秒読み
幸い、最鬼の魂を保管してある標本瓶には変わった様子はなかった。
標本瓶の台に近付き、液晶パネルを確認する。
電源も異状無し、誰かが外からいじくったような痕跡も見られない。
だとすれば、余計気掛かりになる。
菱人は一体、ここで何と遭遇したと言うのか。
顔を上げて、ぐるりと部屋中を見回す。
天井、柱の陰、ドアの後ろ……何かが潜んでいる気配はない。
電気を消し、真鬼はゆっくりとドアを閉める。
確かに施錠し、開かないことを確かめてから、もう一度顔を上げる。
ドア越しにも、妙な気配はなかった。
鍵を返却ついでに、真鬼は菱人へ異状なしとの報告に向かう。
しかしそんな真鬼を出迎えたのは容子だった。
寝室に入ってくるなり寝ちゃったのよ、と容子は苦笑いのような笑みを浮かべて教えてくれた。
やっぱり疲れてたんじゃないか、と思いつつも、真鬼は口に出さず、容子に鍵を預けた。
鍵を受け取りながら、容子が真鬼に告げる。
「有り難う真鬼さん。菱人さんに休めって言ってくれたの、真鬼さんでしょ?」
唐突に事実を当てられ、真鬼は戸惑いながら、ああまぁ、と曖昧な受け答えをしてしまった。
まさか礼を言われるとは、全く予想していなかった。
「わたしも勿論だけど、皆助かってるのよ。この家で菱人さんに強く言えるの、実は真鬼さんだけだったりするから」
わたしの言うこともそれなりには聞いてくれるけど、と容子は室内を振り向いて言う。
寝室とは言っても、部屋の奥にもうひとつドアがあり、ベッドはその奥にある。
今2人がいる入口からは、菱人の姿は見えない。
容子は深く眠っているであろう菱人のことを心配しながら続ける。
「菱人さんは本当に立派よ。けれど、立派過ぎて、対等に接するのがとても難しいの。ビジネス上の立場も絡んで来ると余計にね」
それにあの人は頑張り過ぎる。
優しさとタフさと、責任感が強過ぎて、自分でブレーキを掛けられない。
本当はそのブレーキを掛ける役目がわたしなんでしょうけど、と容子は残念そうに笑う。
それから真鬼を見上げ、だから本当に助かってるの、と続けた。
「これからも菱人さんのこと、ちょっとだけ頼んでもいいかしら?」
容子の真っ直ぐな気持ちに、真鬼はただ頷いて見せた。
2020.8.24