第7話

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機械鎧を破壊され、砕け落ちた金属骨格の残骸が無残に宙に飛ぶ。

エドは愕然とした表情で、粉々に散らばった機械鎧の接続部分である肩を押さえながら膝をついた。

「に……兄さん!!」

アルが鎧から発した声は、自分でも意外なほど鋭く、強く響いた。

次の瞬間、雷が落ち、激しい雨が降る。

「神に祈る間をやろう」

「あいにくだけど、祈りたい神サマがいないんでね。アンタが狙ってるのは、オレだけか?弟…アルも殺す気か?」

「邪魔する者があれば排除するが、今、用があるのは鋼の錬金術師…貴様だけだ」

「そうか、じゃあ約束しろ。弟には手を出すな」

気ばかりが逸り、悲壮な決意ばかりが余裕のないエドの中で積もっていく。

それがアルの頭を真っ白にさせる。

兄は、自分を犠牲にするつもりだ。

「兄……」

「約束は守ろう」

降って湧いた恐怖と紙一重の生々しい焦燥に急かされて、アルは鎧を引きずって前に出る。

「何言ってんだよ……兄さん、何してる!逃げろよ!!」

だが、エドは戦意を喪失させ、その場に座り込んでいる。

「立って逃げるんだよ、やめろ…やめてくれ」

スカーは破壊の右手を、エドに伸ばす。

鎧が音を立てて崩れるのにも構わず、指を地面にめり込ませ、アルは絶叫した。

「やめろおおおおおおおおお」

その手が触れる刹那、銃火が弾けた。

それは、正確無比な射撃。

(何――!?)

突然の奇襲にスカーは後ろを振り返るが、それは彼を飛び越えて背後に回っていた。

(上!!)

エドに伸ばしかけた手を真横に突き出すが、闖入者は瞬時に屈んだ。

その動作の元、銃口をスカーへと向け、引鉄ひきがねを引いた。

放たれた銃弾を右手で防ぐが、頬やこめかみに当たり、血が滴った。

「……またも邪魔者か」

怨磋に満ちた眼差しを投げる。

倒れる二人の頭上、視界には入らない方へと。

エドとアルを護るように自分を盾にしている手には、愛銃《スノー・ブラック》が握られている。

二人は何が起きたのか、わからない。

掠む意識で、理解しようなど不可能だった。

どうして彼女の姿が聞こえるのか、それも平然とした冷徹な出で立ちが。

アルは「彼女」の名を叫ぶ。

「――キョウコ……!」

闇へと呑まれつつある意識、ぼやけ、薄れている視界の中、エドは目を見開いた。

倒れた自分達の傍らに立つ、黒いコートの上に黒髪をなびかせる、凜とした姿を。

少女の全身を。

その顔を。

少女――キョウコはちらりとも足元の二人へは目を向けない。

ただ護るように、傍に立つ。

その鋭い眼差しはスカーだけに向けられ、

「……お前、傷の男――スカーだな?」

その言葉に宿っているのは、明確な殺意。

「貴様は――」

どうして彼女がいるのか、喘ぐように口が動く。

震える声が漏れる。

かすれた声で呼ぶ。

「…………キョウコ?」

スカーが睨む、倒れた自分の頭上の方へと。

目の前の光景、自分達を護り、銃を構えるキョウコの姿にエドは叫ぶ。

「よせ、キョウコ!!お前じゃ敵わねェ!!」

「生きる事を諦めた奴よりは、強いつもりよ」

「………っ」

「……貴様も錬金術師か」

「ええ。そうよ」

直接向けられているわけではないが、体温すら奪う、絶対零度の殺意。

冷ややかで、苛烈な。

黒いコートを脱ぎ捨てると、腰につけられたベルトとホルスターが露になる。

「…お前が憎む、国家錬金術師の一人"氷刹の錬金術師"よ」

ホルスターに《スノー・ブラック》を収め、錬成陣の描かれた手袋をはめ直す。

「名前は、キョウコアルジェント

その名を告げた直後、スカーの表情に動揺が表れる。

キョウコ………キョウコアルジェント?」

やがて、ほんのかすかな逡巡の後に口を開いた。

「聞いた事がある。漆黒の髪と瞳を煌めかせ、黒のコートを纏う姿、まさに魔女。氷雪系最強の錬金術師、その二つ名は"氷刹"」

ぱしゃん、と水溜まりを踏む足音が響き、キョウコは両手を合わせた。

「人はそれを、畏怖と憐憫と侮蔑と嘲笑を込めて――"氷の魔女"と、そう呼ぶわ」

刹那、水溜まりが反応し、一気に凍結した。

それは、突如巻き起こった一陣の風に乗ると、キョウコとスカーの周囲に満ちる。

「むっ!?」

スカーは眉を寄せ、取り巻く白い霜を見渡す。

「これが貴様の錬金術か?」

「術発動中は、あたし自身に触れたものを凍らせる効果が付加するの。能力が及ぼす効果範囲が広く、半径10㎞程…それによって、天候に影響を与える」

「なるほど……」

あまりに流暢に話すので、二人は事の重大さに気づくのに数秒を要し、

「「……って、えっ!?」」

その呼び名と使役する錬金術の能力に驚愕した。

キョウコ!何、その"氷の魔女"って!聞いてないよ!!」

「おまえ、そんな能力あったのか!聞いてないぞ!」

二人のツッコミなど無視、キョウコは素早く両手を合わせた。

その動作を知りつつも、スカーは地を蹴って前に飛び出すと、キョウコの手の動きに合わせて、錬成された数百もの氷弾が投げナイフのような鋭さで空を駆けた。

氷弾の一閃を至近に、しかし余裕の表情でかわす。

全て、とはいかないが、氷弾は服越しに全身を抉る。

「――っ!」

傷は浅く、スカーは低い体勢で突っ込んでいく勢いを殺さず、キョウコの手首と肘を絡め取り、体勢を崩して一気に地面へ叩き込んだ。

ところが、キョウコは受け身を取ると、背を地につけた状態で足を垂直に突き上げ、ブーツの踵で顎を狙った。

身体を後ろに反らしたスカーはキョウコの腕から手を離し、後ずさった。

反動をつけて飛び起き、キョウコは吐息をつく。

「やっぱり、力じゃ敵わないわね…」

「素早さなら、貴様の方が上だぞ」

スカーは改めて右手を大きく振って脇の構えを取ると、その本命・キョウコを殺害しようと一歩、踏み切りの足を路面に打ちつける。

「お褒めに預かり……光栄だわっ!!」

それとほぼ同時、パン、と澄んだ音を響かせて残りの氷弾を、キョウコは手袋をはめた両手を合わせ、錬成する。

スカーが踏み込んでくるタイミングに合わせて、キョウコは右の拳を思い切り引き、振った。

途端に、氷弾は長くしなやかな氷の鎖となり、スカーの眼前に降りかかる。

スカーは、迫る氷の鎖を破壊しようと右手を突き出して――次の瞬間、目を見張った。

頭上から吹雪が吹き荒れ、周囲一帯の気温が一気に氷点下を振り切った。

放たれた圧倒的な凍気の渦が瞬時に凍らせ、大量の氷礫ひょうれきとなって殺到する。

普通なら、この術を前にしたら足が止まる。

戦闘慣れした錬金術師ならば、瞬時に錬金術で防壁を張るか、その有効射程から撤退するか、いずれにせよ足が止まる。

止まるはずだが――スカーは止まらない。

凍気をものともせず、全身を打ちつける氷礫にまるで怯まず、左腕で目だけを守り、無数の氷を破壊した。

(全てを破壊する発動の後……それが、欲しかったのよ!!)

スカーは慌てて氷の鎖を破壊しようとしたが、既に不可視の衝撃が発動した後。

破壊の右腕を幾重にも巻き絡めてしまう。

駄目押しのように、キョウコは空いた手で腰のベルトから《スノー・ブラック》を取り出す。

「ちっ!」

両者、僅かな間を置いて、互いの武器で引き合う。

(なら、持ち主を破壊する)

当然のように思いながら、スカーは右腕を立てて引き、互いの間を計る。

有利か不利か、微妙な状態。

「これで手詰まり…なんて事はないでしょうね。どうする?続ければ本当に、命の保証はないわよ?」

氷の鎖の端を引くキョウコが背後、僅かに気を張ると、二人は……まだ少しの間は、大丈夫。

そう判断しつつ見る先、何かをされる前に、と危惧したスカーは一瞬、引きを強めた。

キョウコも引き返す。

瞬間、その力に乗せて踏み切る。

「っふ……!」

前への突進に、キョウコは照準をスカーの頭部に向け、ためらいもなく引鉄を引いた。

しかし、その千載一遇において振るわれた、今まで捉えて、決して外したことのない銃弾を、キョウコは、

(外した!?)

その眼前から、迫る破壊の右手を伸ばした攻撃を、キョウコは勘と反射で横へ回避。

僅かに避け損ねた掌が、左肩を掠めた。

「く……っ!?」

それだけで、着ていたシャツは裂け、赤い血が飛ぶ。

スカーは口惜しげにつぶやいた。

「……………惜しい」

直後、頬にも一筋の赤い流れが伝う。

眼前で繰り広げられる圧倒的な戦闘の光景を、兄弟はただ眺めることしかできなかった。

(なんで…アイツと対等に戦えんだ……)

(キョウコだって、怖いはずなのに)

キョウコはスカーと戦っている。

元は白い生地だったシャツは破けており、肩の辺りには赤黒い染みが広がっていた。

(なんで――……)

キョウコの横顔を見上げ、そして驚愕した。

今の彼女の占めたる感情は、怒り。

(そうか、キョウコは…)

(キョウコは、ボク達のために怒ってるんだ)

二人は心優しく、しかし時として厳しい幼馴染みの少女の想いを知る。

それと同時に、不甲斐ない自分達への怒りを燃やす。


――なんて情けない!!


「……ここまで、手こずるなんて……」

キョウコは右手で左肩を押さえると立ち上がり、スカーを見据える。

その時、銃声が響いた。

「そこまでだ」

そこには、銃を上に向けて発砲したロイと銃を構えるリザやハボックが、キョウコより遅く到着した。

「危ないところだったな。鋼の、キョウコ

彼の登場で緊張が解かれたのか、エドは口を開いた。

「大佐!こいつは…」

「その男は一連の、国家錬金術師殺しの容疑者……だったが、この状況から見て、確実になったな」

キョウコは肩を押さえたまま、漆黒の瞳で睨み据えて告げる。

「タッカー邸の殺害事件も、あなたの犯行ね?」

エドは憎々しげな表情でスカーを睨みつける。

つい先程まで無表情だったスカーが突然、眉をひそめ、豹変する。

「…錬金術師とは、元来あるべき姿の物を異形の物へと変成する者…それすなわち、万物の創造主たる神への冒涜。我は神の代行者として、裁きをくだす者なり!」

その凄まじい憤怒の形相に、ロイは眉一つ動かさず受け流す。

無駄だと知りつつ、目の前の殺人鬼に言う。

「それがわからない。世の中に錬金術師は数多あまたいるが、国家資格を持つ者ばかり狙うというのは、どういう事だ?」

「……どうあっても、邪魔をすると言うのならば、貴様も排除するのみだ」

挑発的な発言を受けて、ロイの瞳孔が針のように細まった。

「…おもしろい!」

後ろにいるリザに銃を投げ渡し、

「マスタング大佐!」

「おまえ達は手を出すな」

発火布である手袋をはめ直す。

目の前の軍人――ロイの名前に素早く反応する。

「マスタング…国家錬金術師の?」

「いかにも!『焔の錬金術師』ロイ・マスタングだ!」

「氷刹に焔…神の道に背きし者達が裁きを受けに、自ら出向いて来るとは…今日はなんとき日よ!!」

褐色の相貌を凶悪に歪め、スカーは咆える。

「私を焔の錬金術師と知ってなお、戦いを挑むか!!」

「愚か者め!!」

ロイは発火布の手袋に力を込め、広がる炎のイメージをみなぎらせる。

炎と破壊が対峙し、激突する前に、はっ、とリザは何かに気づいた。

「大……」

キョウコと目が合った瞬間、確認の表情で頷くと、彼女は肩の痛みを堪えて地面に手をかざす。

錬成で地面を凍りつかせ、それはロイにまで辿り着き、スカーの右手が顔面に当たる寸前に勢いよく滑った。

「おうっ!?」

「ホークアイ中尉!!」

キョウコが叫ぶと、リザは二丁――自分とロイが持っていた銃で射撃する。

スカーは後ろへ跳び、距離を取って一斉射撃をやり過ごす。

キョウコ!いきなり何をするんだ!!」

ロイが声を荒げる、その間にリザは弾倉を補充する。

「「雨の日は無能なんですから、下がっててください、大佐!」」

キョウコとリザの容赦ない発言に、ショックを受けたロイの頭に「無能」の文字が落ちてくる。

ハボックが手を宙へかざして納得する。

「あ、そうか。こう湿ってちゃ、火花出せないよな。雨の日はキョウコが最強だもんな」

さらにショックを受けるロイ。

確かに氷(液体としてその場になくとも、空気中の水分など)で無尽蔵に生み出すことが可能なキョウコの錬金術は、雨や雪の日は最強と言っていいほどである。
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