さよならは裏切る

 はさみは彼が持って来ていたものを受け取った。
 どのくらいまで、と僕は梛月くんの背後から訊ねる。
 梛月くんは自分の髪の毛を一束掴んで、まずとにかくばっさりで、と呟いた。

 梛月くんの髪の毛は、軽く掴むだけでは、するり、と落ちてしまう。
 こんなに長くしてあるのに、よく手入れがされている。

 少し考えてから、仕方ない、と思い、僕ははさみを先に髪の毛に宛てた。
 まずうなじの中心の辺りから切るね、と梛月くんに伝える。
 梛月くんは首は動かさず、はい、と返事をした。

 しゃき、しゃき、と数回はさみを動かし、少しずつ髪の毛を切り落とす。
 ばさりと足元に散っていく毛の束。

 彼と、彼女を繋いでいた足枷が、朽ちていくようだった。

 最後の束を切ると、梛月くんの首筋と、輪郭が覗いた。
 何の跡もない、白い肌をしている。

 これからどうする、と梛月くんに訊ねる。
 梛月くんは一度、両手で毛先の感覚を確かめて、頬の輪郭に添わせてくださいとジェスチャーを付けて説明した。

 僕も梛月くんの髪の毛を触って、脳内でまずイメージを掴む。
 どうにかして、この気持ちのざわつきを、紛らわせたかった。

 本当は、さっさと終わらせた方が、僕のためにもなった。
 こんなふうに様子見なんかせず、最初から、もっと切るべきだったと、後になって思うほどに。

 似過ぎなんだ、この子たちは。

 この辺かな、とか、わざとらしく、声に出す。
 脳裏に彼女がチラつく。
 指先に、無駄な力が入って来た。
 何も気付かない様子の梛月くんが、腹立たしい。

 綺麗な首筋。
 何故君の首筋は、そんなに整っているのか。

 思考が止まる。
 けれど瞳に映る光景は、何故か理解出来ていた。

 はさみを持ち変えてナイフのように、構える。
 その刃先を、そっと、梛月くんの髪の毛に宛がう。
 そのまま、少しずつ、下へ移動させた。

 刃先で、つ、と優しく、頸動脈を捉える。
 感情もなく、その自分の行為を、僕の「理性」は理解していた。
2/3ページ
スキ