秒読み


 頭がうまく回らない。
 菱人は自分ではそう捉えていた。

 済まん、と表情を歪めて、真鬼に謝る菱人。
 これ以上は話していても話は前に進まないだろうことは明らかだった。

 それでも、ここであの「何か」を野放しにしてもいいのか、それはとても不安だった。

「……最近、連日深夜まで起きているだろう。容子が心配していた」

 菱人の顔色の悪さにも、真鬼は気付いていた。
 数日前、ふと漏らした容子の呟きを思い出し、真鬼はそう声を掛ける。

 しかし菱人にとっては、夜更かしには勘定されない程度のものらしい。
 そんなことはない、と答える菱人に、真鬼は溜め息を吐く。

「いいから今日はもう休め。お前の気分云々ではなく、容子にこれ以上心配をさせるな」

 ずっと他人――自分以外の家族のこと――を優先して生きて来た菱人にとって、この言い方は一番効果的だった。
 うぐ、と言葉に詰まる菱人。
 反論するつもりでいたらしいが、容子の名前を出されてしまったせいか、言葉が出せなかった。
 確かに、菱人にも思い当たる節があったことに、菱人も気付いていた。

「……そうする」

 はぁ、と諦めにも似た溜め息を吐き、菱人は真鬼の提言を受ける。
 その前に部屋を、と、菱人が自然な流れで再び階段を下りようとするので、真鬼は黙って腕を伸ばす。

 背後からがしっと肩を掴まれ、菱人は驚きの余り、声が出る。

「何だいきなり」
「何だじゃない、お前が行くのは寝室だ馬鹿」

 この下にある部屋が何なのかは、真鬼も把握している。
 しかし真鬼すらも菱人に許可を得ないと入れないため、真鬼は申し出る。

「あの部屋の戸締りくらいなら私がやっておく。……変わった点がなくても報告する」

 だから今日はもうよせ、と。

 やや不服そうに真鬼を見返す菱人。
 食い下がろうと考えていたのだが、真鬼に立ち位置を入れ替わられ、ほら、と寝室へ向かうように背中を押される。

 実質、階段への道を塞がれてしまった。
 仕方なく頷き、分かった、と菱人は答える。

 その場を離れる菱人の姿を、見えなくなるまで見送った真鬼は、菱人が戻ってこないことを確認してから階段を下りた。

 菱人にしては、不用心すぎる状態だった。
 部屋のドアは全開、電気は点けられたまま。
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