第7話
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「てゆーかキョウコ、結構言うな…」
直属の上司であるにもかかわらず容赦なく斬り捨てる黒髪の少女に、ハボックは頬を引きつらせる。
「わざわざ出向いて来た上に、焔が出せぬとは、好都合この上ない。国家錬金術師!そして我が使命を邪魔する者!この場の全員、滅ぼす!!」
「やってみるがよい」
突然聞こえた男の声と大きく振りかぶる拳を、スカーは咄嗟に避けた。
刹那の差で、それまであった場所を手っ甲に包まれた拳が貫く。
「む…新手か…!!」
さすがに焦ったスカーの頬を、一筋の汗が伝う。
「ふぅーーむ。我輩の一撃をかわすとは、やりおる、やりおる」
拳を叩き込まれた壁は、恐ろしく重い打撃音を鳴り響かせて崩れた。
「国家に仇なす、不届き者よ」
重圧感溢れる声の主を一瞥したエドとハボックは露骨に顔を歪める。
「この場の全員、滅ぼす…と言ったな」
キョウコはなんとか笑みをつくろうとするが、生憎苦笑いしかできていない。
アルは表情の読めない鎧。
「笑止!!ならばまず!!この我輩を倒してみせよ!!」
リザも眉間に皺を寄せ、むっつりと顔をしかめる。
ロイは部下二人からの容赦ない指摘に、
「無能……」
未だショックから立ち直れず、落ち込んでいた。
「この『豪腕の錬金術師』…アレックス・ルイ・アームストロングをな!!」
崩壊する壁から均整の取れた、たくましい身体つきを軍服で包む軍人――アームストロングが現れた。
その両手には、錬成陣が描かれた金属製の手っ甲がはめられている。
「…今日はまったく、次から次へと………こちらから出向く手間が省けるというものだ。これも、神のご加護か!」
行く手を阻む怨敵の複数の出現に肩をすくめ、サングラスの奥にある鋭い眼差しでアームストロングを睨む。
「ふっふ…やはり、引かぬか。ならば、その勇気に敬意を表して見せてやろう!」
戦闘の意思を見て取ったアームストロングは壁の破片を上に放り投げると、その間に肩を回す。
「わが、アームストロング家に代々伝わりし、芸術的錬金法を!!」
垂直に落ちてくる破片に手っ甲を合わせた直後、まばゆい光と共に錬金術が発動する。
破片は鏃 へと錬成された。
スカーは首を傾けることで、飛んできた鏃を避ける。
スカーの身のこなしは、華麗というより堅実、あるいは確実という表現がふさわしいものだった。
見栄えよくギリギリでかわすのではなく、危なげなく余裕をもってかわす。
「もう一発!!」
アームストロングが地面に拳を叩き込むと、巨大な錐 となってスカーめがけて突き上がる。
「この…」
スカーは右手を振るい、猛進してくる錐を砕く。
錬金術と武術が組み合わさった攻撃を仕掛けていくアームストロングに、とうとう耐え切れなくなったハボックがつっこむ。
「少佐!あんまり市街を破壊せんでください!!」
その隣では、エドが芝居がかった大仰な身振り手振りの軍人に呆れて物も言えなかった。
そんな置き去りに、アームストロングの歌劇 のような一人語りは続く。
「何を言う!!破壊の裏に創造あり!創造の裏に破壊あり!破壊と創造は表裏一体!!壊して創る!!これすなわち、大宇宙の法則なり!!」
誇らしげに言葉を重ねながら何故か上着を脱ぎ、その筋肉隆々な身体を披露した。
「…」
これには無表情を通すスカーも呆れる。
「なぜ脱ぐ」
「て言うか、なんてムチャな錬金術……」
リザやハボックも、冷たく辛辣な言葉を浴びせる。
仲間からの言葉を全く気にしないアームストロングは、風格すらも漂わせる笑みを浮かべる。
「なぁに…同じ錬金術師ならムチャとは思わんさ。そうだろう?傷の男 よ」
聞き捨てならない言葉にやっと立ち直ったロイは、さすがに驚いた。
「錬金術師…奴も錬金術師だと言うのか!?」←立ち直った。
「やっぱり」
「キョウコもそう思ったか」
弱々しくも納得するキョウコに、エドが説明を加えて続ける。
「錬金術の錬成過程は大きく分けて『理解』『分解』『再構築』の三つ」
「なるほど。つまり奴は、二番目の『分解』の過程で、錬成を止めているという事か」
物質の中に存在している法則(流れ)を理解して分解、再構築(創造)するのが錬金術。
機械鎧でも人体でも破壊してしまうスカーの錬金術は、錬成過程の「分解」で止めているようだ。
アームストロングが次々と錬成していき、断続的に放たれる破片の攻撃を、スカーは右手で防ぐ。
「自分も錬金術師って…じゃあ奴の言う、神の道に、自ら背いているじゃないですか!」
「ああ…しかも狙うのは、きまって国家資格を持つ者というのは、いったい…」
新たな疑問に首を捻るその頃、スカーはアームストロングが繰り出す攻撃を避けつつ、後ろに下がる。
次々と襲いかかってくる攻撃に対して、最小限の動き。
スカーは感情を炎の嵐のように咆え猛らせていたが、同時に分析を、厚い氷のように張り詰めさせてもいた。
(ふむ…大柄な身体に似合わぬ、軽いフットワークと……常人ばなれの破壊力、更に錬金術とのコンビネーション。たしかに、やっかいではあるが…氷刹程ではないな)
駆けながら連打される拳、飛んでくる錬金術を防いでいると……やがて、壁際に追い込まれてしまった。
「追いつめたり!!」
その時、一際地を蹴って鋭く踏み込み、下がるスカーに追いついたアームストロングの拳が振り上げられる。
(……ここぞというところで、大振りになる)
大きく腕を振り上げるのを見極め、スカーは油断のない目つきで右手の関節を鳴らす。
(ここだ!!)
剥き出しになった腹に手を伸ばすが、前へと進んでいた彼は次の一歩を踏み止め、巧みなステップで後ろに下がったのだ。
(ここまで追いつめておきながら、間合いを開けるだと!?)
罠にかかった、とアームストロングがにやりと笑う。
気づいた時には既に遅く、ライフル銃を構えるリザが照準を合わせて狙撃する。
本来なら近距離、ライフルにとっては射程内という楽な条件だが、人間兵器とさえ呼ばれる国家錬金術師を、その中でも腕利きの軍人を、易々と殺しているという事実が思い出される。
近距離で撃たれ、足が浮き、サングラスが宙に放り出され、地面へと落ちる。
「やったか!?」
「速いですね。一発、かすっただけです」
スカーはなんとか倒れずに持ち堪えたが、こめかみから血が流れる。
未だ余裕がありそうなスカーの様子に、奥歯を噛みしめるキョウコだったが、サングラスが落ちたことによって現れた彼の瞳に、思わず目を見開いた。
特徴的な赤い瞳、加えて黄色、白色、黒色、そのどれとも異なる褐色の肌をしている。
「褐色の肌に、赤目の…!!」
まずアームストロングが呻き、ロイは胸騒ぎを自覚して、それでも声に表さざるを得なかった。
「……イシュヴァールの民か……!!」
緊張感が漂う、張り詰めたな空気が辺りを包み、その中で誰も言葉を発しようとはしなかった。
「…やはり、この人数を相手では、分が悪い」
取り囲む軍人や憲兵を見渡して、重苦しい沈黙を破るように口を開いたのはスカーだ。
彼らに包囲された状態で、国家錬金術師数人を相手にするのは、いささかか危険だと判断したのだろう。
「おっと!この包囲から逃れられると思っているのかね」
ロイが手を挙げると、憲兵達が銃を構える。
スカーは大きく挙げた手を地面に当てると、大きな穴が穿った。
その一瞬後、地面の真ん中に深い穴が空き、周りの憲兵達を巻き込んでいく。
「うわあああ!!」
足の踏み場がないとは、まさにこのこと。
その破壊の右腕で地面を崩して、彼は地下水道へと繋がる穴を開けた。
「あ…野郎、地下水道に!!」
すぐさまそこへ駆け寄り、銃を構えたハボックが巨大な穴を覗き込む。
しかし、中へ飛び込む気などはないようで、スカーの姿が見えないことを確認するだけに留めた。
「追うなよ」
「追いませんよ、あんな危ない奴」
ハボックに注意したところで、殺人鬼相手に果敢に突撃したアームストロングに言葉をかける。
「すまんな。包囲するだけの時間をかせいでもらったというのに」
「いえいえ」
凄腕の殺人鬼と交戦したことで一気に疲労が溜まったらしく、大きな溜め息をついた。
「時間かせぎどころか、こっちが殺られぬようにするのが、精一杯で…」
緊張しっぱなしだった身体を弛緩させ、安堵したその顔には大量の汗が流れ落ちる。
「お?終わったか?」
すると、路地からヒューズが顔を出す。
「ヒューズ中佐…今までどこに」
荒い息をついて佇むアームストロングの質問に、ヒューズは親指を突き立てた。
「物陰にかくれてた!」
「おまえなぁ、援護とかしろよ!」
ロイのささやかな反論を、ヒューズは容赦なく斬り捨てた。
「うるせぇ!!俺みたいな一般人を、おまえらデタラメ人間の万国ビックリショーに巻き込むんじゃねぇ!!」
「デタ…」
「オラ!戦い終わったら終わったで、やる事沢山あるだろ!市内緊急配備、人相書き回せよ!」
青筋を立てるロイを横目に、この場に集まっている多くの軍人や憲兵達に指示を出す。
慌ただしく散開する彼らを見届け、ヒューズはキョウコに視線を移した。
「…ったく、あまりムチャするなよ」
「それは無理です」
笑顔できっぱりと答えるキョウコに、ロイは軽い頭痛を覚え、ヒューズは苦笑いする。
「まったく…!!こんなに怪我をして!!」
「あたしは別に…」
「相手は国家錬金術師殺害犯なんだ、一歩間違えれば殺されていたんだぞ!?」
もっと、自分自身のことを大事にしなさい、と言うロイの剣幕に戸惑いながらも、キョウコは笑みを浮かべた。
それが取り繕ったような、ぎこちない笑みだということくらいわかっているし、彼がそれに気づいているだろうこともわかっている。
「それに、君の場合は……」
「大丈夫です、大佐。大丈夫」
自分は他人に優しくできるような人間ではないから。
それを知りながらも、知らないふりをする。
エドとアルも自分が守ると決めた人達だから、スカーと対峙しただけだ。
そうではなかったら、わざわざ殺される為のような戦いに、自ら向かったりはしない。
途端、キョウコの細い身体が、がくりと崩れ落ち――。
「……おっと」
ヒューズがそれを咄嗟に腕で抱きとめ、支える。
ロイは不満そうに目を細めた。
「何故、わざわざヒューズの方に行く」
「ダメですか?」
すると、ロイは両手を広げた。
「私の腕の中ではダメなのか?」
「お断りします」
ヒューズの腕に支えられるキョウコは、流れる血が軍服についているのに気づいて目を伏せる。
「血、ついちゃいますよ…」
「気にすんな」
ロイはどこか諦めたように、スカーが逃亡した後の慌ただしさに包まれている周囲を見渡した。
確かに、スカーが"あの"イシュヴァールの民なのだとすれば、国家錬金術師ばかりを狙うことにも納得がいく。
しかし同時に、物凄く面倒なことになってしまったとも、キョウコは思った。
重傷、という言葉で言い表せるレベルの傷ではない。
傷、と呼ぶことにすらはばかりがあった。
鎧の右半分を大きく欠落して、破孔が開いている。
顔のみ無傷なのが、逆に凄惨の度合いをより深めていた。
「アルフォンス!!」
エドは大慌てでアルに駆け寄る。
「アル!大丈夫か、おい!!」
「…この…バカ兄!!」
つぶやきから絶叫へと転換したアルに思い切り殴られ、エドは頬を押さえながら唖然とする。
「なんでボクが逃げろって言った時に、逃げなかったんだよ!!」
アルは頭をぶつけるほどに近づけ、頭頂部にある角がエドの額に突き刺さる。
「だから、アルを置いて逃げる訳に…」
「それがバカだって言うんだーーっ!!」
あらん限りの思いをぶつけるように、全力で強く殴る。
「なんでだよ!オレだけ逃げたら、おまえ殺されたかもしれないじゃんか!!」
「殺されなかったかもしれないだろ!!」
大いに口喧嘩する兄弟をロイ達がじと目で眺める横で、キョウコはヒューズから手渡された黒いコートを羽織る。
(どれだけ暗闇に沈んでも、何度だって引き上げるから)
だから、二人には諦めないで欲しい。
それはエゴでしかないけれど、キョウコが唯一持ち続けている願いだ。
「生きのびる可能性があるのに……キョウコが来てくれなかったら、どうなってたと思ってるんだ!!あえて死ぬ方を選ぶなんて、バカのする事だ!!」
「あ…兄貴にむかって、あんまりバカバカ言うなーーっ!!」
意地が矜持が爆発して、アルはエドの胸ぐらを掴んで大声をあげる。
「何度でも言ってやるさ!!生きて生きて生きのびて、もっと錬金術を研究すれば、ボク達が元の身体に戻る方法も…ニーナみたいな不幸な娘 を救う方法も、みつかるかもしれないのに!!」
彼の脳裏に、交戦の最後に見た光景が閃き過ぎった。
機械鎧を破壊され錬金術を発動できず、思考を放棄しつつあった兄。
何が起こっても、もはや弛緩した思考、虚脱した精神は、反応しなかった。
直属の上司であるにもかかわらず容赦なく斬り捨てる黒髪の少女に、ハボックは頬を引きつらせる。
「わざわざ出向いて来た上に、焔が出せぬとは、好都合この上ない。国家錬金術師!そして我が使命を邪魔する者!この場の全員、滅ぼす!!」
「やってみるがよい」
突然聞こえた男の声と大きく振りかぶる拳を、スカーは咄嗟に避けた。
刹那の差で、それまであった場所を手っ甲に包まれた拳が貫く。
「む…新手か…!!」
さすがに焦ったスカーの頬を、一筋の汗が伝う。
「ふぅーーむ。我輩の一撃をかわすとは、やりおる、やりおる」
拳を叩き込まれた壁は、恐ろしく重い打撃音を鳴り響かせて崩れた。
「国家に仇なす、不届き者よ」
重圧感溢れる声の主を一瞥したエドとハボックは露骨に顔を歪める。
「この場の全員、滅ぼす…と言ったな」
キョウコはなんとか笑みをつくろうとするが、生憎苦笑いしかできていない。
アルは表情の読めない鎧。
「笑止!!ならばまず!!この我輩を倒してみせよ!!」
リザも眉間に皺を寄せ、むっつりと顔をしかめる。
ロイは部下二人からの容赦ない指摘に、
「無能……」
未だショックから立ち直れず、落ち込んでいた。
「この『豪腕の錬金術師』…アレックス・ルイ・アームストロングをな!!」
崩壊する壁から均整の取れた、たくましい身体つきを軍服で包む軍人――アームストロングが現れた。
その両手には、錬成陣が描かれた金属製の手っ甲がはめられている。
「…今日はまったく、次から次へと………こちらから出向く手間が省けるというものだ。これも、神のご加護か!」
行く手を阻む怨敵の複数の出現に肩をすくめ、サングラスの奥にある鋭い眼差しでアームストロングを睨む。
「ふっふ…やはり、引かぬか。ならば、その勇気に敬意を表して見せてやろう!」
戦闘の意思を見て取ったアームストロングは壁の破片を上に放り投げると、その間に肩を回す。
「わが、アームストロング家に代々伝わりし、芸術的錬金法を!!」
垂直に落ちてくる破片に手っ甲を合わせた直後、まばゆい光と共に錬金術が発動する。
破片は
スカーは首を傾けることで、飛んできた鏃を避ける。
スカーの身のこなしは、華麗というより堅実、あるいは確実という表現がふさわしいものだった。
見栄えよくギリギリでかわすのではなく、危なげなく余裕をもってかわす。
「もう一発!!」
アームストロングが地面に拳を叩き込むと、巨大な
「この…」
スカーは右手を振るい、猛進してくる錐を砕く。
錬金術と武術が組み合わさった攻撃を仕掛けていくアームストロングに、とうとう耐え切れなくなったハボックがつっこむ。
「少佐!あんまり市街を破壊せんでください!!」
その隣では、エドが芝居がかった大仰な身振り手振りの軍人に呆れて物も言えなかった。
そんな置き去りに、アームストロングの
「何を言う!!破壊の裏に創造あり!創造の裏に破壊あり!破壊と創造は表裏一体!!壊して創る!!これすなわち、大宇宙の法則なり!!」
誇らしげに言葉を重ねながら何故か上着を脱ぎ、その筋肉隆々な身体を披露した。
「…」
これには無表情を通すスカーも呆れる。
「なぜ脱ぐ」
「て言うか、なんてムチャな錬金術……」
リザやハボックも、冷たく辛辣な言葉を浴びせる。
仲間からの言葉を全く気にしないアームストロングは、風格すらも漂わせる笑みを浮かべる。
「なぁに…同じ錬金術師ならムチャとは思わんさ。そうだろう?
聞き捨てならない言葉にやっと立ち直ったロイは、さすがに驚いた。
「錬金術師…奴も錬金術師だと言うのか!?」←立ち直った。
「やっぱり」
「キョウコもそう思ったか」
弱々しくも納得するキョウコに、エドが説明を加えて続ける。
「錬金術の錬成過程は大きく分けて『理解』『分解』『再構築』の三つ」
「なるほど。つまり奴は、二番目の『分解』の過程で、錬成を止めているという事か」
物質の中に存在している法則(流れ)を理解して分解、再構築(創造)するのが錬金術。
機械鎧でも人体でも破壊してしまうスカーの錬金術は、錬成過程の「分解」で止めているようだ。
アームストロングが次々と錬成していき、断続的に放たれる破片の攻撃を、スカーは右手で防ぐ。
「自分も錬金術師って…じゃあ奴の言う、神の道に、自ら背いているじゃないですか!」
「ああ…しかも狙うのは、きまって国家資格を持つ者というのは、いったい…」
新たな疑問に首を捻るその頃、スカーはアームストロングが繰り出す攻撃を避けつつ、後ろに下がる。
次々と襲いかかってくる攻撃に対して、最小限の動き。
スカーは感情を炎の嵐のように咆え猛らせていたが、同時に分析を、厚い氷のように張り詰めさせてもいた。
(ふむ…大柄な身体に似合わぬ、軽いフットワークと……常人ばなれの破壊力、更に錬金術とのコンビネーション。たしかに、やっかいではあるが…氷刹程ではないな)
駆けながら連打される拳、飛んでくる錬金術を防いでいると……やがて、壁際に追い込まれてしまった。
「追いつめたり!!」
その時、一際地を蹴って鋭く踏み込み、下がるスカーに追いついたアームストロングの拳が振り上げられる。
(……ここぞというところで、大振りになる)
大きく腕を振り上げるのを見極め、スカーは油断のない目つきで右手の関節を鳴らす。
(ここだ!!)
剥き出しになった腹に手を伸ばすが、前へと進んでいた彼は次の一歩を踏み止め、巧みなステップで後ろに下がったのだ。
(ここまで追いつめておきながら、間合いを開けるだと!?)
罠にかかった、とアームストロングがにやりと笑う。
気づいた時には既に遅く、ライフル銃を構えるリザが照準を合わせて狙撃する。
本来なら近距離、ライフルにとっては射程内という楽な条件だが、人間兵器とさえ呼ばれる国家錬金術師を、その中でも腕利きの軍人を、易々と殺しているという事実が思い出される。
近距離で撃たれ、足が浮き、サングラスが宙に放り出され、地面へと落ちる。
「やったか!?」
「速いですね。一発、かすっただけです」
スカーはなんとか倒れずに持ち堪えたが、こめかみから血が流れる。
未だ余裕がありそうなスカーの様子に、奥歯を噛みしめるキョウコだったが、サングラスが落ちたことによって現れた彼の瞳に、思わず目を見開いた。
特徴的な赤い瞳、加えて黄色、白色、黒色、そのどれとも異なる褐色の肌をしている。
「褐色の肌に、赤目の…!!」
まずアームストロングが呻き、ロイは胸騒ぎを自覚して、それでも声に表さざるを得なかった。
「……イシュヴァールの民か……!!」
緊張感が漂う、張り詰めたな空気が辺りを包み、その中で誰も言葉を発しようとはしなかった。
「…やはり、この人数を相手では、分が悪い」
取り囲む軍人や憲兵を見渡して、重苦しい沈黙を破るように口を開いたのはスカーだ。
彼らに包囲された状態で、国家錬金術師数人を相手にするのは、いささかか危険だと判断したのだろう。
「おっと!この包囲から逃れられると思っているのかね」
ロイが手を挙げると、憲兵達が銃を構える。
スカーは大きく挙げた手を地面に当てると、大きな穴が穿った。
その一瞬後、地面の真ん中に深い穴が空き、周りの憲兵達を巻き込んでいく。
「うわあああ!!」
足の踏み場がないとは、まさにこのこと。
その破壊の右腕で地面を崩して、彼は地下水道へと繋がる穴を開けた。
「あ…野郎、地下水道に!!」
すぐさまそこへ駆け寄り、銃を構えたハボックが巨大な穴を覗き込む。
しかし、中へ飛び込む気などはないようで、スカーの姿が見えないことを確認するだけに留めた。
「追うなよ」
「追いませんよ、あんな危ない奴」
ハボックに注意したところで、殺人鬼相手に果敢に突撃したアームストロングに言葉をかける。
「すまんな。包囲するだけの時間をかせいでもらったというのに」
「いえいえ」
凄腕の殺人鬼と交戦したことで一気に疲労が溜まったらしく、大きな溜め息をついた。
「時間かせぎどころか、こっちが殺られぬようにするのが、精一杯で…」
緊張しっぱなしだった身体を弛緩させ、安堵したその顔には大量の汗が流れ落ちる。
「お?終わったか?」
すると、路地からヒューズが顔を出す。
「ヒューズ中佐…今までどこに」
荒い息をついて佇むアームストロングの質問に、ヒューズは親指を突き立てた。
「物陰にかくれてた!」
「おまえなぁ、援護とかしろよ!」
ロイのささやかな反論を、ヒューズは容赦なく斬り捨てた。
「うるせぇ!!俺みたいな一般人を、おまえらデタラメ人間の万国ビックリショーに巻き込むんじゃねぇ!!」
「デタ…」
「オラ!戦い終わったら終わったで、やる事沢山あるだろ!市内緊急配備、人相書き回せよ!」
青筋を立てるロイを横目に、この場に集まっている多くの軍人や憲兵達に指示を出す。
慌ただしく散開する彼らを見届け、ヒューズはキョウコに視線を移した。
「…ったく、あまりムチャするなよ」
「それは無理です」
笑顔できっぱりと答えるキョウコに、ロイは軽い頭痛を覚え、ヒューズは苦笑いする。
「まったく…!!こんなに怪我をして!!」
「あたしは別に…」
「相手は国家錬金術師殺害犯なんだ、一歩間違えれば殺されていたんだぞ!?」
もっと、自分自身のことを大事にしなさい、と言うロイの剣幕に戸惑いながらも、キョウコは笑みを浮かべた。
それが取り繕ったような、ぎこちない笑みだということくらいわかっているし、彼がそれに気づいているだろうこともわかっている。
「それに、君の場合は……」
「大丈夫です、大佐。大丈夫」
自分は他人に優しくできるような人間ではないから。
それを知りながらも、知らないふりをする。
エドとアルも自分が守ると決めた人達だから、スカーと対峙しただけだ。
そうではなかったら、わざわざ殺される為のような戦いに、自ら向かったりはしない。
途端、キョウコの細い身体が、がくりと崩れ落ち――。
「……おっと」
ヒューズがそれを咄嗟に腕で抱きとめ、支える。
ロイは不満そうに目を細めた。
「何故、わざわざヒューズの方に行く」
「ダメですか?」
すると、ロイは両手を広げた。
「私の腕の中ではダメなのか?」
「お断りします」
ヒューズの腕に支えられるキョウコは、流れる血が軍服についているのに気づいて目を伏せる。
「血、ついちゃいますよ…」
「気にすんな」
ロイはどこか諦めたように、スカーが逃亡した後の慌ただしさに包まれている周囲を見渡した。
確かに、スカーが"あの"イシュヴァールの民なのだとすれば、国家錬金術師ばかりを狙うことにも納得がいく。
しかし同時に、物凄く面倒なことになってしまったとも、キョウコは思った。
重傷、という言葉で言い表せるレベルの傷ではない。
傷、と呼ぶことにすらはばかりがあった。
鎧の右半分を大きく欠落して、破孔が開いている。
顔のみ無傷なのが、逆に凄惨の度合いをより深めていた。
「アルフォンス!!」
エドは大慌てでアルに駆け寄る。
「アル!大丈夫か、おい!!」
「…この…バカ兄!!」
つぶやきから絶叫へと転換したアルに思い切り殴られ、エドは頬を押さえながら唖然とする。
「なんでボクが逃げろって言った時に、逃げなかったんだよ!!」
アルは頭をぶつけるほどに近づけ、頭頂部にある角がエドの額に突き刺さる。
「だから、アルを置いて逃げる訳に…」
「それがバカだって言うんだーーっ!!」
あらん限りの思いをぶつけるように、全力で強く殴る。
「なんでだよ!オレだけ逃げたら、おまえ殺されたかもしれないじゃんか!!」
「殺されなかったかもしれないだろ!!」
大いに口喧嘩する兄弟をロイ達がじと目で眺める横で、キョウコはヒューズから手渡された黒いコートを羽織る。
(どれだけ暗闇に沈んでも、何度だって引き上げるから)
だから、二人には諦めないで欲しい。
それはエゴでしかないけれど、キョウコが唯一持ち続けている願いだ。
「生きのびる可能性があるのに……キョウコが来てくれなかったら、どうなってたと思ってるんだ!!あえて死ぬ方を選ぶなんて、バカのする事だ!!」
「あ…兄貴にむかって、あんまりバカバカ言うなーーっ!!」
意地が矜持が爆発して、アルはエドの胸ぐらを掴んで大声をあげる。
「何度でも言ってやるさ!!生きて生きて生きのびて、もっと錬金術を研究すれば、ボク達が元の身体に戻る方法も…ニーナみたいな不幸な
彼の脳裏に、交戦の最後に見た光景が閃き過ぎった。
機械鎧を破壊され錬金術を発動できず、思考を放棄しつつあった兄。
何が起こっても、もはや弛緩した思考、虚脱した精神は、反応しなかった。