第5話
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警告もない、牽制程度の莫大な熱量の怒涛を間近に見て、憲兵は思った次の瞬間に口にしていた。
「うは…すげーな、こりゃ……」
唖然とする憲兵の傍にいた、金髪にくわえ煙草の男――ハボックがポケットに手を入れながら言う。
「ああ。大佐のあれ、見るの初めてか」
「あ…ハボック少尉」
「いったいどうやったら、あんな事ができるんですか!?」
姿勢を正してハボックに敬礼しつつ、目の前で起きた事象について聞いていた。
「大佐の手袋は発火布っつー特殊なので、できててよ、強く摩擦すると、火花を発する。あとは、空気中の酸素濃度を可燃物の周りで調整してやれば…『ボン!』だそうだ」
ポケットからライターを取り出すと、煙草に火をつけて炎を自在に操る錬金術を説明する。
その視線の先では、ロイが積極的に場を仕切り、テロリスト達の処理を指揮していた。
「理屈はわかりますけど、そんな…」
「それをやってのけるのが、錬金術師ってやつよ」
ハボックは顎で、ロイに促されるエドとキョウコを差す。
「ちなみに大佐のとなりにいる、ちっこいのと可愛らしい女の子も国家錬金術師だぞ」
「え!!じゃあ、今回、犯人全員を取り押さえたのって……信じられんな……」
「ああ…人間じゃねえよ…」
つい、胸の奥の恐怖心からつぶやいてしまう。
今話していることは、常識の壁を破るにはあまりにも信じられない事実だった。
普通の人でもない、世界の法則を究 めた錬金術を操る者達、その名は錬金術師。
その中でも国家資格を取得した錬金術には”二つ名”が与えられる。
"鋼"、"氷刹"、"焔"の各々の能力、特徴に合わせた二つ名を持つ三人がここに合流した。
東方司令部の執務室にて、テロリストの制圧に一役買ったエドは顎に手を当ててほくそ笑む。
「今回の件でひとつ、貸しができたね。大佐」
執務室の中心には仕事用のデスクが置いてあり、ロイは革張りの豪華な椅子に座り、両手を組んで汗を滲ませる。
「……君に借りをつくるのは気色が悪い」
やがて、諦めたように溜め息をついて望みに応じる。
「いいだろう。何が望みだね」
「さっすが♪話が早いね。この近辺で、生体錬成に詳しい図書館か、錬金術師を紹介してくれないかな」
「今すぐかい?せっかちだな、まったく」
「オレたちは一日も早く元に戻りたいの!」
ロイは席を立つと、本棚で様々な本や資料が所狭しと並ぶ棚から一つのファイルを手に取る。
「久しぶりに会ったんだから、お茶の一杯くらいゆっくり付き合いたまえよ」
「…野郎と茶ぁ飲んで、何が楽しいんだよ…」
「君に言っているんじゃない、キョウコにだよ。彼ら兄弟と旅に出てから1年が経つ。また、私の下で働いてほしいものだ」
「あたしだけ優雅にお茶なんてしていられませんよ。二人の身体を取り戻すためが目的ですから」
ロイの誘いにまるで動じず、キョウコは淡々と告げる。
じーん、とエドは感動してキョウコを見る。
キョウコもそれに気づいたらしく微笑んだ。
ただ、それだけのことなのに、彼の顔が一気に真っ赤になる。
隣に座るアルも、キョウコの笑顔に見惚れた。
「ええと、たしか…ああ、これだ」
やれやれ、と苦笑しながらロイは、手にしたファイルに挟んである資料を読み上げる。
「『遺伝的に異なる二種以上の生物を代価とする人為的合成』――つまり、合成獣錬成の研究者が市内に住んでいる。『綴命 の錬金術師』ショウ・タッカー。2年前、人語を使う合成獣の錬成に成功して、国家錬金術師の資格をとった人物だ」
生物の肉体構造に関する研究をしている錬金術師、ショウ・タッカー。
合成獣錬成の資料の横には、丸眼鏡をかけた親しみやすい顔立ちの写真が添えてある。
その後、三人の次の行き先は決定した。
生体錬成の研究者に会うためにロイも付き添い、車内で話の続きをする。
「人語を使うって……」
「人の言葉を喋るんですか?合成獣が?」
キョウコとアルは不思議そうに聞き返す。
通常、合成獣は複数の動植物を掛け合わせて生み出される。
知能を持たないそれが人語を話すなどあり得ないことだ。
「そのようだね。私は当時の担当じゃないから、実物を見てはいないのだが、人の言う事を理解し、そして喋ったそうだよ」
ロイは少しだけ間を置くと声の調子を落とし、合成獣の発した言葉を低く響かせる。
「ただ一言。『死にたい』と」
その瞬間、エドとキョウコは戦慄と困惑に歪ませて絶句した。
重苦しくなった雰囲気を変えるように、ロイは冗談めかして言った。
「その後、エサも食べずに死んだそうだ。まあ。とにかくどんな人物か、会ってみる事だね」
それから、一時間ほどが経過した。
車は順調に走り続け……一行はとうとう、タッカーの屋敷に到着する。
呼び鈴を鳴らすロイの後ろで待つエドは屋敷を見上げながら、
「でっけー家」
と目を丸くする。
その時、ガサッ、と草むらが揺れる音が聞こえてきた。
何気なく振り向くと、真っ白な大型犬が勢いよく飛びかかってきた。
身長が低いエドとでは、体重差がありすぎる。
「ふんぎゃああああああああああ!!!」
避ける間もなく、凄まじい質量を感じさせる音と共に押し潰されたエドは、
「――え?」
そのままキョウコを巻き込んで倒れる。
「きゃああああっ!!!」
刹那、黒髪の少女の大きく強い、甲高い悲鳴があがる。
「兄さん!?キョウコ!?」
「キョウコ!?どうした!!」
滅多にない少女の悲鳴に気づいたアルとロイが振り返り、眼前の光景を見て愕然とした。
一番上には、舌を出して嬉しそうに尻尾を振る真っ白な犬。
その下に、うつ伏せに倒れるエド。
「あうううう」
問題なのが、彼の下に仰向けに倒れるキョウコ。
「~~~痛 っ」
端から見れば、完全にキョウコを押し倒している状態である。
「に…兄さん、いくら何でもそれは……っ!」
「鋼の。いい加減、キョウコからどきたまえ、ケシ炭にするぞ」
ついに壊れた……と戦慄するアルと、手袋をはめ直し、今にも炎を出しそうなロイに、エドは展開を呑み込めていない声を漏らす。
「………………へ?」
視界に飛び込んだ光景に、エドの頭の中は真っ白になった。
黒髪の美しいキョウコの顔に、まず驚きと共に思考が停止する。
普段は意識しないように努めているが、キョウコはとにかく美少女だ。
ただ華奢なだけでは、こうはならない。
慎ましく膨らんだ胸のふくらみ。
細いくせに素晴らしく長い手足。
そんな彼女に、自分は今覆いかぶさっている!
「――なっ、キョウコ!?待て、今どけるから……」
「ひゃっ――ちょっ、エド!そんなとこ触らないでよ!?」
「ご、ごめん……でも」
まず、自分に乗っかる犬が邪魔なため、とりあえず怒鳴る。
「オイ!降りろ!!犬畜生めッッ!!」
「だからそれっ、待っ…………っ」
離れようにも、不思議なまでに手足が絡まり、しかも二人の動きが抜群なまでにタイミングがずれているので、バランスも最悪になる。
自分の下には、確かに柔らかい感触がある。
身体の表面には、ぴたりとくっついた衣服と温かな感触がある。
そこから感じる息遣いと甘い匂いからか、エドの魂が半分口から飛び出している。
というか大げさに可能性を挙げてみたりしたが、かなりの確率で最後のが理由。
思春期よね。
「こら、だめだよ。アレキサンダー」
その時、真っ白な犬――アレキサンダーに注意する男の声が聞こえてきた。
「わぁ、お客さまいっぱいだね、お父さん!」
「ニーナ。だめだよ、犬はつないでおかなくちゃ」
扉から、長い髪を三つ編みにした可愛らしい女の子と、眼鏡をかけた、穏やかな表情の男が出てきた。
やっとエドの身体からアレキサンダーが退く。
涙目のキョウコに何度も謝りながら、よたよたと身体を起こすエドの顔は、これ以上ないというほど真っ赤になっていた。
一騒動もあったりしたが、四人はタッカーに案内される形で屋敷の中を見学して回る。
室内には所々、片付けられていない本の束や雑貨が無造作に置かれていた。
「いや申し訳ない。妻に逃げられてから、家の中もこの有り様で……あらためて初めまして、エドワード君、キョウコちゃん。綴命の錬金術師、ショウ・タッカーです」
顔は少し青白く、顎に無精髭を生やしたタッカーは優しい笑みを浮かべる。
「彼らは生体の錬成に興味があってね、ぜひタッカー氏の研究を拝見したいと」
ロイからの紹介に、二人は頭を下げる。
「ええ、かまいませんよ」
にっこりと笑って応じるタッカーはしかし、二人をまっすぐ見つめながら言う。
「でもね、人の手の内を見たいと言うなら、君らの手の内も明かしてもらわないとね。それが錬金術師というものだろう。なぜ、生体の錬成に興味を?」
錬金術師である以上、どこまでも貪欲な知的探求心はとても押さえきれない。
タッカーの真面目な顔、渋い声から紡がれる純粋な疑問に、二人の表情は険しくなる。
「あ、いや、彼らは…」
慌てて口を開くロイ。
その時、キョウコが静かに、後に続くロイの発言を諌 めた。
「大佐」
か細い声。
凛々しく、はきはきした本来の少女の声とは、全くの別物だった。
「タッカーさんの言う事も、もっともだ」
すると、まるで溜め息をつくように、まるで何かを準備するように、深く深く呼吸した。
覚悟を決めて、エドは上着の留め具を外す。
上着が落ちる音と共に、空気が変わった。
あぁ、とキョウコはすぐに思ったが、既に手遅れだった。
「…………なんと……」
タッカーの声には隠し切れない緊張が滲んでいた。
彼が絶句した意味はすぐにわかった。
エドだけでなく、キョウコにも、アルにも、ロイにも、タッカーが何に驚き緊張しているのか理解していた。
何故なら三人の目もまた、エドの身体の「それ」に釘付けになっていたからだ。
上着の下、少年らしさを残しながらも鍛え上げられた肉体に装着された――機械鎧の右腕だった。
「それで『鋼の錬金術師』と――――」
タッカーの言葉に、エドは奥歯を噛みしめる。
「実は、あたしの髪と目の色も……本当は黒じゃないんです。奪われたんです。人体錬成に居合わせて」
エドに続く彼女の様子は落ち着いていたが、最後の台詞にだけ、ほのかに苦しそうな響きが混じっていた。
漆黒の相貌を引き締め、幼い頃、禁忌である人体錬成に遭遇した、と打ち明けた。
語られるのは無邪気さと好奇心、そして子供特有の残酷性から生まれてしまった禁忌の代償。
彼らの犯した罪、失った身体を取り戻すための旅を続ける三人の話を聞いたタッカーは表情を悲哀に揺らして言い放つ。
「そうか、母親を…辛かったね。しかも、人体錬成を見ただけで髪と瞳の色を変えられるとは…聞いた事がない」
「彼のこの身体は、東部のあの内乱で失ったと上には言ってあるので、人体錬成の事については、他言無用でお願いしたい」
「ああ、いいですよ。軍としても、これほどの逸材を手放すのは得ではないでしょうから。では…役に立てるかどうかはわかりませんが、私の研究室を見てもらいましょう」
秘密を抱える三人の特殊な生い立ちについて誰にも話さないと約束したタッカーは席を立ち、研究室へと案内する。
研究室には、彼が作ったとされる合成獣が檻に入れられ、または巨大なガラスの円筒が所狭しと並んでいた。
設備と環境の関係で、普段なら見ることも触れることすらもない、全く別分野の錬金術研究を前に、キョウコは圧倒される。
「これは……圧巻ね」
「うわぁ…」
それはエドも例外ではなく、不気味とも言える研究室を前に、若干怖じ気づく。
「いや、おはずかしい。巷では合成獣の権威なんて言われてるけど、実際のところ、そんなに上手くはいってないんだ。こっちが資料室」
恥ずかしそうにタッカーは頭を掻き、研究室に隣接された扉を開ける。
人を通す通路は最低限の狭さであり、後は全て立ち並ぶ書物と資料で占められている。
その種類は装丁・時代と共に雑多で、共通しているのは、その全てが生体錬成に関するであるということくらいだった。
「おーー!!」
「うわーー!!」
二人は思わず大声をあげ、膨大な資料の多さに感嘆する。
「すげ~~~」
「自由に見ていい。私は研究室の方にいるから」
「よーし。オレはこっちの棚から」
「じゃあ、ボクはあっちから」
「あたしはそっち見てくる」
三人は個々に分かれて、ぎっしり詰まった本棚が立ち並ぶ資料を手に取り、読み始める。
「私は仕事にもどる。君達には夕方、迎えの者をよこそう」
「はい」
「わかりました」
ロイからの伝言にキョウコとアルが返事をする横で、エドは早くも文献を吟味し、知識を取り込む。
キョウコもすぐに、書物に集中する。
「すごい集中力ですね。あの子達、もう周りの声が聞こえていない」
「ああ…あの歳で、国家錬金術師になる位ですからね。ハンパ者じゃないですよ」
「いるんですよね、天才ってやつは」
かじりつくように本に没頭する姿を目にしたタッカーの、小さくつぶやいたその言葉は、羨望の色が混じっていた。
「うは…すげーな、こりゃ……」
唖然とする憲兵の傍にいた、金髪にくわえ煙草の男――ハボックがポケットに手を入れながら言う。
「ああ。大佐のあれ、見るの初めてか」
「あ…ハボック少尉」
「いったいどうやったら、あんな事ができるんですか!?」
姿勢を正してハボックに敬礼しつつ、目の前で起きた事象について聞いていた。
「大佐の手袋は発火布っつー特殊なので、できててよ、強く摩擦すると、火花を発する。あとは、空気中の酸素濃度を可燃物の周りで調整してやれば…『ボン!』だそうだ」
ポケットからライターを取り出すと、煙草に火をつけて炎を自在に操る錬金術を説明する。
その視線の先では、ロイが積極的に場を仕切り、テロリスト達の処理を指揮していた。
「理屈はわかりますけど、そんな…」
「それをやってのけるのが、錬金術師ってやつよ」
ハボックは顎で、ロイに促されるエドとキョウコを差す。
「ちなみに大佐のとなりにいる、ちっこいのと可愛らしい女の子も国家錬金術師だぞ」
「え!!じゃあ、今回、犯人全員を取り押さえたのって……信じられんな……」
「ああ…人間じゃねえよ…」
つい、胸の奥の恐怖心からつぶやいてしまう。
今話していることは、常識の壁を破るにはあまりにも信じられない事実だった。
普通の人でもない、世界の法則を
その中でも国家資格を取得した錬金術には”二つ名”が与えられる。
"鋼"、"氷刹"、"焔"の各々の能力、特徴に合わせた二つ名を持つ三人がここに合流した。
東方司令部の執務室にて、テロリストの制圧に一役買ったエドは顎に手を当ててほくそ笑む。
「今回の件でひとつ、貸しができたね。大佐」
執務室の中心には仕事用のデスクが置いてあり、ロイは革張りの豪華な椅子に座り、両手を組んで汗を滲ませる。
「……君に借りをつくるのは気色が悪い」
やがて、諦めたように溜め息をついて望みに応じる。
「いいだろう。何が望みだね」
「さっすが♪話が早いね。この近辺で、生体錬成に詳しい図書館か、錬金術師を紹介してくれないかな」
「今すぐかい?せっかちだな、まったく」
「オレたちは一日も早く元に戻りたいの!」
ロイは席を立つと、本棚で様々な本や資料が所狭しと並ぶ棚から一つのファイルを手に取る。
「久しぶりに会ったんだから、お茶の一杯くらいゆっくり付き合いたまえよ」
「…野郎と茶ぁ飲んで、何が楽しいんだよ…」
「君に言っているんじゃない、キョウコにだよ。彼ら兄弟と旅に出てから1年が経つ。また、私の下で働いてほしいものだ」
「あたしだけ優雅にお茶なんてしていられませんよ。二人の身体を取り戻すためが目的ですから」
ロイの誘いにまるで動じず、キョウコは淡々と告げる。
じーん、とエドは感動してキョウコを見る。
キョウコもそれに気づいたらしく微笑んだ。
ただ、それだけのことなのに、彼の顔が一気に真っ赤になる。
隣に座るアルも、キョウコの笑顔に見惚れた。
「ええと、たしか…ああ、これだ」
やれやれ、と苦笑しながらロイは、手にしたファイルに挟んである資料を読み上げる。
「『遺伝的に異なる二種以上の生物を代価とする人為的合成』――つまり、合成獣錬成の研究者が市内に住んでいる。『
生物の肉体構造に関する研究をしている錬金術師、ショウ・タッカー。
合成獣錬成の資料の横には、丸眼鏡をかけた親しみやすい顔立ちの写真が添えてある。
その後、三人の次の行き先は決定した。
生体錬成の研究者に会うためにロイも付き添い、車内で話の続きをする。
「人語を使うって……」
「人の言葉を喋るんですか?合成獣が?」
キョウコとアルは不思議そうに聞き返す。
通常、合成獣は複数の動植物を掛け合わせて生み出される。
知能を持たないそれが人語を話すなどあり得ないことだ。
「そのようだね。私は当時の担当じゃないから、実物を見てはいないのだが、人の言う事を理解し、そして喋ったそうだよ」
ロイは少しだけ間を置くと声の調子を落とし、合成獣の発した言葉を低く響かせる。
「ただ一言。『死にたい』と」
その瞬間、エドとキョウコは戦慄と困惑に歪ませて絶句した。
重苦しくなった雰囲気を変えるように、ロイは冗談めかして言った。
「その後、エサも食べずに死んだそうだ。まあ。とにかくどんな人物か、会ってみる事だね」
それから、一時間ほどが経過した。
車は順調に走り続け……一行はとうとう、タッカーの屋敷に到着する。
呼び鈴を鳴らすロイの後ろで待つエドは屋敷を見上げながら、
「でっけー家」
と目を丸くする。
その時、ガサッ、と草むらが揺れる音が聞こえてきた。
何気なく振り向くと、真っ白な大型犬が勢いよく飛びかかってきた。
身長が低いエドとでは、体重差がありすぎる。
「ふんぎゃああああああああああ!!!」
避ける間もなく、凄まじい質量を感じさせる音と共に押し潰されたエドは、
「――え?」
そのままキョウコを巻き込んで倒れる。
「きゃああああっ!!!」
刹那、黒髪の少女の大きく強い、甲高い悲鳴があがる。
「兄さん!?キョウコ!?」
「キョウコ!?どうした!!」
滅多にない少女の悲鳴に気づいたアルとロイが振り返り、眼前の光景を見て愕然とした。
一番上には、舌を出して嬉しそうに尻尾を振る真っ白な犬。
その下に、うつ伏せに倒れるエド。
「あうううう」
問題なのが、彼の下に仰向けに倒れるキョウコ。
「~~~
端から見れば、完全にキョウコを押し倒している状態である。
「に…兄さん、いくら何でもそれは……っ!」
「鋼の。いい加減、キョウコからどきたまえ、ケシ炭にするぞ」
ついに壊れた……と戦慄するアルと、手袋をはめ直し、今にも炎を出しそうなロイに、エドは展開を呑み込めていない声を漏らす。
「………………へ?」
視界に飛び込んだ光景に、エドの頭の中は真っ白になった。
黒髪の美しいキョウコの顔に、まず驚きと共に思考が停止する。
普段は意識しないように努めているが、キョウコはとにかく美少女だ。
ただ華奢なだけでは、こうはならない。
慎ましく膨らんだ胸のふくらみ。
細いくせに素晴らしく長い手足。
そんな彼女に、自分は今覆いかぶさっている!
「――なっ、キョウコ!?待て、今どけるから……」
「ひゃっ――ちょっ、エド!そんなとこ触らないでよ!?」
「ご、ごめん……でも」
まず、自分に乗っかる犬が邪魔なため、とりあえず怒鳴る。
「オイ!降りろ!!犬畜生めッッ!!」
「だからそれっ、待っ…………っ」
離れようにも、不思議なまでに手足が絡まり、しかも二人の動きが抜群なまでにタイミングがずれているので、バランスも最悪になる。
自分の下には、確かに柔らかい感触がある。
身体の表面には、ぴたりとくっついた衣服と温かな感触がある。
そこから感じる息遣いと甘い匂いからか、エドの魂が半分口から飛び出している。
というか大げさに可能性を挙げてみたりしたが、かなりの確率で最後のが理由。
思春期よね。
「こら、だめだよ。アレキサンダー」
その時、真っ白な犬――アレキサンダーに注意する男の声が聞こえてきた。
「わぁ、お客さまいっぱいだね、お父さん!」
「ニーナ。だめだよ、犬はつないでおかなくちゃ」
扉から、長い髪を三つ編みにした可愛らしい女の子と、眼鏡をかけた、穏やかな表情の男が出てきた。
やっとエドの身体からアレキサンダーが退く。
涙目のキョウコに何度も謝りながら、よたよたと身体を起こすエドの顔は、これ以上ないというほど真っ赤になっていた。
一騒動もあったりしたが、四人はタッカーに案内される形で屋敷の中を見学して回る。
室内には所々、片付けられていない本の束や雑貨が無造作に置かれていた。
「いや申し訳ない。妻に逃げられてから、家の中もこの有り様で……あらためて初めまして、エドワード君、キョウコちゃん。綴命の錬金術師、ショウ・タッカーです」
顔は少し青白く、顎に無精髭を生やしたタッカーは優しい笑みを浮かべる。
「彼らは生体の錬成に興味があってね、ぜひタッカー氏の研究を拝見したいと」
ロイからの紹介に、二人は頭を下げる。
「ええ、かまいませんよ」
にっこりと笑って応じるタッカーはしかし、二人をまっすぐ見つめながら言う。
「でもね、人の手の内を見たいと言うなら、君らの手の内も明かしてもらわないとね。それが錬金術師というものだろう。なぜ、生体の錬成に興味を?」
錬金術師である以上、どこまでも貪欲な知的探求心はとても押さえきれない。
タッカーの真面目な顔、渋い声から紡がれる純粋な疑問に、二人の表情は険しくなる。
「あ、いや、彼らは…」
慌てて口を開くロイ。
その時、キョウコが静かに、後に続くロイの発言を
「大佐」
か細い声。
凛々しく、はきはきした本来の少女の声とは、全くの別物だった。
「タッカーさんの言う事も、もっともだ」
すると、まるで溜め息をつくように、まるで何かを準備するように、深く深く呼吸した。
覚悟を決めて、エドは上着の留め具を外す。
上着が落ちる音と共に、空気が変わった。
あぁ、とキョウコはすぐに思ったが、既に手遅れだった。
「…………なんと……」
タッカーの声には隠し切れない緊張が滲んでいた。
彼が絶句した意味はすぐにわかった。
エドだけでなく、キョウコにも、アルにも、ロイにも、タッカーが何に驚き緊張しているのか理解していた。
何故なら三人の目もまた、エドの身体の「それ」に釘付けになっていたからだ。
上着の下、少年らしさを残しながらも鍛え上げられた肉体に装着された――機械鎧の右腕だった。
「それで『鋼の錬金術師』と――――」
タッカーの言葉に、エドは奥歯を噛みしめる。
「実は、あたしの髪と目の色も……本当は黒じゃないんです。奪われたんです。人体錬成に居合わせて」
エドに続く彼女の様子は落ち着いていたが、最後の台詞にだけ、ほのかに苦しそうな響きが混じっていた。
漆黒の相貌を引き締め、幼い頃、禁忌である人体錬成に遭遇した、と打ち明けた。
語られるのは無邪気さと好奇心、そして子供特有の残酷性から生まれてしまった禁忌の代償。
彼らの犯した罪、失った身体を取り戻すための旅を続ける三人の話を聞いたタッカーは表情を悲哀に揺らして言い放つ。
「そうか、母親を…辛かったね。しかも、人体錬成を見ただけで髪と瞳の色を変えられるとは…聞いた事がない」
「彼のこの身体は、東部のあの内乱で失ったと上には言ってあるので、人体錬成の事については、他言無用でお願いしたい」
「ああ、いいですよ。軍としても、これほどの逸材を手放すのは得ではないでしょうから。では…役に立てるかどうかはわかりませんが、私の研究室を見てもらいましょう」
秘密を抱える三人の特殊な生い立ちについて誰にも話さないと約束したタッカーは席を立ち、研究室へと案内する。
研究室には、彼が作ったとされる合成獣が檻に入れられ、または巨大なガラスの円筒が所狭しと並んでいた。
設備と環境の関係で、普段なら見ることも触れることすらもない、全く別分野の錬金術研究を前に、キョウコは圧倒される。
「これは……圧巻ね」
「うわぁ…」
それはエドも例外ではなく、不気味とも言える研究室を前に、若干怖じ気づく。
「いや、おはずかしい。巷では合成獣の権威なんて言われてるけど、実際のところ、そんなに上手くはいってないんだ。こっちが資料室」
恥ずかしそうにタッカーは頭を掻き、研究室に隣接された扉を開ける。
人を通す通路は最低限の狭さであり、後は全て立ち並ぶ書物と資料で占められている。
その種類は装丁・時代と共に雑多で、共通しているのは、その全てが生体錬成に関するであるということくらいだった。
「おーー!!」
「うわーー!!」
二人は思わず大声をあげ、膨大な資料の多さに感嘆する。
「すげ~~~」
「自由に見ていい。私は研究室の方にいるから」
「よーし。オレはこっちの棚から」
「じゃあ、ボクはあっちから」
「あたしはそっち見てくる」
三人は個々に分かれて、ぎっしり詰まった本棚が立ち並ぶ資料を手に取り、読み始める。
「私は仕事にもどる。君達には夕方、迎えの者をよこそう」
「はい」
「わかりました」
ロイからの伝言にキョウコとアルが返事をする横で、エドは早くも文献を吟味し、知識を取り込む。
キョウコもすぐに、書物に集中する。
「すごい集中力ですね。あの子達、もう周りの声が聞こえていない」
「ああ…あの歳で、国家錬金術師になる位ですからね。ハンパ者じゃないですよ」
「いるんですよね、天才ってやつは」
かじりつくように本に没頭する姿を目にしたタッカーの、小さくつぶやいたその言葉は、羨望の色が混じっていた。