終わりの始まり

 そこまでは分からんが、と前置きをしたうえで、意見する。

「忘れさせない、という意思は、垣間見えたな」

 決して歴史の闇に葬ることは許さない。
 それは、憂巫女に選ばれてしまった女性たちの、細やかな復讐だったのかも知れない。

「それで、その、呪いを解く方法とかってあるの?」

 俺はそう、話を進めようと、菱兄ィに訊ねる。
 菱兄ィは、ああ、と短く返事をして、でも曖昧な表現を使った。

「鬼神たちの力を使えば、何とか出来るかも知れない……と言った程度だが。それでも真鬼と最鬼は篠宮家が管理しているし、準備が整い次第実際に行おうと思っている」
「……そうなの」

 あくまでまだ可能性の段階なのか。
 そりゃあそうかな、と心の中で考えていた俺に、出来れば、と菱兄ィは続ける。

「出来れば、創鬼の力も借りたいと考えている。連絡が取れるなら、一言入れておいてもらいたいんだが」
「……ああ、うん」

 全員必要なの、と俺が訊ねると、菱兄ィはちょっと考えてから「恐らく」と答えた。

「まだ調べた結果の仮定に過ぎないけどな。でも、この三体の鬼神の力は明確に役割が異なっている。恐らく……全員揃って初めて完全な力を発揮するものだろうと」

 そう説明されて、俺の隣で「成る程」と魅耶が呟いていた。
 魅耶も一応知ってはいるんだな……まぁ、今は分離しているとは言え、鬼神の張本人ではあるからな。

 麦茶を飲み干して、もう一杯、とコップを差し出す菱兄ィ。
 魅耶がそれを受け取り、ポットから麦茶を注ぐ。

「詳しい算段がいつ出来上がるかはまだ分からない。でも、そんなに時間は掛からないはずだ。その時にまた連絡する」

 魅耶が麦茶を注いだコップを菱兄ィに差し出す。
 お礼を述べて、菱兄ィはすぐに口を付けた。

 憂巫女の転生を断ち切る、か……。
 そんなこと出来るんだなぁ、と言うよりは、していいのかな、という感想を抱いていた。

 でも確かに、もうこんなつらい歴史は、繰り返さない方がいい。
 誰かが必ず犠牲になるような、何かが必ず壊れてしまうような、そんな目に遭ってまで受け継がれるべきものではない。
 俺で、終わりに出来ればいい。

「以上だ。手短で済まない」

 よっこら、と立ち上がろうとする菱兄ィ。
 本当に短かったので、え、と素で驚いてしまった。

「もう帰るの? ほんとにこの報告しに来ただけ?」

 俺の問いに、ああ、と頷く菱兄ィ。
 こんなんわざわざ出向くことないじゃん。
 電話でもメールでもいいじゃん。

 何でわざわざ、と呟く俺に、菱兄ィは答える。

「……漏らしたくない情報であることは確かだし、華倉だけでなく、魅耶くんにもきちんと理解して欲しい内容だからだ。まだ不確定とはいえ、今後の篠宮家の在り方にも影響を及ぼすことは明白だ」

 故に、伝達漏れや勘違い、思い違いは許されないこと。
 その事の重大さをようやく理解して、あ、と呟く俺。
 そんな俺に、菱兄ィは最後に付け加える。

「それに俺は単純に、此処が好きだからな」

 顔を上げ、ふっと振り向く菱兄ィ。
 しかしすぐに俺たちの方に向き直ると、じゃあこれで、と玄関へ向かう。
 俺と魅耶も一緒に玄関へ向かい、菱兄ィを見送った。

 菱兄ィの車の音が聞こえなくなった頃、俺は溜め息を零す。
 俄かには信じられない話だな、と今も何と無くふわふわしている。
 でもそうか、憂巫女として転生する者がいなくなれば、此処――篠宮総本山も要らなくなるんだよな……。

 此処は篠宮家の先祖もそうだけど、第一には「歴代の憂巫女」たちの鎮魂を目的に存在している場所だ。
 篠宮家だけだったら、こんな山奥に建てておく必要はない。
 憂巫女という存在がいなくなれば、此処はもうなくても構わない。

「どうしますか、連絡?」

 玄関を閉めて、魅耶が俺に訊ねた。
 え、ときょとんと返してしまう俺。
 魅耶は淡々とした口調で繰り返す。

「今の話、坂下くんに伝えておきますか?」

 ……あ、そうか。
 それするんだったな。

 しかしすぐには意見出来ず、うーん、と首を傾げてしまう。
 出来れば……あまりもう、迷惑は掛けたくないなぁ……。

「坂下と榎本には、もうこの話はしないでおきたいのが本音だけどなぁ……結局最鬼の件でも手ェ焼かせちゃったし」
「あー……しかし創鬼は坂下くんと分離出来ませんからね。今の菱人さんの話のまま進めば、多分創鬼の力も必要ですよ」

 ぽてぽてと廊下を進み、居間に戻ってくる。
 まじでー、と嘆く俺に、魅耶は「はい」と答える。
 何だかんだ、一生の付き合いになってるなぁ……。

 なんて申し訳なく思っていた俺に、コップを片付けながら、魅耶がふと訊いて来た。

「華倉さんは、構わないんですか?」
「え、何が?」

 お盆を持って立ち上がる魅耶に、俺はそう訊き返す。
 何の話だ、と思っていると、魅耶はちょっと目を細めて俺を見詰める。
 けれど、何やら考えて、いえ、と言い直す。

「何でもないです」

 そのまま台所へ向かう魅耶。
 え、何? ほんと何?


2018.7.22
これの後、何も創作をしていないので
この先どうするのか見えていないのが実状。
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