七章、全ての終焉
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ネルファンディアの凶報は、瞬く間に広がった。裂け谷に居たビルボは、持っていたインク壺を床に取り落とし、激しく動揺した。そしてエルロンドに取りすがり、頭を下げ始めた。
「エルロンド卿!お願いです。ゴンドールへ、私をゴンドールへ……」
ビルボは指輪を手放して以来、随分と老け込んで心身も著しく衰えていた。しかし、と言おうとしてエルロンドは止めた。ビルボにとって、ネルファンディアは特別な友だった。苦楽を共にした旅の仲間でもあり、トーリン・オーケンシールドという共通の友を持つ人だ。彼は何も言わず、ミナス・ティリスへの出発の手はずを整えるように命じた。
そして白みゆく朝の光を見ながら、哀しげに微笑んだ。
────サルマン殿、あなたの娘は偉大だ。とても偉大な、誇り高き最高のイスタリです。
エルロンドは目を閉じ、ネルファンディアを追悼した。その魂がアマンの地にあるマンドスの館にて、安らかな日々を過ごすことができるように祈りながら。
ネルファンディアの葬儀は、簡素に行われた。その場に間に合ったビルボは、ガンダルフの魔法で守られた、今にも起き上がりそうな身体を眺めながら虚無感に駈られていた。
自分はあまりに長く生きすぎたのかもしれない。二度も親友の死を見るなど。あまりに辛すぎた。その隣に無言で立っていたフロドは、ビルボの肩をそっと撫でた。
「……僕の使命を果たすために、彼女は自らの命を犠牲にしたんだ。僕のせいだ……僕が……」
「違う、フロド。私が悪いんだ。私があんな指輪なんて拾ったから……」
二人のやり取りを聞きながら、自責の念に押し潰される者がいた。ガンダルフだった。彼は杖を抱えて座り込んでいる。その両目からは、とめどなく涙がこぼれていた。
「ガンダルフ、あなたのせいではない」
「いいや、サルマンの言葉は正しかった。わしは、わしは結局何をした?あの子を死に追いやっただけじゃった。身近な者も、寵愛する者も、わしの大切な人は皆死んでいく!」
アラゴルンはガンダルフの背をさすった。決して後悔の念が消えることはない。それが誰かを失うということの重さなのだから。
ドワーリンは無言で棺を見つめている。アラゴルンは顔をあげ、こんな提案をした。
「遺体は、エレボールに葬られては如何ですか?」
「え……し、しかし……」
「その方が、喜ぶかも」
ビルボは涙を拭いて、二人の方を見た。いつの間にかその口調は六十年前のものに戻っている。
「きっと喜ぶはずだ。あの人が帰りたい場所は、いつだってトーリンの隣だったから」
その場に居た全員が、ドワーリンたちを見て頷いた。彼は一言、不器用に礼を述べた。そのような態度になってしまったのは、決して敵意があるからではない。ただ、今は悲しみと感謝で心が一杯になっていた。
ネルファンディアの死を悼む仲間たちだったが、まだ一人欠けていることにアラゴルンは気づいていた。そしてその人物は、予想通り病み上がりの身体を押して現れた。
「ネルファンディア……そんな……あぁ……嘘よ……」
最期の一人────エオウィン姫は視界を遮っていた頭に巻いている包帯を剥ぎ取ると、よろめきながら棺の近くまでやって来た。その瞳には大粒の涙が浮かんでいる。
「ネルファンディア……ネルファンディア……約束したじゃない……こんな風に再会するなんて、あなたらしくないわ……」
エオウィンの姿が、かつて自分が友を失くした時と同じように見えて、ビルボは俯くことしか出来なかった。エオウィンのすすり泣く声が響く中、新たな人物が現れた。その人は、今まで見せたこともない表情を浮かべているガラドリエルだった。
彼女は無言で棺の隣へ向かい、そっと妹にそっくりな姪の冷たくなった頬を撫でた。
────私はあなたを誇りに思います、ネルファンディア。もう、あなたの望む場所へ行っても良いのですよ。愛する人の隣で、失った幸せを埋め合わせるのです。
ガラドリエルは平静を保っていた表情を崩し、膝から床に落ちた。そして姪が生まれながらに課された使命の先に待っていた結末の残酷さを、心の中で呪い続け、焚き付けた自分自身を責め続けるのだった。
「エルロンド卿!お願いです。ゴンドールへ、私をゴンドールへ……」
ビルボは指輪を手放して以来、随分と老け込んで心身も著しく衰えていた。しかし、と言おうとしてエルロンドは止めた。ビルボにとって、ネルファンディアは特別な友だった。苦楽を共にした旅の仲間でもあり、トーリン・オーケンシールドという共通の友を持つ人だ。彼は何も言わず、ミナス・ティリスへの出発の手はずを整えるように命じた。
そして白みゆく朝の光を見ながら、哀しげに微笑んだ。
────サルマン殿、あなたの娘は偉大だ。とても偉大な、誇り高き最高のイスタリです。
エルロンドは目を閉じ、ネルファンディアを追悼した。その魂がアマンの地にあるマンドスの館にて、安らかな日々を過ごすことができるように祈りながら。
ネルファンディアの葬儀は、簡素に行われた。その場に間に合ったビルボは、ガンダルフの魔法で守られた、今にも起き上がりそうな身体を眺めながら虚無感に駈られていた。
自分はあまりに長く生きすぎたのかもしれない。二度も親友の死を見るなど。あまりに辛すぎた。その隣に無言で立っていたフロドは、ビルボの肩をそっと撫でた。
「……僕の使命を果たすために、彼女は自らの命を犠牲にしたんだ。僕のせいだ……僕が……」
「違う、フロド。私が悪いんだ。私があんな指輪なんて拾ったから……」
二人のやり取りを聞きながら、自責の念に押し潰される者がいた。ガンダルフだった。彼は杖を抱えて座り込んでいる。その両目からは、とめどなく涙がこぼれていた。
「ガンダルフ、あなたのせいではない」
「いいや、サルマンの言葉は正しかった。わしは、わしは結局何をした?あの子を死に追いやっただけじゃった。身近な者も、寵愛する者も、わしの大切な人は皆死んでいく!」
アラゴルンはガンダルフの背をさすった。決して後悔の念が消えることはない。それが誰かを失うということの重さなのだから。
ドワーリンは無言で棺を見つめている。アラゴルンは顔をあげ、こんな提案をした。
「遺体は、エレボールに葬られては如何ですか?」
「え……し、しかし……」
「その方が、喜ぶかも」
ビルボは涙を拭いて、二人の方を見た。いつの間にかその口調は六十年前のものに戻っている。
「きっと喜ぶはずだ。あの人が帰りたい場所は、いつだってトーリンの隣だったから」
その場に居た全員が、ドワーリンたちを見て頷いた。彼は一言、不器用に礼を述べた。そのような態度になってしまったのは、決して敵意があるからではない。ただ、今は悲しみと感謝で心が一杯になっていた。
ネルファンディアの死を悼む仲間たちだったが、まだ一人欠けていることにアラゴルンは気づいていた。そしてその人物は、予想通り病み上がりの身体を押して現れた。
「ネルファンディア……そんな……あぁ……嘘よ……」
最期の一人────エオウィン姫は視界を遮っていた頭に巻いている包帯を剥ぎ取ると、よろめきながら棺の近くまでやって来た。その瞳には大粒の涙が浮かんでいる。
「ネルファンディア……ネルファンディア……約束したじゃない……こんな風に再会するなんて、あなたらしくないわ……」
エオウィンの姿が、かつて自分が友を失くした時と同じように見えて、ビルボは俯くことしか出来なかった。エオウィンのすすり泣く声が響く中、新たな人物が現れた。その人は、今まで見せたこともない表情を浮かべているガラドリエルだった。
彼女は無言で棺の隣へ向かい、そっと妹にそっくりな姪の冷たくなった頬を撫でた。
────私はあなたを誇りに思います、ネルファンディア。もう、あなたの望む場所へ行っても良いのですよ。愛する人の隣で、失った幸せを埋め合わせるのです。
ガラドリエルは平静を保っていた表情を崩し、膝から床に落ちた。そして姪が生まれながらに課された使命の先に待っていた結末の残酷さを、心の中で呪い続け、焚き付けた自分自身を責め続けるのだった。