カンヅメ

 画面の文字がぼやけてくる。眼鏡を外して目を閉じて、眼球の周りの筋肉をほぐしているところに、後ろから声をかけられた。
「先生、早いとこ書き上げちゃってくださいよ。その原稿、ぼくがどれほど待っているのか、お分かりでしょう」
「ああ、はいはい。目が霞んじゃってね」
 青年が近づいてくる気配がして、すぐ耳元で囁く。
「老眼ですよ。先生、もう若くないんですからね。ぼくが買ってきて差し上げた目薬、使ってくださいよ」
 私は苦笑いをして眼鏡をかけ直す。思った通り、肩に顔を寄せていた青年を見やる。上品な顔立ち、清潔な身なり。とても、人間を監禁するようには見えない。
「君がくれるものは、どれも不安でね」
「目薬に毒なんて入れて、どうするんです。先生の作品じゃあるまいし」
 彼の長い指が、机上から目薬の容器を取り上げ、自らの瞳に液体を落とした。得意げな顔で、彼はそれを私に差し出す。仕方なしに再び眼鏡を外して受け取って、緩慢な動作でそれを使おうとする私の挙動を、青年がじっと見つめているのが分かった。身体中が総毛立つのを感じる。立ち上がって駆け出したいが、椅子に半身を括り付けられている状態で、何ができるだろう。
 余剰分の液体が目尻から垂れ落ちるのを丁寧に拭き取り、青年はにっこりと微笑んだ。
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