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young and beautiful




2.三井


 人熱れに耐えかねて、大きな一枚ガラスの窓際に寄ると、会場となっているホテルのボールルームから宙に浮いたような広いテラスが見渡せた。
 湾岸の夜景が広がる外は深呼吸が出来そうなほどに気持ちが良さそうで、三井は無意識に慣れないタイに手をやった。まだまだ緩めることの出来ない時間を考えて溜息を一つつき、まだ半分ほどに中味の残る手にしたグラスに気づいて呷って空ける。
 寄っていった背の高いテーブルにグラスを置いて顔を上げると、端に非常出口を兼ねているらしいガラス扉を見つけた。近づいてダメ元で押してみると、それは簡単に開いて、三井は救われたように足を踏み出した。
 都会にあって潮の香りが強く鼻を抜ける。明るければ湾岸の光景が望めるのだろう。今は海は暗い闇でしかなく、その中に煌々と輝く夜景がおもちゃのように広がっている。
 空調のない外気はムッと熱されて体を取り巻き、冷やされていたスーツの身体の内側に不快な湿度を生み出す。それでも外の空気は呼吸を楽にしてくれ、三井は深く息を吐きだした。
 脳裏にはまだ今朝方の同居している男との言い合いが貼りついていた。これを機に関係を公にしようという仙道の言葉に、拒絶よりも先に笑いが出た。
 30を過ぎて引退の2文字も具体的な形になって頭を掠める。まだまだ、という気持ちと、長年世話になってきたチームの低迷。選手の入れ替えを模索する声も小さくはなく聞こえてくる。
 そんな今の環境の中に身を置く自分には到底考えられない。いや、今の二人の関係を考えれば、なぜ、という疑問しか浮かんでこない。
 対して仙道は代表候補に選ばれ続け、自分が休暇で自主練に精を出す時も忙しく海外に飛び回る。相談をしたい時には傍におらず、シーズンオフでも顔を合わせることが稀になってきている。
 絞められたタイのシャツの下には、揃いのリングが首にかかっている。この重さも今の三井には支えることが苦しかった。
 中の会場の華やかさは、所属しているリーグのものであるはずなのに、自分からは遠く感じられる。スピーチを頼まれている、という仙道の姿は今は見たくなかった。仙道の性格を思うと考えられなくはない、とんでもないサプライズからも自分を避けていたい。
 終わるまでこのテラスに身を隠しているか、と振り返ると、ちょうど出入り口のガラス戸が開かれたところだった。同じく室内から出てきた人間は平均をはるかに超える長身は同業者だとわかる。
 知った顔だと嫌だな、と三井は逆光の中、その人間を見分けようとした。髪型から近づいてくる男が仙道でないことに息をつき、眉を寄せて見つめていると、徐々に明らかになるその顔に三井は驚き、狼狽した。
 今一番会いたくなかった顔だった。
 逃げ場を探そうと周囲を見渡すが、出入り口は全て近づいてくる男の背後で避けては通れなかった。固まったように動けない三井の目の前まで来て、男は足を止めた。
 三井は覚悟を決め、顔を上げて男を見た。
 相変わらず美しい造り物のような顔。
 それでもどこかにあったあどけない少年の線は消えてなくなり、頬の線の固い精悍な大人の男がそこにいた。名工が迷いなく彫りあげたような一重の両眼から放たれていた、怯むほどに強い光が消えて滲むような熱が生まれる。気付かぬほどに寄せられた眉は三井だけにわかる表情だった。
 泣き出しそうな顔。
 アメリカに旅立つ前の暑い夏の一日限りの夜。
 力強く自分を抱く手足と反対に、縋るような目。
 それとは全く異なる底知れない自信を備えた有無を言わせない顔だ、と三井は眺めた。
「先輩」
「流川…」
「やっと、」
 ゆっくりと上げられた長い腕から伸ばされて指が、自分の顔に触れる、と思った時、「流川」と声がかかった。いつの間にか近くまで来ていた仙道が、内面を伺わせない表情でそこに立っていた。
「スピーチ。始まるぞ。中に入れ」
 流川は上げていた腕を降ろし、顔を仙道へと向ける。
「行けよ」
 三井が口を開くと、流川は三井を見、「また、来るから」と低く言い残して背を向けた。その後ろ姿を見送った仙道が、三井を振り返る。室内からの逆光で表情が読めない。
「おまえも。あんだろ、スピーチ」
「…うん。いってくるね」
「ああ、がんばれ」
 なんて意味のない言葉。
 開かれたドアから建物内のざわつきが耳に入り、それはまたゆっくりと消えていった。



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