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平和な日常~冬~2

冬の早い夕暮れが過ぎて夜の闇が麻帆良を包む頃、日頃ならば静かな横島の店は活気に満ちていた。

一夜限りの麻帆良亭の復活という話が横島から出たのは午後の二時頃だったが、数時間もしないうちに情報は麻帆良中に広まってしまう。

原因の一つは麻帆良亭の元常連達と横島の店の現常連達による口コミであり、こちらは麻帆良亭を懐かしむ年配者や麻帆良亭をあまり知らない現在の学生達にまで広がっている。

坂本夫妻は知らないが横島と木乃香は現在の麻帆良では有数の有名人であり、横島達がまた何かを始めたというだけで人が集まる程度の影響力があった。

そしてもう一つは体育祭以降すっかり麻帆良に定着した芦コーポレーションのSNSカグヤの影響で、麻帆良の情報伝達スピードが一年前と比べて格段に上がったことか。

実は麻帆良亭復活をSNSカグヤに第一報として流したのは、その場に居たハルナだったりする。

しかもその影響で麻帆良の地元のケーブルテレビが急遽麻帆良亭の限定復活を報道した結果、あっという間に麻帆良市内に広まってしまった。


「すいません、現在最短でも三十分待ちになってるです」

その影響は凄まじく風が冷たい夜にも関わらず、久しぶりに店の外まで行列が出来ている。

しかも確認の電話や予約の電話も頻繁にかかって来ており、店内では木乃香達とさよはもちろんのこと騒動を大きくした原因の一人であるハルナに加えて、ちょうど店に居合わせた千鶴と夏美が手伝っていた。

夕映は先程から外で行列に並ぶ人達にメニューを見せたり急なことなので提供に時間がかかることなどを説明しているが、行列は減るどころか増えつつある。


「横島君はホワイトソース、近衛君はタルタルソース、宮崎君はサラダを頼む」

そして一番大変なのはやはり厨房であった。

今日の昼に会ったばかりの横島達と坂本夫妻の夫で、行列が出来るほどの客をさばくのは簡単ではない。

まして横島は麻帆良亭の味を知らないので一つ一つ指示を受けながらの調理になるので、日頃のスピードは必ずしも期待は出来ない訳だし。

ただそれでも長年プロとして店を守って来た夫の経験と実力は素晴らしく、横島や木乃香の力量や癖を把握して厨房をコントロールしていく。

正直突然の話にも関わらず次々とやって来る客の数に夫は驚き不思議そうな表情を浮かべるが、その訳を聞く暇がないほど厨房は忙しい。

木乃香達が中学生であることにも当初は軽い抵抗感があったが、一旦混雑し始めるとそんなことを考えてる余裕は消えてしまったのが現状だろう。


「味見お願いします」

「……塩を一つまみ頼む」

ただ熟練の職人である彼との仕事は、木乃香達は元より横島ですら学ぶべきことが多いとも言えた。

元々横島が受け継いだ料理知識や経験には、プロの料理人としての重みのようなモノが若干欠けている。

唯一のプロとしての経験は魔鈴の経験だったが、彼女もまたどちらかと言えば天才肌の人なので坂本夫妻のように人生の大半を費やしたような経験ではない。

それは横島の利点でもあるが欠点でもある。

そして人を越える技術や超感覚で経験を補い料理を作る横島とは違い、人としての技術と経験で精一杯努力して料理を作る夫の一挙手一投足の全てが横島には学ぶべきものだとも言えた。

そのままいつもと違い少しピリッとした緊張感の中で、横島達は伝統の味を作っていく。



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