秒読み


 中は当然ながら真っ暗だ。
 しかし、同時に気配があった。

「……誰かいるのか?」

 険しい目付きで暗闇の中を睨む。
 その菱人の呼び掛けに、声は返って来ない。

 しかし。
 ぼんやりと浮き上がる、青白い影が、目に入った。
 一瞬怯んでしまった菱人だが、静かに中へ入るとドアを閉める。

 誰だ、ともう一度その気配に呼び掛ける。
 青白い影はしゃがんでいたらしい、ゆらり、と立ち上がるように縦に伸びた。

 その大きさは、菱人の遥か頭上を越える。
 人ではないことは明確だった。

 途端。

「――!!」

 ふらり、と上体を背後にゆらめかせたと思ったその直後、その影が間髪入れずに飛び掛かって来る。
 本当に突然の動きに、菱人は避ける術もなく、思わず腕で眼前を覆った。

 爆風のような風の中に包まれる。
 痛みはない、けれど“無数の声”が聞こえた気がした。

 暴風が止み、部屋は静まり返る。
 無意識に止めていた呼吸を再開し、菱人は顔を上げる。

 電気を点けた。
 室内は特に変わった様子は見られない。
 菱人は部屋をそのままに、一旦出て行く。

 階段を駆け上がったところで、うわ、という声に鉢合わせた。

「菱人? どうした血相変えて」

 吃驚した様子で真鬼がそう訊ねる。
 菱人はまず自分の息を整えて、真鬼に問い返す。

「……今、何かが来なかったか?」
「は?」

 何かって、と真鬼が怪訝そうに菱人を見返す。
 菱人がこんなに漠然とした内容の質問をすることなど、今までなかったのだ。

 菱人自身ももう少し具体的に詳細を伝えたい意思は持っていた。
 けれど現時点では、「何か」が「いた」としか、言語化出来ないことも事実だった。
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