引っ越し前夜
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「明日、何時?」
段ボールの蓋にガムテープを貼っていると、背後から声を掛けられた。
ふと振り返ると、いるはずのない母が玄関から入ってきた。
壁に掛かる時計は午後5時半を指している。
この時間はまだ仕事をしているはず……と絶句していると、
「『こんな時間に何でいるの?』 って、顔しないでくれる?
今日ぐらい早く上がらせてもらったのに。
新幹線、何時よ。」
私の口真似をしているつもりなのか、母は低めの声色でそう言うなり、手にしていた買い物袋を床に置いて靴を脱いだ。
「し、始発。」
「ふーん、やっぱりね。
あたしがいない間に行くつもりだったんだ……」
こちらの様子を横目でちらりと見ながら、軽く舌打ちをした。
どうやら、私の魂胆はまる見えだったようだ。
「夕飯、まだ作ってないでしょ?
今夜は作るから。」
母は玄関先に置いていた段ボールを避けながら、狭い台所へと向かう。
「えっ、いいよ。
いつも通り 私がやるから。」
母の申し出を断ろうと、床から立ち上がるが、
「今夜ぐらい、させなさいよ。」
私に背を向けたまま、買ってきた食材を袋から取り出していく。
その声は心なしか、穏やかに聞こえた。
ご機嫌なのか。
それもそのはず……
煩わしかった娘が明日から居なくなり、清々しているからだろう。
「……じゃ、お願い。」
本当に珍しいことがあるもんだ。
明日、季節外れの雪……降らなきゃいいけど。
そんなことを考えながら、先程書き終えた宅配便の伝票を手に取り、最後の段ボールに貼りつけた。
父と母が離婚してから、もう五年。
この木造アパートに引っ越ししてから四年半経つ。
団地は、あの騒ぎを起こしたお陰で居づらくなり、母と二人 逃げるようにここ 隣町に移り住んでいた。
あれから、いろいろなことがあった。
相変わらず 母は厳しかったし、度々衝突することもあったけど……
それも今日で最後。
明日から、私は祖父母達に引き取られ、宮城で生活することになる。
「よっと……」
段ボール箱を抱えてアパートの階段を降りると、その先にある自転車置き場前で台車の荷台に腰掛けていた 親友 ガクちゃんこと浅木岳 (アサギガク) の姿が見えた。
一学年上の彼とは、私が小学校高学年から入った地域の演劇サークルで知り合い、一年弱 一緒に稽古や芝居をしてきた。
しばらくして、彼は演劇サークルから大きな劇団に移り、一緒に芝居をすることもなくなったが、時折 サークルに顔を出して 先輩風吹かしている。
最近ではテレビドラマにも出演している子役仲間の中で一番の出世頭だ。
身長180センチある体格のいい身体はしゃがんでいるせいか、今日はとても小さく見える。
少し伸びた栗毛色の髪が風で乱れないように左手で押さえ、俯いたまま 何か考え事をしているようだ。
もしかすると、今日あった劇団の稽古 サボって、私の手伝いに来てしまったことを後悔しているのかもしれない。
「ガクちゃん……」
近寄りがたい雰囲気の中、恐々 声を掛けると、目鼻立ちのはっきりした見目麗しい端正な顔がこちらを見上げる。
段ボールの蓋にガムテープを貼っていると、背後から声を掛けられた。
ふと振り返ると、いるはずのない母が玄関から入ってきた。
壁に掛かる時計は午後5時半を指している。
この時間はまだ仕事をしているはず……と絶句していると、
「『こんな時間に何でいるの?』 って、顔しないでくれる?
今日ぐらい早く上がらせてもらったのに。
新幹線、何時よ。」
私の口真似をしているつもりなのか、母は低めの声色でそう言うなり、手にしていた買い物袋を床に置いて靴を脱いだ。
「し、始発。」
「ふーん、やっぱりね。
あたしがいない間に行くつもりだったんだ……」
こちらの様子を横目でちらりと見ながら、軽く舌打ちをした。
どうやら、私の魂胆はまる見えだったようだ。
「夕飯、まだ作ってないでしょ?
今夜は作るから。」
母は玄関先に置いていた段ボールを避けながら、狭い台所へと向かう。
「えっ、いいよ。
いつも通り 私がやるから。」
母の申し出を断ろうと、床から立ち上がるが、
「今夜ぐらい、させなさいよ。」
私に背を向けたまま、買ってきた食材を袋から取り出していく。
その声は心なしか、穏やかに聞こえた。
ご機嫌なのか。
それもそのはず……
煩わしかった娘が明日から居なくなり、清々しているからだろう。
「……じゃ、お願い。」
本当に珍しいことがあるもんだ。
明日、季節外れの雪……降らなきゃいいけど。
そんなことを考えながら、先程書き終えた宅配便の伝票を手に取り、最後の段ボールに貼りつけた。
父と母が離婚してから、もう五年。
この木造アパートに引っ越ししてから四年半経つ。
団地は、あの騒ぎを起こしたお陰で居づらくなり、母と二人 逃げるようにここ 隣町に移り住んでいた。
あれから、いろいろなことがあった。
相変わらず 母は厳しかったし、度々衝突することもあったけど……
それも今日で最後。
明日から、私は祖父母達に引き取られ、宮城で生活することになる。
「よっと……」
段ボール箱を抱えてアパートの階段を降りると、その先にある自転車置き場前で台車の荷台に腰掛けていた 親友 ガクちゃんこと浅木岳 (アサギガク) の姿が見えた。
一学年上の彼とは、私が小学校高学年から入った地域の演劇サークルで知り合い、一年弱 一緒に稽古や芝居をしてきた。
しばらくして、彼は演劇サークルから大きな劇団に移り、一緒に芝居をすることもなくなったが、時折 サークルに顔を出して 先輩風吹かしている。
最近ではテレビドラマにも出演している子役仲間の中で一番の出世頭だ。
身長180センチある体格のいい身体はしゃがんでいるせいか、今日はとても小さく見える。
少し伸びた栗毛色の髪が風で乱れないように左手で押さえ、俯いたまま 何か考え事をしているようだ。
もしかすると、今日あった劇団の稽古 サボって、私の手伝いに来てしまったことを後悔しているのかもしれない。
「ガクちゃん……」
近寄りがたい雰囲気の中、恐々 声を掛けると、目鼻立ちのはっきりした見目麗しい端正な顔がこちらを見上げる。