追憶の国

 最後の訪問場所は、この国の人々の実質的な拠り所だった。街の中央部に、まるで城の如く存在している灰色の建物は、全体的に低く小さな家屋の多いこの国の中では最も大きく高い。アメリカでならよく見かける高層ビル程度の大きさで、しかし高層ビルのような窓はひとつもない。ただひたすらに大きく高いだけの、円筒状の建物だった。
「ここが……」
「ええ。我々が常時身に着けているスマートCLから送信される経験データ……『記憶』を保管しているサーバーがあり、それらを管理している人間とAIがいる、『保管所』です。言い換えるなら、我々にとってのメッカです」
 特に参拝はしませんがね、と女は呟く。
「保管所」の周りには人間の身長など軽く越した柵が張り巡らされ、ドローン対策のジャミング機器が設置されているのが分かる。柵の内側に、警備員がウロウロと巡回しているのも見えた。
「機械警備だけではなく、有人警備も徹底しています。この施設は、誇張なしに、我が国の最高機密であり、最重要機関ですから」
 確かに、そうなのだろう。国民全ての人間の「記憶」を扱うここは、「幽霊」を生み出す源であるここは、おそらく政府そのものよりも、国民にとっては重要なのだ。だから、一般の人間がここに入ることはできない。取材旅行に来た異国の作家などに、特別な許可証は降りたりしない。
 私と女は、街の中心部にも関わらず人通りが少ない、静かな歩道に佇んで、暮れていく陽の光の中で、数多の人々のかけがえのないものを溜め込んだ、巨大な建物を飽かず眺めた。
「ここに、あなた方は眠るわけですね」
「いいえ」
 女は、ゆっくりと首を振った。
「ここに、生き続けるのです」
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