英雄の笑顔、悪者の涙

【その14:過去ではなく、異界へ】

 デンライナーに乗り込み、過去へと向かう最中。暗く、陰鬱になりそうな空気を破ったのは、ヒビキだった。
「何か、腹減らない? 俺さぁ、朝から殆ど食べてないんだよね。電車なんだから、駅弁とか欲しいところだけど……ないかな?」
「……ある訳ないだろ」
 つっけんどんに返す幸太郎に苦笑を返しながら、ヒビキは軽く唸る。
 いつもならここでテディのフォローが入る所なのだが、今は過去へ向かう為にデンバードを操縦してくれている。
 最初は幸太郎が運転すると言ったのだが、妙な気を回しているのか、テディは「皆と仲良くなるべきだ」と言ってこの場を後にしてしまった。
「腹が減っては何とやらって言うだろ。しかし……困ったなぁ」
 言うと同時に、ぐぅと切迫したように鳴くヒビキの腹の虫。
 それを、呆れ返った視線で幸太郎は見つめ……しかし彼が何かを口にするよりも先に、翔一が立ち上がり、その袖を捲くって言葉を放った。
「それなら、俺が作りますよ。丁度ここ、厨房みたいになってるし」
「ほう? お前も料理を作るのか?」
「はい。一応、レストランの主夫……じゃなくて、シェフ、やってます」
 真っ先に反応した天道に、ボケのつもりなのか、いまひとつボケきれていない一言と笑顔を返す翔一。
 その言葉に、天道は面白そうに目を細め、どことなくライバル視しているようにも見える顔で彼の方を向き……すっと、人差し指を天に向けて提案した。
「面白い。俺の料理とどちらが上か、試してみるか?」
「あ、面白そうですね。美味しい料理は、人を幸せにしてくれますから」
 天道に、にこにこ~っと、しかしどこかかみ合っていない返事を返し、翔一は厨房に立つ。
 その横には、不敵な笑みを浮かべた天道が、既に包丁を奮っていた。
 恐らく彼らも理解しているのだ。「戻れなかったワーム」の事を引きずった所で……そしてファミリアーリスの事を心配した所で、自身ではどうしようもないと言う事を。
 だからこそ気持ちを切り替え、イマジンを追う必要があると判断したのだ。
「お、良いね良いねぇ。俺は食うの専門だから、とびっきり美味いの作ってくれよ。あ、黍団子なんかもあったら嬉しいな」
「了解でーす」
「任せろ」
 クッキングバトルを楽しそうに眺めながら、これまたのほほんと空気を変えるきっかけを作ったのヒビキがこれ幸いと注文を出す。
「……なあ、幸太郎。確か、イマジンと戦うんだよな」
「……ああ」
 ユウスケの言わんとしている事が分かったのか、幸太郎は軽くこめかみを押さえながら短く言葉を返す。
 皆まで聞かずとも分かってしまう自分が悲しいが、言葉にしないのも無理がある。
「いくら空気を変える為とは言ってもさ……緊張感、なさ過ぎないか?」
「……同感」
 呆れたような溜息を吐くと、いつの間にか隣に座っていたヒビキが明るい声をかける。
「何だ何だ、青年に少年! 若いのに元気がないなぁ」
「俺は堅実なツッコミ役なんだよ」
「あ、あははは……はぁ」
 バシバシと背中を大げさに叩かれ、幸太郎は疲れたように言葉を返し、ユウスケはただひたすら乾いた笑い声と時折疲れきった溜息を吐き出すだけ。
「この程度で疲れるなんて、鍛え方が足りないんじゃないのか?」
「頼むから、あんたの物差しで言うのはやめてくれ」
 もはや元気良く突っ込む気にもなれず、溜息混じりにヒビキへと幸太郎がそう吐き捨てた、瞬間。
 奇妙な感覚が、彼らを襲った。違和感とでも言うのだろうか。今までと、どこか空気が変わったような、そんな印象。
「何だ!?」
 デンライナーに降りかかった異変に、最初に気付いて声をあげたのは運転していたテディ。その次に幸太郎もまた、驚いたように目を見開いた。
「青年、何があった!?」
 彼の異変に気付き、ヒビキはもちろん、他の面々も不審そうな表情で窓の外を見やる。
 勿論、調理中だった翔一と天道の二人は、コンロの火を止めた上で。
 そこで彼らの見た物は……銀世界だった。
 普通、「銀世界」と言うと一面の雪景色を想像するかもしれないがそうではない。本当に銀色。色気のないオーロラのような物に包まれた世界だった。
「銀のオーロラ……って事は、まさか!?」
 心当たりがあるのか、ユウスケは驚いたように声を上げると、即座に幸太郎に向かって声をかける。
「幸太郎、すぐに操縦席……テディのいる所に!」
「どういう意味だ?」
「目的地に向かえていないかも知れない」
 ユウスケの切羽詰った声に反応し、幸太郎が即座にテディがいる操縦席へ向かう。そこで見たのは、パスを弾かれ暴走気味に走るデンライナーと、それを必死に押さえるテディの姿。
「幸太郎、駄目だ、デンライナーの制御が出来ない!」
「原因は!?」
「多分、この銀の幕だ。これに包まれた瞬間、パスを弾かれてしまった」
 早口に、しかし冷静な声で言われ、幸太郎はギシリと奥歯を噛み締める。
 この現象が何なのかは不明だが、「厄介な事」になっている事は確実らしい。
「おーい、大丈夫か、青年?」
「大丈夫に見えるか、この状況?」
 なかなか帰ってこない幸太郎を心配したらしい。操縦席を覗き込みながら問うヒビキに、苦笑と共に言葉を返す。
 その声音で、少なくともこの列車が目的地へと向かっていないらしい事が機械に疎いヒビキにも理解できた。
「どうやら俺達、目的地へとすんなり向かわせて貰えそうにないみたいだな。……青年のその顔を見る限り」
 苦笑混じりにヒビキが言った瞬間。
 銀のオーロラは晴れ、デンライナーは街の真ん中でぴたりと停車した。
 周囲には誰もいないとは言え、これは完全に迷惑駐車である。道路を完全に占領してしまっているのだから。
 しかしデンライナーを動かそうにも、びくとも動かなくなってしまっている。制御不能と言う一点においては、「暴走」と同程度に厄介だ。
「これは……私達ではどうにも出来ません。まずは降りて、現状把握をした方が良いかと」
「そうですね、俺もその方が良いと思います」
 どうにかする事を諦め、食堂車に戻って現状を説明した上で、テディが出した提案に翔一が同意し……彼をはじめ、乗客達は恐る恐るデンライナーから降車する。
 この列車を扱い慣れている幸太郎やテディですら、予想していなかった出来事なのだ、慎重であるにこした事はない。
 降り立ってみても、特に何の変哲もない街。人通りが少ない……と言うよりも全くない事は気にかかるが、それを差し引いても普通の街にしか見えない。
 ぐるりと周囲を見回し、特に何の問題もないと、そう思ったその時。
 ユウスケの視界に、見慣れた男性の姿が映った。
 ベージュ色のコートに黒縁眼鏡、焦げ茶色の帽子を被った、何処となく陰のある人物がそこに立っていた。
「やっぱり鳴滝さん!? けど、どうして!?」
「知り合いか、ユウスケ?」
「ああ。何て言うか……顔見知りって言うのかなぁ……」
 幸太郎の問いは、ユウスケにとって何とも答え難いものなのか、彼は困ったようにそう言葉を紡ぐ。
 敵ではないが、味方でもない。少なくともユウスケにとっては、目の前の男……「鳴滝」はそう言った存在のはずだ。
 悪い思い出はないが、良い思い出もない。ただひたすらに、ユウスケの友人を「世界の破壊者」や「悪魔」と呼び、倒そうとしてきた事だけは覚えている。
「鳴滝さん、どうしてここに? それにここは一体……?」
「君も知っているはずだ。ここがどこかを」
「え?」
「この世界は、今再び破壊されようとしている。『奴』の手によって。だから、君達をここに連れてきた」
 こちらの問いを答えにならぬ答えで返すせいで、ユウスケ達にはいまひとつ彼の言わんとしている事が理解できないが……どうやら列車ごと自分達をこの場に呼んだのは、目の前にいる鳴滝と言う男らしい。
 しかし……「この世界」とはどう言う意味か。まるでここが、自分達が今までいた世界とは異なるかのような物言い。
 おまけに何故か、天道は「破壊されようとしている」と言う言葉に不安を覚える。彼自身、その理由が分からないが。
「私は世界の崩壊など見たくない。頼む。『奴』の謀略を止めてくれ」
「ちょっと待って下さい鳴滝さん! 『奴』って誰の事ですか!? それに、俺達は何を……」
 深々と頭を下げ、ユウスケの言葉には何も答えぬまま、鳴滝はオーロラに似た銀色の幕に包まれると、その姿を消した。
 まるで最初から、彼などいなかったかのように。
「……今の、一体どなただったんですか?」
「鳴滝さんって言って……色々な世界を渡る事の出来る人なんですけど」
 先程までいた者が、人間でない事が分かったのか……翔一もヒビキ、そして天道や幸太郎でさえ、鳴滝の消えた方を静かに見つめている。
 唯一ユウスケだけが、困ったような顔をしているが、それはひょっとしたらあの男の唐突な登場や退場に慣れているせいかも知れない。
「それより、ここは何処だ? 奴の言った事が真実ならば、ここは俺達の住む世界とは違う世界と言う事になる。そして、お前はここを知ってると言う事にもなるだろう?」
「……何か、飲み込みが早いですね、天道さん」
「先程のワームや、お前と言う存在がいるからな。俺達が迷い込む可能性も、当然あるだろう」
「まあ、確かに。でも俺、本当にここがどこだか分らないんですよ。こういった街ってどこにでもありますし」
 困ったように天道に返しながら、ユウスケは眉をハの字に下げる。
 そんな中、周囲を見回していた翔一が何かに気付いたのか、スタスタと一件の店の前まで歩き……面白そうにそこにかかる暖簾を指し示した。
「美味しそうな匂いがしますね。それに、結局ヒビキさんの食事は作れませんでしたし、ここでお昼にしませんか?」
「ここ? おでん屋かぁ。えーっとなになに、『天堂屋』?」
「あっ!?」
 ヒビキの読み上げたその屋号に心当たりがあるらしく、驚きと納得の入り混じったの声をあげるユウスケ。街並みはあまりに普通すぎて気付けなかったが、このおでん屋の事は知っている。
 この世界に住まう仮面ライダーの、心の拠り所。
 帰るべき場所であり、大切な家族が待つ「家」。
「やっぱ、知ってるんだな、この世界の事」
「ああ。この店のお陰でわかったよ」
 ユウスケの声に反応し、幸太郎がその顔を覗き込む。その眉間に皺が寄っているのは、幾許かの緊張を含む為か。
「ここは……『カブトの世界』だ」
「『カブトの世界』、だと?」
「はい。……中で、話します。俺の知ってる、この世界の事を」
 真っ先に反応した天道に返しながら、ユウスケは暖簾の前に立つヒビキと共に引き戸をくぐり、店内へ入る。
 カウンターとも言える場所には、頑固そうな顔のお婆さんと、看板娘らしき少女の二人。昼時少し過ぎという時間のせいか、客は自分達以外には誰もいない。
「ユウスケさん!? お久し振りです。いらっしゃいませ」
 にこやかな表情を浮かべた後、あからさまに「ヒト」ではないテディの姿に驚いたような顔を見せる少女に対し、店主らしき老女はむっつりとした顔で……だが、特に何の不審も感じていないように、くいと一番奥の席を顎で指し示すと、表情も変えずに一言。
「六人なら、奥が空いてるよ」
「ありがとうございます」
 言われた場所にユウスケは何の迷いなく歩き、すとんと腰を下ろす。
 それに倣うかのように皆も適当に席に着き、一通り店内を見回す。
 掃除の行き届いた、昔懐かしい印象の店。おでんの具は三種類だけだが、それ故のこだわりが伺える。店内に染み付いたつゆの良い香りが、彼らの食欲を刺激した。
 ……無理矢理召喚されたと言う状況でなければ、純粋に楽しい食事が出来ただろう。
「話を聞かせてもらおうか、小野寺」
「あ、はい」
 早くしろと言わんばかりの天道の一言に頷き、ユウスケは一つ頷くと、真剣な表情で言葉を紡いだ。
「この世界は『カブトの世界』と呼ばれているんです。俺が会った仮面ライダーは、カブト……ソウジさんと、ガタックであるアラタさんだけです。ザビーだった人は、実はワームでしたから、多分他にはいないと思います」
「カブトとガタック、そしてザビーだけだと?」
「はい、少なくとも俺が見た限りでは……ですが」
 ユウスケの言葉に、天道が不審そうに眉根を寄せている事に気付き、ユウスケも困ったように言葉を返す。
 ユウスケの言葉に嘘はない。彼が知るこの世界の仮面ライダーはその三人だけだ。
――ゼクターその物が作られていないのか、それとも適合者がいないだけか――
 心の内でのみ天道は考えるが、それを知った所でどうなる訳でもない。やるべき事をやって、その上で今後の方針を決めるのが先だろう。
「それから、『この世界のカブト』はクロックアップシステムの暴走のせいで、人とは異なる時間を生きています」
「異なる時間を生きる? それはどう言う意味です?」
「クロックアップの暴走……なるほど、高速の世界に取り残されたか」
 テディの問いに答えたのは、ユウスケではなく天道。その言葉に、彼は肯きで返す。
 「高速の世界に取り残された」と言う意味を天道とユウスケ以外が理解するのに、一瞬の間を要したが……すぐにその意味が分かり、唖然とする。
 クロックアップとは、確か高速移動する時の方法か何かだったはず。そのシステムが暴走したという事は即ち……
「……加速しっぱなしって事ですか?」
「その通りです、津上さん。人間には視認できず、触れる物は摩擦で焼滅し、その声は早すぎて聞こえない、そんな中であの人は生きています」
「そんな……孤独じゃないか。自分の時間を生きられないような物だろ?」
 意図せず俯きがちになる顔で言うユウスケの言葉に、幸太郎が顔を顰め、ぐっと拳を握って言葉を吐き出す。
 誰にも認識されない。誰の記憶にも残らない。それは、自分の時間を失うと言う事。「人の記憶こそが時間である」と言う認識を持つ幸太郎とテディにとって、それはとても寂しい事実。
 同じような事を思っているのか、ヒビキと翔一もついその顔を下へ向けてしまう。
 そんな中、天道だけは口の端に微かな笑みを浮かべると、人指し指を天に向けて言葉を紡いだ。
「……お祖母ちゃんは言っていた。帰る所がある人間は、どんな状況でも孤独ではない、ってな」
「その通りさね」
 いつの間にやら店主らし老女が、六人分のおでんを持って席の脇に立つと、彼の言葉に大きく頷く。
 厳しそうな表情ではあるが、その奥には確固たる信念を窺う事が出来た。
「良いかい。待ってる人がいるなら、そいつは孤独じゃない。真の孤独とは、誰も待つ者がいない時に使うもんさ。だから、私等はここで待ってる。あの子が帰って来るのをね」
 コトリとそれぞれの前に取り皿を置きながら、彼女は不敵に笑いながら天道にそう告げる。
「あんたは……」
「あ、こちらはこの世界のカブトであるソウジさんのお祖母さんです。あと、あっちにいるマユちゃんはソウジさんの妹さんで」
 ユウスケの紹介に、老女はニヤリと笑いながら再びカウンターへと戻り、マユと呼ばれた少女はぺこりと頭を下げる。
――待ってる人がいるなら、孤独じゃない……か――
 彼女の言葉を噛み締め、各々は自分を待ってくれている者の姿を思い浮かべる。同時に、「帰りたい」と嘆いていたワームの事も。
 ……彼は帰るべき世界に、待ってくれている者がいなかったのだろうか。
 童子として擬態していた中で、待ってくれる者を作る事が出来なかったのだろうか。
 そんな詮ない事を考えながらも、ヒビキは出されたおでんに箸を付け、頬張る。ジワリと染み出すつゆの味は、いつか帰ってくるであろう存在への想いが表れたのだろうか、優しい味がした。
「…………そう言えば青年、この世界とやらに来た事あるんだったっけか」
「ええ、まあ。俺、仲間と一緒に、様々な世界を巡る旅をしていたんです。その時に、ここにも寄った事があって」
 話の流れを変えるように放たれたヒビキの言葉に、ユウスケは懐かしそうに目を細めて言葉を返す。
 それ程昔の事ではないはずなのに、何故かとても懐かしい。
 高速の世界に取り残されながらも、自分の家族を守り続ける赤い戦士の姿。今もきっと、彼はマユを高速の世界から見守っているに違いない。
 例え彼女が、ワームだとしても。その事実を受け入れ、その上で大切な家族だと思っているのだろう。
 思いながら、ユウスケもまたおでんに箸を付けるのであった。
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