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その他

今日も真っ白な羽が降る。

「やあ」
「げっ、楊漸…。また来やがったのか。」
「おや、つれないねえ。今日はお土産まで持ってきてあげたというのに」

にこにこ笑いながら手に持っていた何かを悟空の眼前に差し出す。
それはだだの不思議な形をした置物に見える。
悟空は胡散臭いモノを見る目で、その置物らしきものと真君を見た。

「ったく、今度は何を企んでやがるんだ」
「企むだなんて心外だなあ。珍しい物を見付けたから悟空と玄奘たちにも見せてあげようと思っただけなのに」

そう言って今度は玄奘たちの方にその置物らしきものを差し出した。

「なんだこりゃ?」
「だだの置物にしか見えないな」
「…どうでもいい」

三者三様の返答だった。
八戒は興味深そうにジロジロ見ている。
悟浄は玄奘のために見廻りに行った。
玉龍は玄奘のために果物を探しに行った。
そして、玄奘は。

「これは…香炉でしょうか?」
「さすが玄奘、よく分かったね!というわけで、はい」
「は、はい?」

香炉を真君から手渡され、狼狽える玄奘。

「あ、あの、二郎真君?これは悟空に渡そうと持ってきたのではないのですか?」
「いやいや。これはね、最初から玄奘に渡そうと思っていたんだよ」
「え」
「おや、嫌そうだね」

ギクッ

(や、やってしまいました!)
素直過ぎる自分の反応を悔やむ玄奘だった。

「まあいいよ。中に香が入っているから、焚いてごらん」
「は、はい」

真君に言われ、中に入っている見たことのない色をしたお香を焚いてみる。
すると、嗅いだことのない香りが辺りに広がった。

「本当にただの香みたいだな」
「変な匂いだな~」
「確かに」
「…何か、変」

従者たちは安堵した。
真君のことだから、また何かを企んでいるのではないかと皆思っていたのだ。
杞憂に終わりほっと息を吐く。

「不思議な香りですが、玄奘様はどう思われますか?」

悟浄が玄奘に話しかける。
だが。

「にゃあ」

玄奘の様子がおかしい。

「げ、玄奘様!?」
「にゃあ」
「ひ、ひ、姫さん~?」
「にゃあ~」
「お師匠様…?」
「にゃあ」

何を言っても『にゃあ』しか言わない。
しかも、八戒のしっぽにじゃれたそうにしている。
普段の玄奘からは考えられない様子だった。

「おい、楊漸!玄奘に何しやがった!」

この状態の元凶であろう真君に問い詰める悟空。

「おや。すぐに人のせいにするのはよくないと思うよ?」
「いやいやいや、どう考えてもアンタのせいだから!」
「二郎真君!玄奘様に何をしたのですか!?」
「お師匠様、にゃあしか言わない。早くもとに戻さないと、消すよ?」

玉龍の周りに水の塊が集まり始めている。
それを見ても、真君はにこにこしている。


「まあまあ、落ち着きなさい」
「落ち着いてられるか」
「まさかこんなに効くとは私も思っていなかったのさ」
「…何が?」

真君は視線を香炉に寄越し、再び悟空たちの方に向き直る。

「いやあ。実はこの香、『猫化の香』っていってねー」
「「猫化の香!?」」
「聞いたことねえな」
「にゃあ」
「そんなの、どうでもいい」

水の塊が大きくなった。

「とある島国の神童が何となく作ったこの香を少しくれないかと訊いたら、快くわけてくれてねえ」
「なんつーはた迷惑な」

八戒がガクッと肩を落とす。
その時、悟空が首を傾げた。

「おい楊漸。この香、何で俺たちには効かねえんだ?」
「いい質問だね、悟空」
「さっさと答えろ」
「はいはい」

まったく、せっかちだなあ。と言わんばかりの態度にイラッとしながら答えを待つ。

「その神童に、女性にだけ効くように配合してもらったのさ」
「にゃああああぁ!」
「うわあぁ!ね、姉さま!?」
「ちょっ、金!?急にどうしたのよ!?」

少し離れたところから雄叫びと悲鳴が聞こえてきた。

「あれは蘭花たちか」
「あそこまでお香が広がってたんだな」

意外と広範囲にお香が広がっていたことに驚いていると、すごい勢いで何かが近付いてくる音がした。
それは勿論あの三人組だ。

「ちょっと!アンタたち、金に何したのよ!?」
「姉さまにゃあしか言わないんです~」
「にゃあああ!」

いつも余裕たっぷりな蘭花が血相変えて走ってきた。

「妖怪にも効くのか」
「すげえ効能だな~」

悟空と八戒はお香の効果に感服していた。

「…うるさい」

玉龍は玄奘の様子にしか興味がないので、今にも術を発動してしまいそうだ。
しかもストッパーである玄奘が猫化しているので大変危険な状態である。
そんな中。

「ん?」

悟浄が蘭花を見て首を捻っている。

「何よ」
「何故、蘭花には効いていないんだ?」
「は?」
「この『猫化の香』、女性にのみ効くと二郎真君は仰ったのだが」
「え」

女性にしか効かないと言われ、蘭花が慌て出す。
しかし。
悟浄は未だに首を捻り続けているが、他の人たちは皆蘭花の正体に気付いているので逆に悟浄に憐れみの視線を送っていた。

「悟浄のやつ、まだ気付いてないのか」
「ほんと鈍いよな~」
「…憐れ」
「面白い子だねえ」

そんな残念なモノを見る目で見られているとは知らず、蘭花に疑問をぶつける悟浄。

「何故だ?」
「…銀、冥界に帰るわよ!金を連れてきなさい!」

蘭花は悟浄のイノセントな視線に耐えられず、逃げることにした。

「は、はい~。でも姉さま、治るんでしょうか?ずっとこのままだったら、どうしましょうぅ~?」

銀閣は混乱している。
そんな銀閣に、真君が声をかける。

「ああ、それなら心配いらないよ。時間がたてば効果はなくなるから」
「そ、そうなの?よかったわね、銀。それじゃあ、また来るわね!!!」
「あ、おい!まだ質問に答えていないぞ!」
「うっさい!この鈍ちんが!!」
「に、鈍ちん!?」

思わぬ罵倒にショックを受けた悟浄。
その後ろで、悟空たちはそのとおりだと思って頷いていた。
バタバタと慌ただしく去っていった蘭花たち。
一難は去った。
が、まだ玄奘の猫化が治っていない。

「にゃあ」
「…お師匠様、治ってない。…何で?」

玉龍が不思議そうに首を傾げる。
すると思いもよらぬ人物から答えが返ってきた。

「それは、お香の範囲内に居るからに決まっている」

真君をいつも通り迎えに来た、木叉からだった。

「おや、木叉じゃないか。私に何か用かい?」
「楊漸様、仕事が山ほど溜まっています。天界に帰りますよ」
「はいはい、仕方無いなあ。じゃあね、悟空。また来るよ」
「楊漸様が失礼しました。では」

あっさり帰っていった真君と木叉。
後に残されたのは白い羽とお香、それと一抹の殺意だった。

「…とりあえず玉龍」
「何?」
「水術でこの香を消せ。そうすりゃあ玄奘もすぐもとに戻んだろ」
「わかった」

バシャアッ!!

手加減して、お香のみ消す事に成功。
玄奘が見ていたなら、偉い!と頭を撫でてあげたに違いない。
あとどのくらいで玄奘がもとに戻るかはわからないが、戻るまで休憩時間になった。



八戒と玄奘。

普段ならば、玄奘による素行注意が五割、八戒によるお世辞(だと玄奘は思っている)が四割、残り一割が雑談等という会話なこの二人。
玄奘が猫化した今はというと。

「にゃあ」
「姫さんかわいいなあ」
「にゃあ~」
「姫さ~ん。抱きしめてもいい?」
「にゃあぁ~」
「え、いいって?やったあ。じゃ、ちょっと失礼して」

にゃあしか言わない玄奘に八戒が一方的かつ都合よく解釈しているだけだった。
ちなみにこの後、八戒は悟浄に殴られ玉龍に殺気のこもった視線を投げつけられた。


悟浄と玄奘。

普段ならば従者と主なこの二人。
玄奘が猫化した今はというと。

「げ、玄奘様!?ちちち近いです!」
「にゃあ」
「いけません!離れてください!あ、いや、別に玄奘様を拒んでいるわけではないのですよ?ただこのように接近されると俺の身がもたないというか理性がもたないというか」
「にゃあ!」
「ぐっ!がはぁっ!!!」

ペットと玩具、だ。
玄奘にいきなり抱きつかれ(ぐっ!の時)さらに頬を舐められ(がはぁっ!!!の時)鼻血を噴いて倒れる悟浄。
自力で玄奘を丁寧に引き剥がし、日陰で横になり安静にしている。


玉龍と玄奘。

普段ならば、親子の様なこの二人。
玄奘が猫化した今はというと。

「お師匠様」
「にゃあ」
「…にゃあ」
「にゃあ」
「…僕、いつものお師匠様も好きだけど、今のお師匠様も好きだよ」

あまり変わらない。
ただ、いつもは玄奘に玉龍が寄り添っているが今は玄奘が玉龍に寄り添っている。
玉龍の猫寄せフェロモン効果だろう。


悟空と玄奘。

普段ならばなんだかんだ言いつつ死にかけな悟空を玄奘が看病したり一緒にお茶を飲んだりと、意外と相性が良さそうなこの二人。
玄奘が猫化した今はというと。

「おい」
「にゃあ」
「乗るな、どけろ」
「にゃあ」
「ったく、しょうがねえな…」

何か普段より悟空が甘い。
玉龍のもとを離れ、木にもたれて休む悟空の膝に腰を落ち着けた玄奘。
文句を言いつつも玄奘の座り心地が良くなるよう抱き寄せて位置を調節し、落ち着いている悟空。
ピンクな空間が出来上がってしまった。

「にゃあ」
「…」

今、このピンクな空間には悟空と玄奘しか居ない。
八戒はさっきの罰として果物採取中。
悟浄はいまだ横になり休息中。
玉龍は泉に行って水汲み中。
つまり、邪魔者が居ないのだ。

「にゃあ」
「んぉ?」

さっき悟浄にしたように悟空に抱きついて頬を舐める玄奘。
勿論、悟空は動じず。

「ほ~お、ほんとに猫みたいだな。…今度あの香、作ってみるか。いや待てよ。同じじゃ面白くねえな…犬、兎、狐、狸…玄奘なら犬だな」
「にゃあ?」
「耳も生えりゃあもっと面白くなるか」

変な事にヤル気を出す悟空。
常なら玄奘がお説教を食らわすとこだが、まだ猫化は治らない。

「にゃああ」
「しっかし何だ。止めた方がいいのか、これは?」

実験の作業工程を夢想している間ずっと顔に玄奘の唇を寄せられていた悟空。
いくら女性に興味がない悟空でも特別に想う相手にそんな事をされ続けられれば欲情もしてくる。
だが、さすがに正気を失ってる相手に手を出すのは気がひける。
最中に正気に戻ったら言い訳も出来ない。
どうするべきか思い悩む悟空。

「よし」

ほんの数秒で結論を出した。
その結論とは。

「ちょっとくらいならいいか」

だった。

「玄奘」
「にゃあん」

一度結論を出した後の悟空の行動は早かった。

「んんぁ…にゃ…んむぅ」
「…っはぁ」
「ふはっ!にゃあぁ」

角度を変え、深さを変え、何度も口付ける。
正気戻ったらどうするかな、と最初は考えていたが段々どうでもよくなってきた。
頭痛の代わりに脳を襲うのは、脊髄まで蕩けそうな程の、熱。
それを冷ますのは無理だと判断した。

が。

「にゃあん…ん…ん?ふぇ?」
「ぅん?」
「な!?は、き、きゃああああ~!!!」

いきなり突き飛ばされ呆然としていると玄奘に脱兎のごとく逃げられた。
どうやら猫化が治ったようだ。
もう少し玄奘の柔らかく甘やかな唇を味わっていたかった悟空は残念そうに一度だけ舌打ちをした。
そして。
『猫化の香』ならぬ『犬化の香』を早く作ろうと決意した。

「玄奘様、何があったんですか?」
「姫さん、どうしたんだよ~」
「お師匠様?」
「……」

皆が心配そうに正気に戻った玄奘の様子を伺っている。
顔を真っ赤にして長い間体育座りを続ける玄奘。
理由を尋ねても「い、言えません、あんな事!」と涙目で断固拒否である。
その理由を唯一知っている悟空は。

「あの薬草を煎って…」

『犬化の香』の製作プランを考えていた。
と、玄奘の様子を気にかけていた玉龍が不意に首を傾げた。

「お師匠様」
「…はい?」
「猫になってたの、覚えてる?」
「うぐ!」

玉龍の疑問。
それは玄奘の顔をより赤くした。
つまり。

「えっ!姫さん覚えてんの!?」
「…はぃ」
「え、え、えぇ!?では、八戒のしっぽにじゃれついたり玉龍にすり寄ったり俺にだ、抱き付いて頬にく、ちづ、けた、り」
「…えぇ、ええ!あの香を嗅いだ後のこと全部、覚えてます!!それはもう嫌というほど!はっきりと!!」

自棄になって叫ぶ玄奘。
それを聞いた従者たちは。

「なんだ~。なら、抱き付いたりとかもっと色々しとけばよかったなあ。そうすれば、俺のこともっと意識してくれたかもしれないじゃん?」

八戒はパチッとウインクひとつ。

「申し訳ありません、玄奘様!俺がもっとしっかりしていればあんな、あんな…!」

悟浄は玄奘同様、羞恥に顔を赤くした。

「僕は、どんなお師匠様でも好き。でも、お師匠様が嫌なら、二度と猫になんてさせない」

玉龍は決意を秘めた瞳を玄奘に向けた。

「全部覚えてんのか」

悟空はニヤッと含み笑いをこぼした。
数時間経ち、玄奘がようやく心の整理が終わり復活した。

「皆さん、迷惑をかけてしまい申し訳ありませんでした。今日起きた事は記憶の奥深くに沈めておくので、皆さんも忘れて下さい。では、出発しましょう。天竺はもうすぐです」

キリッとした様子で言い放った玄奘だったが、身体がフラフラしている。
多分まだ動揺しているんだろう。
それを知ってか知らずか…まあ十中八九、知っててだが。

「玄奘、フラついてるぞ」

悟空がわざとらしく耳許で囁く。
吐息が耳にかかり、ビクッと身体を震わせる玄奘。

「ちょ、悟空!当分私に近付かないで下さい!」
「なんでだ?」
「あ、あ、当たり前でしょう?!あなたは私に何をしたのか忘れたのですか!!」
「誘ったのはオマエじゃねえか」
「誘ってなんていません!!」

またもや顔が真っ赤になる玄奘。
それを面白そうに見ている悟空。
当分このネタでからかう気だろう。
そんな事件がありつつも旅は続く。

「おい玄奘。ちょっとこっち来い」
「なんですか?」
「…『犬化の香』失敗か」
「人を実験台にしないで下さいというか何作ってるんですか!!」

そんな日常になりつつも。
どんなに嫌な事があろうとも、どんなに辛い事があろうとも、どんなに恥ずかしい事があろうとも!
旅は続くのだ。

「おい玄奘、これ飲んでみろ」
「なんですか、これ?」
「新作の媚薬」
「絶対!飲みません!!」

玄奘の受難は当分続く。
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