最後の最悪

「鬼様鬼様~」

 パタパタと大きな足音を立てて天井を走って来るときに呼ばれ、魅耶は顔を上げる。
 はしたないですよ、と洗濯物を畳む手を止め、魅耶はときを軽く諌める。
 ごめんなさい、とときは会話の一部のようにすんなり謝ると、でもね鬼様、と続ける。

「鬼さんがいるの」

 そう、天井の上を指差すように、ぴっと人差し指を立てた両手を自分の足元に向けて、ときが言った。
 すぐには何のことなのか分からず、鬼さん、と呟きながら、ときの指差す方を見上げる魅耶。
 天井、の、更に上。
 魅耶ははっと気付くと、洗濯物をそのままに、そのまま縁側へ向かう。

 庭へ出て、屋根の上まで見える位置まで後ろ向きに歩く。
 その姿を見つけると、真鬼、と魅耶は名を呼んだ。

「真鬼でしょう? どうしたんですか」

 陽射しを遮るように、手で陰を作って、魅耶は屋根の上に座る男に続けた。
 その声にゆっくりと顔を見せる真鬼。
 しかし、その動作はどこか遠慮がちだった。

「どしたの魅耶?」

 別の部屋でしていた仕事を切り上げたらしい、華倉がふと廊下の奥から顔を出した。
 庭に出ている魅耶に気付いたらしい。
 しかし、魅耶がそんな華倉の問い掛けに答えるより早く、その影が空から降って来る。

 目の前にいきなり現れた人影に、さすがに華倉は「ぎゃっ!」と声を上げる。
 身体からやや遅れて、その真っ直ぐに黒い長髪が、ふわり、と落ちてくるのが確認出来た。
 顔を上げる男に、華倉も「真鬼?」と呼び掛ける。

「来るなら連絡下さいよ」

 あんたはどうしてそういきなり、と魅耶が小言を始める。
 現在、菱人の部下として篠宮本家で過ごしている真鬼は、それ故に菱人の使いとして何度かこうして総本山を訪れていた。
 それがすっかり定着したため、魅耶は今回もその類の訪問だと思っていたのだ。

 しかし、真鬼は浮かない表情で、いや、とまず否定した。
 その反応だけではいまいち話が理解出来ず、何がです、と魅耶は続けて訊く。
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