第6話
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見下ろせば、無数の死体が折り重なり、ある者は喉を斬り裂かれ、ある者は銃弾に腹部を撃ち抜かれ、ある者はパイプを背中に突き立てられて。
ほとんどが既に死体だったが、もうすぐ死体になるものもあった。
動ける者は死体を踏み越え、傷つき疲れて重力に負けようとする四肢を必死に前へ運ぶ。
「何度くり返しても、学ぶ事を知らない。人間は愚かで、悲しい生き物だわ」
ラストの顔から妖艶な微笑みがかき消え、冷たく硬い表情が浮かんだ。
そこにコーネロが凶悪の笑みを浮かべて、付け加える。
「だから、我々の思うツボなんだろ?」
彼女の口の端が深くつり上がる。
「また人がいっぱい死ぬ?」
「そうね。死ぬわね」
「死んだの、全部食べていい?」
「食べちゃダメ」
涎を垂らすグラトニーの頭に手を置き、口調を砕けたものに変えて続ける。
「ところで、エンヴィー。いつまで、その口調と格好でいるつもり?気持ち悪いわね」
その時、コーネロの口調が変わった。
「やだなあ。ノリだよ、ノリ。でもどうせ、変身するならさぁ、やっぱりムサいじいさんより――」
直後、法衣を着た老人の身体から少年へと姿を変える。
「――こういう、若くてかわいい方がいいよね」
額にあるバンドで長い黒髪をあげ、中性的な顔立ちの男――エンヴィーが元の姿に戻る。
細く尖った体格と容貌を、露出の高い黒服で装い、左足には不気味な刻印が刻まれていた。
深い皺からなる笑顔が影を生んで、逆に得体の知れなさを見る者に印象づけていた。
「中身は仲間内で、一番えげつない性格だけどね」
外見はとてつもなく中性的、性格は残酷だとはっきり言い、
「あはははははは」
ラストは呑気に笑う。
「ケンカ売ってんの、ラストおばはん」
「ばっ…化け物…!!」
突然の声に振り向くと、そこにはコーネロに仕えていた幹部が顔を真っ青にさせて立っていた。
「どういう事だ…教主は…本物のコーネロ教主は、どこへ行った!?」
ちなみに、本物のコーネロはグラトニーの腹の中である。
「なんなんだ、お前達は!!」
「…どうする?」
「化け物だってさ。失礼しちゃうよね」
「食べていい?」
二人が一斉に見ると、グラトニーは口から涎を垂らしていた。
グラトニーはそのまま音を立てて男を食べ、骨が砕かれる音と肉が噛みしだかれる音と血が滴る音と、吐き気を誘う三重奏の不協和音が不気味に響く。
重苦しい不協和音をBGMに、エンヴィーとラストは話を続ける。
「そういえばさぁ、イーストシティのショウ・タッカーが殺されたって」
「タッカー…ああ、綴命の錬金術師。いいんじゃないのべつに、あんな雑魚錬金術師」
「タッカーの事はいいんだけどさ、また例の"奴"なんだよね」
謎の殺人事件の犯人――ラストの表情は険しくなった。
「イーストシティって言ったら、焔の大佐がいたかしら」
「そ。ついでに、鋼のおチビさんと"氷の魔女"も滞在中らしいよ」
「鋼の…私達の仕事のジャマしてくれたのは腹立つけど、死なせる訳にはいかないわね」
「大事な人柱だし」
そこに、ちょうど食べ終えたらしいグラトニーが声をあげる。
「ラスト~~。ごちそうさまでした~~」
「ちゃんと口のまわりふきなさい、グラトニー」
言われた通り、グラトニーは血で汚れた口の周りを拭き始める。
「どこの誰だか知らないけど、予定外の事されちゃ困るのよね。わかったわ。この街もあらかたケリがついたし、そっちは私達が見ておきましょう――で、なんて言ったっけ。例の"奴"」
凄惨な殺害現場となった部屋を出て、キョウコ達は渡り廊下を歩きながら話を進める。
「「『傷の男 』?」」
聞き慣れぬ名前に不思議そうに訊ねてくる二人に、ヒューズが息をついて応じる。
「ああ。素性がわからんから、俺達はそう呼んでる」
「素性どころか、武器 も目的も不明にして、神出鬼没。ただ額に大きな傷があるらしい、という事くらいしか、情報が無いのです」
身体的特徴として、アームストロングが額に指を差す。
「今年に入ってから、国家錬金術師ばかり。中央で5人、国内だと10人はやられてるな」
「ああ。東部 にも、そのうわさは流れてきている」
「ここだけの話。つい5日前に、グランのじじいもやられてるんだ」
ヒューズの口から紡がれた言葉の意味を、二人はすぐに悟った。
キョウコは明らかな狼狽を見せる。
激甚な反応を見せたのはロイだった。
腕は組んだまま、しかしおののくような表情で声を張り上げる。
「『鉄血の錬金術師』グラン准将がか!?軍隊格闘の達人だぞ!?」
「信じられんかもしれんが、それ位やばい奴がこの街をうろついてるって事だ。悪い事は言わん。護衛を増やして、しばらく大人しくしててくれ。これは、親友としての頼みでもある」
人間兵器とさえ呼ばれる国家錬金術師を、その中でも腕利きの軍人を、易々と殺しているという事実。
それほどの殺人犯が今、この街にいる。
「ま、ここらで有名どころと言ったら、タッカーとあとは、キョウコとお前さんだけだろ?タッカーがあんなになった以上、おまえさん達が気をつけてさえいれば…」
しかし、そんなヒューズの考えとは裏腹に、二人の頭には現在、イーストシティに滞在中の兄弟の姿が過ぎる。
"鋼"――この少年の国家錬金術師がスカーに狙われないという保証など、どこにもない。
むしろ、この街にいることが知れれば、狙われる可能性の方が格段に高いと言える。
「大佐!」
「ああ、まずいな…」
「?おい!」
疑問符を浮かべるヒューズを無視し、ロイは傍にいた憲兵に声をかける。
「エルリック兄弟がまだ宿にいるか、確認しろ、至急だ!」
「あ、大佐」
そこに、ちょうど現場に到着したリザが通りかかった。
「私が司令部を出る時に会いました。そのまま、大通りの方へ歩いて行ったのまでは見ています」
「こんな時に…!!」
「おい、キョウコ!」
ヒューズの慌てた声に振り返ると、艶やかな黒髪が翻る。
「――キョウコちゃん!?」
驚くリザの横を、キョウコが通り過ぎた。
「キョウコ!?待ちなさい、キョウコ!一人で行くのは危険だ!!」
まるで一陣の風が吹き抜けるように、キョウコはそのまま屋敷を飛び出す。
彼女を止められなかったロイは苦々しく表情を歪め、すぐさま思考を切り替えて指示する。
「…くそっ、車を出せ!手のあいてる者は、全員大通り方面だ!!」
ロイの、聞く者の腹にまで響くような一喝と共に、皆は大通りへと急行する。
小雨の降る大通り、兄弟は時計塔の下に座り込んでいた。
ショックから黙り込むエドに、アルは声をかける。
「兄さん」
「ん?ああ…なんだかもう、いっぱいいっぱいでさ。何から考えていいか、わかんねーや。キョウコの事、傷つけた、嫌われたかな……」
キョウコの、今にも泣きそうな表情がよみがえる。
タッカーの放った『人々は君のことを、なんて呼ぶ?』という台詞に、殴ることを止めたエドはなんとも形容し難い表情でキョウコを見た。
そんな話を、彼女から一度も聞いたことがなかったのだ。
だが、背筋が凍るような感覚に、問うべきではないと口を閉じる。
空間が暗くなるような、冷たく温度の下がっていくそこは不気味なほどに、静かになっていた。
「……昨日の夜から、オレ達の信じる錬金術ってなんだろう…って、ずっと考えてた」
ぼそりと、エドが誰へともなくこぼす。
それを聞き流せるアルではない。
「…『錬金術とは、物質の内に存在する法則と流れを知り、分解し、再構築する事』」
一呼吸置いて言葉をまとめ、錬金術の定義を唱える。
エドは目を細め、遠くを透かし見るかのような表情で続けた。
「『この世界も法則にしたがって流れ、循環している。人が死ぬのも、その流れのうち。流れを受け入れろ』。師匠 にくどいくらい言われたっけな。わかってるつもりだった。でもわかってなかったから、あの時……母さんを…そして今も、どうにもならない事、どうにかできないかと考えている」
笑顔のニーナとアレキサンダーが脳裏に浮かび上がる。
ニーナは、もう戻らない。
無力な自分達は、ただその事実を受け入れるしかない。
それが、現実だ。
エドは揃えた膝に顎をのせ、腕を組む。
「オレはバカだ。あの時から、少しも成長しちゃいない」
空を見上げて、はあ…と溜め息をつく。
胸の奥にヘドロのごとく沈殿している嫌な気分を、憂鬱な重々しさを、雨は全く洗い流してくれない。
「外に出れば雨と一緒に、心の中のもやもやした物も、少しは流れるかなと思ったけど、顔に当たる一粒すらも、今はうっとうしいや」
アルが宙に手を伸ばし、降り続ける雨の感覚を掴もうとするが、虚しさが残る。
「でも…肉体が無いボクには、雨が肌を打つ感覚も無い。それはやっぱりさびしいし、つらい」
そして、その手を握りしめる。
「兄さん、ボクはやっぱり、元の身体に…人間に戻りたい。たとえそれが、世の中に逆らう、どうにもならない事だとしても」
悲しい過去を斬り進んで、斬り拓 いて、二人は改めて、戦慄にも似た感覚を身体に走らせつつ、固く決意する。
熱くたぎりながら、冷たく冴えながら、飽かずに決意する。
「あ!いたいた、エドワードさん!エドワード・エルリックさん!!」
偶然、二人の姿を見つけて走ってくる憲兵の横を通り過ぎようとした男が足を止めた。
「…エルリック……?」
「ああ、無事でよかった!捜しましたよ!」
額に大きな傷がある男が視線を向け、繰り返し、エドの名前をつぶやく。
「エドワード………エルリック…」
影に隠れて男の存在には気づかず、エドは憲兵に話しかける。
「何?オレに用事?」
「至急、本部に戻るようにとの事です」
無言のまま歩き出す男――スカーはエドの目の前、憲兵の背後に立っていた。
「実は、連続殺人犯がこの…」
金髪の少年を見下ろすスカーは、血のような赤い目で鋭く斬りつけるように睨みつける。
「エドワード・エルリック…鋼の錬金術師!!」
エドは殺気立つスカーを間近で見て――刹那、総身に悪寒が走った。
理屈ではない恐怖に、顔が真っ青になった。
背後に現れたスカーに驚いた憲兵が、腰に携えた銃に手をかける。
「!!額に傷の…」
「よせ!!」
ほとんどが既に死体だったが、もうすぐ死体になるものもあった。
動ける者は死体を踏み越え、傷つき疲れて重力に負けようとする四肢を必死に前へ運ぶ。
「何度くり返しても、学ぶ事を知らない。人間は愚かで、悲しい生き物だわ」
ラストの顔から妖艶な微笑みがかき消え、冷たく硬い表情が浮かんだ。
そこにコーネロが凶悪の笑みを浮かべて、付け加える。
「だから、我々の思うツボなんだろ?」
彼女の口の端が深くつり上がる。
「また人がいっぱい死ぬ?」
「そうね。死ぬわね」
「死んだの、全部食べていい?」
「食べちゃダメ」
涎を垂らすグラトニーの頭に手を置き、口調を砕けたものに変えて続ける。
「ところで、エンヴィー。いつまで、その口調と格好でいるつもり?気持ち悪いわね」
その時、コーネロの口調が変わった。
「やだなあ。ノリだよ、ノリ。でもどうせ、変身するならさぁ、やっぱりムサいじいさんより――」
直後、法衣を着た老人の身体から少年へと姿を変える。
「――こういう、若くてかわいい方がいいよね」
額にあるバンドで長い黒髪をあげ、中性的な顔立ちの男――エンヴィーが元の姿に戻る。
細く尖った体格と容貌を、露出の高い黒服で装い、左足には不気味な刻印が刻まれていた。
深い皺からなる笑顔が影を生んで、逆に得体の知れなさを見る者に印象づけていた。
「中身は仲間内で、一番えげつない性格だけどね」
外見はとてつもなく中性的、性格は残酷だとはっきり言い、
「あはははははは」
ラストは呑気に笑う。
「ケンカ売ってんの、ラストおばはん」
「ばっ…化け物…!!」
突然の声に振り向くと、そこにはコーネロに仕えていた幹部が顔を真っ青にさせて立っていた。
「どういう事だ…教主は…本物のコーネロ教主は、どこへ行った!?」
ちなみに、本物のコーネロはグラトニーの腹の中である。
「なんなんだ、お前達は!!」
「…どうする?」
「化け物だってさ。失礼しちゃうよね」
「食べていい?」
二人が一斉に見ると、グラトニーは口から涎を垂らしていた。
グラトニーはそのまま音を立てて男を食べ、骨が砕かれる音と肉が噛みしだかれる音と血が滴る音と、吐き気を誘う三重奏の不協和音が不気味に響く。
重苦しい不協和音をBGMに、エンヴィーとラストは話を続ける。
「そういえばさぁ、イーストシティのショウ・タッカーが殺されたって」
「タッカー…ああ、綴命の錬金術師。いいんじゃないのべつに、あんな雑魚錬金術師」
「タッカーの事はいいんだけどさ、また例の"奴"なんだよね」
謎の殺人事件の犯人――ラストの表情は険しくなった。
「イーストシティって言ったら、焔の大佐がいたかしら」
「そ。ついでに、鋼のおチビさんと"氷の魔女"も滞在中らしいよ」
「鋼の…私達の仕事のジャマしてくれたのは腹立つけど、死なせる訳にはいかないわね」
「大事な人柱だし」
そこに、ちょうど食べ終えたらしいグラトニーが声をあげる。
「ラスト~~。ごちそうさまでした~~」
「ちゃんと口のまわりふきなさい、グラトニー」
言われた通り、グラトニーは血で汚れた口の周りを拭き始める。
「どこの誰だか知らないけど、予定外の事されちゃ困るのよね。わかったわ。この街もあらかたケリがついたし、そっちは私達が見ておきましょう――で、なんて言ったっけ。例の"奴"」
凄惨な殺害現場となった部屋を出て、キョウコ達は渡り廊下を歩きながら話を進める。
「「『
聞き慣れぬ名前に不思議そうに訊ねてくる二人に、ヒューズが息をついて応じる。
「ああ。素性がわからんから、俺達はそう呼んでる」
「素性どころか、
身体的特徴として、アームストロングが額に指を差す。
「今年に入ってから、国家錬金術師ばかり。中央で5人、国内だと10人はやられてるな」
「ああ。
「ここだけの話。つい5日前に、グランのじじいもやられてるんだ」
ヒューズの口から紡がれた言葉の意味を、二人はすぐに悟った。
キョウコは明らかな狼狽を見せる。
激甚な反応を見せたのはロイだった。
腕は組んだまま、しかしおののくような表情で声を張り上げる。
「『鉄血の錬金術師』グラン准将がか!?軍隊格闘の達人だぞ!?」
「信じられんかもしれんが、それ位やばい奴がこの街をうろついてるって事だ。悪い事は言わん。護衛を増やして、しばらく大人しくしててくれ。これは、親友としての頼みでもある」
人間兵器とさえ呼ばれる国家錬金術師を、その中でも腕利きの軍人を、易々と殺しているという事実。
それほどの殺人犯が今、この街にいる。
「ま、ここらで有名どころと言ったら、タッカーとあとは、キョウコとお前さんだけだろ?タッカーがあんなになった以上、おまえさん達が気をつけてさえいれば…」
しかし、そんなヒューズの考えとは裏腹に、二人の頭には現在、イーストシティに滞在中の兄弟の姿が過ぎる。
"鋼"――この少年の国家錬金術師がスカーに狙われないという保証など、どこにもない。
むしろ、この街にいることが知れれば、狙われる可能性の方が格段に高いと言える。
「大佐!」
「ああ、まずいな…」
「?おい!」
疑問符を浮かべるヒューズを無視し、ロイは傍にいた憲兵に声をかける。
「エルリック兄弟がまだ宿にいるか、確認しろ、至急だ!」
「あ、大佐」
そこに、ちょうど現場に到着したリザが通りかかった。
「私が司令部を出る時に会いました。そのまま、大通りの方へ歩いて行ったのまでは見ています」
「こんな時に…!!」
「おい、キョウコ!」
ヒューズの慌てた声に振り返ると、艶やかな黒髪が翻る。
「――キョウコちゃん!?」
驚くリザの横を、キョウコが通り過ぎた。
「キョウコ!?待ちなさい、キョウコ!一人で行くのは危険だ!!」
まるで一陣の風が吹き抜けるように、キョウコはそのまま屋敷を飛び出す。
彼女を止められなかったロイは苦々しく表情を歪め、すぐさま思考を切り替えて指示する。
「…くそっ、車を出せ!手のあいてる者は、全員大通り方面だ!!」
ロイの、聞く者の腹にまで響くような一喝と共に、皆は大通りへと急行する。
小雨の降る大通り、兄弟は時計塔の下に座り込んでいた。
ショックから黙り込むエドに、アルは声をかける。
「兄さん」
「ん?ああ…なんだかもう、いっぱいいっぱいでさ。何から考えていいか、わかんねーや。キョウコの事、傷つけた、嫌われたかな……」
キョウコの、今にも泣きそうな表情がよみがえる。
タッカーの放った『人々は君のことを、なんて呼ぶ?』という台詞に、殴ることを止めたエドはなんとも形容し難い表情でキョウコを見た。
そんな話を、彼女から一度も聞いたことがなかったのだ。
だが、背筋が凍るような感覚に、問うべきではないと口を閉じる。
空間が暗くなるような、冷たく温度の下がっていくそこは不気味なほどに、静かになっていた。
「……昨日の夜から、オレ達の信じる錬金術ってなんだろう…って、ずっと考えてた」
ぼそりと、エドが誰へともなくこぼす。
それを聞き流せるアルではない。
「…『錬金術とは、物質の内に存在する法則と流れを知り、分解し、再構築する事』」
一呼吸置いて言葉をまとめ、錬金術の定義を唱える。
エドは目を細め、遠くを透かし見るかのような表情で続けた。
「『この世界も法則にしたがって流れ、循環している。人が死ぬのも、その流れのうち。流れを受け入れろ』。
笑顔のニーナとアレキサンダーが脳裏に浮かび上がる。
ニーナは、もう戻らない。
無力な自分達は、ただその事実を受け入れるしかない。
それが、現実だ。
エドは揃えた膝に顎をのせ、腕を組む。
「オレはバカだ。あの時から、少しも成長しちゃいない」
空を見上げて、はあ…と溜め息をつく。
胸の奥にヘドロのごとく沈殿している嫌な気分を、憂鬱な重々しさを、雨は全く洗い流してくれない。
「外に出れば雨と一緒に、心の中のもやもやした物も、少しは流れるかなと思ったけど、顔に当たる一粒すらも、今はうっとうしいや」
アルが宙に手を伸ばし、降り続ける雨の感覚を掴もうとするが、虚しさが残る。
「でも…肉体が無いボクには、雨が肌を打つ感覚も無い。それはやっぱりさびしいし、つらい」
そして、その手を握りしめる。
「兄さん、ボクはやっぱり、元の身体に…人間に戻りたい。たとえそれが、世の中に逆らう、どうにもならない事だとしても」
悲しい過去を斬り進んで、斬り
熱くたぎりながら、冷たく冴えながら、飽かずに決意する。
「あ!いたいた、エドワードさん!エドワード・エルリックさん!!」
偶然、二人の姿を見つけて走ってくる憲兵の横を通り過ぎようとした男が足を止めた。
「…エルリック……?」
「ああ、無事でよかった!捜しましたよ!」
額に大きな傷がある男が視線を向け、繰り返し、エドの名前をつぶやく。
「エドワード………エルリック…」
影に隠れて男の存在には気づかず、エドは憲兵に話しかける。
「何?オレに用事?」
「至急、本部に戻るようにとの事です」
無言のまま歩き出す男――スカーはエドの目の前、憲兵の背後に立っていた。
「実は、連続殺人犯がこの…」
金髪の少年を見下ろすスカーは、血のような赤い目で鋭く斬りつけるように睨みつける。
「エドワード・エルリック…鋼の錬金術師!!」
エドは殺気立つスカーを間近で見て――刹那、総身に悪寒が走った。
理屈ではない恐怖に、顔が真っ青になった。
背後に現れたスカーに驚いた憲兵が、腰に携えた銃に手をかける。
「!!額に傷の…」
「よせ!!」