英雄の笑顔、悪者の涙

【その11:類は友呼ぶ、異形呼ぶ】

 山の奥深くに、小さくて粗末な小屋があった。
 そこには、多量の白い砂を体から落とす、「ウブメの童子」の姿。
「鬼怖い、『裁判官』怖い、カブト怖い……」
 小屋の隅に隠れるように身を縮こませ、その「童子」はガタガタと怯える様に震え、誰もいないその空間でボソボソと呟いている。
 通常、童子は人間を襲い、自らの「子」である魔化魍の為に働く物なのだが……今の彼からは、そんな雰囲気は微塵も感じられない。むしろ、ヒトと関わる事すらも嫌がっているように見えた。
 そんな彼の背後には、童子や姫とは全く異なる姿の異形……マーチヘアイマジンが立っている。
「怖い日には紅茶を飲もう。紅茶は良いよぉ。気分を落ち着けてくれるから」
 底の抜けているらしいティーカップに、ひたすら紅茶を注ぎ続けながら、マーチヘアはきゃははっと、表情同様、奇妙な笑い声を上げながら彼に声をかける。
 とは言え、童子はそんな気分ではない。楽しくもない、怖いだけだ。
「大体さぁ、僕がいるのにどうしてそんなに怯えているのさ。契約しただろ? アンノウンから君を守るって」
「……でも、鬼がいる。カブトもいる! 殺される……嫌だ、嫌だ、死にたくない!」
「あー……確かにそれは契約の対象外だねぇ~。うん、それは無理」
 一方はビクビクと彼の「天敵」に怯え、一方は何が楽しいのかただひたすらに笑っている。
「でも……とりあえずさっさと来ないかなぁ、アンノウン。じゃないと契約が履行できないよ」
「来なくて良いっ!」
「僕は来なきゃ困る。よし! 暇すぎるから、紅茶を飲もう。何でもない日に紅茶を飲む。今日は何にもない記念日だ!」
 ティーポットの中身をひたすら垂れ流しながら笑う「三月ウサギ」と、隅でうじうじとしている「芋虫」。
 奇妙な「お茶会」が、その小屋ではずっと開かれていた。

「びえっくしょん!」
 山道を歩く最中、先頭を歩いていたファミリアーリスが、随分と派手なくしゃみをした。
「風邪でも引いたか? 無駄吠えが多すぎて左遷させられた犬」
「長い上に犬と呼ぶなと言っているだろうが、白猫。俺にはカニス・ファミリアーリスと言う立派な名がある! それからっ! 別に左遷させられた訳では……ぶつぶつ」
 冷たい白刀の言葉に、文字通り噛み付かんばかりの勢いで言葉を返すが、それすらもさらりと流されてしまう。
 犬猿の仲、とでも言うべきなのだろうか。
 その割には、ファミリアーリスは彼女を「白猫」と呼ぶが。
「そう言えば……どうして白刀さんの事、『白猫』って呼ぶんだ、ファミリア?」
 疑問に思ったらしいユウスケが問うと、ファミリアーリスが不審そうに首を傾げ……
「何だ、知らんのか?」
「知らないって、何を?」
「個人的に非常にムカつく性格をしている、この白猫の本性だ。正体と言い換えても良い」
「え。正体って……実は白刀さんもアギトとか?」
 正体と言われても、彼らの知る白刀風虎と言う女性は、猛士の研究者であり、デンライナーの元オーナーでもあり、ZECTの研究員もしていた挙句、警視庁にも籍を置いていたと言う程度しか知らない。
 時折、本当に人間かと思う事はあるが、一応人間……だと思う。翔一の本能も、彼女がアンノウン……ロード怪人やアギトでない事を告げているし、ワームと言うのも少し違う気がする。
 しかし彼の言葉を考えると、どうも彼女も人外のように思えるし、時折見せる身体能力の高さは確かに人間とはかけ離れている。
 不思議に思う面々の顔を見て、ファミリアーリスはきょとんとその目を白刀に向け……
「……何だ白猫、こいつらに教えていなかったのか?」
「特に言う必要性を感じない」
「そうか。貴様が言わんのだから、俺が言う訳には行かんな。まあ……あだ名だと思っておけ」
「お前なぁ……『はい、そーですか』って言えると思うのか?」
「思え、幸太郎。そうしなければ貴様……は人間だから、テディの方を、右半身ミイラで左半身水脹れだらけにして殺すぞ」
「ちょっと何その脅し!? って言うか幸太郎はやっぱり対象外なんだ!?」
「テディはやめろ、本当に」
 と、半ばとばっちり的に殺意を向けられるテディを庇うようにしながら、ユウスケと幸太郎がそう言った、その瞬間。
 翔一の表情が引き締まり、警戒心を顕わにしてある一点に視線を向ける。
 ファミリアーリスも何かを感じ取ったらしい。翔一と同じ方向を向きながら、グルルと低く唸り声を上げた。
「……ファミリアさんも、感じたんですね」
「ああ。微かに砂の混じった……血と草の臭いだ。恐らくは、貴様らの追っている存在だな」
 抽象的だが、その言葉が何を意味するか分ったのだろう。
 それまでやや弛み気味だった空気が張り、面々の顔に緊張が浮かぶ。
「さっきの今でイマジンとやらと再戦か」
「あのイマジンは、ふざけているが厄介です。倒すなら出来るだけ早い方が良いでしょう、天道さん」
「分ってる」
 テディの言葉に短く答え、天道がふと笑った……その瞬間。
 ひゅん、と言う風きり音と共に、何枚ものソーサーが彼らの後ろから飛んできた。
「後ろ!?」
「ちっ」
 いち早く気付いた翔一の言葉に反応し、白刀が舌打ちと共に、鞄から取り出した大振りの剣のような物でそのソーサーを叩き落した。
「後ろからとはな。気付かんとは……使えん犬め」
「風下の臭いまで気が回るか! やはり貴様、どうにもムカつく奴だな、白猫」
「いやいや、何で鞄から剣が!?」
「それで何本目だよ」
「そんなに言う程出してるのか、この人!?」
 ユウスケと幸太郎のツッコミを無視し、白刀はその「剣」……パーフェクトゼクターと呼ばれるそれを天道に向かって投げ渡した。
 それはかつて、ある存在によって大破させられたはずの物。それが今、元の姿でこの場に存在すると言う事は……
「修理したのか」
「ほぼ作り直しに近かったがな。全く、派手に壊しおって、あの味覚なし男が」
 天道に対し、今は既にいない相手を思ってなのか、やや苛立たしげに白刀が言葉を返す。
 すると……ソーサーが飛んできた方から、彼女を更に苛立たせるであろうにんじん色のウサギらしきイマジンが、ケタケタと笑いながら、ひょっこりと顔をのぞかせた。
「おお、奇襲失敗、失敗かな? 素晴らしいね! こういう時は紅茶を飲もう!」
「さっきのイマジン!」
「本当に出た!?」
 幸太郎の声に、イマジン……マーチヘアがぴょんと跳ね、それを見ながらユウスケが驚愕の声を上げる。
 話に聞いていたとは言え、本当にアンノウンであるファミリアーリスとイマジンであるマーチヘアが同じ世界にいる。それは、ユウスケにとって大きな衝撃をもたらした。
「うーん、奇襲失敗、紀州梅すっぱい」
「いや、紀州梅農家の人に失礼だから、それ」
「上手く漬ければ美味しい梅干になるんですよ」
 驚きながらも律儀にツッコミを入れるユウスケと、緊張した面持ちでありながら、つい料理ネタに持っていく翔一の言葉が重なる。
 その間にも、マーチヘアはトントンと軽やかな足音を立てながら跳ね回り……
「まぁ、でも、奇襲に失敗したなら正攻法で潰せば良いよねっ」
 語尾にハートマークでもついてそうな語調でそう言うと、マーチヘアは一気にファミリアーリスとの距離を詰め、手に持っていたソーサーを彼に向かって投げつける。
 しかしそれをギリギリでかわし、ファミリアーリスはお返しとばかりに相手の脳天目掛けて飛び蹴りを放つ。
「うひゃあっ! 頭はダメでしょ!? 馬鹿になったらどうするの」
「安心しろ、貴様はそれ以上馬鹿になりようなど……ないっ!」
 放った蹴りは僅かに毛先を掠める程度に留まる。
 ファミリアーリスの動きも早いが、相手の動きもそれを僅かに上回る程度に早いらしい。
「白猫、気をつけろ。風上には臭いの元がいるぞ!」
「理解している」
 ファミリアーリスの言葉に、白刀が軽く頷きを返し、鞄の中から取り出した数枚のコースターを投げる。
 紙製である筈のそれは、その進路を塞ぐ木々を軽く斬り飛ばし……そして、その奥に潜んでいたウブメの童子の眼前にまで迫っていく。
「ひ、ひぃぃぃっ!」
「危ないなぁっ!」
 情けない悲鳴をあげ、その場に蹲る童子を守る為だろうか。マーチヘアは初めて真面目な声でそう言うと、自身のソーサーでコースターを叩き落とした。
 それを確認するや、白刀は軽く溜息を吐き……そして、マーチヘアと童子を交互に見ながら、特に何の感情も抱いていない様子で声を出す。
「貴様らの狂った茶会、さっさと終わらせて次へ向かわせてもらう」
「嫌だ、嫌だっ。私は帰るんだ。それまで死にたくない、死にたくないっ!」
「大丈夫。こっちの契約が完了するまでは死なせないから」
 ぴょんと大きく跳ねながら、怯える童子に向かってマーチヘアが声をかける。
 ……変化に乏しいはずのその顔に、狂気じみた笑みを浮かべて。
「そうだよね、マッドハッター?」
 マーチヘアの口元が醜く歪んだのを、彼と戦っていたファミリアーリスが確認した、その瞬間。
 彼の体に、鈍い衝撃が走った。
 一瞬、自分の身に何が起こったのか理解できなかったらしい。着地と同時にがくりと膝をつくと、自分の胸に手を当て……ようやくそこで、自分が刺されたのだと気付く。
 勢い良く自分の背後を振り返ると、そこには手に杖を持った、帽子の形をした頭を持つ異形が立っていた。
「ぐぅ、しまっ……」
「ふぅむ。本当の奇襲、成功だ」
 その言葉と共に、相手はファミリアーリスの胸にねじ込んでいた杖を抜き、マーチヘアの側へと飛び退る。
 もう一体イマジンがいたという事実に、他の面々も驚いたらしい。一瞬だけ呆けたような表情になり……しかし直ぐに、大地にひれ伏すファミリアーリスの元へと駆け寄った。
 だが、彼の頭上には天使の輪を連想させる光の輪が下りており、その命が今にも尽きかけている事を示している。
「くそっ! 二体と契約してたのか!!」
「ふぅむ。電王の裏をかけたのは光栄だ。そして、契約も完了だ」
「契約完了~。完了記念に紅茶を飲もう、マッドハッター」
「ふぅむ。それも良いねぇ、マーチヘア」
 悔しげに怒鳴る幸太郎を軽く見下ろし、マッドハッターイマジンは帽子の鍔にあたる部分を軽く撫でつつ、どこからかティーカップを取り出してマーチヘアのティーポットの中の紅茶を受けて飲み下す。
「ふぅむ。素晴らしく酸性のキツイ紅茶だ。これは彼らにお裾分けをするべきかな?」
「やめようよ、マッドハッター。契約は完了したんだしさ~」
「ふぅむ、それもそうか。……では……」
 二体のイマジンはそう言うと、すっと童子の前に立ち……
『契約完了』
 二人同時にそう言うと、彼の中にある「扉」を通り、そのまま過去へと飛んでしまった。
 後に残るのは、呆然とした様子でその場に座り込む童子に擬態したワームと、ファミリアーリスの体を抱える翔一、そしてそれを囲むようにして立つヒビキ達。
 彼らの顔は、暗くてよく見えない。
 ただ、決して笑っていない事だけは、薄れ掛けた意識の片隅で、ファミリアーリスは認識していた。
「すみません、ファミリアさん。俺が……俺が気付いていたら、こんな事には……」
「フン。俺の鼻に、かからなかったんだ。……アギトであるお前に気付けたとは、思えん……な」
 ごぼ、とファミリアーリスの口から血が溢れ、彼を抱える翔一の手を濡らす。
 偉そうな物言いではあるが、言外にこう言っているのだ。「お前達のせいではない」と。それが分るだけに、翔一の視界が僅かに滲んだ。
 付き合いはほんの僅か。相手はアンノウン……ロード怪人で、アギトの天敵。
 それでありながらも、彼はどこか憎めない性格をしていて……その数時間は、本当に楽しかった。あまり「仲良く話す」機会はなかったが、それでもこんな結末になるとは思ってもみなかった。
「お、い……白猫」
「何だ」
「連中を、追えるか?」
「誰に向かって物を言っている。元、とは言えどデンライナーのオーナーだぞ。……だが、私は残る」
 そう言うと、彼女は半ば強引に翔一の手からファミリアーリスを奪うようにして無理矢理立たせると、そのまま自分の肩に彼の体を担いだ。
 どれだけ力持ちなんだと、普段の幸太郎なら突っ込む所だが……今はあまりにも唐突な出来事が起きたせいか、怪我人に何をする程度しか思い浮かばない。
「貴様……何、を?」
「このまま放置、爆散などという事になれば、流石に私も寝覚めが悪い」
 そう言うと、彼女は懐中からマスターパスを取り出し、幸太郎に向かって放り投げた。そこには、いつの間に読み取ったのか、二体のイマジンが飛んだ時間が書かれている。
「コレは私が責任を持って治療できそうな奴……『審判』の元に連れて行く。お前達はイマジンを追え」
「……その大怪我、直るんですか?」
「最速で奴の元に向かう。喋る元気があるのだ、まだ多少の時間的余裕はある……と判断しているので、とりあえず死ぬな、犬。死ぬなら私を巻き込まん場所で爆発しろ」
「貴様……この状況、で、まだ俺をそう呼ぶか」
「ちなみに、死んだのならその時は『審判』に対し、『何の役にも立たなかった』と報告する」
「貴様っ! ……くっ……絶対に、死ねん……!」
 苦しそうに、だがどこか苦笑気味にそう言葉を放つと、ファミリアーリスは頭上の光の輪から剣を取り出し……それを押し付けるようにして、翔一に手渡した。
「これ……ファミリアさんの……」
「俺の、代わりだ。きっと役に立つ。……いや、立たせろ、翔一」
 その言葉を聞き届け、白刀は軽く一つ頷くと……そのまま、とても人……と言うか怪人を抱えているとは思えない速さで、その場から飛ぶように駆け出して行った。
 あまりの展開の早さに、思わず呆然とその場に立ち尽くす面々。
 しかし直ぐに本来の目的を思い出したのか、はっとした表情で幸太郎を見つめ……
「幸太郎、イマジンが飛んだ先は?」
「西暦一九八六年八月七日だ」
 真っ先に問うたテディに、幸太郎はチケットに書かれた日付を見せる。
 それを見た瞬間、天道は軽く眉を顰め……そして未だ座り込んでいる「童子に擬態したワーム」に視線を送りながら、ポツリと一言漏らす。
「……妙だな」
「何が妙なんですか、天道さん?」
「ワームは一九九九年からこの星に現れたはずだ」
「確かに、それ以前の日付だな、このチケット」
「ネイティブならまだ分かるが……」
 その言葉を放った瞬間。今まで虚ろな瞳で大地を見つめていた「童子に擬態したワーム」は、その瞳から一粒の涙をこぼした。
 ぽつ、と落ちたその水滴は、大地に吸われて黒い円形の染みを作る。
「……帰りたい」
 そして、その場に響いた悲痛なその言葉は……擬態された童子のものではなく、それに擬態した、ワームその物の言葉だと、一体何人の人間が気付いただろうか。
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