第5話
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時刻、午後5時を差す鐘が鳴り響き、エドは本から時計へ目線を移す。
「あ、やべっ、読みふけちゃった。キョウコ!アル!アルフォンス!おかしいな、どこ行った…」
二人に呼びかけても返事をしない。
エドは訝しげに眉を寄せ、立ち上がろうとした途端、明らかに不自然な物音がした。
何気なく振り返ると、再びアレキサンダーが飛びかかった。
「ぎにゃーー!!」
エドの悲痛な叫びが資料室に響き渡り、キョウコとアルはきょとんと首を傾げる。
「ん?」
「あ、兄さん」
「『あ、兄さん』じゃねーよ!!キョウコも、資料も探さねーで何やってんだ!!」
アレキサンダーに押し潰されたエドが、キョウコとニーナを肩車するアルを見上げ、声を荒げる。
「いやぁ。ニーナ、遊んでほしそうだったから」
「アレキサンダーも。体が大きいから、油断してると押し潰されちゃって、遊ぶのに一苦労だよ」
「なごむなヨ」
「アレキサンダーも、お兄ちゃんと遊んでほしいって」
顔面をべろべろ舐められ、エドは唾液まみれになった顔を拭きながら、びしびしと青筋を立てる。
「ふっ…この俺に遊んでほしいとは、いい度胸だ…獅子はウサギを狩るのも、全力を尽くすと言う……このエドワード・エルリックが全身全霊で相手してくれるわ、犬畜生めッッ!!!」
そしてエドは、つぶらな瞳でお座りしているアレキサンダーと全力で遊ぶべく、
「どりゃああああ」
威勢のいいかけ声をあげて追いかける速度を上げた。
――子供だ…。
「あはははははは」
キョウコとアルは痛む頭に顔をしかめ、ニーナは愉快げに笑う。
やがて日も暮れた頃、ロイの言い残した迎えの者――ハボックが迎えにやって来た。
「よぉ大将、キョウコ。迎えに来たぞ……何やってんだ?」
疑問符を浮かべるハボックが示すその光景に広がっているのは、
「ああああああう」
アレキサンダーに押し潰されたエドが呻き声をあげている。
すぐさま、ガバッ、と起き上がり、顔を歪めて誰に向けてか言い訳する。
「いや、これは資料検索の合間の息抜きと言うか、なんと言うか!」
「で、いい資料はみつかったかい?」
タッカーから単刀直入に聞かれると、たちまち顔は青ざめ、冷や汗が流れる。
「……」
ぐうの音も出ない。
慰めるように、アレキサンダーの前足が頭を、ぽん、と叩いた。
「…………また明日、来るといいよ」
「お兄ちゃんたち、また来てくれるの?」
「うん。また、明日遊ぼうね」
「キョウコお姉ちゃんも?」
「うん。またね、ニーナ」
キョウコとアルがニーナと遊ぶ約束を取りつけた後ろ、エドは既に疲れ切ってフラフラとふらついていた。
その様子を半眼で見つめるハボックは屋敷を出る際、思い出したように振り返り、ロイからの伝言を残す。
「ああ、タッカーさん。大佐からの伝言が。『もうすぐ査定の日です、お忘れなく』だそうです」
「…ええ。わかっております」
微かに、タッカーの表情が揺れた……ような気がした。
エド達が去った後、大きな屋敷に残された二人と一匹。
それまで賑やかだった部屋の中が静かになる。
ニーナは静まり返った屋敷に物寂しさを感じながらも、タッカーのもとへ近づく。
「ねえ、お父さん。『査定』って何?」
「うん、国家錬金術師になるとね、1年に一度、研究の成果を報告しなくちゃいけない義務があるんだ。そこで良い評価をもらえないと、資格を取り上げられてしまうんだよ。お父さん去年はあまり良い評価ををもらえなくてね、今年失敗すると、国家錬金術師じゃなくなってしまう」
「えー?お父さんなら大丈夫よ!だっていつもいっぱい勉強してるもの!」
「そうだね。がんばらないと、もうあとが無いもんなぁ…」
自分を励まし、支えてくれる幼い娘の存在に顔を綻ばせ、タッカーは愛情をもって抱きしめる。
しかし、顔を綻ばせたのも束の間、無表情になった。
「そう…もう、あとが無いんだ……」
父の、何か思いつめた表情に娘は気づかない。
翌日も三人はタッカーの屋敷に訪れ、生体錬成に関する資料を読んでいた。
分厚いページをめくる手を止め、三人はニーナの話を聞く。
「へー。お母さんが2年前に…」
聞けば少女は、この広い屋敷でタッカーとアレキサンダーの二人と一匹で暮らしているという。
ただ、見かけの豪華とは裏腹に、閑散とした印象だ。
「うん。『実家に帰っちゃった』って、お父さんが言ってた」
「そっか。こんな広い家にお父さんと二人じゃ、さみしいでしょ」
「ううん、平気!お父さんやさしいし、アレキサンダーもいるし!」
笑顔で愛犬を抱きしめるニーナ、しかし不意に寂しそうに本音をこぼした。
「でも…お父さん、最近研究室にとじこもってばかりで、ちょっとさみしいな」
無邪気で可愛らしいニーナが浮かべた寂しそうな顔に、三人は顔を見合わせた。
やがて、エドが肩を鳴らしながら口を開いた。
「……あーー。毎日、本読んでばっかで、肩こったな」
「肩こりの解消には適度な運動が効果的だよ、兄さん」
「そーだなー、庭で運動してくっか」
そう言うと、パタパタと尻尾を振るアレキサンダーへ、びしりと指差す。
「オラ犬!!運動がてら、遊んでやる!」
人間の言葉がわかるのか、アレキサンダーは嬉しそうに吠える。
その様子に笑みを浮かべながら、キョウコはニーナへと手を差し伸べ、くるりと振り返る。
「さ。ニーナも遊ぼう」
艶やかな黒髪と、スカートの裾が、ふわりと広がった。
彼女の穏やかな微笑みに、ニーナも無邪気に笑い返した。
後はもう、四人と一匹は無我夢中で遊びに興じていた。
案の定というか、大型犬のアレキサンダーに追いかけられる小柄なエド。
「ばうー」
「どわー」
その大きさもさることながら、素早い身のこなしで追いつかれ、やっぱり押し潰される。
「「あはははは」」
微笑えましくじゃれ合う光景を見て、おかしそうにお腹をかかえるキョウコとニーナ。
楽しげな笑い声。
怒ったような叫び。
時折あがる悲鳴。
それらがひっきりなしに聞こえてくる。
そんな微笑ましく戯れる光景とは裏腹に――タッカーは2階の自室にこもり、期限が近づく査定に向けて準備を始めていた。
机の上には、いくつもの本と紙が並ぶ。
課題は淡々と、なんの滞りもなく進んでいく。
だが、これではダメだ、と途中で書いていたレポートを破る。
ここで良い評価を得られないと資格剥奪もありうるのだ。
沈黙と物陰の奥底で、力が集まっていく。
弱い、力が。
その頃庭には、縁まで並々と注がれたバケツが置かれていた。
それを準備したキョウコに、エド達は疑問符を浮かべる。
「キョウコ、それ、どうするつもりなんだ?」
「ちょっとしたサプライズをね」
ほんの少しだけ胸を張って、パン、と両手を合わせる。
「お」
「ん?」
すると、バケツの中の水は動き出し、つい先程まで合わせていた腕を、天に向かって伸ばす。
それに、水の帯が従うように集束してきた。
パチン、と指鳴らした瞬間、頭上の水が一気に凍り、甲高い音を立てて散らばった。
大気中を無数に舞う氷粒が、キョウコの意志に応じてキラキラと、緩やかな光を放ち始める。
まるで魔法。
錬金術によってよみがえった魔法――。
ニーナがおそるおそる宙へ手を差し出すと、風に乗って舞う小さな氷粒――雪の結晶を手のひらで包み込む。
しかし、それはすぐに体温によって溶けた。
「わっ、溶けた!!」
「氷は冷たいから、温かいものに触れると溶けるのよ」
アレキサンダーはその冷たさが癖になったのか、楽しそうにはしゃぎ回る。
「キョウコ、お前…」
エドが何か言いたげなのを感じ取ると、キョウコは悪戯っぽく笑って答える。
「たまには、こーゆう余興もいいんじゃない?」
「そーいえば、キョウコの錬金術ってあまり見たことないよね」
「まぁ、誰かさんが派手に活躍して(あたしの)出る幕はないのよねー」
彼女の()内の言葉を、読心術もなしに察したエドの背筋が震えた。
「――ま、いざとなったら、あたしも錬金術で戦うし」
キョウコは指揮者のごとく両腕を掲げた。
瞬間、宙に鮮やかな、結晶の螺旋が描かれる。
「…スゲー…」
「綺麗だね…」
「わー…」
その間も、彼女は滑らかに腕を振り続ける。
漆黒の瞳が見つめる先で、結晶が優美な線を描いた。
まるで、悪夢では決してない雪の妖精……可憐不思議な姿。
自由自在に水を操り、氷にまで錬成するキョウコの錬金術を覗き見る、暗い眼差し。
まるで幽霊にでも出会ったかのような、驚愕と恐れとの眼差しが、キョウコをじっと見つめていた。
今日の天気は分厚い灰色の雲が出ており、遠くで雷鳴が轟いている。
三人はいつものように、生体錬成に詳しいタッカーの屋敷を訪れた。
「今日は降るな、こりゃ」
エドは空を仰ぎ、アルは玄関の呼び鈴を鳴らして扉を開ける。
「こんにちはー」
挨拶をするアルの横で、キョウコも顔を出した。
「タッカーさん。今日もよろしくおねがいします」
声をかけるが返事が聞こえず、どころか辺りは電気もつけておらず薄暗く、何故か静かだ。
「あれ?」
「誰もいないのかな」
「タッカーさん?」
疑問符を浮かべる三人は屋敷の中に入ると、歩き慣れた足取りで住人へと呼びかける。
「タッカーさーん」
「ニーナ?」
玄関へと足を踏み入れ、渡り廊下を通ってリビングへ。
辺りを見回しながら進む足を動かし……やがて、膝をついて何かと向き合うタッカーを見つけた。
「と。なんだ、いるじゃないか」
タッカーは三人の存在に気づいたように顔を上げると、暗く冷え切った笑みを浮かべる。
「ああ、君達か。見てくれ、完成品だ、人語を理解する合成獣だよ」
そう言って、芳しくない研究の果てに完成した合成獣を披露した。
「見ててごらん。いいかい?この人はエドワード」
「えど、わーど?」
合成獣は首を傾げながらも、タッカーの言葉――エドの名前をぎこちないながらも繰り返す。
「そうだ、よくできたね」
「よく、でき、た?」
間近で見る、人間の言葉を理解する合成獣に、エドとキョウコは唖然とする。
「信じられねー。本当に喋ってる…」
「しかも、本当に人の言葉を理解してる…」
「あーー、査定にまにあってよかった。これで首がつながった。また、当分研究費用の心配はしなくてすむよ」
「えどわーど。えどわーど」
驚きに目を見開く二人は合成獣の前にしゃがみ込む。
人語を理解する合成獣を作り上げた……それだけで掛け値なしの賞賛と驚愕に値することだ。
「えど、わーど。えどわーど」
少年の名前を繰り返して言う合成獣は、キョウコへと視線を向けた。
その口から告げられるは、教えてもいない少女の名前。
「……きょう、こ…きょうこ」
「えっ――」
一瞬、何を言われたのか、キョウコは硬直した。
(…なんで、あたしの名前……)
初めて対面する合成獣に、自分の名前を教えてはいないはず。
戸惑いを隠せない少女の反応を無視して、合成獣はなおも人語を発する。
「お、にい、ちゃ、お、ねえ、ちゃ」
多分、その一言で、二人の表情が劇的に変化した。
キョウコはすっくと立ち上がると、一切振り返らずにタッカーに問いかける。
「タッカーさん。人語を理解する合成獣の研究が認められて、資格をとったのは、いつでした?」
「ええと…2年前だね」
「奥さんがいなくなったのは?」
「………2年前だね」
「オレからも、質問いいかな」
次に、エドが口を開いた。
振り返り様、怒りを露にした瞳でタッカーを睨み、憤怒の低い声で核心に迫る言葉を紡ぐ。
「ニーナとアレキサンダー、どこに行った?」
それまで意図のわからない質問に首を傾げていたアルは虚ろな鎧の瞳を理解の色に光らせ、タッカーは丸眼鏡の奥、暗く冷え切った瞳で吐き捨てる。
「……君らのような、勘のいいガキは嫌いだよ」
「あ、やべっ、読みふけちゃった。キョウコ!アル!アルフォンス!おかしいな、どこ行った…」
二人に呼びかけても返事をしない。
エドは訝しげに眉を寄せ、立ち上がろうとした途端、明らかに不自然な物音がした。
何気なく振り返ると、再びアレキサンダーが飛びかかった。
「ぎにゃーー!!」
エドの悲痛な叫びが資料室に響き渡り、キョウコとアルはきょとんと首を傾げる。
「ん?」
「あ、兄さん」
「『あ、兄さん』じゃねーよ!!キョウコも、資料も探さねーで何やってんだ!!」
アレキサンダーに押し潰されたエドが、キョウコとニーナを肩車するアルを見上げ、声を荒げる。
「いやぁ。ニーナ、遊んでほしそうだったから」
「アレキサンダーも。体が大きいから、油断してると押し潰されちゃって、遊ぶのに一苦労だよ」
「なごむなヨ」
「アレキサンダーも、お兄ちゃんと遊んでほしいって」
顔面をべろべろ舐められ、エドは唾液まみれになった顔を拭きながら、びしびしと青筋を立てる。
「ふっ…この俺に遊んでほしいとは、いい度胸だ…獅子はウサギを狩るのも、全力を尽くすと言う……このエドワード・エルリックが全身全霊で相手してくれるわ、犬畜生めッッ!!!」
そしてエドは、つぶらな瞳でお座りしているアレキサンダーと全力で遊ぶべく、
「どりゃああああ」
威勢のいいかけ声をあげて追いかける速度を上げた。
――子供だ…。
「あはははははは」
キョウコとアルは痛む頭に顔をしかめ、ニーナは愉快げに笑う。
やがて日も暮れた頃、ロイの言い残した迎えの者――ハボックが迎えにやって来た。
「よぉ大将、キョウコ。迎えに来たぞ……何やってんだ?」
疑問符を浮かべるハボックが示すその光景に広がっているのは、
「ああああああう」
アレキサンダーに押し潰されたエドが呻き声をあげている。
すぐさま、ガバッ、と起き上がり、顔を歪めて誰に向けてか言い訳する。
「いや、これは資料検索の合間の息抜きと言うか、なんと言うか!」
「で、いい資料はみつかったかい?」
タッカーから単刀直入に聞かれると、たちまち顔は青ざめ、冷や汗が流れる。
「……」
ぐうの音も出ない。
慰めるように、アレキサンダーの前足が頭を、ぽん、と叩いた。
「…………また明日、来るといいよ」
「お兄ちゃんたち、また来てくれるの?」
「うん。また、明日遊ぼうね」
「キョウコお姉ちゃんも?」
「うん。またね、ニーナ」
キョウコとアルがニーナと遊ぶ約束を取りつけた後ろ、エドは既に疲れ切ってフラフラとふらついていた。
その様子を半眼で見つめるハボックは屋敷を出る際、思い出したように振り返り、ロイからの伝言を残す。
「ああ、タッカーさん。大佐からの伝言が。『もうすぐ査定の日です、お忘れなく』だそうです」
「…ええ。わかっております」
微かに、タッカーの表情が揺れた……ような気がした。
エド達が去った後、大きな屋敷に残された二人と一匹。
それまで賑やかだった部屋の中が静かになる。
ニーナは静まり返った屋敷に物寂しさを感じながらも、タッカーのもとへ近づく。
「ねえ、お父さん。『査定』って何?」
「うん、国家錬金術師になるとね、1年に一度、研究の成果を報告しなくちゃいけない義務があるんだ。そこで良い評価をもらえないと、資格を取り上げられてしまうんだよ。お父さん去年はあまり良い評価ををもらえなくてね、今年失敗すると、国家錬金術師じゃなくなってしまう」
「えー?お父さんなら大丈夫よ!だっていつもいっぱい勉強してるもの!」
「そうだね。がんばらないと、もうあとが無いもんなぁ…」
自分を励まし、支えてくれる幼い娘の存在に顔を綻ばせ、タッカーは愛情をもって抱きしめる。
しかし、顔を綻ばせたのも束の間、無表情になった。
「そう…もう、あとが無いんだ……」
父の、何か思いつめた表情に娘は気づかない。
翌日も三人はタッカーの屋敷に訪れ、生体錬成に関する資料を読んでいた。
分厚いページをめくる手を止め、三人はニーナの話を聞く。
「へー。お母さんが2年前に…」
聞けば少女は、この広い屋敷でタッカーとアレキサンダーの二人と一匹で暮らしているという。
ただ、見かけの豪華とは裏腹に、閑散とした印象だ。
「うん。『実家に帰っちゃった』って、お父さんが言ってた」
「そっか。こんな広い家にお父さんと二人じゃ、さみしいでしょ」
「ううん、平気!お父さんやさしいし、アレキサンダーもいるし!」
笑顔で愛犬を抱きしめるニーナ、しかし不意に寂しそうに本音をこぼした。
「でも…お父さん、最近研究室にとじこもってばかりで、ちょっとさみしいな」
無邪気で可愛らしいニーナが浮かべた寂しそうな顔に、三人は顔を見合わせた。
やがて、エドが肩を鳴らしながら口を開いた。
「……あーー。毎日、本読んでばっかで、肩こったな」
「肩こりの解消には適度な運動が効果的だよ、兄さん」
「そーだなー、庭で運動してくっか」
そう言うと、パタパタと尻尾を振るアレキサンダーへ、びしりと指差す。
「オラ犬!!運動がてら、遊んでやる!」
人間の言葉がわかるのか、アレキサンダーは嬉しそうに吠える。
その様子に笑みを浮かべながら、キョウコはニーナへと手を差し伸べ、くるりと振り返る。
「さ。ニーナも遊ぼう」
艶やかな黒髪と、スカートの裾が、ふわりと広がった。
彼女の穏やかな微笑みに、ニーナも無邪気に笑い返した。
後はもう、四人と一匹は無我夢中で遊びに興じていた。
案の定というか、大型犬のアレキサンダーに追いかけられる小柄なエド。
「ばうー」
「どわー」
その大きさもさることながら、素早い身のこなしで追いつかれ、やっぱり押し潰される。
「「あはははは」」
微笑えましくじゃれ合う光景を見て、おかしそうにお腹をかかえるキョウコとニーナ。
楽しげな笑い声。
怒ったような叫び。
時折あがる悲鳴。
それらがひっきりなしに聞こえてくる。
そんな微笑ましく戯れる光景とは裏腹に――タッカーは2階の自室にこもり、期限が近づく査定に向けて準備を始めていた。
机の上には、いくつもの本と紙が並ぶ。
課題は淡々と、なんの滞りもなく進んでいく。
だが、これではダメだ、と途中で書いていたレポートを破る。
ここで良い評価を得られないと資格剥奪もありうるのだ。
沈黙と物陰の奥底で、力が集まっていく。
弱い、力が。
その頃庭には、縁まで並々と注がれたバケツが置かれていた。
それを準備したキョウコに、エド達は疑問符を浮かべる。
「キョウコ、それ、どうするつもりなんだ?」
「ちょっとしたサプライズをね」
ほんの少しだけ胸を張って、パン、と両手を合わせる。
「お」
「ん?」
すると、バケツの中の水は動き出し、つい先程まで合わせていた腕を、天に向かって伸ばす。
それに、水の帯が従うように集束してきた。
パチン、と指鳴らした瞬間、頭上の水が一気に凍り、甲高い音を立てて散らばった。
大気中を無数に舞う氷粒が、キョウコの意志に応じてキラキラと、緩やかな光を放ち始める。
まるで魔法。
錬金術によってよみがえった魔法――。
ニーナがおそるおそる宙へ手を差し出すと、風に乗って舞う小さな氷粒――雪の結晶を手のひらで包み込む。
しかし、それはすぐに体温によって溶けた。
「わっ、溶けた!!」
「氷は冷たいから、温かいものに触れると溶けるのよ」
アレキサンダーはその冷たさが癖になったのか、楽しそうにはしゃぎ回る。
「キョウコ、お前…」
エドが何か言いたげなのを感じ取ると、キョウコは悪戯っぽく笑って答える。
「たまには、こーゆう余興もいいんじゃない?」
「そーいえば、キョウコの錬金術ってあまり見たことないよね」
「まぁ、誰かさんが派手に活躍して(あたしの)出る幕はないのよねー」
彼女の()内の言葉を、読心術もなしに察したエドの背筋が震えた。
「――ま、いざとなったら、あたしも錬金術で戦うし」
キョウコは指揮者のごとく両腕を掲げた。
瞬間、宙に鮮やかな、結晶の螺旋が描かれる。
「…スゲー…」
「綺麗だね…」
「わー…」
その間も、彼女は滑らかに腕を振り続ける。
漆黒の瞳が見つめる先で、結晶が優美な線を描いた。
まるで、悪夢では決してない雪の妖精……可憐不思議な姿。
自由自在に水を操り、氷にまで錬成するキョウコの錬金術を覗き見る、暗い眼差し。
まるで幽霊にでも出会ったかのような、驚愕と恐れとの眼差しが、キョウコをじっと見つめていた。
今日の天気は分厚い灰色の雲が出ており、遠くで雷鳴が轟いている。
三人はいつものように、生体錬成に詳しいタッカーの屋敷を訪れた。
「今日は降るな、こりゃ」
エドは空を仰ぎ、アルは玄関の呼び鈴を鳴らして扉を開ける。
「こんにちはー」
挨拶をするアルの横で、キョウコも顔を出した。
「タッカーさん。今日もよろしくおねがいします」
声をかけるが返事が聞こえず、どころか辺りは電気もつけておらず薄暗く、何故か静かだ。
「あれ?」
「誰もいないのかな」
「タッカーさん?」
疑問符を浮かべる三人は屋敷の中に入ると、歩き慣れた足取りで住人へと呼びかける。
「タッカーさーん」
「ニーナ?」
玄関へと足を踏み入れ、渡り廊下を通ってリビングへ。
辺りを見回しながら進む足を動かし……やがて、膝をついて何かと向き合うタッカーを見つけた。
「と。なんだ、いるじゃないか」
タッカーは三人の存在に気づいたように顔を上げると、暗く冷え切った笑みを浮かべる。
「ああ、君達か。見てくれ、完成品だ、人語を理解する合成獣だよ」
そう言って、芳しくない研究の果てに完成した合成獣を披露した。
「見ててごらん。いいかい?この人はエドワード」
「えど、わーど?」
合成獣は首を傾げながらも、タッカーの言葉――エドの名前をぎこちないながらも繰り返す。
「そうだ、よくできたね」
「よく、でき、た?」
間近で見る、人間の言葉を理解する合成獣に、エドとキョウコは唖然とする。
「信じられねー。本当に喋ってる…」
「しかも、本当に人の言葉を理解してる…」
「あーー、査定にまにあってよかった。これで首がつながった。また、当分研究費用の心配はしなくてすむよ」
「えどわーど。えどわーど」
驚きに目を見開く二人は合成獣の前にしゃがみ込む。
人語を理解する合成獣を作り上げた……それだけで掛け値なしの賞賛と驚愕に値することだ。
「えど、わーど。えどわーど」
少年の名前を繰り返して言う合成獣は、キョウコへと視線を向けた。
その口から告げられるは、教えてもいない少女の名前。
「……きょう、こ…きょうこ」
「えっ――」
一瞬、何を言われたのか、キョウコは硬直した。
(…なんで、あたしの名前……)
初めて対面する合成獣に、自分の名前を教えてはいないはず。
戸惑いを隠せない少女の反応を無視して、合成獣はなおも人語を発する。
「お、にい、ちゃ、お、ねえ、ちゃ」
多分、その一言で、二人の表情が劇的に変化した。
キョウコはすっくと立ち上がると、一切振り返らずにタッカーに問いかける。
「タッカーさん。人語を理解する合成獣の研究が認められて、資格をとったのは、いつでした?」
「ええと…2年前だね」
「奥さんがいなくなったのは?」
「………2年前だね」
「オレからも、質問いいかな」
次に、エドが口を開いた。
振り返り様、怒りを露にした瞳でタッカーを睨み、憤怒の低い声で核心に迫る言葉を紡ぐ。
「ニーナとアレキサンダー、どこに行った?」
それまで意図のわからない質問に首を傾げていたアルは虚ろな鎧の瞳を理解の色に光らせ、タッカーは丸眼鏡の奥、暗く冷え切った瞳で吐き捨てる。
「……君らのような、勘のいいガキは嫌いだよ」