第4話
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笑いを誘うようなコミカルな場面ではなかったが、跳弾で負傷するテロリスト達にアルは思わず呆れてしまい、キョウコは笑ってしまう。
そして、腰に携えたベルトから漆黒のハンドガンを引き抜く。
銃身はおよそ8.5インチ。
外装の特徴から、回転式拳銃ではなく自動拳銃であることが窺える。
およそ女子供どころか、普通の人間には扱えそうにない、用途のわからない代物。
拳銃と呼ぶには、あまりに過去にも現在にも存在しない、完全に独立したオリジナルの銃だった。
キョウコ愛用の拳銃――《スノー・ブラック》だ。
「さーて、ハデに暴れるとしますか」
「キョウコ、程々にね」
アルから出された確認というより懸念の言葉に、キョウコは唇を優美に緩ませて顔を向ける。
「アルったら心配性ね」
ハクロが乗る最前列の貸し切り車両。
本来は楽しい家族旅行となっているはずのその場所にテロリスト達が乱入し、厳しく閉鎖されていた。
主犯格の眼帯の男――バルドのもとへ、仲間が表情を険しくさせて報告する。
「バルド、後部車両からの連絡が途絶えた」
「どういう事だ?」
「…誰か乗ってやがる」
バルドのみならず、仲間達も信じがたい事実に眉をひそめた。
「バカな!護衛は全員片付けたし、外部への通信もおさえてある。乗客が助けを呼べるはずは…」
ハクロの護衛を抹殺し、機関士を脅して反抗できぬように手配してあったはず……乗客は仲間達が恐怖と脅迫で縛りつけている。
「仲間が裏切りを?」
「まさか!」
その場がにわかに動揺し始め、男達の胸に栓 のない感情が横切る。
ハクロが鼻を鳴らし、やけっぱちな勢いで吐き捨てた。
「ふん、しょせんはクズの寄せ集めだな。不測の事態が起こると、すぐに崩れる。そうそう貴様らの思い通りにはならんという事だ。今のうちに、降伏する事を考えておけ。下衆どもめ」
この嘲弄に、すぐに反応があった。
無駄のない挙動で、ハクロの左耳が撃ち抜かれる。
「………っ、うああああああ」
「ムダ口、たたくんじゃねぇ。次は尻の穴増やすぞ」
口早に告げるバルドが掲げる左腕、それは銃型の機械鎧だった。
銃身が内蔵された機械鎧の左腕を振るうと、頭上から荒々しい靴音が連続して届き、バルドは左腕を伸ばすと天井めがけて撃った。
「いってえ!!」
直後、叫び声と共に頭上から走り去る音が響く。
「ネズミだ、上を見てこい」
バルドが指示すると、男が屋根の上へ向かう。
エドは一旦屋根を降り、連結部に座り込んだ。
「うわ、あぶねー、あぶねー!!」
ブーツを脱ぎ、機械鎧である左足を確認すると隙間に銃弾が挟まっている。
「ひゃーー。左足じゃなかったらやられてたな。きしょーー、おぼえてろよ、まずは機関室奪還!!」
足から銃弾を外し、まず最初に機関室目指して邁進する。
テロリスト達との攻防戦が始まる中、汽車は延々と、荒野の線路を走り続ける。
機関室では、銃を持った男達が機関士の見張りを担当し、立てこもっていた。
すると、目の前を何かが飛んでいった。
思わずしゃがみ込んで、同じく何かに気づいた表情の仲間と視線を交わす。
「鉛弾?」
「どこから、そんな物…」
その窓から、逆さまのエドがほくそ笑む。
次の瞬間、男の後頭部に強烈な前蹴りが急襲した。
「ぶ!!」
風を纏い、窓枠から機関室に乗り込んだエドにぐっと気を引き締める。
「ヤロ…」
肩にかけた銃を構えるが、一人の機関士がスコップで頭を殴った。
「うごっ!!?」
さらにもう一人も参加し、スコップでリンチし始める。
テロリストの言いなりが我慢の限界らしく、能動の意気を失うことはなかった。
「このやろ」
「このやろ」
「ぎゃああああああ」
元より、腕力は並たいていある機関士達にボコボコにされるテロリストを、エドは呆然と眺めた。
「…」
無事に倒した後、エドと機関士達は親指を突き立てる。
「なんか手伝う事あるかー?」
「安全運転、よろしく!」
再び、梯子に手をかけて上へ上へと登り、屋根に到着する。
「よっ…と」
猛烈な風が髪と服を後方にたなびかせる中、狙いを定めて待ち構えていたテロリストと出くわした。
「いたぜ、ハツカネズミちゃん」
そして、問答無用で発砲、それまでエドがいた場所に火花が散る。
「うひゃ!!」
予想外の迎撃をエドは間一髪で避け、両手を合わせると、
「あっ……ぶねーな、この野郎!!」
車両の一部を砲弾に錬成して逆襲を開始した。
「どわーっ!!」
男の頭上すれすれを、エドの放った砲弾が通り過ぎる。
すると、機関室の方から怒鳴り声があがった。
「こりゃあ!!汽車の命の炭水車になんて事を!!」
「わ!ごめん!」
咄嗟に謝るエドだが、言われて気づく。
「ん?炭水車…?」
蒸気機関車の後部に連結され、石炭と水を積む付随車両。
「ふーん…」
炭(COAL)と水(WATER)が隣接している画を脳裏に浮かべ、炭と水が隣接した車両を叩いた。
キョウコとアルは、乗客の解放兼テロリストの抑圧をしながら車両を進んでいた。
車両に繋がる扉の前で身を潜み、キョウコはたおやかな仕草で手を挙げて告げる。
「アル、ここから先はあたしに任せてくれない?」
「え、どうしてだい?」
「アルに驚いたテロリスト達が発砲したとして、跳弾した弾が誤って人質に当たったら危険だからね。あたしが銃で相手の武器を弾いた隙に、アルは制圧をお願い」
「了解」
アルは納得したように頷き、突撃の行為を投げた。
キョウコも静かに頷いて、腰のベルトに提げたホルスターから、それぞれ黒の大型拳銃を二丁抜いた。
着実に近づき膨らむ、敵の気配に息を殺し、戦端 の開く時を扉を蹴ることで破る。
ゆえに当然、黒いコートを羽織った黒髪の少女が銃を構えて飛び込んだことに慌てふためいた。
「な、何者だ、貴様!」
「銃を捨てろ!こいつらの命がどうなってもいいのか!?」
「止まれぇ!止まるんだ!」
キョウコは眼光鋭く周囲を見渡し、早足で突き進む。
「皆さん、頭を下げてください!」
武装した男達に囲まれ、しかも銃を突きつけられて恐怖に震える人質から、おまけに二丁拳銃の水平撃ち。
これだけ不利な条件が揃っていたにもかかわらず、彼女の撃ち放つ弾は次々命中していく。
男達は反撃する隙も与えず、次々と武器を破壊されていった。
「こ…このガキ!!」
「なめんじゃねぇぇ!!」
それでも戦意を失わず、大型のナイフを抜き放ちキョウコに斬りかかってきた。
襲いかかってきた凶刃がキョウコに届く寸前、男達は盛大に吹っ飛んだ。
「お見事」
「ふう、危なかった…」
鮮やかな手並みに感嘆するキョウコに、そのすぐ後ろから、安堵の吐息をついて、しかし内心は焦って、アルが掌打の体勢で立っていた。
急いで屋根から降り、短く殺風景な通路を駆け抜け、先程エドに反撃された男が飛び込んだ。
「バルド!ネズミどころじゃねえ!!なんかよくわからんが、とんでもねー奴が上に…!!」
計画を邪魔し、予想外の反撃を繰り出してくる姿なき者に、悔しさから焦りが滲み、奥歯を噛みしめる。
声を詰まらせるバルドに代わって、男が無線機で報告を急かす。
「おい、2号車、どうなってる!!おい!!」
《助けてくれ、でかい鎧と銃を持った小娘が…かなりの使い手だ!》
「鎧!?銃持った!?何をねぼけて…」
《あっ…ぎぃやあああああああああああああ》
次の瞬間、無線機からは男の断末魔とけたたましい銃撃音が無機質に響き渡る。
そして哀れなつぶやきが漏れ、男達は顔面蒼白となる。
《死ーーーーーん》
緊迫と静寂が訪れた。
突如、壁からラッパのような形をした――何やら見覚えのある顔のスピーカーが現れた。
「…にゅ?」
「なんだ、こ…」
その姿を全員が驚きを隠せず見つめていた。
直後、ラッパのようなスピーカーから幼い少年の届く。
《あーー、あーー。犯行グループのみなさん。機関室および、後部車両は我々が奪還いたしました。残るはこの車両のみとなっております》
ハクロは撃たれた左耳を止血し、その後部車両にはキョウコとアルが待機している。
《おとなしく人質を解放し、投降するならよし。さもなくば、強制排除させていただきますが…》
「ふざけやがって…何者か知らんが、人質がいる限り、我々の敗北は無い!!」
《あらら、反抗する気満々?残念。交渉決裂》
憂いを帯びた言葉と共に、スピーカーの下から水道管が出てきた。
「?水道管……?」
何故か出てきた水道管に疑問符を浮かべる。
少年は乗客に向けて忠告、そしてこれも錬成した蛇口を捻る。
《人質のみなさんは物陰に伏せてくださいねー》
いち早く気づいたバルドは咄嗟に叫ぼうとした。
「逃げ……」
しかし、逃げろ、と紡ごうとした言葉は、水道管から勢いよく噴出した大量の水の音に掻き消された。
「ぶお!?」
押し寄せる水の勢いに負けて、男達は後方に吹き飛ばされた。
エドは名案を思いついたのか、炭水車の一部を錬成して車両に繋げていたのだ。
怒涛の水音と共に耳をつんざくような悲鳴があがる。
「ぶああああああああああ!!」
ハクロは家族を抱きかかえ、物陰に避難する。
息つく暇もなく水流に巻き込まれ、重なり合って壁に激突しようとしたところで扉が開かれた。
「「いらっしゃい」」
彼らを待ち受けていたキョウコは銃を構え、アルは両の拳を合わせると、二人にしては珍しく低い声を漏らした。
「げっ…でかい…鎧……」
「銃持った子供……」
ところが、ただ一人、水の勢いに耐えていた……ずぶ濡れになったバルドがふらつきながらも立ち上がろうとする。
「ぬう!!まだだ!!まだ切り札の人質が…」
怒声を発して顔を上げると、ちょうど車両に着地したエドが右腕を刃へと錬成していた。
その拍子で、覆っていた手袋が破ける。
「おっ、機械鎧仲間?」
バルドは驚愕する。
今までの騒動から、もう、続けても意味がないと理解し、全て潰え、流れるような思考の末に悟る。
「こっ…こんな小僧にィィィィ!!!」
何もかも、全ての感情を乗せた叫び声をあげた瞬間、刃が銃型の機械鎧に突き刺さる。
「なんだ。安物、使ってんなぁ」
よろよろと、混乱のままに後退する。
すると直後、バルドの肩を掴み、いつの間にか現れたアルが腕を振りかぶって殴る。
それと同時に、エドも刃で銃型の機械鎧を両断した。
「――終わりっ」
キョウコが銃をホルスターに入れながら締めくくる。
無事駅に着くと、軍服に身を包んだ黒髪の男性――ロイが金髪の女性――リザを連れて笑顔で挨拶した。
「や。キョウコ、鋼の」
途端、エドはとても嫌そうな顔で反応し、キョウコは憂鬱げに美貌を曇らせ、アルは朗らかに挨拶する。
「あれ、大佐。こんにちは」
「なんだね、その嫌そうな顔は」
「くあ~~~~~。大佐の管轄なら、放っときゃよかった!!」
「相変わらず、つれないねぇ」
上官に対し遠慮の欠片もなく言い放つ横で、アルはリザと互いに挨拶する。
「ホークアイ中尉もこんにちは」
「アルフォンス君もこんにちは」
キョウコはとりなすように、しょうがない、という苦笑を浮かべた。
「しょーがないよ、エド。助けるしか選択肢がないんだし…どっちにしろ、あのまま見逃すわけにはいかないでしょ」
「さすがキョウコ。考え方が違うな」
すっと、ロイが手を伸ばしてくる。
あ、と思った時には、もう遅く……キョウコの両手がしっかりと、ロイの手に包み込まれてしまった。
遅かったわけではない。
むしろ、緩慢とした優雅な動き。
それなのに、キョウコは手を引けなかった。
「そうだ、キョウコ。久しぶりに会えた事だ、この後、デートにでも行かんか?」
「大佐も相変わらずですね。答えはもう決まってますのに」
ロイの手から自らの両腕を引き抜こうと脱出を図ろうとしたことがあり、前に似たような状況でそれを試したら、抱き寄せられ、いいように弄ばれた苦い記憶がある。
キョウコは微笑みを貼りつけて、きっぱりと言った。
「行きません」
「……そう言うと思ったよ。だが、こんな事でくじける私じゃないぞ」
二人にとってはお馴染みの駆け引き――だが、兄弟にとってはあり得ない光景に目を見張る。
その先には勿論、仲睦 まじげに握り合わされた手と手がある。
「おい!俺を無視すんじゃねー!!」
「…っと」
それをエドが許すはずもなく、二人の間に割って入って引き剥がす。
気を取り直したロイは腕を組み、赤いコートに包まれた少年の右腕に視線を移す。
「まだ元に戻れてはいないんだね」
「文献とか調べてるけど、なかなかね…昨日も徹夜しちゃったしな」
僅かに目を伏せて右手を握ると、必然的に機械鎧の軋む音が鳴る。
「今は東部の街をシラミつぶしに探し歩いてんだけど、いい方法はまだ見つからないな」
「噂は聞いてるよ。あちこちで、色々とやらかしてるそうじゃないか」
離れた場所にいても耳に入ってくる少年の暴れっぷりに肩をすくめるロイの後ろで、
「さっさと歩け!!」
憲兵がバルド含むテロリスト達を取り押さえ、連行している。
「げ。相変わらず、地獄耳だな」
「君の行動がハデなだけだろう」
キョウコとアルが、うんうん、と頷いて共感する。
すると、テロリスト達を連行していた憲兵の方に異常が起きた。
「うわぁ!!」
「貴様…ぐあっ!!」
隠し持っていた仕込みナイフで、自身を縛っていた縄と憲兵を斬ったバルドが、噴出する怒りに狂気を混ぜて突っ込んできた。
「うわ。仕込みナイフ」
「ワォ。よっぽどあたし達に負けたことにキレてるみたい、恨みって恐い」
この意外な展開にエドとキョウコは目を丸くしており、リザはすぐさま腰のホルスターから取り出した拳銃を構える。
「大佐。お下がりくだ…」
「これでいい」
ところが、ロイは前に出る彼女を止まらせると笑みを浮かべた。
手袋の甲に描かれているのは焔を象 った錬成陣。
「おおおおおおお!!!」
我を失ったかのごとく襲いかかるバルドへ、差し向けた指を、ぐっ、と擦り、鳴らした。
刹那、周囲に燃え上がった火花が飛び散り、莫大な熱量の怒涛が指先を方向舵に放される。
ただし、闇雲に力を放出するのではない。
バルドを中心とした、牽制程度の炎に熱量の発現領域を構成する力である。
「ごぉあっ!?」
それは、彼の目の前で一気に爆発した。
「がああああああああああ」
熱気に身を焦がすバルドは悲鳴をあげながら吹っ飛び、他の憲兵に取り押さえられた。
ロイは軍服の裾をなびかせながら足を踏み出した。
「手加減しておいた。まだ逆らうというなら、次はケシ炭にするが?」
「ど畜生め…てめえ、何者だ!!」
「ロイ・マスタング。地位は大佐だ。そして、もうひとつ」
ロイは襟元を直し、腰に手を当てた。
「『焔の錬金術師』だ。覚えておきたまえ」
普段は軽薄で女好きで、まだ若いながらもかなりの切れ者。
そして、それをごく自然にさらけ出す気取った言い回し。
わざとらしくアピールなどしない。
代わりに、好奇の目から隠そうともしない。
それがキョウコの上司――ロイ・マスタングである。
そして、腰に携えたベルトから漆黒のハンドガンを引き抜く。
銃身はおよそ8.5インチ。
外装の特徴から、回転式拳銃ではなく自動拳銃であることが窺える。
およそ女子供どころか、普通の人間には扱えそうにない、用途のわからない代物。
拳銃と呼ぶには、あまりに過去にも現在にも存在しない、完全に独立したオリジナルの銃だった。
キョウコ愛用の拳銃――《スノー・ブラック》だ。
「さーて、ハデに暴れるとしますか」
「キョウコ、程々にね」
アルから出された確認というより懸念の言葉に、キョウコは唇を優美に緩ませて顔を向ける。
「アルったら心配性ね」
ハクロが乗る最前列の貸し切り車両。
本来は楽しい家族旅行となっているはずのその場所にテロリスト達が乱入し、厳しく閉鎖されていた。
主犯格の眼帯の男――バルドのもとへ、仲間が表情を険しくさせて報告する。
「バルド、後部車両からの連絡が途絶えた」
「どういう事だ?」
「…誰か乗ってやがる」
バルドのみならず、仲間達も信じがたい事実に眉をひそめた。
「バカな!護衛は全員片付けたし、外部への通信もおさえてある。乗客が助けを呼べるはずは…」
ハクロの護衛を抹殺し、機関士を脅して反抗できぬように手配してあったはず……乗客は仲間達が恐怖と脅迫で縛りつけている。
「仲間が裏切りを?」
「まさか!」
その場がにわかに動揺し始め、男達の胸に
ハクロが鼻を鳴らし、やけっぱちな勢いで吐き捨てた。
「ふん、しょせんはクズの寄せ集めだな。不測の事態が起こると、すぐに崩れる。そうそう貴様らの思い通りにはならんという事だ。今のうちに、降伏する事を考えておけ。下衆どもめ」
この嘲弄に、すぐに反応があった。
無駄のない挙動で、ハクロの左耳が撃ち抜かれる。
「………っ、うああああああ」
「ムダ口、たたくんじゃねぇ。次は尻の穴増やすぞ」
口早に告げるバルドが掲げる左腕、それは銃型の機械鎧だった。
銃身が内蔵された機械鎧の左腕を振るうと、頭上から荒々しい靴音が連続して届き、バルドは左腕を伸ばすと天井めがけて撃った。
「いってえ!!」
直後、叫び声と共に頭上から走り去る音が響く。
「ネズミだ、上を見てこい」
バルドが指示すると、男が屋根の上へ向かう。
エドは一旦屋根を降り、連結部に座り込んだ。
「うわ、あぶねー、あぶねー!!」
ブーツを脱ぎ、機械鎧である左足を確認すると隙間に銃弾が挟まっている。
「ひゃーー。左足じゃなかったらやられてたな。きしょーー、おぼえてろよ、まずは機関室奪還!!」
足から銃弾を外し、まず最初に機関室目指して邁進する。
テロリスト達との攻防戦が始まる中、汽車は延々と、荒野の線路を走り続ける。
機関室では、銃を持った男達が機関士の見張りを担当し、立てこもっていた。
すると、目の前を何かが飛んでいった。
思わずしゃがみ込んで、同じく何かに気づいた表情の仲間と視線を交わす。
「鉛弾?」
「どこから、そんな物…」
その窓から、逆さまのエドがほくそ笑む。
次の瞬間、男の後頭部に強烈な前蹴りが急襲した。
「ぶ!!」
風を纏い、窓枠から機関室に乗り込んだエドにぐっと気を引き締める。
「ヤロ…」
肩にかけた銃を構えるが、一人の機関士がスコップで頭を殴った。
「うごっ!!?」
さらにもう一人も参加し、スコップでリンチし始める。
テロリストの言いなりが我慢の限界らしく、能動の意気を失うことはなかった。
「このやろ」
「このやろ」
「ぎゃああああああ」
元より、腕力は並たいていある機関士達にボコボコにされるテロリストを、エドは呆然と眺めた。
「…」
無事に倒した後、エドと機関士達は親指を突き立てる。
「なんか手伝う事あるかー?」
「安全運転、よろしく!」
再び、梯子に手をかけて上へ上へと登り、屋根に到着する。
「よっ…と」
猛烈な風が髪と服を後方にたなびかせる中、狙いを定めて待ち構えていたテロリストと出くわした。
「いたぜ、ハツカネズミちゃん」
そして、問答無用で発砲、それまでエドがいた場所に火花が散る。
「うひゃ!!」
予想外の迎撃をエドは間一髪で避け、両手を合わせると、
「あっ……ぶねーな、この野郎!!」
車両の一部を砲弾に錬成して逆襲を開始した。
「どわーっ!!」
男の頭上すれすれを、エドの放った砲弾が通り過ぎる。
すると、機関室の方から怒鳴り声があがった。
「こりゃあ!!汽車の命の炭水車になんて事を!!」
「わ!ごめん!」
咄嗟に謝るエドだが、言われて気づく。
「ん?炭水車…?」
蒸気機関車の後部に連結され、石炭と水を積む付随車両。
「ふーん…」
炭(COAL)と水(WATER)が隣接している画を脳裏に浮かべ、炭と水が隣接した車両を叩いた。
キョウコとアルは、乗客の解放兼テロリストの抑圧をしながら車両を進んでいた。
車両に繋がる扉の前で身を潜み、キョウコはたおやかな仕草で手を挙げて告げる。
「アル、ここから先はあたしに任せてくれない?」
「え、どうしてだい?」
「アルに驚いたテロリスト達が発砲したとして、跳弾した弾が誤って人質に当たったら危険だからね。あたしが銃で相手の武器を弾いた隙に、アルは制圧をお願い」
「了解」
アルは納得したように頷き、突撃の行為を投げた。
キョウコも静かに頷いて、腰のベルトに提げたホルスターから、それぞれ黒の大型拳銃を二丁抜いた。
着実に近づき膨らむ、敵の気配に息を殺し、
ゆえに当然、黒いコートを羽織った黒髪の少女が銃を構えて飛び込んだことに慌てふためいた。
「な、何者だ、貴様!」
「銃を捨てろ!こいつらの命がどうなってもいいのか!?」
「止まれぇ!止まるんだ!」
キョウコは眼光鋭く周囲を見渡し、早足で突き進む。
「皆さん、頭を下げてください!」
武装した男達に囲まれ、しかも銃を突きつけられて恐怖に震える人質から、おまけに二丁拳銃の水平撃ち。
これだけ不利な条件が揃っていたにもかかわらず、彼女の撃ち放つ弾は次々命中していく。
男達は反撃する隙も与えず、次々と武器を破壊されていった。
「こ…このガキ!!」
「なめんじゃねぇぇ!!」
それでも戦意を失わず、大型のナイフを抜き放ちキョウコに斬りかかってきた。
襲いかかってきた凶刃がキョウコに届く寸前、男達は盛大に吹っ飛んだ。
「お見事」
「ふう、危なかった…」
鮮やかな手並みに感嘆するキョウコに、そのすぐ後ろから、安堵の吐息をついて、しかし内心は焦って、アルが掌打の体勢で立っていた。
急いで屋根から降り、短く殺風景な通路を駆け抜け、先程エドに反撃された男が飛び込んだ。
「バルド!ネズミどころじゃねえ!!なんかよくわからんが、とんでもねー奴が上に…!!」
計画を邪魔し、予想外の反撃を繰り出してくる姿なき者に、悔しさから焦りが滲み、奥歯を噛みしめる。
声を詰まらせるバルドに代わって、男が無線機で報告を急かす。
「おい、2号車、どうなってる!!おい!!」
《助けてくれ、でかい鎧と銃を持った小娘が…かなりの使い手だ!》
「鎧!?銃持った!?何をねぼけて…」
《あっ…ぎぃやあああああああああああああ》
次の瞬間、無線機からは男の断末魔とけたたましい銃撃音が無機質に響き渡る。
そして哀れなつぶやきが漏れ、男達は顔面蒼白となる。
《死ーーーーーん》
緊迫と静寂が訪れた。
突如、壁からラッパのような形をした――何やら見覚えのある顔のスピーカーが現れた。
「…にゅ?」
「なんだ、こ…」
その姿を全員が驚きを隠せず見つめていた。
直後、ラッパのようなスピーカーから幼い少年の届く。
《あーー、あーー。犯行グループのみなさん。機関室および、後部車両は我々が奪還いたしました。残るはこの車両のみとなっております》
ハクロは撃たれた左耳を止血し、その後部車両にはキョウコとアルが待機している。
《おとなしく人質を解放し、投降するならよし。さもなくば、強制排除させていただきますが…》
「ふざけやがって…何者か知らんが、人質がいる限り、我々の敗北は無い!!」
《あらら、反抗する気満々?残念。交渉決裂》
憂いを帯びた言葉と共に、スピーカーの下から水道管が出てきた。
「?水道管……?」
何故か出てきた水道管に疑問符を浮かべる。
少年は乗客に向けて忠告、そしてこれも錬成した蛇口を捻る。
《人質のみなさんは物陰に伏せてくださいねー》
いち早く気づいたバルドは咄嗟に叫ぼうとした。
「逃げ……」
しかし、逃げろ、と紡ごうとした言葉は、水道管から勢いよく噴出した大量の水の音に掻き消された。
「ぶお!?」
押し寄せる水の勢いに負けて、男達は後方に吹き飛ばされた。
エドは名案を思いついたのか、炭水車の一部を錬成して車両に繋げていたのだ。
怒涛の水音と共に耳をつんざくような悲鳴があがる。
「ぶああああああああああ!!」
ハクロは家族を抱きかかえ、物陰に避難する。
息つく暇もなく水流に巻き込まれ、重なり合って壁に激突しようとしたところで扉が開かれた。
「「いらっしゃい」」
彼らを待ち受けていたキョウコは銃を構え、アルは両の拳を合わせると、二人にしては珍しく低い声を漏らした。
「げっ…でかい…鎧……」
「銃持った子供……」
ところが、ただ一人、水の勢いに耐えていた……ずぶ濡れになったバルドがふらつきながらも立ち上がろうとする。
「ぬう!!まだだ!!まだ切り札の人質が…」
怒声を発して顔を上げると、ちょうど車両に着地したエドが右腕を刃へと錬成していた。
その拍子で、覆っていた手袋が破ける。
「おっ、機械鎧仲間?」
バルドは驚愕する。
今までの騒動から、もう、続けても意味がないと理解し、全て潰え、流れるような思考の末に悟る。
「こっ…こんな小僧にィィィィ!!!」
何もかも、全ての感情を乗せた叫び声をあげた瞬間、刃が銃型の機械鎧に突き刺さる。
「なんだ。安物、使ってんなぁ」
よろよろと、混乱のままに後退する。
すると直後、バルドの肩を掴み、いつの間にか現れたアルが腕を振りかぶって殴る。
それと同時に、エドも刃で銃型の機械鎧を両断した。
「――終わりっ」
キョウコが銃をホルスターに入れながら締めくくる。
無事駅に着くと、軍服に身を包んだ黒髪の男性――ロイが金髪の女性――リザを連れて笑顔で挨拶した。
「や。キョウコ、鋼の」
途端、エドはとても嫌そうな顔で反応し、キョウコは憂鬱げに美貌を曇らせ、アルは朗らかに挨拶する。
「あれ、大佐。こんにちは」
「なんだね、その嫌そうな顔は」
「くあ~~~~~。大佐の管轄なら、放っときゃよかった!!」
「相変わらず、つれないねぇ」
上官に対し遠慮の欠片もなく言い放つ横で、アルはリザと互いに挨拶する。
「ホークアイ中尉もこんにちは」
「アルフォンス君もこんにちは」
キョウコはとりなすように、しょうがない、という苦笑を浮かべた。
「しょーがないよ、エド。助けるしか選択肢がないんだし…どっちにしろ、あのまま見逃すわけにはいかないでしょ」
「さすがキョウコ。考え方が違うな」
すっと、ロイが手を伸ばしてくる。
あ、と思った時には、もう遅く……キョウコの両手がしっかりと、ロイの手に包み込まれてしまった。
遅かったわけではない。
むしろ、緩慢とした優雅な動き。
それなのに、キョウコは手を引けなかった。
「そうだ、キョウコ。久しぶりに会えた事だ、この後、デートにでも行かんか?」
「大佐も相変わらずですね。答えはもう決まってますのに」
ロイの手から自らの両腕を引き抜こうと脱出を図ろうとしたことがあり、前に似たような状況でそれを試したら、抱き寄せられ、いいように弄ばれた苦い記憶がある。
キョウコは微笑みを貼りつけて、きっぱりと言った。
「行きません」
「……そう言うと思ったよ。だが、こんな事でくじける私じゃないぞ」
二人にとってはお馴染みの駆け引き――だが、兄弟にとってはあり得ない光景に目を見張る。
その先には勿論、
「おい!俺を無視すんじゃねー!!」
「…っと」
それをエドが許すはずもなく、二人の間に割って入って引き剥がす。
気を取り直したロイは腕を組み、赤いコートに包まれた少年の右腕に視線を移す。
「まだ元に戻れてはいないんだね」
「文献とか調べてるけど、なかなかね…昨日も徹夜しちゃったしな」
僅かに目を伏せて右手を握ると、必然的に機械鎧の軋む音が鳴る。
「今は東部の街をシラミつぶしに探し歩いてんだけど、いい方法はまだ見つからないな」
「噂は聞いてるよ。あちこちで、色々とやらかしてるそうじゃないか」
離れた場所にいても耳に入ってくる少年の暴れっぷりに肩をすくめるロイの後ろで、
「さっさと歩け!!」
憲兵がバルド含むテロリスト達を取り押さえ、連行している。
「げ。相変わらず、地獄耳だな」
「君の行動がハデなだけだろう」
キョウコとアルが、うんうん、と頷いて共感する。
すると、テロリスト達を連行していた憲兵の方に異常が起きた。
「うわぁ!!」
「貴様…ぐあっ!!」
隠し持っていた仕込みナイフで、自身を縛っていた縄と憲兵を斬ったバルドが、噴出する怒りに狂気を混ぜて突っ込んできた。
「うわ。仕込みナイフ」
「ワォ。よっぽどあたし達に負けたことにキレてるみたい、恨みって恐い」
この意外な展開にエドとキョウコは目を丸くしており、リザはすぐさま腰のホルスターから取り出した拳銃を構える。
「大佐。お下がりくだ…」
「これでいい」
ところが、ロイは前に出る彼女を止まらせると笑みを浮かべた。
手袋の甲に描かれているのは焔を
「おおおおおおお!!!」
我を失ったかのごとく襲いかかるバルドへ、差し向けた指を、ぐっ、と擦り、鳴らした。
刹那、周囲に燃え上がった火花が飛び散り、莫大な熱量の怒涛が指先を方向舵に放される。
ただし、闇雲に力を放出するのではない。
バルドを中心とした、牽制程度の炎に熱量の発現領域を構成する力である。
「ごぉあっ!?」
それは、彼の目の前で一気に爆発した。
「がああああああああああ」
熱気に身を焦がすバルドは悲鳴をあげながら吹っ飛び、他の憲兵に取り押さえられた。
ロイは軍服の裾をなびかせながら足を踏み出した。
「手加減しておいた。まだ逆らうというなら、次はケシ炭にするが?」
「ど畜生め…てめえ、何者だ!!」
「ロイ・マスタング。地位は大佐だ。そして、もうひとつ」
ロイは襟元を直し、腰に手を当てた。
「『焔の錬金術師』だ。覚えておきたまえ」
普段は軽薄で女好きで、まだ若いながらもかなりの切れ者。
そして、それをごく自然にさらけ出す気取った言い回し。
わざとらしくアピールなどしない。
代わりに、好奇の目から隠そうともしない。
それがキョウコの上司――ロイ・マスタングである。