黒い花

 生まれたときから、それはそこにあった。母の胎内で生命の歴史を紐解いていたころから、絶えず私の視界の隅に、ちらちらと。
 成長するにつれ、それの正体が、薄々分かりかけてきた。黒い影のような、増殖する多角形の集合体のようなそれは、決して大きくはならない。私の背にぴったりと張り付いて、隙あらば私を飲み込もうとしている。
 誰もが、そんなものは見たことがないと言う。
 
 彼女に会ったとき、私はそれの正体を明確に理解した。誰もが見惚れる整った顔が私に向けられた瞬間、視界の隅にあったはずの黒いものが、彼女を中心にして花のように広がった。黒い花は、腐り始める寸前の果実のように、胸の悪くなる甘さで香った。
 夜毎、眠りに落ちていく途中、すぐ隣で眠っているはずの彼女の視線が、私の首筋に突き刺さるのを感じる。鋭利な黒い花びらが、ためらいながら、獲物を捕らえようとするのを感じる。

 それは、紛れもなく、死だった。
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