独裁者の憂鬱

 いやー、まいったね。
 まさか船に穴を開けられて冬の池に沈められるとは……
 沙陀さだとの戦で負けた腹いせで、将軍の彼を殺したのは不味かったな。あれは大分手痛い敗戦だったから。
 軍の統制が取れなくなってくるかもね。私は今まで厳法を用いて将兵を処刑し統率してきたから、不満はあっただろうし。兵卒の逃亡防止に入れ墨を掘ったりねぇ……

 幸い主力の軍や多くの民たちは、まだ私のことを慕ってくれているようだけど、一部の兵は突然殺されるかもしれない恐怖か復讐かで暗殺まで仕掛けてくるようになったわけだ。
 厳罰と公正は不可分だ。私はそれを一時いっときの感情で破った。同じようなことはこれからもあるだろうね。困ったものだ。
 君には迷惑をかけるね。護衛の仕事が増える。
 ……心配の方が先なのかい? 優しいねぇ。
 
 友珪ゆうけいのことで話があるのかい。あいつは後継に向いてないだろう。
 私は後継者が血縁者である必要はないと思っている。優秀な仮子かしを指名すれば良い。うちには既に向いている子がいるしね。
 李存勗りそんきょくは父親以上の実力者だ。あれには誰もかなわん。力では無理だな、あの子──友珪にできるとは思わない。 
 友珪には萊州らいしゅうに行ってもらうつもりだ。あそこは同盟国の呉越ごえつとの交易港だ。情勢が不味くなっても逃げられるだろう。
 
 そうだな、あの子にはそう言った。正しいだけでは人は従わないと。
 確かに私は皇帝も皇族も宦官かんがんも貴族も殺した。その下手人に罪を押し付けることもした。
 それが正義だとは私は言わないよ。あの子は残酷だというが、歴史家に頼んで隠すつもりもない。
 あの子は私にそういうことをしてほしくないのかもしれないが。
 何かを成したいなら実力を示すしかない。私は三十余さんじゅうよ年この地の平和の為に尽くした……
 
 さっきから一方的に喋りすぎだね。ここのところ朝儀ちょうぎ以外で人と会ってないからな。皇帝はふつう臣下と親しく付き合わないものだし。どうも口が滑る。
 
 そうだね、新しいこともした。
 宦官の代わりに女官をつかったりね。唐の連中は馬鹿だったな。彼らは自分たちの手足であるはずなのに粛清して。ま、私が後押ししたんだが。
 日本の使節が渡航中止になったのは残念だったな。あちらではそれが普通らしいね。
 
 そう、中華を無理に統一する必要はない。いま民に必要なのは休息だ。そのために呉越など国々へ王号を贈り封爵を進めた。つまりこの帝国に朝貢さえすれば安心して自国の安定につとめられる。
 でもそれは帝国の安定あっての話だ。これが沙陀にわかるのかね。
 
 ああ、あの子は私を殺すかもね。でもそれで良いのかもしれない。
 私に心酔しんすいしている者たちがどうするかはわからないが……
 
 正直疲れてるのかもね。私に皇帝は向いてないよ。皆で机を囲んで話してる方が楽なんだ。一人じゃ執務できないし。ほら、文盲もんもうだからさ。
 

 あの子に伝えるのかい?
 
 逆効果なんじゃないかな。無駄なことを……
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