第6話

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――晴れた空に響き渡る、幼い少年の声。


「おかあさん」


――それは、彼が人体錬成に手を出す前のことだ。


――見るからにあどけない、まだまだ子供っぽい容姿のエドは馬の玩具を持って走る。


「おかあさん、おかあさん!」


――彼がしきりに呼びかける先で、母親は畑で採れたトマトをエプロンに包み込んでいた。


「どうしたの、エド」


――エドは持っていた馬の玩具を、母親に自慢げに見せる。


「へへ~~~、プレゼント!」

「あら、母さんに?どうしたの、これ」

「ボクが錬成したんだよ!」

「エドが?さすが、父さんの子ね!」


――母親は目を丸くし、精巧に作られた馬の玩具に感嘆しながらエドの頭を撫でる。


「ありがとう、本当にエドはすごいわ。こんなに立派な物を作れるなんて…」

「へへ」


――大好きな母親から褒められて、エドは微笑んだ。


「でも、お母さんはちゃんと作ってくれなかったのね」


――すると、母親は起立した姿勢のまま、赤黒い液体が身体を伝って目の前で血にまみれていった。


――馬の玩具は無惨に落とされ、トマトは形が崩れた。








夜中、エドは底抜けの虚脱感と総身を走る怯えの中、ベッドから身体を起こす。

気づけば全身、汗ぐっしょりで濡れていた。

ぽたぽたと流れ落ちるくらい、いっぱいに掻いた汗がその髪の毛を、頬や額にぺたぺたと張りつけている。

荒い息遣いだけがやけに部屋の中に響き、きし…と、左足の機械鎧が小さく軋んだ。

「………………痛て…」

左足を抱きかかえ、微かに声を漏らした。

胸の奥にヘドロのごとく沈殿している嫌な気分を、憂鬱な重々しさを、雨は全く洗い流してくれない。

あの日の記憶が、夢となってよみがえる。

初めて、人体錬成を実行した日。

部屋を満たす血なまぐさい臭い、身体を奪われた弟の悲痛な叫び声、左足を持っていかれた際の激痛、染みついた過去の暗い影。







その翌日も、雨は降り続いていた。

着替えが終わってホテルを出た兄弟は、ロイの執務室前に佇んでいる。

そこに、キョウコの姿はない。

(キョウコの奴、こんな時にどこに行ったんだよ…)

エドが部屋に入った時には、彼女は既にいなかったのである。

兄弟が元に戻る方法を探すためならば、彼女は協力を惜しまないつもりでいる。

キョウコがそんな気持ちを持ってくれていると、エドは理解しているつもりでいたが、ならば何故、今回に限って彼女はいないのだろうかと疑問を抱く。

勿論、強制するつもりはない。

もとよりそんな権利など、自分にはない。

けれど。

昨日、自分を絶対に見ることのない彼女に、少しだけ溜め息をつきたくなるというのも事実だ。

今までずっと生活し、一緒に旅をしてきた割には、キョウコについてまだよくわからないことが、自分達には少ないということ。

些細なことでもそれを実感させられて、言いようのない思いに駆られたりもする。

結局のところ、三人の方が賢者の石を探すのに効率的だろうと言って、もっともらしい理由をつけてでも、キョウコを参加させておきたいだけなのかもしれない。

そんな思いを、エド自身が抱きたくないがため、そこまで考えて苦笑をこぼした。

(……馬鹿か、オレは)

これ以上、彼女に何を求めようというのか。

「~~~~~…」

しばらく執務室の前に立っていたが、やがて踵を返して帰ろうとしたところ、

「エドワード君!」

突然名前を呼ばれ、身体を強張らせる。

扉から顔を出して声をかけてきたのは、今から出かける途中らしくコートを持ったリザだった。

「あ…ホークアイ中尉」

「どうしたの。こんな朝早くから」

エドは視線を逸らし、言いにくそうに訊ねる。

「あ…あのさ、タッカーと…ニーナはどうなるの?」

緊張を伴う言葉にリザは厳しく目を細め、重々しく事実を伝えた。

「タッカー氏は資格剥奪の上、中央で裁判にかけられる予定だったけど、二人とも死んだわ」

昨日の残酷な事件があったにもかかわらず、被害者のニーナと加害者のタッカー、その二人が死亡したと言われたエドは驚きに目を見開き、絶句した。

「正式に言えば『殺された』のよ。だまっていても、いつかあなた達も知る事になるだろうから、教えておくわね」

「そんな…なんで…誰に!!」

勿論、説明されたところで理解できるような話ではない。

コートを羽織りながら歩き出すリザを追いかけるながら、詳しい内容を問いつめる。

「わからないわ。私もこれから、現場に行くところなのよ」

「オレも連れてってよ!」

「ダメよ」

「どうして!!」

リザは振り返り様、斬り捨てるように言い放った。

「見ない方がいい」

それだけで、反論は封じられた。







殺害された現場の屋敷には、軍人が遺体の確認や犯人の追跡が始められた。

辺りは物々しい雰囲気に包まれ、軍の関係者以外は立ち入り禁止となっている。

勿論、ロイも急いで現場に駆けつけ、暗鬱あんうつな気分で見守っている、その時だった。

「大佐」

自分を呼ぶ声にふと、ロイが顔を上げる。

そこには、凄惨な現場に足を踏み入れる見知った姿があった。

黒のコートを羽織ったキョウコだ。

切羽詰まった表情でこちらの様子を窺っていた。

キョウコ!?何故、君がここに…」

「ホークアイ中尉から『タッカー氏とニーナが殺された』と聞いて、すぐさま駆けつけました」

心配そうに見つめるロイの視線に、キョウコは幾分か表情を和らげて笑みを浮かべた。

「もう、大丈夫です」

ただごとではない雰囲気にも動じない彼女に、余計な口を行動を挟めなかった。

見つめる以外の余計な行動として、頭を優しく撫で、長い黒髪に指を絡める。

「そうか……無理はしないでくれよ」

間近でロイの漆黒の相貌を見たキョウコは、う、と全く関係ないことで狼狽した。

やたらと口説かれ、冷たく無視していたが、切れ長の瞳に透ける白い肌の端正な顔立ちは、それだけで女性を惹きつける魅力がある。

なんだか恥ずかしくなって、頬の熱を感じながら離れる。

そこに、眼鏡の男が覆われた布を少しだけ覗いてうんざりしたようにこぼす。

「おいおい、マスタング大佐さんよ。俺ぁ、生きてるタッカー氏を引き取りに来たんだが…」

その声にキョウコは反応し、振り向く。

眼鏡の男はしゃがみ込んで、タッカーの遺体を隠すために覆われた布を見つめているせいか、こちらには気づいていない。

「死体連れて帰って、裁判にかけろってのか?」

布からは、血塗れの片腕がはみ出していた。

覚悟はしていたというのに、ロイの同僚――ヒューズが思わず顔をしかめる。

全身から噴水のごとく派手に出血したらしい。

「たくよーー。俺たちゃ、検死するためにわざわざ中央から出向いて来たんじゃねえっつーの」

ロイは軽い頭痛を覚えて眉を寄せる。

「こっちの落ち度はわかってるよ、ヒューズ中佐」

「ヒューズさん!」

その瞬間、明け透けで、澄み切っていて、無邪気で可愛らしい声が飛び込んでくる。

その高い声はキョウコのものだ。

頬を紅潮させてヒューズに抱きついた。

「………キョウコか?」

抱きつく黒髪の少女を姿を前に、ヒューズは目を丸くする。

キョウコは思い切り笑顔で頷いた。

「きちんと顔を見せろ」

嬉しそうな笑顔を向けると、ヒューズも微笑み返す。

「お久しぶりです、ヒューズさん」

「ああ。しばらく見ない間に、美人になったな」

「グレイシアさんには負けますけどね」

「ははっ、言うようになったな。どうだ、アイツらと一緒の旅は?」

「相変わらずですよ」

まるで、それまでの空白を埋めるかのように見つめ合い、会話を交わす二人。

完全に場がキョウコとヒューズだけの世界となり、完全にお邪魔虫へと成り下がってしまった哀れなロイが平静を装って――しかし眉を険しく寄せつつ――注意する。

「私語は後にしなさい」

対するヒューズは、キョウコの頭を撫でながらロイを見ていたが……不意に、眼鏡の奥の目が、口が、笑った。

「あららー。やきもちでちゅかー?」

「………燃やすぞ」

「大佐!」

同僚にからかわれたことで怒りが頂点に達し、発火布を取り出すが、キョウコに咎められる。

気を取り直して、タッカーの遺体に向き直る。

「とにかく、見てくれ」

「ふん…自分の娘を実験に使うような奴だ、神罰がくだったんだろうよ」

ヒューズは嫌そうに布を持ち上げた。

「うええ…案の定だ」

血塗れで、生前どのような容姿をしていたのか判別困難なほど全身が崩壊したタッカーの死体が横たわっている。

隣にいる、筋骨隆々で髪型と髭が個性的な軍人も同じように覗き込む。

「外の憲兵も、同じ死に方を?」

軍人の言葉にキョウコはしばし、じっと黙って考え込んでいた。

(憲兵……そういえば、タッカーの家は一般人は立ち入り禁止のはず)

ヒューズは神妙に頷く。

「ああ、そうだ。まるで内側から破壊されたようにバラバラだよ」

「どうだ、アームストロング少佐」

「ええ。間違いありませんな。"奴"です」

彼らの言う"奴"……褐色の肌にサングラスをかけ、額に大きな傷がある男は街灯の下に佇んでいた。







遠く離れたリオールでは暴動が起きていた。

錬金術を"奇跡の業"と偽って信者を集め、金を騙し取り、一種のトランス状態に陥れさせ、敬虔な信仰者をつくり出す。

ところが、噂を聞きつけた三人が"奇跡の業"を賢者の石の力だと見破ったことでコーネロがただの錬金術師だと市民に知れ渡り、教会に対する謝罪と怒りが募って、暴動は激化する。

一つの新興宗教が崩壊するその光景を、教会のテラスからラストが冷ややかに見下ろす。

「ごらんなさい、グラトニー。人間はどうしようもなく、愚かだわ」

「おろか、おろか」

部屋の扉が開き、新たな第三者の声が響き渡る。

「ああ、まったくだ。こうもうまくいくと、その愚かさも、清々しくさえあるな」

そして、一人の男が姿を現し、愉快そうにほくそ笑む。

それは、グラトニーに喰われたはずのコーネロだった。

「これはこれは『教主様』」

「さまーーー」

「悪いわね。手をわずらわせちゃって」

「ああ。これが終わったら、さっさと受け持ちの街に戻らせてもらうからな」

コーネロが言うと、ラストは肩をすくめておどけてみせた。

「本当に…鋼の坊やと"氷の魔女"にジャマされた時は、どうしようかと思ったけど…結果として、予定より早く仕事が終わりそうで、助かっちゃったわ」

「ふふ…それにしても、あんたがちょっと情報操作して、わしが教団の者どもを煽ってやっただけで、この有り様だ。まったくもって単純だよ、人間ってやつらは」
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