が良いな、青鬼君!」
「テディです」
 服の問題さえクリアすれば、加勢は可能。そう判断し、ヒビキはにこやかな笑顔を浮かべ……シュッと口で言いながら敬礼に似たポーズをとって、バサリとコートを翻す。
 そして軽く翔一の肩を叩いて一言。
「それじゃ、俺達も加勢に行こうか」
「はい。変身!」
「はあぁ……破ぁ!」
 掛け声と共に、二人の姿も変わる。
 翔一は赤い龍を髣髴とさせる姿、アギトに、ヒビキは紫の鬼を連想させる姿、響鬼へと。
「こ、今度はアギトに響鬼!?」
 もはや驚くと言う表現では生温いような衝撃が、ユウスケを襲う。
 天道がカブトに変身したのを見た際、多少の予想はしていたとは言え、見るのと想像するのとではやはり違う。
 おまけにヒビキが、あまりにも自分の知る「ヒビキ」……最終的に、鬼の力に呑まれ、魔化魍と化した男とかけ離れていた事もあって、予想を否定してきたのだ。
「何だ青年、俺の事知ってたのか?」
「い、いやいや! だって、俺の知ってる響鬼って……それにアギトも……」
「ん? まあ良いや、とにかく行くぞ!」
「了解です」
 緊張感のない声でヒビキに返し、翔一もまた、ワーム達の中へとその身を投じる。
 残された幸太郎とテディは、特に変身して手助けをする気もないらしい。ただぼんやりと、天道に斬られ、ヒビキに殴られ、翔一に蹴られるワームを眺めていた。
 その隣では、ユウスケが呆然としている。自分が知っている面々より、遥かに戦い慣れている様に見える。
 アギトも、響鬼も、カブトも、その動きに無駄がなく、最小限の動きで最大の効果を発揮するように戦っている。
 一体、また一体と倒されていくワーム達。
「……ひょっとして、幸太郎も仮面ライダーなのか?」
「まあな。俺は電王。って言っても、新しい電王だけど」
 ひらひらとパスを見せながら、幸太郎もまた、さらりとユウスケにとって衝撃的な一言を発する。
 ……「新しい電王」の意味が分からない。電王に新しいも古いもあるのだろうか。と言うか、本当に電王には良い思い出はないのだが。
「……そろそろ決着つくな」
「へ?」
 驚きのあまり呆けていた間に、既にワームは最後の一体となっており……
「ライダーキック」
『Rider Kick』
 天道の声に続き、電子音が鳴り響いて、ワームはその場で爆発した。

「今回の服はまた……流石に俺の年齢でこの格好はきついと思うんだけど」
 近くの物陰に隠れて着替えたを終えたヒビキが、皆にその姿を見せながら苦笑混じりに言う。
 ヒビキが着ている服は、蛇のような印象を抱かせるジャケットに黒いベレー帽のような物。手には黒い皮製の指出しのグローブがある。
 テディが差し出したのは「四」と書かれた袋であり、どうやらあらかじめ白刀が用意していたものらしい。それはありがたいのだが……時折彼女のセンスを疑いたくなる。彼女なりに何かしらルールのような物があるのだろうが、それを理解する事は難しそうだ。
「それにしても、びっくりしましたね。ワームの擬態って、あんなに似る物なんだぁ……」
「いやあ、俺も驚いた。もう一人自分がいるって、何か奇妙な感じだよなあ。ドッペルゲンガーって奴か?」
 のんびりとした口調で言う翔一とヒビキに対し、天道の方はと言うと、見慣れているのか特に何の感想もないらしい。軽い溜息と、いつも通りの堂々とした視線を彼らに返すだけだった。
「……そう言えば青年、俺達を見て驚いてたみたいだけど……どうかしたのか?」
「あ、言われてみればそうでしたね。アギトの事も知ってるみたいでしたし」
「いや、その……」
 ようやく我に返ったらしいユウスケが、何と答えれば良いのか困っているらしい表情を浮かべ……翔一とヒビキ、そして天道をそれぞれ代わる代わる見やる。
 どう説明すれば良いのか分らない。簡単に言えば、「彼らとは違うアギト、響鬼を知っている」だけなのだが、問題はそれを説明して理解してもらえるかどうかだ。
「ああ、説明し難いなら良いや」
「無理に聞こうとは思いませんしね」
「……すみません。もう少し待ってもらえれば、何とか……」
 苦笑気味に返しつつ、翔一達の心遣いに感謝するようにぺこりと頭を下げるユウスケ。
 彼らの性質上、おそらく話せば分ってくれるだろうし、「そういう事実」も受け入れてくれるだろう。しかしそれを言葉にするのは難しい。
 ……実際にこの世界のカブトと天道の変身したカブト、その二人が並んでいれば、説明はぐっと簡単になるのだが。
――そう簡単には、行かないよな――
 思わず漏れる溜息を殺す事もせず、ユウスケは申し訳なさそうな表情のまま、当面の目的地であるエリアXへ向けて歩を進めた。
 そして歩く事、数分。
 案外あっさりとエリアX……かつてクロックダウンシステムを開発していた場所へと辿り着いた。
 建物は崩れ落ち、鉄筋が剥き出しになっている部分が散見されるなど、半ば廃墟と化している。
 それでもやはり、「ワームの巣」と化しているという噂は本当なのか、幾人かのゼクトルーパーと呼ばれる、フルフェイスのヘルメットを被った一般隊員が警護している。
「流石に、入れては貰えなさそうですね~」
 のんびりとした口調で言う翔一に、無言で頷くテディとヒビキ。幸太郎は渋い顔で、ユウスケも困ったように、自分達に向かって腕に装備されているマシンガンを構えるゼクトルーパー達を眺める。
 どうやら、テディの姿を見て、ワームだと思われているらしい。
 ざわめきつつも、緊迫した空気が彼らからひしひしと伝わってくる。
「……これは、やはり私のせいですね……申し訳ない」
「いやいや、青鬼君のせいじゃないって。それに、部外者立ち入り禁止だろ。これくらいの警戒は当然じゃないか?」
 申し訳なさそうな声で言ったテディに対し、銃口を向けられながらもヒビキはのんびりとそう答える。
 ……人間に危害を加える気はないが、こんな所で死ぬ訳にも行かないので、一応いつでも変身して逃げる準備はしているのだが。
『あ……アラタさんには連絡したか!?』
『もうすぐ到着されるらしい』
 ざわめきの中で、そんな会話が聞こえる。
 アラタとは、確かユウスケが言っていた、「この世界の戦士」の一人だったはず。そして、彼の口調から考えると、ユウスケとアラタは知り合いだと思われる。その人に事情を説明すれば……
「そのアラタと言う男が来るまで、待たせてもらうぞ」
 幸太郎と同じ事を考えたのか、天道が不敵な笑みと共にそう言い放つ。
 その不遜な態度が気に入らなかったのか、ゼクトルーパー達は殺気立ったようにガチャリと銃口を向けなおす。
「あの、何に怯えているんですか?」
 きょとんとした表情で問う翔一に、僅かにゼクトルーパー達がざわめく。まるで、自分達の心を読まれたと思ってでもいるかのような反応に、他の面々も彼らの銃口が微かに震えている事に気付く。
「怯えるのは、当然ではないでしょうか。ワームと言う訳の分からない……どこに居るのかも分かりそうにない存在が、いつ襲ってくるかも分からないんですから」
「テディ。それだけだと思うか?」
「幸太郎は、違うと思うのか?」
 幸太郎の言葉に何かを感じ取ったのか、テディの声にやや真剣みが帯びる。
 そんなテディに答えたのは幸太郎ではなく天道だった。
「相手がワームだけなら、ZECT在籍している以上、ある程度の覚悟はしているはずだ。だが、今のこいつらの怯え方は……」
「自分が予測していない敵と、遭遇した時の反応、という事ですか」
「お前が言うなよ、テディ。俺はともかく、他の何も知らない奴からすれば、間違いなくお前は相手の恐怖の対象だ」
「幸太郎、それは否定できないが……しかし皆さん、私は人に危害を加えるつもりなど一切なく……」
 本心からの言葉なのだろうが、疑心暗鬼に陥っているゼクトルーパー達からすると、言い訳にしか聞こえないらしい。彼らの中の一人が、小さく悲鳴を上げ、一歩、後退する。
 しかしその刹那、建物の中から一人の青年が姿を見せた。短い髪の、目つきはどこか鋭い。着ている物は周囲のゼクトルーパーと同じ物だが、一般兵士とは異なり腕の部分に銃器は装着されていないし、ヘルメットも着用していない。
 更に腰には、天道が着けているのと同じ様な、銀色のベルトを巻いているのも、他の兵士とは異なっている。
 その青年の顔を見た瞬間、それまで恐る恐ると言った風だったユウスケの顔に、安堵の色が広がった。
「アラタさん!」
「……あんた、確かディケイドと一緒にいた……」
 どうやら、互いに顔見知りらしい。アラタと呼ばれたその青年も、一瞬だけポカンとした表情になったが、すぐにほっとしたような顔になり、周囲の兵士達に銃口を下ろすように指示を出す。
 それを受け、囲んでいた面々は微かな戸惑いを見せつつも、すっと銃を降ろすし、今度は好奇の眼差しを彼らに向けた。
 どうやら勝手に「ZECTからの救援要員」と勘違いしているらしい。テディの事は、「ヒトに友好的なワーム」と認識でもしたのだろう。
 その様子に、警戒心が薄すぎるのではないかと心配に思うところではあるのだが、それを突っ込んで余計な揉め事は起こしたくない。
「あの、何かあったんですよね? 噂じゃ、ここがワームの巣になったって……」
「ああ。おまけに妖怪のような連中も現れ始めたんだ。……だからここを、『エリアX』と名付けて封鎖した」
 「妖怪」。その単語に真っ先に反応したのはヒビキだった。
「なあ、その『妖怪』って、どんな奴だ?」
「俺は派手な仮面をつけた一組の男女を見たが……お前達はどうだ?」
『見た奴の話じゃ……化け猫とか、河童とか……』
『あ、俺この間狐火見た!』
『マジかよ!?』
『妖怪とワームが、実は相思相愛で増殖してるとかしてないとか、そんな話まであるくらいだし』
『見た目に怖ぇっ!』
 アラタの投げた問いに、口々に言うゼクトルーパー部隊の面々。
 そんな彼らの答えに、ヒビキの顔が僅かに曇った。
「バケネコにカッパに……狐火ってのは多分、カシャだな。仮面の男女は、童子と姫かな」
「ヒビキさんに心当たりがあるって事は、相手は魔化魍ですね」
「……でも何でこの世界に、魔化魍がいるんだ? ここにはワームしかいないはずじゃ……」
 翔一の言葉を継ぐように、今度はユウスケが低く唸る。
 この「カブトの世界」には、ワームしか存在しない。まさか本当に魔化魍が現れるとは思ってもいなかっただけに、心底不思議でならないのだが……
「ひょっとすると、これが鳴滝さんの言っていた世界の崩壊……」
「その可能性は高いな。天の道を塞ぐ連中なら、倒すだけだ。……行くぞ」
「ま、それやらないとイマジンを追えないみたいだしな」
 口の端に笑みを浮かべ、廃墟に向かって歩いていく天道に続くようにして、幸太郎もスタスタと歩き出す。こんな所で時間を食っている場合ではない。早くしなければ、イマジンによって全てを変えられてしまう。
 そんな彼らを慌てて追いつつ、他の面々もまたゼクトルーパー達の間を通り抜ける。
 しばらく歩き、廃墟の中央付近に差し掛かった頃だろうか。物陰から、ゆらりと彼らの前に何者かが立ち塞がる。
 鴉の顔を持ち、バサバサと羽根を羽ばたかせ、山伏のような格好をしているようにも見えるそれは、伝承に聞く存在。
「天狗?」
「だけじゃなさそうだな」
 顔を顰めて言った幸太郎に、警戒した声で返したのは天道。その視線の先には……バケネコや、狐のような化物、そして脱皮したワームの混成部隊。
「……これはまた……壮観だな」
 苦笑気味にヒビキが言ったのを皮切りに、仮面ライダー達は変身、敵達と対峙した。
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