最後の最悪

 真鬼は何かを迷っているかのように、深く目を閉じていたが、ふっと顔を上げ、華倉を見詰めた。
 今まであまり真鬼にこういうことをされたことのない華倉は、つい身構えてしまう。
 そこに覚えたのは、殺気や後悔などの後ろめたい感情ではあった。

 そんな真鬼の視線に何も出来ずにいる華倉から、真鬼は視線を外す。
 そして、腹を括ったのか、切り出す。

「……個人的な用事だ。憂巫女の呪いを解く件だが、」

 真鬼の話に、えっ、と華倉も魅耶も反応を示す。
 しかし華倉の声は高めだったのに対し、魅耶の声は警戒したような低い声だった。

 真鬼はその後をすぐには続けず、一旦黙り込んだ。
 どのみち黙っていても仕方のないことだが、真鬼は言い出すことを渋る。
 恐らくそこにある本音は、まだ自分が信じられていない所為だろう。
 何とかそう自分を思い込ませ、真鬼は言う。

「……憂巫女の呪いを解くのは、もう暫く先にして欲しい」

 真鬼の口から出て来たその言葉は、華倉にとっても魅耶にとっても、あまりにも想定外だった。
 え、と華倉が思わず間の抜けた声で反応してしまうほどに、思いもよらない話だった。
 菱人がようやく計画を進め始めた今回の件。
“憂巫女”という存在そのものの呪いを解き、長きに渡って繰り返されたこの惨劇の根を断つ――
 そのために今、真鬼を始め、創鬼である裕にも頼み込んで、手筈を整えているところだった。

 その当事者のひとりである、真鬼の口から出て来るはずのない言葉であることは明白である。
 何を言って、と魅耶が怪訝な目付きで真鬼を捉える。
 今更になって、憂巫女が恋しいとでも言うのだろうか。
 真鬼の伴侶であった琴羽も、憂巫女だった。
 魅耶はそう問い質してみたが、そうではない、と真鬼は答える。
 その想いが全くない、とは言い切らない真鬼だが、そんな自分の本音はさておき、とうとう白状する。

「……最鬼さいきが生きていた」

 最鬼。
 華倉がその名を静かに復唱する。
 三体目の鬼神であり、四〇〇年前の憂巫女と鬼神たちとの惨劇の元凶。
 長いこと榎本唯一に憑依し続け、瀧崎隼人を苦しめた“最悪”の鬼神だ。

 けれど。
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