さよならは裏切る

「――っわ!? 明夜(めいや)!?」

 いきなり僕の手元から梛月くんの頭がぶれる。
 梛月くんも椅子から転げ落ちる寸でのところで耐えていた。

 一匹の獣が、愛しそうに梛月くんに抱き着いている。
 すりすりと、そのもふもふの毛並みで頬ずりだ。
 梛月くんを捜していたのか、明夜の尻尾が喜びを爆発させている。

「ちょ、分かったから、一回退いて」

 この獣は、梛月くんの本当の父親が手懐けていたため、匂いの近い梛月くんが大好きなのである。
 その頃既に喋ることが出来なくなっていたそうなのだが、言葉がないせいか、スキンシップはいつもこんな感じで激しい。
 一応狼のような獣だけど、まるで飼い犬である。

「ねぇ、明夜、ほんと一旦落ち着いて。僕今髪の毛切ってもらってるから」

 どうどう、とその小さい手で、梛月くんは明夜の頬をわしゃわしゃと撫でる。
 明夜は最高に嬉しそうに目を瞑って、それからようやく大人しくなる。

 体格はライオン並みに巨大なんだけど、中身は忠犬そのもの。
 行儀よく梛月くんの足元に待機した。

 はぁ、と梛月くんは溜め息を零しながら椅子に座り直すと、後でね、と明夜に約束する。
 頷く明夜を眺めていた僕に、梛月くんが謝って来た。

「ごめんなさい風河さん。続き……いいですか?」

 ちらり、と申し訳なさそうに、でも何か探りを入れるようにして、梛月くんが僕を見上げた。
 僕は何食わぬ顔のまま、うん、と頷く。

 その後は平然とはさみを動かし、梛月くんの注文通りに毛先を切り揃えた。
 出来たよ、と終わりを告げ、ケープを外してやった。

 軽いー、と自分の首筋を触り、梛月くんは歓声を上げた。
 それから僕を振り向き、笑って、礼を述べる。
 僕は梛月くんにはさみを返しながら伝える。

「掃除はやっておくよ。梛月くんは明夜と遊んでやって」

 いいんですか、と梛月くんが訊いて来た。
 頷く僕を確認すると、また礼を述べて、明夜を呼ぶ。

 ぱたぱたと左右に尻尾を振る明夜を連れ、梛月くんはお辞儀をして、部屋を後にした。

 ドアが閉まる。
 僕は黙ってしゃがみ込み、切られた彼の髪の毛を一掴みした。


2018.12.17
(BLではないんですよ、こんなんでも)
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