にれさく

桜さん、寒くないですか。制服の釦閉めた方が良いですよ。
お節介ながらも桜さんの身体が心配でそう声をかけた。桜さんは、平気だと一言で一蹴する。

しかしこの人は体調を崩しやすい。風邪を引いても薬も飲まずまともな食事もせず、ただ寝ているような人だ。風邪の治し方が分からなかったのだろう。今まで誰も教えてくれなかったのだろう。体調を崩しても、傍に居てくれる人がいなかったのだろう。
また部屋で1人眠る桜さんのことを思い出すと胸が痛くて張り裂けそうだ。出来れば風邪を引く前に予防できることはやっておきたい。

しつこいと思いながらも、もう何回か釦をしめるように伝えてみた。すると桜さんが小さい声でこう言った。

締め付けられると、なんか嫌だ。

癖でよく唇を尖らせる桜さんが、今回は薄く唇を開いてささめいた。無意識なのか、首に手を当ててするりと摩っている。目はこちらを向いてくれなくて、ぼんやりとしていた。
その仕草からふと、嫌な想像をしてしまった。

桜さん、何かされたんですか。
首に何か、されたんですか。

たくさん喧嘩をしてきた桜さんのことだから、そうされる場面もあったかもしれない。ただ、桜さんの喧嘩はいつも圧勝で、何かのトラウマを引き出す隙もないほどだ。喧嘩から起きたトラウマがあるのかと不思議に思った。
考えられるのは、喧嘩が強くなる前。
抵抗する術がないほどの、幼き頃。

桜さんの過去を何も知らないのに、ゾッとする想像をしてしまった。
しかし、桜さんが自ら過去を話そうとしない限り踏み込むのはよそう。そして、この想像することだけは辞めてはいけない。彼を知ろうとすることを辞めてはいけないのだ。

もしかしてマフラーもダメですかね?努めて明るい声で尋ねてみた。オレの不安な気持ちが伝わってはいけない。
マフラーはやったことがない、と桜さんは答えた。それならと、オレのチェック柄のマフラーを取り出し、巻いてみないかと提案した。制服の釦は第二釦まで開けておけば苦しくないことを伝え、マフラーを軽く巻いてあげる。
もしかしてマフラーも怖いのでは、と緊張したが、案外すんなりと巻かせてくれた。
楡井の匂いがする、とマフラーに頬を擦り寄せた桜さんの仕草にどきっとし、あからさまに取り乱してしまった。オレの様子を見た桜さんも自分のやった言動に気付いたようで、今のは違う!と顔を赤らめて大声で焦っていた。

そうは言いながらも、オレの香りが染み付いたマフラーを桜さんは気に入ってくれたようで、軽く巻いたマフラーを両手で掴み、口元を隠して暖を取っていた。その仕草にまた顔が熱くなる。
締めつけは特に感じないようだ。

桜さん、今度神社でまた屋台があるんですよ。初詣しながら行きましょう。そのマフラー着けて来てください。着物も一緒に着て、今年もずっと一緒にいられますようにって願いましょう。

釦をしめることすら躊躇いを感じるあなたが、どうかこの先共に幸せになりますように。
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