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FF7BC

※真面目ちゃんの続きのお話です。
◼️真面目ちゃんの忘れもの



オフィスの入り口の前で、足が動かなくなった。

勢いに任せて、自分はなんてことをしたんだろう。
どんな顔をしたらいいのか、わからない。

「…」

この扉を開けることに、こんなにも躊躇するなんて。
入社の日とは違う、緊張。

組み敷かれた体から見上げる赤髪の先輩の、見たことのない顔。
髪に触れる指、頬を撫でる手のひらの感触。
その先はどうなるのか、知識としては知っていた。
ドラマや本ではよくある展開だ。
でも。
先輩にそんな知識もないと、呆れられた。
そのことに逆上してしまった。
いや、少しだけ、その先の展開に期待してしまっていたのかもしれない。
ぐるぐると、頭の中の考えがまとまらない。

「おう、おはよう」

後ろから声をかけられ、思わずビクッと肩が跳ね上がる。

「何入り口の前で突っ立ってんだ。寝てるのかと思ったぞ、と」

ポンポンと軽く頭を撫でて、先輩はそそくさとオフィスの中に入っていく。

気が、抜けた。

ぐるぐると悩んでいたのは、自分だけだったのだ。
先輩にとっては、よくあることなのかもしれない。
むしろ、もう本当はそんなことなくて、自分の夢だったのかもしれない。
なぜか少しだけ胸がチクリと痛んだ気もしたけれど、これもきっと、勘違いだろう。

「おはようございます」

扉をあけて、自分のデスクに向かう。
荷物を置いて、机の上に書類などがないことを確認して、給湯スペースへ。
コーヒーを一杯。
かわらない毎日だ。

何事もなく、仕事は進む。
昨日から朝にかけてのもやもやは、まるで嘘のようだ。
先輩も、いつもとかわらない。
やっぱり、自分の勘違いだったのだろう。


終業時間を過ぎる。
問題のない1日が終わり、ひとり、またひとりと家路につく。
今日は待機の当番日だから、自分は1人このままオフィスに待機だ。
静かなオフィスで、過去の資料に目を通したり、自分の技を磨くために書籍を読んで過ごす。
何かあればすぐに動けるようにという意味での待機当番だが、何もなければただ待っている時間だ。
めんどくさいと同僚は言うが、嫌いではない。

「よお」

途中で出かけそのまま直帰すると聞いていた先輩が、ひょっこりと現れた。

「レノさん?どうされたんですか?」
「ちょっと忘れもの、と」

そのまま先輩が近づいてくる。
手に持っていたビニール袋を、机の上に置かれた。

「これは差し入れ」
「ありがとうございます」

袋の中には今日の出先で買って来たのか、甘いお菓子が袋からチラリと顔を出している。

「そんで、忘れ物の件だけど」

お菓子を袋から取り出そうと、手を伸ばす。
隣のデスクにもたれかかる先輩。

「何なかったことにしてんだよ、と」

手が、止まる。

心臓がバクバクと音を鳴らし出す。
なかったことって。

「昨日のこと」

昨日のことって。

「忘れたなんて言わせないぞ」

勘違いじゃ、なかった。
指の感触、髪の匂い、華奢に見えているのにしっかりとした体、触れた唇。

「でも、レノさんだって」

先輩が無かったみたいな態度だったから。
顔を上げて言いかけるが、目で言葉を遮られる。

お菓子が入っていた袋がガサッと音を立てる。
隣のデスクにあった先輩の手が当たり、お菓子が床に落ちる音が、室内に小さく響いた。
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