霊場


 魅耶は傍にある幹に手を添え、逆の手で頭上を指差した。
 華倉もそれに従って、頭上に視線を向ける。

 鬱蒼と茂る杉の葉。
 その合間から何とか入り込もうとしているような木漏れ日。
 時折吹く風で、杉の葉は揺れ、掠れ、得体の知れない笑い声のようにも聞こえた。

「ここは薄蓮(はくれん)の縄張りだったんです」

 魅耶の言葉に、はくれん、と華倉は首を傾げた。

「榎本くんの前世である化け蜘蛛の名です。真鬼と創鬼が祠に最鬼を封じたのがこの辺りだったんですが、そこはもう薄蓮の縄張り内だったんですね」

 華倉が目を見開いて反応する。

 総本山は元々当時の藩の管轄だった。
 それから時代が流れ、明治中期に篠宮家が分轄された山の一部を買い取った。
 そこを今も尚、綿々と守り続けている。

 だからか、と華倉は1人納得した様子で呟いた。

「先日、歴代当主の日記と思しき書き付けを見付けたので読んでみたのですが、どうやらここを総本山とする際、徹底的に祓い、清めてしまったそうです。妖怪、ましてや鬼神が閉じ込められていた痕跡を残さないようにと」
「そんなもんあったの?」

 どちらかというと、華倉は「歴代当主の日記」の方が気になった。
 どこにあったんだ、そもそも字は読めるのか、などと疑問は次々沸いて来る。

 けれどまずは、四〇〇年前のその話を進める。

「浄化済みとは言え……この様子からすると、あまり手は付けて来なかった場所のようでもあります。安全面などからは伐採したいですけど……」
「……あー」

 ようやく魅耶の言わんとしていることを、華倉も理解する。
 この一帯は、言わば「曰くつき」なのだ。

 鬼神が3体揃って過ごしていた場所。
 それ以前から強い妖力を持つ化け蜘蛛が縄張りとして居付いていた場所。

 幾ら丁寧に祓い、清めたと言えども、やはり積極的に近付きたくない何かがまだ此処には残っている。

「此処だけやめとく?」
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