第7話
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
それを、アルが叩いて、突然回路に電流が巡ったように全てが鮮明になった。
「それなのに、その可能性を投げ捨てて死ぬ方を選ぶなんて、そんなマネは絶対に許さない!!」
ぶるぶると感極まったようにアルの肩が震えていき、訴えかけてくる弟の姿を前に茫然とするエド。
いつの間にか……憑き物が落ちたように、その顔から険が取れていた。
既にボロボロの状態で保っていた右腕が限界に達したらしく、
「あ」
ベキャ、と取れた。
「ああっ、右手もげちゃったじゃないか、兄さんのバカたれ!!」
それを手に取ったエドは乾いた笑い声をあげる。
「はは…ボロボロだな、オレ達。カッコ悪いったらありゃしねぇ」
「でも、生きてるじゃない」
唐突に軽やかに、お馴染みの黒いコートを羽織ったキョウコが微笑んで立っていた。
「うん、生きてる」
エドは少し彼女を見つめて、含みのある笑いで返した。
「………あのな、キョウコ」
一旦、言葉を止めてそっぽを向くと、やや熱くなった頬を掻いた。
「ん?」
「キョウコの気持ちも知らないで、ひどいこと言っちまって。改めて考えると、色んな部分でキョウコに頼ってるって気づいた。ゴメン…それと……ありがとな」
キョウコは目を見開いた。
そんな言葉を向けられるとは、本気で予想していなかったのだろう。
珍しい驚愕の面持ちで、彼女は数回まばたきをした。
「………っ、うん!」
だが、やがて嬉しそうに頷くと、いきなり左腕でエド、右腕でアルの首っ玉を抱え込んだ。
その時になって、緊張からの震えを必死に押さえ、衝撃に潤む目を伏せて、なんとか誤魔化していた。
「ぐえ」
「わ」
勢い余って、ヘッドロックみたいになった。
キョウコの黒髪からは、その美貌に見合う甘く優しい匂いがして、ちょっとドキドキ。
「…ってキョウコ、おまえ、怪我してんだろ!!大丈夫かよ!?」
「いーの!かすり傷だから!」
「ダメだよ!血がついてるじゃないか!!」
「二人よりマシ!!」
動悸からの震えを必死に押さえ、エドは振り向くと目を見張る。
「キョウコ……おまえ、泣いてるのか……?」
「――え?」
気づけば、キョウコの両目から涙がこぼれていた。
熱い水滴が飛び散り、二人の顔にもかかる。
「なんか……今までの緊張が切れてきちゃった……」
キョウコは泣きながら笑う。
しかし、その胸中では初めて経験する、殺意を剥き出しにした戦闘に未だ恐怖心が残っていた。
(あたし、今頃になって……こんなにも…怖くなってる…)
彼女だけが許された弱音、込められた心を、身体で確かめる。
声をかけることなく、ただそれを見て、数分経ったのかどうか。
リザがエドの肩にそっと軍服をかけ、ハボックは三人の保護を憲兵に命令する。
「あの空の鎧が、鋼の錬金術師の弟ですと?魂の錬成など、聞いた事がありませんぞ!」
スカーが逃亡した後の慌ただしさに包まれている周囲を見渡しながら、アームストロングは兄弟の隠された真実に戦慄する。
だが、直後に思い知る。
ロイ自身が、意志を込めて語っていることを、彼は感じた。
ハボックの肩を借りて歩くアルを、エドは心配そうに見つめている。
「おそらく彼は、命を捨てる覚悟で、錬成に挑んだのだろうな。だから、あの兄弟の絆は強い」
どんな時も二人で一緒に、目指すものに向かっていた。
何があっても守りたい人。
それはお互いから見ても言えることで、兄弟は旅を続けることによって絆を深めていくだろう。
固い絆でつながる兄弟を、リザに支えられながらキョウコが優しい眼差しで見守っている。
「いや……彼女も強い」
「そういえば、あの兄弟と氷刹の錬金術師は、どういう関係なのですか?」
「氷刹と兄弟は幼馴染みだ。彼女は偶然、彼らの錬成を見てしまったため、その過程で髪と瞳の色を変えられた」
「なんと!じゃあ、あの髪と瞳の色は……」
「…元々は、金髪に碧眼だったそうだ」
ロイの脳裏に浮かぶのは、ベッドの上に上半身を預ける少女の姿。
――肩の少し下まで伸びた黒髪は乱れ、衣服も負けずに乱れて、寝不足なのか半開きの目で見ていた。
「………誰?」
――部屋の中は同じくらい取りとめがなく、そして悲惨だった。
「………どうして、そこにいるの…」
――床にはいくつもの穴が開き、壁だった残骸や累々と転がり、分厚い本がいくつも放り出されていた。
「誰も入ってこないでって言ってるのに」
――少女は感情のない漆黒の瞳で睨んだ。
「どうやら、彼らの方は一段落といったところか」
意識せず、ロイの口から安堵の吐息が漏れる。
すると、キョウコがこちらにやって来た。
ヒューズのもとへ行くのが確定だったので、奪い取って後ろから抱きしめる。
「え――きゃあ!たっ…大佐!何するんですか!!」
抱き寄せた腕の中で、キョウコがあたふたと動揺し、頬を赤くする。
「ほう。何故、私の腕の中では、真っ赤になっているのかね?」
「知りません!!」
じたばたと動き、ゆでだこみたいに真っ赤なキョウコを抱きしめるロイへ、ヒューズが頭を掻いて話しかける。
「こっちはまだ、一段落とはいかねぇだろ。やっかいな奴に狙われたもんだな」
「…イシュヴァールの民か………まだまだ、荒れそうだな」
「とりあえず、キョウコの治療が先だな」
ロイの動きがぴたりと止まる。
それを聞いて考えるよりも早く、条件反射で、ロイは抱きしめていたキョウコを横抱きにして指示を飛ばす。
「車を出せ!キョウコを軍医のところまで連れて行く!」
「なっ…止めてください、大佐!!恥ずかしいです!!」
――イシュヴァールの民は、イシュヴァラを絶対唯一の創造神とする、東部の一部族だった。
――宗教的価値観の違いから、国側とはしばしば衝突をくりかえしていたが、13年前、軍将校があやまってイシュヴァールの子供を射殺してしまった事件を機に、大規模な内乱へと爆発した。
――暴動は暴動をよび、いつしか内乱の火は、東部全域へと広がった。
――7年にもおよぶ攻防の末、軍上層部から下された作戦は――国家錬金術師も投入しての、イシュヴァール殲滅戦。
――戦場での実用性をためす意味合いもあったのだろう。
――多くの術師が、人間兵器として駆り出されたよ。
知りうる限りの歴史に思いを馳せながら、ロイが机の上に手を添えて終える。
「私もその一人だ」
皆は場所を移動し、司令部の執務室に集まっていた。
語られる話を聞いていたエドは肩にタオルをかけ、アルは破壊された鎧を保護するために布を金具で留め、キョウコは肩の治療を終え、シャツも真新しいものに着替えている。
「くだらねぇ。関係ない人間も巻き込む復讐に、正当性もくそもあるかよ。醜い復讐心を『神の代行人』ってオブラートに包んで、崇高ぶってるだけだ」
「だがな、錬金術を忌み嫌う者が、その錬金術をもって復讐しようってんだ。なりふりかまわん人間てのは、一番やっかいで、怖ぇぞ」
「なりふりかまってられないのは、こっちも同じだ。我々もまた、死ぬ訳にはいかないからな。次に会った時は問答無用で、潰す」
ロイの冷淡無情な反応、戦闘における強敵撃退の意気込みから、少しの間を置いて、ヒューズが膝を打ち、勢いよく立ち上がる。
「さて!辛気臭ぇ話はこれで終わりだ。エルリック兄弟とキョウコは、これからどうする?」
「あたしは二人について行きます」
「うん…アルの鎧 を直してやりたいんだけど、オレこの腕じゃ術を使えないしなぁ…」
「我輩が直してやろうか?」
既に軍服の上着を脱いだアームストロングが、盛っ、と筋肉を盛り上がらせ、提案する。
自慢の筋肉を見せながらポーズを取る彼に、キョウコは思わず顔を引きつらせた。
何故、脱ぐのかという疑問よりも、まず……物凄く暑苦しい。
「遠慮します」
アルは全力で、その提案を拒否した、即答で。
好意はありがたいのだが、彼が頼んだ場合、全く以前と違うものが出来上がりそうな気がして怖い。
「アルの鎧と魂の定着方法を知ってんのはオレだけだから…まずは、オレの腕を元に戻さないと」
「だね」
すると、リザが憂いの表情で口許に手を添える。
「そうよねぇ…錬金術の使えない、エドワード君なんて…」
「ただの、口の悪いガキっすね」
そう続けたのは、くわえ煙草のハボック。
「くそ生意気な豆だ」
はっきりと言い切るヒューズ。
リザも感じ入ったように、うんうん、と深く頷く。
「無能だな、無能!」
顎に手を当てて、ロイがデリカシーの死滅した台詞でとどめを刺す。
エドに対する軍人達の結構ズタボロな言い草。
本来ならばフォローすべきアルも、この時ばかりはエドから目を逸らす。
「ごめん兄さん。フォローできないよ」
「いじめだーー!!!」
もはや怒りを通り越して滂沱と涙を流すエド。
(無能っていう言葉は、大佐専用の言葉なんだけどな…)
キョウコはロイの発言に、かなり毒のあるツッコミを胸中で入れるのだった。
散々にいじられるエドは唯一残ったキョウコに助けを求めるが、
「~~~エド、ごめん!」
申し訳ないとばかりに手を合わせた。
やはりキョウコの力でも敵わないらしかった。
不機嫌そうに顔を歪め、悶々としながらもエドは壊れた機械鎧を直すため整備師のもとへ行くことを決めた。
「しょーがない…うちの整備師の所に行ってくるか」
不意に、気がついた。
(――あっ!?)
というより、思考がとある事実に触れて、愕然とした。
今の今まで、何故そのことに気がつかなかったのだろう。
「…そうだ!キョウコ、あの錬金術!あんな能力つきだって聞いてないぞ!それと"氷の魔女"って、どういう意味なんだ!!」
肩を怒らせ、感情を爆発させているエドに対し、キョウコは頬を掻いて端的に答える。
「ん~。話すよりも実際見せた方がいいと思ってたんだけど、なかなか、いい機会がなくて」
まずは、ロイが軽い口調で、相手にその前提を語る。
「キョウコは氷雪系最強の錬金術師と噂されるだけあって、その威力は凄まじい。国家試験の際の彼女の錬金術は、大総統をも賞賛する程だった」
エドは思い留まったように口をつぐんだ。
金の相貌を口惜しそうに歪めながら、本題に切り込む。
「……じゃあさ"氷の魔女"って何だよ?」
その一言で執務室が静寂に包まれ、皆の表情に緊張感が滲み出る。
誰もが辛そうに口を閉ざす中、キョウコは自分の胸に手を当て、神妙な声音で語る。
「あたしはエド達と一緒に旅するまで強くなろうと、東方司令部に籍を置いて大佐の部下として働いていた。だけど13歳、しかも女で国家資格を取るっていうのは異例だったから、軍の上の人達は面白くなかったみたい」
エドに次ぐ最年少の国家錬金術師は若くして大佐に上り詰めた切れ者の部下。
事情を知らない軍人達から、鳴り物入りでロイの懐に入ったキョウコへ、小娘だの、年上に色目を使っただの、様々な心もとない中傷が飛び交う。
元々、大佐という地位に上り詰めた彼を疎ましく思う者達にとっては、絶好の攻撃ポイントだった。
それにキョウコは幼いながらも凛々しい美貌と華奢な肢体という美少女だ。
そのため性的な下心の影が目に映っていたり、不躾な色眼鏡で見られやすい。
そんなキョウコが切れ長の瞳をもつロイと絵になる様子も、やっかみにさらに拍車をかける。
「漆黒の髪に黒い瞳、黒いコートを着ているためか、周囲からは恐ろしい魔女に見える。そして、扱う錬金術は氷雪」
何よりもキョウコの錬金術――空気中の水分など、触れたものを凍らせる能力は天候にも影響を与え、彼女の周囲の気温は際限なく下がり、無慈悲なる死の冬が形成される。
一言も聞き漏らしてはならない。
一切の同情を寄せつけない、覚悟の宿った、その言葉を。
「人はそれを、異怖と憐憫と侮蔑と嘲笑を込めて――"氷の魔女"と、そう呼ぶわ」
彼女は――ただそこにいるだけで災禍となるのだ。
顔を見上げ、なんて悲しい顔だろうと思った。
同時に、なんて強い表情だろうと思った。
雨は、もう止んでいた。
「それなのに、その可能性を投げ捨てて死ぬ方を選ぶなんて、そんなマネは絶対に許さない!!」
ぶるぶると感極まったようにアルの肩が震えていき、訴えかけてくる弟の姿を前に茫然とするエド。
いつの間にか……憑き物が落ちたように、その顔から険が取れていた。
既にボロボロの状態で保っていた右腕が限界に達したらしく、
「あ」
ベキャ、と取れた。
「ああっ、右手もげちゃったじゃないか、兄さんのバカたれ!!」
それを手に取ったエドは乾いた笑い声をあげる。
「はは…ボロボロだな、オレ達。カッコ悪いったらありゃしねぇ」
「でも、生きてるじゃない」
唐突に軽やかに、お馴染みの黒いコートを羽織ったキョウコが微笑んで立っていた。
「うん、生きてる」
エドは少し彼女を見つめて、含みのある笑いで返した。
「………あのな、キョウコ」
一旦、言葉を止めてそっぽを向くと、やや熱くなった頬を掻いた。
「ん?」
「キョウコの気持ちも知らないで、ひどいこと言っちまって。改めて考えると、色んな部分でキョウコに頼ってるって気づいた。ゴメン…それと……ありがとな」
キョウコは目を見開いた。
そんな言葉を向けられるとは、本気で予想していなかったのだろう。
珍しい驚愕の面持ちで、彼女は数回まばたきをした。
「………っ、うん!」
だが、やがて嬉しそうに頷くと、いきなり左腕でエド、右腕でアルの首っ玉を抱え込んだ。
その時になって、緊張からの震えを必死に押さえ、衝撃に潤む目を伏せて、なんとか誤魔化していた。
「ぐえ」
「わ」
勢い余って、ヘッドロックみたいになった。
キョウコの黒髪からは、その美貌に見合う甘く優しい匂いがして、ちょっとドキドキ。
「…ってキョウコ、おまえ、怪我してんだろ!!大丈夫かよ!?」
「いーの!かすり傷だから!」
「ダメだよ!血がついてるじゃないか!!」
「二人よりマシ!!」
動悸からの震えを必死に押さえ、エドは振り向くと目を見張る。
「キョウコ……おまえ、泣いてるのか……?」
「――え?」
気づけば、キョウコの両目から涙がこぼれていた。
熱い水滴が飛び散り、二人の顔にもかかる。
「なんか……今までの緊張が切れてきちゃった……」
キョウコは泣きながら笑う。
しかし、その胸中では初めて経験する、殺意を剥き出しにした戦闘に未だ恐怖心が残っていた。
(あたし、今頃になって……こんなにも…怖くなってる…)
彼女だけが許された弱音、込められた心を、身体で確かめる。
声をかけることなく、ただそれを見て、数分経ったのかどうか。
リザがエドの肩にそっと軍服をかけ、ハボックは三人の保護を憲兵に命令する。
「あの空の鎧が、鋼の錬金術師の弟ですと?魂の錬成など、聞いた事がありませんぞ!」
スカーが逃亡した後の慌ただしさに包まれている周囲を見渡しながら、アームストロングは兄弟の隠された真実に戦慄する。
だが、直後に思い知る。
ロイ自身が、意志を込めて語っていることを、彼は感じた。
ハボックの肩を借りて歩くアルを、エドは心配そうに見つめている。
「おそらく彼は、命を捨てる覚悟で、錬成に挑んだのだろうな。だから、あの兄弟の絆は強い」
どんな時も二人で一緒に、目指すものに向かっていた。
何があっても守りたい人。
それはお互いから見ても言えることで、兄弟は旅を続けることによって絆を深めていくだろう。
固い絆でつながる兄弟を、リザに支えられながらキョウコが優しい眼差しで見守っている。
「いや……彼女も強い」
「そういえば、あの兄弟と氷刹の錬金術師は、どういう関係なのですか?」
「氷刹と兄弟は幼馴染みだ。彼女は偶然、彼らの錬成を見てしまったため、その過程で髪と瞳の色を変えられた」
「なんと!じゃあ、あの髪と瞳の色は……」
「…元々は、金髪に碧眼だったそうだ」
ロイの脳裏に浮かぶのは、ベッドの上に上半身を預ける少女の姿。
――肩の少し下まで伸びた黒髪は乱れ、衣服も負けずに乱れて、寝不足なのか半開きの目で見ていた。
「………誰?」
――部屋の中は同じくらい取りとめがなく、そして悲惨だった。
「………どうして、そこにいるの…」
――床にはいくつもの穴が開き、壁だった残骸や累々と転がり、分厚い本がいくつも放り出されていた。
「誰も入ってこないでって言ってるのに」
――少女は感情のない漆黒の瞳で睨んだ。
「どうやら、彼らの方は一段落といったところか」
意識せず、ロイの口から安堵の吐息が漏れる。
すると、キョウコがこちらにやって来た。
ヒューズのもとへ行くのが確定だったので、奪い取って後ろから抱きしめる。
「え――きゃあ!たっ…大佐!何するんですか!!」
抱き寄せた腕の中で、キョウコがあたふたと動揺し、頬を赤くする。
「ほう。何故、私の腕の中では、真っ赤になっているのかね?」
「知りません!!」
じたばたと動き、ゆでだこみたいに真っ赤なキョウコを抱きしめるロイへ、ヒューズが頭を掻いて話しかける。
「こっちはまだ、一段落とはいかねぇだろ。やっかいな奴に狙われたもんだな」
「…イシュヴァールの民か………まだまだ、荒れそうだな」
「とりあえず、キョウコの治療が先だな」
ロイの動きがぴたりと止まる。
それを聞いて考えるよりも早く、条件反射で、ロイは抱きしめていたキョウコを横抱きにして指示を飛ばす。
「車を出せ!キョウコを軍医のところまで連れて行く!」
「なっ…止めてください、大佐!!恥ずかしいです!!」
――イシュヴァールの民は、イシュヴァラを絶対唯一の創造神とする、東部の一部族だった。
――宗教的価値観の違いから、国側とはしばしば衝突をくりかえしていたが、13年前、軍将校があやまってイシュヴァールの子供を射殺してしまった事件を機に、大規模な内乱へと爆発した。
――暴動は暴動をよび、いつしか内乱の火は、東部全域へと広がった。
――7年にもおよぶ攻防の末、軍上層部から下された作戦は――国家錬金術師も投入しての、イシュヴァール殲滅戦。
――戦場での実用性をためす意味合いもあったのだろう。
――多くの術師が、人間兵器として駆り出されたよ。
知りうる限りの歴史に思いを馳せながら、ロイが机の上に手を添えて終える。
「私もその一人だ」
皆は場所を移動し、司令部の執務室に集まっていた。
語られる話を聞いていたエドは肩にタオルをかけ、アルは破壊された鎧を保護するために布を金具で留め、キョウコは肩の治療を終え、シャツも真新しいものに着替えている。
「くだらねぇ。関係ない人間も巻き込む復讐に、正当性もくそもあるかよ。醜い復讐心を『神の代行人』ってオブラートに包んで、崇高ぶってるだけだ」
「だがな、錬金術を忌み嫌う者が、その錬金術をもって復讐しようってんだ。なりふりかまわん人間てのは、一番やっかいで、怖ぇぞ」
「なりふりかまってられないのは、こっちも同じだ。我々もまた、死ぬ訳にはいかないからな。次に会った時は問答無用で、潰す」
ロイの冷淡無情な反応、戦闘における強敵撃退の意気込みから、少しの間を置いて、ヒューズが膝を打ち、勢いよく立ち上がる。
「さて!辛気臭ぇ話はこれで終わりだ。エルリック兄弟とキョウコは、これからどうする?」
「あたしは二人について行きます」
「うん…アルの
「我輩が直してやろうか?」
既に軍服の上着を脱いだアームストロングが、盛っ、と筋肉を盛り上がらせ、提案する。
自慢の筋肉を見せながらポーズを取る彼に、キョウコは思わず顔を引きつらせた。
何故、脱ぐのかという疑問よりも、まず……物凄く暑苦しい。
「遠慮します」
アルは全力で、その提案を拒否した、即答で。
好意はありがたいのだが、彼が頼んだ場合、全く以前と違うものが出来上がりそうな気がして怖い。
「アルの鎧と魂の定着方法を知ってんのはオレだけだから…まずは、オレの腕を元に戻さないと」
「だね」
すると、リザが憂いの表情で口許に手を添える。
「そうよねぇ…錬金術の使えない、エドワード君なんて…」
「ただの、口の悪いガキっすね」
そう続けたのは、くわえ煙草のハボック。
「くそ生意気な豆だ」
はっきりと言い切るヒューズ。
リザも感じ入ったように、うんうん、と深く頷く。
「無能だな、無能!」
顎に手を当てて、ロイがデリカシーの死滅した台詞でとどめを刺す。
エドに対する軍人達の結構ズタボロな言い草。
本来ならばフォローすべきアルも、この時ばかりはエドから目を逸らす。
「ごめん兄さん。フォローできないよ」
「いじめだーー!!!」
もはや怒りを通り越して滂沱と涙を流すエド。
(無能っていう言葉は、大佐専用の言葉なんだけどな…)
キョウコはロイの発言に、かなり毒のあるツッコミを胸中で入れるのだった。
散々にいじられるエドは唯一残ったキョウコに助けを求めるが、
「~~~エド、ごめん!」
申し訳ないとばかりに手を合わせた。
やはりキョウコの力でも敵わないらしかった。
不機嫌そうに顔を歪め、悶々としながらもエドは壊れた機械鎧を直すため整備師のもとへ行くことを決めた。
「しょーがない…うちの整備師の所に行ってくるか」
不意に、気がついた。
(――あっ!?)
というより、思考がとある事実に触れて、愕然とした。
今の今まで、何故そのことに気がつかなかったのだろう。
「…そうだ!キョウコ、あの錬金術!あんな能力つきだって聞いてないぞ!それと"氷の魔女"って、どういう意味なんだ!!」
肩を怒らせ、感情を爆発させているエドに対し、キョウコは頬を掻いて端的に答える。
「ん~。話すよりも実際見せた方がいいと思ってたんだけど、なかなか、いい機会がなくて」
まずは、ロイが軽い口調で、相手にその前提を語る。
「キョウコは氷雪系最強の錬金術師と噂されるだけあって、その威力は凄まじい。国家試験の際の彼女の錬金術は、大総統をも賞賛する程だった」
エドは思い留まったように口をつぐんだ。
金の相貌を口惜しそうに歪めながら、本題に切り込む。
「……じゃあさ"氷の魔女"って何だよ?」
その一言で執務室が静寂に包まれ、皆の表情に緊張感が滲み出る。
誰もが辛そうに口を閉ざす中、キョウコは自分の胸に手を当て、神妙な声音で語る。
「あたしはエド達と一緒に旅するまで強くなろうと、東方司令部に籍を置いて大佐の部下として働いていた。だけど13歳、しかも女で国家資格を取るっていうのは異例だったから、軍の上の人達は面白くなかったみたい」
エドに次ぐ最年少の国家錬金術師は若くして大佐に上り詰めた切れ者の部下。
事情を知らない軍人達から、鳴り物入りでロイの懐に入ったキョウコへ、小娘だの、年上に色目を使っただの、様々な心もとない中傷が飛び交う。
元々、大佐という地位に上り詰めた彼を疎ましく思う者達にとっては、絶好の攻撃ポイントだった。
それにキョウコは幼いながらも凛々しい美貌と華奢な肢体という美少女だ。
そのため性的な下心の影が目に映っていたり、不躾な色眼鏡で見られやすい。
そんなキョウコが切れ長の瞳をもつロイと絵になる様子も、やっかみにさらに拍車をかける。
「漆黒の髪に黒い瞳、黒いコートを着ているためか、周囲からは恐ろしい魔女に見える。そして、扱う錬金術は氷雪」
何よりもキョウコの錬金術――空気中の水分など、触れたものを凍らせる能力は天候にも影響を与え、彼女の周囲の気温は際限なく下がり、無慈悲なる死の冬が形成される。
一言も聞き漏らしてはならない。
一切の同情を寄せつけない、覚悟の宿った、その言葉を。
「人はそれを、異怖と憐憫と侮蔑と嘲笑を込めて――"氷の魔女"と、そう呼ぶわ」
彼女は――ただそこにいるだけで災禍となるのだ。
顔を見上げ、なんて悲しい顔だろうと思った。
同時に、なんて強い表情だろうと思った。
雨は、もう止んでいた。