英雄の笑顔、悪者の涙

【その10:抜き差しならぬ状況か】

――本当に、どう言った集団なんだろう――
 答えの返ってこなかった問いを、小野寺ユウスケは困惑の表情を浮かべたまま、もう一度心の内でのみ呟く。
 性別、年齢層、服装もバラバラ。挙句に明らかに人間ではない姿の者……青鬼のような格好の異形、テディまでいるが、そこは「キバの世界」のように異形と人間が共存する世界なのかもしれない。
 森の中にいるにしては軽装過ぎるし、ハイキングのような気楽な印象はない。気を張りすぎている訳ではないが、緩めきっている風でもない。何があっても即座に対処できるようにと言う心構えのような物が見受けられた。
 そんな彼らの先頭に立つ白刀と名乗る女性は、どことなく刃物を連想させる。
 彼が今まで接してきた女性は、一本筋の通った人が多かったが、目の前の女性は芯そのもののような印象を受けた。
「……そう言えば小野寺ユウスケ。我々がどのような集まりかを聞いていたな」
「あ、はい。気になっちゃって」
 答えてもらえないと思っていたにもかかわらず、唐突に……それこそ思い出したように言葉を紡がれ、その唐突さに驚きながらもユウスケは頷きと言葉を返す。
「門矢士と共に世界を巡ったお前なら理解できるだろうが、我々はワームを追っている」
 振り返りもせずに言い放たれた「ワーム」と言う単語を、ユウスケは自分の知識の中から引っ張り出す。
 確か「カブトの世界」に現れていた異形だったはずだ。人間に擬態し、人間を襲う存在。
 中には自分がワームである事を知らぬまま、人間として生活していた者もいたのだが、大体において人間を襲っていた事を思い出したユウスケに、更に彼女の爆弾発言が投下された。
「ちなみに、ワームは魔化魍の教育係である童子と、それを狙っていたはずのロード怪人……アンノウンに擬態している」
「……え?」
「しかも、童子に擬態したワームにはイマジンが契約している。歴史が狂わんよう、我々が……」
「ちょちょちょっ! ちょっと待った!」
 事もなげにそのまま言葉を続けようとする白刀を止め、心底驚いたように目を見開いたユウスケが声をあげる。
 止められた理由が分からなかったのか、喋っていた方は不思議そうに首を傾げ、何だ、とユウスケに問いかけた。
 「何だ」も何もない。
 ユウスケの知る限り、様々な種類の異形が、同じ世界に現れる事は滅多にない。あるにはあったが、その背後には大ショッカーなる悪の組織やら、「世界の融合」と言う現象が存在していた。しかし前者はユウスケと仲間が完全に壊滅させたはずだし、この世界では後者のような気配はない。仮に融合していたら、もっと混乱していたはずだ。
 訳がわからない、と言うのが、ユウスケの正直な感想であった。
「魔化魍やアンノウンに擬態したワーム!? その上、そのワームにイマジン!?」
「魔化魍じゃなくて、童子な」
「同じですよ! それで……まさか、そいつらと戦う気なんですか、皆さん」
 最年長の男、ヒビキが細かい訂正をするが、そんな事はどうでも良い。目の前にいる面々は、どうやらその「敵」と戦う気らしい。
 ひょっとしたら、彼らはこの世界の「仮面ライダー」なのかもしれないが、魔化魍は「響鬼の世界」のような鬼でないと倒せないはずだし、アンノウンは「アギトの世界」の異形、ワームは先も脳裏をかすめたが「カブトの世界」の存在で、イマジンと言えば「電王の世界」の敵だったはず。
 ……イマジンに関しては、憑かれていた事もあり、あまり良い思い出がないのだが、それはこの際置いておく。
 そんなバラバラの敵を、彼ら四人……テディと白刀を入れても六人で倒すなど、無茶な話だ。
「いくら何でも無謀ですよ!」
「何だ、俺達を心配してくれんのか青年。けど、大丈夫だって。鍛えてますから」
「お祖母ちゃんは言っていた。目の前の物を無駄に見捨てた者は、いずれそのしっぺ返しが来るものだ、とな」
「それに、何かこう……ワクワクしません? 遠足みたいで」
 ヒビキ、天道総司、そして津上翔一の順に緊張感に欠けた言葉を放たれ、ユウスケは信じられないものを見るかのような視線を彼らに向ける。
 特に最後……翔一の一言には、呆れるよりも驚くしかない。
――いやいや。異形と戦う遠足なんて、聞いた事がないから――
「……突っ込みたい気持ちは分かるが、諦めろ。こいつらには突っ込むだけ無駄だ」
「……苦労してるんだな、君」
 ユウスケの心の内のツッコミを悟ったのか、どこか疲れたように言った最年少……野上幸太郎に、思わずしみじみと返してしまう。
 出合って数十分しか経っていない彼でも疲弊したのだ。自分よりは付き合いが長いであろう幸太郎が、疲弊するのも当然と言えば当然かもしれない。
 この中の、数少ないツッコミ役と言った所だろうか。
 現状理解には苦しむが、とにかくここの面々は敵……多分白刀の言った通り、魔化魍だかアンノウンだかに擬態したワームを倒しに行くつもりなのだろう。
 言葉にもしたが、無謀すぎる。
 そんな風に思った瞬間。白刀がふと足を止めた。
 先程までもそうだったが、それ以上に魔化魍が出るにはうってつけの、見渡す限りの木、木、そして木。
 森と呼ぶには若干木が少ない印象を受けるが、林と呼ぶには多すぎる。
 「木」と言う字二個半分の漢字があれば、そう表せたかも知れない。何と読むのかは定かではないが。
「この辺りらしいな」
 言うと同時に、白刀が空を見上げる。ここまでくれば彼女が放ったと言うアカネダカの姿も視認出来る。自分達の上空をくるくると旋回し、ピィピィと鳴いているのが聞こえた。
「とにかく、体から砂の落ちている童子を探せば良いんですよね。さっき見た時は……」
「ウブメだったな。と言う事は、近くにウブメ本体もいるはずだ。気をつけろ」
 ヒビキの言葉に返しながらも、言っている本人が全く気をつけていない様子で、ざくざくと歩を進める。
「気をつけろって自分で言っている側からそんな行動!?」
「……諦めろ。ツッコミを入れたら限がない。そいつは特に」
「まあ、確かに」
 などと、ユウスケと幸太郎は呟きながら……結局は彼女の後を追うようにして歩くのだが。
 そしてしばらく……距離にしておよそ一キロ歩いた頃だろうか。唐突に、剣戟の音が聞こえた。
「この感じ……アンノウン!?」
 翔一の言葉と、音の出所を辿った彼らの視界に、犬のような姿をしたアンノウン、ドッグロードと、それと戦う怪童子と妖姫の姿が入ったのは、ほぼ同時。
 その奇妙な光景に、反射的に構えていた翔一も唖然としてしまう。
「犬対……カニなのかな、あれ?」
「ありゃあ、バケガニの童子と姫だな。でも、何だってこんな山奥に?」
 ユウスケの呆けたような問いに、ヒビキは不審そうな表情を浮かべて声を返す。
 バケガニは本来、沢や海に存在する。だが、ここは山の頂上付近。近くに湖や川があると言うのなら納得もするが、そんな気配は全くない。
「……おい、そこの! 見ていないで手伝え!!」
「うわ、偉そうな犬」
「命令形だな」
 呑気にこちらを見やるテディ達に気付いたのか、ドッグロードが怒鳴るように言うのだが……いかんせん、傍目から見て異形対異形の構図。しかもどちらも悪役のような顔つき。
 アンノウンが「人間の為に戦う存在だ」と言う事は聞いてはいる物の、やはり一歩引いてしまう部分がある。その上で先程の言い分だ。つい、意地悪くその戦いを眺めていようかとさえ思ってしまう。
「……ちぃっ! 御方のご命令がなければ、あんな連中、こいつらごとぶちのめすのにっ! 特にアギト!!」
「ええっ!? 俺ですか?」
「ついでに鬼も!!」
「ついでかぁ……」
 それこそギャンギャンと吠えながら、ドッグロードはバケガニの怪童子、妖姫の攻撃をいなす。
 その傍ら、ドッグロードの言葉を不思議に思ったのだろう。ユウスケがきょとんとした表情を浮かべ、翔一とヒビキに視線を向ける。
「え? アギト? 鬼?」
「えーっと、内緒なんですけど……俺、アギトなんです」
「鍛えてますから。シュッ」
 二人して緊張感のない答えをユウスケに返す一方で、それを聞き止めたらしいドッグロードが再び吠える。
「貴様ら……仲良く談笑している場合なのか? 手伝えと言っただろう!」
 恐らく、あのアンノウンは弱くはない。こちらに向かって怒鳴りながらも、あの二体の相手を軽々とこなしているのだから。
「そんな大口が叩けるんだ。手伝う必要はないだろう」
「うわ、ムカつくわそこの垂れ目ワカメ!」
「……どうやら、倒されたいらしいな」
 傍観を決め込もうとしていた天道が、ドッグロードの一言にカチンと来たのか、カブトゼクターを構え、いつでも変身可能な状態になりつつ、低い声でそう言った。
「やめておけ。どうせなら巻き添えで……と言う形を偽装しろ、天道総司」
「それは勿論だ」
「ちょっと待て貴様ら。何で俺まで殺す気満々か!?」
 手に持つ剣で怪童子の体をくるりと回転させ、妖姫の攻撃の盾にしながら、「彼」は天道と白刀の会話に逐一ツッコミを入れてくる。
 随分と律儀なアンノウンらしい。少なくとも、今まで翔一が出会い、戦ってきた存在の中ではとても元気な部類に入る。今までのアンノウンは、往々にして物静かで居丈高だったが、彼はとてもフランクだ。
 幸太郎としては、どことなくイマジンに近いノリを感じるのだが。
「無論、二割程冗談だ、ドッグロード」
「そっちで呼ぶな! 俺にはカニス・ファミリアーリスと言う崇高な名がある!! かつ冗談成分は二割か貴様っ! 八割本気か!?」
「ああ、すまん。犬」
「覚える気ないだろ、この白猫!!」
 白刀の言葉に堪忍袋の緒が切れたのか、「彼」……カニス・ファミリアーリスと名乗った存在は、そう怒鳴りつけると、未だ盾にしたままの怪童子を彼女に向かって投げつけた。
 だが、白刀は特に動じた様子もなく飛んできた怪童子の首筋を片手で掴むと、そのまま無造作に腕を振って近くの木に叩き付けた。
 その瞬間、ゴッと言う鈍い音と共に、怪童子の体が叩きつけられた木に半分程めり込み、その一瞬後には大きな衝撃を喰らった木の方が耐えられなかったのか、ミシミシと音を立てて倒れてしまう。
「……今、あいつ片腕だったよな」
「俺、もう『女の細腕』って言葉、信じられないかもしれない」
 彼女の後ろで薄ら寒そうな表情を浮かべながら、幸太郎とユウスケは互いに囁きあうが、それは彼女の耳に届いているのかは定かではない。
 分るのは、彼女がやはり並の人間ではない事、童子と姫の怒りが頂点に達している事、そして……それと戦う犬の姿のアンノウンは、どうやら「敵ではない」らしいと言う事。
 完全な味方であるとは、とてもじゃないが言えないようではあるが……
「おい、白猫」
「何だ、犬?」
「御方の命令だからな、貴様らを手伝ってやる。ありがたいだろ?」
「巨大なお世話だ」
「御方のご好意を無にするか貴様ぁぁぁっ!」
「……言い方を変えよう。同行者に『裁判官』がいるのは非常にありがたいが、何故よりによってかまびすしい貴様なのだ? 煩すぎて『審判』に追い出されたか。そうなのか」
『……ああ』
「ンな訳あるか! そして、何故に納得するか貴様らも!」
 白刀とファミリアーリスの会話に、つい納得する面々。
 確かに、元気が良すぎる。追い出されたと言われたら納得できてしまうくらいに。
 だが、そんな呑気な空気が、バケガニの童子と姫には気に食わないらしい。更に苛立ちを募らせたのか、彼らは「怨」と一声叫ぶと、真っ直ぐにファミリアーリスに向かって走り出し、その両手のハサミを振り上げた。
 だが、彼はそれを待っていたらしい。にっと笑う……少なくとも翔一にはそう見える顔を作ると、持っていた剣で、まずは先に間合いに入った妖姫の右腕を斬り落とし、返す刀で怪童子の左腕をも斬り落とす。
 それは、一瞬にも満たない時間の出来事だった。普通に見ていたら、「気付いたら二人の腕が一本ずつ飛んできていた」と言う状態だろう。
「あいつ……何だよ、あの強さ……」
「並のアンノウンじゃないですね」
「『アンノウン』と呼ぶな。言ったはずだ、アギト。俺にはカニス・ファミリアーリスと言う名がある、と」
「俺も、アギトじゃなくて、津上翔一って名前があるんですけど……」
 ファミリアーリスの言葉に、翔一は苦笑気味にそう返す。
 とは言え、恐らく相手に嫌われている身。覚えてなどくれないだろうと思ったのだが……返ってきたのは、意外な笑顔と一言だった。
「津上翔一か。悪くない名だ。気に入った」
 そう言ったかと思うと、ファミリアーリスは再び剣を振るい、今度こそ童子と姫を真二つに斬り、この戦いに決着をつけた。

「御方の命令で、お前達の手伝いに来た。名は、カニス・ファミリアーリス。気軽にファミリアと呼ぶと良い」
 剣をどこかに収め、改めてドッグロード……カニス・ファミリアーリスはそう言うと、テディと同じくらい深い角度でお辞儀をする。
 物言いは偉そうだが、随分と礼儀正しい存在らしい。
 お辞儀の際、背中に退化した羽根の痕のような物があるのを見ると、改めて彼がアンノウン……ロード怪人と呼ばれる類の存在だったのだと、翔一は改めて思う。
「ファ、ファミ……?」
「……鬼は横文字が苦手だから困る。言い難ければカニスで良い。苗字のような物だが」
 一人彼の名を呼ぶのに困っていたヒビキに、ファミリアーリスは呆れ半分、苦笑半分の声でそう言った。
 話によれば、彼は「御方」……「闇の力」の命令によって、この地へ先回りしていたらしい。目的は、彼らの手助け、ならびに人間の守護。
 最近、この辺りではハイカーが次々と行方不明になると言う事件も勃発していると言う事もあり、彼は一人で動き回っていたらしいのだが……
「途中、先程のカニ共に襲われた。俺の動きを止めたかったのか、単に敵と認識されたのかまでは分らん」
「大丈夫でした? 怪我とかないですか?」
「……悪いが話しかけるな、翔一。殺意が湧く」
「ええ!?」
「仕方ないだろう。こっちだってそんな事を思いたくないのに、思うんだ。本能的に、アギトは敵、と刷り込まれてしまっているせいだろうな」
 仲良くしたいとは思うんだがな、と寂しそうに笑いながら、彼は心底申し訳なさそうにそう呟く。
 確かに、彼はアンノウン。アギトをはじめとした、「人から離れてしまう者」を殺すと言う使命を帯びた存在だ。故に、翔一や鬼であるヒビキに対して、敵意を抱くのは半ば本能と言っても過言ではない。
「特に、戦闘中はいかん。気が立つせいか、先程のような発言が普通に飛び出る」
「ああ、『こいつらごとぶちのめすのに』と言うアレだな」
「……貴様は本当に嫌な女だな、白猫」
「誉め言葉と受け取っておこう」
「……いつか絶対に生きたまま車のエンジンに顔突っ込ませて殺してくれる」
「その程度で死ねるのなら御の字と言う物だが、生憎とそれで死ねる気がせん」
 バチバチと二人の間で妙な火花が散るのだが、その言葉のやり取りの意味は良く分らない。
 とりあえず、ファミリアーリスがとても物騒な事を言っており、それに対して白刀も、まるで自分が不死身であるかのような対応で返している。
 このままでは永遠に二人の奇妙な応酬が続くと判断したのか、天道は人差し指をファミリアーリスに向け、「そもそもの疑問」をぶつけた。
「大体、何故お前は俺達の手伝い、などという物をしに来た?」
 そう。彼は言っていた。「命令で、手伝いに来たのだ」と。
 ならばその命令には理由があるはずだ。単純な戦力強化の為だけではないだろう。……確かに、ファミリアーリスは強かったと思うが。その為だけに「天敵」でもあるアギトの側に彼を置くとは思えない。
 そして、彼もやって来た「意味」までは説明していなかった事に気付いたのか、こくりと一つ頷くと……
「俺がお前達と共にうろつけば、敵は俺の姿を見かける。お前達が追うイマジンは、ロードである俺を倒そうと出てくる。それをお前達が倒せば良い。そのために派遣された」
「……すげーざっくりな計画だな」
「何を言うか。あてずっぽうで片端から連中を屠るよりは確実だ!」
 心外と言わんばかりに、幸太郎の言葉に返すと、ファミリアーリスは「自分の意見こそが正解」と言いたげにパタパタとその尾を振った。
「まあ良い。その手でやってみるのも、アリだろう。外しても、そいつならそれなりの戦力にはなるのは見ての通りだ」
 半ば諦めたような白刀の言葉に、面々もこくりと頷きを返す。
 確かにファミリアーリスは強いと思う。少なくとも白刀が言うような「それなり」と言う表現では生温い強さを持っているのは、先程のバケガニの童子並びに姫との戦いを見て理解している。
 そう思い……一行は、犬のアンノウン、ドッグロード、カニス・ファミリアーリスと共に行動を再開するのであった。
――けどこれ、端から見たら、絶対に変な集団だよな――
 そんな風に幸太郎とユウスケが思ったのは、言うまでもない。
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