愛されて来た君へ

「はい、これで完成」

 帯締めの結び目の形を整えて、ぽん、と軽く叩きながら律(りつ)姉ェは言った。
 わたしは無意識に止めていてしまったらしい息を、ようやく吐き出す。
 ふわーっ、と吃驚したかのようなわたしの声に、律姉ェが呟く。

「そんな身構えるもんでもなかろうに」

 そりゃそうかも知れないけれど、わたしはこんなにしっかり着物を着るのは初めてなのだ。
 苦しいというより、重たい。

「振袖って重量あるねー」

 体力は自信のあるわたしだけど、これは想定外。
 とにかくまず歩幅が制限されるわ。

「まぁね、でもオーバーな動きはお呼びでない服装だからね」

 部屋の中を、なるべく動き回り、感覚を掴もうと頑張るわたしに、律姉ェは静かに答えた。
 わたしが着て来た洋服を片付けてくれている。

「ごめん、そんなことまで」

 自分の始末くらい自分でやりたいんだけど、こうもしっかり着付けてもらっては安易に動けない。
 まずしゃがむことが難しいのである。

「いいのよ、気にしないで。結希(ゆうき)の振袖ってだけで結構レアだし」
「どういう感覚なの」

 わたしの服を全部畳んで、律姉ェはカバンにしまってくれた。
 そんなに希少価値なの、と続けるわたしに、律姉ェはふふっと笑う。

「会場までは何で行くの? タクシー?」

 律姉ェに訊ねられて、ああ、と返事をする。

「龍一(りゅういち)が送ってってくれるって。そうだ、着付け終わったから連絡しなきゃ」

 スマホ、と近くに置いてある自分の荷物の方へ移動する。
 ミニバッグの中からスマホを取り出すと、龍一の番号に電話を掛ける。

 通話なの、と横から見ていた律姉ェが呟く。
 1回で済むから、とわたしが答えていると、龍一が出たようだ。
 うん、着付け出来た、うん、10分くらいね、はーい、と手短にやり取り。

「終わったらまたうちおいで。着物の手入れもしてあげる」
「ほんとー? ありがとう~」

 律姉ェの善意に、全力で乗っかることにする。

 持ち物のチェックをして、鏡で髪型の微調整をする。
 成人式のために髪の毛伸ばすのもいろいろ厄介だったな。
 普段は大学とバイトで髪にまで手間掛けてる時間ないのに。

「しかしよくお金貯めたわねぇ、あんた。ちゃんと寝てた?」

 この日のために購入した振袖。
 そんなに高価なものではないけれど、自分のバイト代で賄った。

「うーん、まぁリズム出来るまではギリギリよ」

 はっはっは、と達観したかのような笑い方をするわたしに、わーお、と律姉ェがわざとらしいリアクション。

「ただでさえ医学部で忙しいんでしょ。買うこたなかったんじゃないの?」

 似合うけどね、とスマホでわたしの写真を何枚か撮りながら律姉ェが訊いてくる。
 まぁ確かに、レンタルならもっと安くなったけど。

「折角なら自分の好きなように着たいし。買っておけば律姉ェと響(ひびき)さんの結婚式にも着ていけるじゃん」

 それは本当のことだったから、そう告げた。
 律姉ェはそれを聞き、あら、とちょっと予想外の反応を見せた。

「またそんな可愛いことを言う」
「そう遠くない話でしょ?」

 この子は、などと愉快そうに、でもやっぱり嬉しそうな律姉ェ。
 わたしのそんな問い掛けに、多分ね、と笑った。
 あー、でも。

「律姉ェの結婚式では、律姉ェに着付け手伝ってもらえないね」
「そうね」

 今回はわたしの成人式だから手伝ってもらえたけど。
 美容院に頼むのはいろいろ気を遣うなぁー、なんて呑気に考えていた。
 わたしのスマホが短く鳴る。
 龍一が着いたようだ。

「ありがと律姉ェ。じゃあ一旦行って来ます」
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