姥桜
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翌日、桜は満開となり、散り時を迎えていた。五番隊の隊舎の門のところに、女性用の小間物を売る引き売りの車が止まっていて、非番の梅子が、小間物売りから、鬢付け油の説明を聞いているところだった。
「失礼ですけど、お年になってくると髪がうねってくるんですよ。それに効くのがこちらの髪油でして…。御髪をまっすぐ艷やかに仕上げてくれますよ。」
梅子はちょうど鬢付け油を切らしていて、新しい物を買おうとしていたところだった。もともと馬糞巻きにしかしない髪なので、縮れていようがまっすぐだろうが、あまり関係ないのだが、梅子にもいくばくかの女心があった。
「その鬢付け油の大瓶の方を一つ。それからその一番右の銀のかんざしを一つ頂こう。」
突然後ろから藍染の声がして、梅子はぎょっとしてふり返った。藍染は重そうな財布から、こともなげに二、三万環取り出して、引き売りの者に支払った。
「ありがとうございます。またご贔屓に。」
小間物の引き売りは大層えびす顔になり、思わず高いお代を得て、ホクホクした顔で車を引いて去っていった。梅子は驚いて言葉を失っていた。何故藍染が、としか頭が巡らない。
藍染は、鬢付け油の瓶を梅子に握らせると、銀のかんざしを巻いた髪に挿してやった。
「いつまでも綺麗でいて下さい。貴女が綺麗だと、私は嬉しい。」
藍染はそう言って梅子に微笑んだ。梅子は長らく男性にそんなことをされたことがないらしく、固まっていた。藍染が梅子の言葉を待っている。
「あ、呆れた…藍染隊長が、年増好きだったなんて…。」
梅子はしどろもどろになっていた。桜の花びらは降るように落ちてきて、二人を包んだ。
「これからは貴女を目で追おうと思います。また爽快な啖呵をお願いしたい。」
藍染は梅子の頬に手をやった。彼女はそこから身を引いて一歩逃げると、藍染は梅子を追って抱き締めて、髪に頬を寄せた。銀のかんざしの先についた花の細工が、シャラシャラと鳴った。
「人が見ます。」
梅子はそんなことになるには自分は年を取り過ぎた、と感じていた。彼女にとっては、この落ち着いた藍染すらもいたずら小僧なのである。
「叱って下さい。これから何度でも。」
藍染は梅子を離さずに言った。
「私は人生経験の足りない青二才です。貴女の苦労に比べたらまだまだ…。」
藍染は鼻から息を吐いて笑った。
「貴女に墮胎の手助けをさせるような真似を二度としないと誓います。だからどうか、いつまでも私の側で、五番隊を支えて下さい。心よりお願い申し上げる次第です。」
藍染は梅子を少し離すと、桜の老木を見た。思わず梅子もそちらを見た。花は辺りをかすませ、まるでこの世に二人きりなのではないかと思わせる。
「私は姥桜、いつ枯れるともしれない。いいや、もう枯れてる。」
梅子は目を閉じてため息を吐くと、藍染の気まぐれに付き合ってやってもいいか、という気になった。なにせ自分より若い者の面倒を見るのが自分の仕事だと思っているのである。
「何度でも咲かせて差し上げます。どうか覚悟していて下さい。」
藍染は茶目っ気と艶を含んだ流し目で梅子を見た。
「正直に言って、そういうの、もう面倒くさくて…。」
梅子は眉根を寄せて答えた。藍染は笑うと、
「では茶飲み友達からでいいですよ。」
と言って、桜から、また梅子に視線を移した。彼女は「渋々付き合ってやっている」と言わんばかりの体だった。
藍染は朗らかに笑った。
何がおかしい、という顔を梅子はしている。
「梅子さん。」
「おばあちゃんでいいですよ。」
梅子は渋い顔をしていた。
「どこの世界に恋人を『おばあちゃん』と呼ぶ男がいますか。それとも私の妻になって、子供を生んで、孫が出来たら、そう呼んであげてもいいですよ。」
藍染は楽しそうだった。
桜はきっと来年も咲くだろう。
その時、どれ位二人の距離は縮まっているだろうか。
花びらに降り込められ、二人きりの世界の中で、二人は同じことを思った。
花は再び、いつ咲くともしれない。
枯れ木に花を咲かせた者もいるではないか。
恋は「するもの」、ではなく、「落ちるもの」、なのだから。
〈了〉
「失礼ですけど、お年になってくると髪がうねってくるんですよ。それに効くのがこちらの髪油でして…。御髪をまっすぐ艷やかに仕上げてくれますよ。」
梅子はちょうど鬢付け油を切らしていて、新しい物を買おうとしていたところだった。もともと馬糞巻きにしかしない髪なので、縮れていようがまっすぐだろうが、あまり関係ないのだが、梅子にもいくばくかの女心があった。
「その鬢付け油の大瓶の方を一つ。それからその一番右の銀のかんざしを一つ頂こう。」
突然後ろから藍染の声がして、梅子はぎょっとしてふり返った。藍染は重そうな財布から、こともなげに二、三万環取り出して、引き売りの者に支払った。
「ありがとうございます。またご贔屓に。」
小間物の引き売りは大層えびす顔になり、思わず高いお代を得て、ホクホクした顔で車を引いて去っていった。梅子は驚いて言葉を失っていた。何故藍染が、としか頭が巡らない。
藍染は、鬢付け油の瓶を梅子に握らせると、銀のかんざしを巻いた髪に挿してやった。
「いつまでも綺麗でいて下さい。貴女が綺麗だと、私は嬉しい。」
藍染はそう言って梅子に微笑んだ。梅子は長らく男性にそんなことをされたことがないらしく、固まっていた。藍染が梅子の言葉を待っている。
「あ、呆れた…藍染隊長が、年増好きだったなんて…。」
梅子はしどろもどろになっていた。桜の花びらは降るように落ちてきて、二人を包んだ。
「これからは貴女を目で追おうと思います。また爽快な啖呵をお願いしたい。」
藍染は梅子の頬に手をやった。彼女はそこから身を引いて一歩逃げると、藍染は梅子を追って抱き締めて、髪に頬を寄せた。銀のかんざしの先についた花の細工が、シャラシャラと鳴った。
「人が見ます。」
梅子はそんなことになるには自分は年を取り過ぎた、と感じていた。彼女にとっては、この落ち着いた藍染すらもいたずら小僧なのである。
「叱って下さい。これから何度でも。」
藍染は梅子を離さずに言った。
「私は人生経験の足りない青二才です。貴女の苦労に比べたらまだまだ…。」
藍染は鼻から息を吐いて笑った。
「貴女に墮胎の手助けをさせるような真似を二度としないと誓います。だからどうか、いつまでも私の側で、五番隊を支えて下さい。心よりお願い申し上げる次第です。」
藍染は梅子を少し離すと、桜の老木を見た。思わず梅子もそちらを見た。花は辺りをかすませ、まるでこの世に二人きりなのではないかと思わせる。
「私は姥桜、いつ枯れるともしれない。いいや、もう枯れてる。」
梅子は目を閉じてため息を吐くと、藍染の気まぐれに付き合ってやってもいいか、という気になった。なにせ自分より若い者の面倒を見るのが自分の仕事だと思っているのである。
「何度でも咲かせて差し上げます。どうか覚悟していて下さい。」
藍染は茶目っ気と艶を含んだ流し目で梅子を見た。
「正直に言って、そういうの、もう面倒くさくて…。」
梅子は眉根を寄せて答えた。藍染は笑うと、
「では茶飲み友達からでいいですよ。」
と言って、桜から、また梅子に視線を移した。彼女は「渋々付き合ってやっている」と言わんばかりの体だった。
藍染は朗らかに笑った。
何がおかしい、という顔を梅子はしている。
「梅子さん。」
「おばあちゃんでいいですよ。」
梅子は渋い顔をしていた。
「どこの世界に恋人を『おばあちゃん』と呼ぶ男がいますか。それとも私の妻になって、子供を生んで、孫が出来たら、そう呼んであげてもいいですよ。」
藍染は楽しそうだった。
桜はきっと来年も咲くだろう。
その時、どれ位二人の距離は縮まっているだろうか。
花びらに降り込められ、二人きりの世界の中で、二人は同じことを思った。
花は再び、いつ咲くともしれない。
枯れ木に花を咲かせた者もいるではないか。
恋は「するもの」、ではなく、「落ちるもの」、なのだから。
〈了〉