終章、望みが叶うとき
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ネルファンディアは明るい光で目覚めた。死のために鈍ったはずの身体は、生前と同じ軽やかさに戻っている。身体を起こして辺りを見回すと、そこはエルフが造るどんな建物よりも美しい場所だった。だが、その雰囲気の全てが初めてではない気がした。横たわっていたベッドから立ち上がると、彼女は自分の足で廊下を歩いて中庭に出た。美しい彫像が彫られた白い大理石の噴水と、地面に生える草の若緑が眩しい。ふと、彼女は視線を噴水のすぐ右に立っている二人の人影に向けた。それは後ろ姿だったが、確かに誰であるかがすぐにわかった。彼女は大声で二人の名を叫ぶと、恋しさを埋めるように一目散に駆け出した。
「お母様!お父様!」
「あら、ネルファンディア。ようやく目を覚ましたのね?こんなに大きくなって……綺麗になったのね!」
「お母様……会いたかった……ずっと……」
それは、紛れもなく父であるサルマンと母であるエルミラエルだった。ネルファンディアはここがどこであるかという疑問も忘れ、母の胸に飛び込んだ。その隣には、気まずそうに俯く父の姿がある。彼女は母の腕から離れると、黙って父に向き直った。
「ネルファンディア、この父はお主に許せとは言わぬ。どんな理由があろうとも、あのような背信は────」
だがそんなサルマンの言葉を最後まで待たず、ネルファンディアは幼い頃のように微笑んで手を差し出した。
「……ただいま、お父様」
「ネルファンディア……」
サルマンは涙を堪えきれず、袖で必死に目頭を押さえながら娘の暖かい手をとった。もう片方の手で母の手を握ってネルファンディアが真ん中に立つと、一家は近くのベンチに三人で腰かけた。突然の思いがけない再会にようやく戸惑いの感情が現れ始めたのか、彼女は思いきって母に尋ねた。
「ねぇ、お母様。ここはどこなの?」
「それはね……私にはよくわからないの。でも、お父様ならあなたの求める答えを出せると思うわ。ねぇ?クルニーア」
クルニーア────シンダール語でいうサルマンは腕を組むと、昔よく語り聞かせてくれたときと全く同じ口調で説明を始めた。幼い頃は長ったらしいと疎ましく思ったときもあったが、今はとても愛しく思える。
「ここは、マンドスの館という場所じゃ。ヴァラールのひとりであるマンドスが作った館であり、死者の霊魂が集められる場所である。アマンのマンドスの地という場所にあり、外なる海の岸辺の近くに建つらしい」
「ええと……要約すると、死者の霊が集う場所ね」
エルミラエルの的確でより解りやすい要約に、サルマンが思わず顔をしかめる。これも昔と同じだ。エルミラエルは更に夫に代わって続けた。
「私も伝説で聞いてはいたんだけれども、まさか本当にあるとは思ってもみなかったわ。ちなみに、クルニーアは生前の罪が重すぎて館から閉め出されそうになっていたのだけれど、私が次の人生を送る権利と引き換えに入れてもらったの」
「次の人生?」
「そうじゃ。エルフ族は一定期間ここで時を過ごせば、望めばまたここから出て復活することができる。まぁ、これがエルフが不死と言われておる理由じゃな」
ネルファンディアはその決断に、いつもの母らしさを感じた。幼い頃から、エルミラエルには口癖のような言葉があった。
────家族が一緒じゃなきゃ、意味がないもの。そして今も、同じ言葉を口にした。
「だって家族が一緒じゃなきゃ、意味がないもの。私が愛するのはクルニーアとネルファンディア。それだけよ」
家族。ようやく再会を果たすことができたことに喜びを感じていると、そんなネルファンディアの名を呼ぶものがまた現れた。
「ネルファンディア!」
「ネルファンディア殿」
「ちょっと早すぎませんか?でも歓迎しますよ、ネルファンディア姫」
顔をあげた先には、なんとキーリ、フィーリ、オーリ、オイン、そしてバーリンの姿があった。思いがけない再会に固まっているネルファンディアに近寄ると、バーリンは代表としてエルミラエルとサルマンに恭しく頭を下げた。
「お初にお目にかかります。バーリンと申します。お見知りおきを」
「まぁ……クルニーア、この人たちは誰?」
「ネルファンディアの……まぁ……」
「友人です!共に離れ山まで旅をした友です!」
何かを否定しようとして口を開いたサルマンだったが、少し間をおいてから微笑をこぼして静かに頷いた。ふと、キーリが何かに気づいて顔を真っ青にして叫んだ。
「あっ!……まずい。俺たちみんなあの人に叱られる!」
「そうだった!あの人に先に会ってもらわないといけないのに……どうなるかな?」
「少なくとも、殴られることは覚悟しなきゃ」
一同が騒ぎ始めたので、ネルファンディアは恐る恐るバーリンに尋ねた。
「あの……一体私を待つ人って……」
だが、既にその鼓動は淡くも激しい期待に弾んでいる。バーリンは笑顔で答えた。
「ええ、あの道を抜けた先にある湖の東屋でお待ちです。後はご自分の目で確かめてくださいな」
ネルファンディアがちらりと両親の方を見る。サルマンはやや複雑そうな顔をしているが、二人とも行くように促していた。
ネルファンディアはどんな馬よりも軽やかに走り出した。会いたかった。ずっと、ずっと待っていた。永遠に来ない再会を待ち望んで日々を過ごしていた。けれど、もう待つ必要はない。
東屋が見える。そこには、何よりも恋しい後ろ姿があった。ネルファンディアは喜びのあまり、声をかけるのも忘れてその背中めがけて走った。もう、躊躇うことはない。ただ、会いたかった。
その人はネルファンディアに気づくと、同じく期待を胸に秘めながら──けれどゆっくりと振り向いた。第一声は既に決めていた。かつてのように、王らしく「来たのか。思ったより早かったな」と言おうと。だがその恋い焦がれていた姿を一目見た瞬間に、そんな取り決めは頭から吹き飛んでしまった。その人────トーリンは自ら駆け寄って、ネルファンディアを抱き締めた。
「ネルファンディア!私のネルファンディア!」
「トーリン!会いたかった。ずっと、ずっと叶わないとしても、こんな再会を夢見てた。ねぇ、夢じゃないわよね?あなたはこかにいるのよね?」
「ああ、もちろんだ。私はここだ。ここにいる」
二人はにわかに信じがたく、思わず互いの頬をつねった。とても痛かった。
「……夢ではなさそうね」
その言葉にネルファンディアは何かを思い出して、トーリンに顔をあげて尋ねた。
「ねぇ、トーリン。私が霧降山脈で意識を失ったとき、一度だけ会ってる?」
「……そうだ。使命を全うさせるために、マンドス様がお許しになった」
トーリンが自分の命を救ってくれたのか。ネルファンディアは納得の反面、本人に会えたことに気づかなかった自分を恨んだ。だが、そんな彼女をトーリンが笑い飛ばした。
「そのような事でふてくされるな。もう二度と、離れることはないのだから」
「……そうね。もう、ずっと一緒に居られるわね」
トーリンはネルファンディアの手を取ると、美しい東屋の長椅子に腰かけた。
「飽きたらどうする?」
「大丈夫。少なくとも私は、六十年間ずっと想い続けられた人だから」
「私もだ。ずっと、そなただけを想い続けていた」
トーリンは、恋い焦がれ続けた白銀の髪に指を絡めて笑った。ネルファンディアも懐かしい肩にその頭を預けている。二人は見つめあって、互いの年月と想いを埋めるように口づけを交わした。
二人はきっとここマンドスの館で、中つ国を見守りながら永遠に愛を語り合い続けるだろう。多すぎるということは決してない。
二人の愛こそが、闇をも打ち砕く永遠なのだから。
【おわり】
「お母様!お父様!」
「あら、ネルファンディア。ようやく目を覚ましたのね?こんなに大きくなって……綺麗になったのね!」
「お母様……会いたかった……ずっと……」
それは、紛れもなく父であるサルマンと母であるエルミラエルだった。ネルファンディアはここがどこであるかという疑問も忘れ、母の胸に飛び込んだ。その隣には、気まずそうに俯く父の姿がある。彼女は母の腕から離れると、黙って父に向き直った。
「ネルファンディア、この父はお主に許せとは言わぬ。どんな理由があろうとも、あのような背信は────」
だがそんなサルマンの言葉を最後まで待たず、ネルファンディアは幼い頃のように微笑んで手を差し出した。
「……ただいま、お父様」
「ネルファンディア……」
サルマンは涙を堪えきれず、袖で必死に目頭を押さえながら娘の暖かい手をとった。もう片方の手で母の手を握ってネルファンディアが真ん中に立つと、一家は近くのベンチに三人で腰かけた。突然の思いがけない再会にようやく戸惑いの感情が現れ始めたのか、彼女は思いきって母に尋ねた。
「ねぇ、お母様。ここはどこなの?」
「それはね……私にはよくわからないの。でも、お父様ならあなたの求める答えを出せると思うわ。ねぇ?クルニーア」
クルニーア────シンダール語でいうサルマンは腕を組むと、昔よく語り聞かせてくれたときと全く同じ口調で説明を始めた。幼い頃は長ったらしいと疎ましく思ったときもあったが、今はとても愛しく思える。
「ここは、マンドスの館という場所じゃ。ヴァラールのひとりであるマンドスが作った館であり、死者の霊魂が集められる場所である。アマンのマンドスの地という場所にあり、外なる海の岸辺の近くに建つらしい」
「ええと……要約すると、死者の霊が集う場所ね」
エルミラエルの的確でより解りやすい要約に、サルマンが思わず顔をしかめる。これも昔と同じだ。エルミラエルは更に夫に代わって続けた。
「私も伝説で聞いてはいたんだけれども、まさか本当にあるとは思ってもみなかったわ。ちなみに、クルニーアは生前の罪が重すぎて館から閉め出されそうになっていたのだけれど、私が次の人生を送る権利と引き換えに入れてもらったの」
「次の人生?」
「そうじゃ。エルフ族は一定期間ここで時を過ごせば、望めばまたここから出て復活することができる。まぁ、これがエルフが不死と言われておる理由じゃな」
ネルファンディアはその決断に、いつもの母らしさを感じた。幼い頃から、エルミラエルには口癖のような言葉があった。
────家族が一緒じゃなきゃ、意味がないもの。そして今も、同じ言葉を口にした。
「だって家族が一緒じゃなきゃ、意味がないもの。私が愛するのはクルニーアとネルファンディア。それだけよ」
家族。ようやく再会を果たすことができたことに喜びを感じていると、そんなネルファンディアの名を呼ぶものがまた現れた。
「ネルファンディア!」
「ネルファンディア殿」
「ちょっと早すぎませんか?でも歓迎しますよ、ネルファンディア姫」
顔をあげた先には、なんとキーリ、フィーリ、オーリ、オイン、そしてバーリンの姿があった。思いがけない再会に固まっているネルファンディアに近寄ると、バーリンは代表としてエルミラエルとサルマンに恭しく頭を下げた。
「お初にお目にかかります。バーリンと申します。お見知りおきを」
「まぁ……クルニーア、この人たちは誰?」
「ネルファンディアの……まぁ……」
「友人です!共に離れ山まで旅をした友です!」
何かを否定しようとして口を開いたサルマンだったが、少し間をおいてから微笑をこぼして静かに頷いた。ふと、キーリが何かに気づいて顔を真っ青にして叫んだ。
「あっ!……まずい。俺たちみんなあの人に叱られる!」
「そうだった!あの人に先に会ってもらわないといけないのに……どうなるかな?」
「少なくとも、殴られることは覚悟しなきゃ」
一同が騒ぎ始めたので、ネルファンディアは恐る恐るバーリンに尋ねた。
「あの……一体私を待つ人って……」
だが、既にその鼓動は淡くも激しい期待に弾んでいる。バーリンは笑顔で答えた。
「ええ、あの道を抜けた先にある湖の東屋でお待ちです。後はご自分の目で確かめてくださいな」
ネルファンディアがちらりと両親の方を見る。サルマンはやや複雑そうな顔をしているが、二人とも行くように促していた。
ネルファンディアはどんな馬よりも軽やかに走り出した。会いたかった。ずっと、ずっと待っていた。永遠に来ない再会を待ち望んで日々を過ごしていた。けれど、もう待つ必要はない。
東屋が見える。そこには、何よりも恋しい後ろ姿があった。ネルファンディアは喜びのあまり、声をかけるのも忘れてその背中めがけて走った。もう、躊躇うことはない。ただ、会いたかった。
その人はネルファンディアに気づくと、同じく期待を胸に秘めながら──けれどゆっくりと振り向いた。第一声は既に決めていた。かつてのように、王らしく「来たのか。思ったより早かったな」と言おうと。だがその恋い焦がれていた姿を一目見た瞬間に、そんな取り決めは頭から吹き飛んでしまった。その人────トーリンは自ら駆け寄って、ネルファンディアを抱き締めた。
「ネルファンディア!私のネルファンディア!」
「トーリン!会いたかった。ずっと、ずっと叶わないとしても、こんな再会を夢見てた。ねぇ、夢じゃないわよね?あなたはこかにいるのよね?」
「ああ、もちろんだ。私はここだ。ここにいる」
二人はにわかに信じがたく、思わず互いの頬をつねった。とても痛かった。
「……夢ではなさそうね」
その言葉にネルファンディアは何かを思い出して、トーリンに顔をあげて尋ねた。
「ねぇ、トーリン。私が霧降山脈で意識を失ったとき、一度だけ会ってる?」
「……そうだ。使命を全うさせるために、マンドス様がお許しになった」
トーリンが自分の命を救ってくれたのか。ネルファンディアは納得の反面、本人に会えたことに気づかなかった自分を恨んだ。だが、そんな彼女をトーリンが笑い飛ばした。
「そのような事でふてくされるな。もう二度と、離れることはないのだから」
「……そうね。もう、ずっと一緒に居られるわね」
トーリンはネルファンディアの手を取ると、美しい東屋の長椅子に腰かけた。
「飽きたらどうする?」
「大丈夫。少なくとも私は、六十年間ずっと想い続けられた人だから」
「私もだ。ずっと、そなただけを想い続けていた」
トーリンは、恋い焦がれ続けた白銀の髪に指を絡めて笑った。ネルファンディアも懐かしい肩にその頭を預けている。二人は見つめあって、互いの年月と想いを埋めるように口づけを交わした。
二人はきっとここマンドスの館で、中つ国を見守りながら永遠に愛を語り合い続けるだろう。多すぎるということは決してない。
二人の愛こそが、闇をも打ち砕く永遠なのだから。
【おわり】