平和な日常~冬~2

一方この日の午後には雪広コンツェルン本社を穂乃香と那波千鶴子・那波衛夫妻が訪れていた。

本来であれば穂乃香は個別に挨拶に出向く予定でアポを取っていたが、雪広家と那波家の方から一緒の方が話が早くていいのではとの提案があり雪広コンツェルン本社で会うことになっている。

まあそんな話が簡単に出るのは穂乃香が近衛家の人間だからとも言えるが、実際に現在の日本で普通に雪広グループと那波グループの会長や社長に一同に会える人間は一握りしかない。

特に雪広グループ会長である雪広清十郎と那波グループ会長である那波千鶴子は共に現在は第一線を退いており、二人が揃って会う相手は身内である麻帆良派や麻帆良学園のパーティーを除けば政財界の実力者か国賓クラスの海外VIPくらいであろう。

両者共に経営はすでに息子に任せているので、二人が会うのは儀礼的なものに近く実務面で言えばあまり必要ないからとも言えるが。


「皆様お久しぶりです」

さてこの日は近右衛門は仕事で来れなかったが、穂乃香と雪広家と那波家は雪広コンツェルンの会長室での対面となっていた。


「堅苦しい挨拶はそのくらいでいいじゃろう。 それにしても相変わらず向こうも大変そうじゃな」

穂乃香にとって清十郎と千鶴子はそれこそ物心つく前からの知人であり、現社長の二人とも幼い頃からの友人である。

流石に最初は形式張った挨拶をする穂乃香だが、清十郎がすぐにそれを崩すようにと告げた。


「二十年は本当に長かったわね。 でも二十年でよかったとも思うわ」

清十郎の言葉に穂乃香の表情が緩むと千鶴子は懐かしそうに二十年前の話を口にする。

東西の魔法協会が公式に協力関係に進むのに二十年も掛かったのだから。

実は二十年前に穂乃香の関西行きに一番反対したのは穂乃香の亡き母と千鶴子であった。

二人はまだ二十歳そこそこだった娘を対立する魔法協会の政治の道具にすることに最後まで反対したのだ。

穂乃香の母はあいにくと数年前に亡くなったが、彼女は最後まで娘と孫の将来を案じ仲が良かった千鶴子に頼んでいたりもする。


「いえ皆様方の支援がなくば私と夫の今の立場は無かったでしょう。 結果を出すまで二十年も費やしてしまい申し訳ありませんでした」

完全なる世界という魔法世界史上最大最悪のテロリストに対するためとはいえ、東西の協力が公式に進んだ件はようやく掴んだ二十年前の一件の結果の一つであった。

そしてこれは東西の幹部クラスでも知らない極秘事項だが、詠春と穂乃香の夫妻には雪広家と那波家から毎年極秘で資金提供が行われている。

組織の運営にも人を束ねるにも最低限のお金は必要なのだ。

近右衛門や亡き先代の長の存在もあり主要幹部は基本的に詠春に従ったが、長い歴史を生き延びた関西の人間達を纏めるには何より時間と現金が必要だった。

細かな方針の一つ決めるにも根回しや相談は必要だし、何か痛みを伴う頼みをするには最低限の代償が必要になる。

それを組織の腐敗だと言い切ることは簡単だが、だからと言って上辺だけの正論で彼らを叩けばいい方に進む訳ではない。

関西の人達と同じ仲間としてより良い未来の為にと信頼関係を築くには、詠春自身が彼らに将来の希望を見せつつ守る側に回るしか無かった。

無論露骨に買収をしたり金をばらまくことはしないが、お祝い事の際に贈り物をしたり祝い金を包んだりするのは必要不可欠である。

加えて関西近衛家は古い家なので付き合いの幅も広く、若い夫妻では収入以上の支出が出ていく時もあった。

これが普通に関西の人間出身ならば同じ協会の仲間達が立場を理解して助けてくれるのだろうが、詠春と穂乃香夫妻の場合は自分達から頼まなければ助けてくれるはずもない。

そして下手に借りを作ると後々まで主導権を握られかねないとの事情があり、詠春と穂乃香には近右衛門と雪広家・那波家から資金提供が二十年の長きにわたり行われていた。



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