第3話
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前後に長く延びる長方形の空間。
両側の壁に等間隔で並ぶ窓から景色が広がり、さほど柔らかくないシートに座った尻の下で規則的な振動が小刻みに続いている。
汽車に乗っているのは三人だけで周りは誰もおらず、がら空きである。
「…だーれも乗ってないね」
「うわさには聞いてたけど、これほどとは…」
「だいたい、こんな所に観光もないだろうけどな」
エドの肩にもたれかかるキョウコは熟睡中。
キョウコの柔らかな身体に密着したエドは、心臓がもうあまりのことに暴れて、身動きもできずに固まっていた。
腕に押し当てられる、美少女のふくらみ。
成長途上の、であることは間違いが、決して僅かな、でもない。
15歳としては、少なくとも平均を上回っていることは間違いなかった。
「……うん……」
さらに漏れた声が、何故か色っぽさを演出してしまい、
「アアアア、アルフォンス!!」
エドは真っ赤になりながらアルに助けを求める。
「もう…ウブだなぁ、兄さんは。いいかげん、慣れればいいのに」
「これが慣れられるかァァ!!」
思春期の男の子とは、そういう生き物である。
悲しい、哀れな、可愛らしい生き物なのであった。
そんな兄とは対照的、冷静なアルは溜め息をついて、とりあえずキョウコを起こすことに決めた。
名前を呼んで身体を揺する。
「キョウコ、キョウコ。起きて、兄さんが欲情……」
「うぉわあああああ!!」
何気に聞き捨てならないアルの言葉を、エドが奇怪な叫び声をあげて遮る。
「う、ん……なに、着いたの?」
キョウコは寝ぼけまなこをこすって、おもむろにポケットを探った。
取り出した地図を、まじまじ眺める。
「"東の終わりの街"、ユースウェル炭鉱」
荒野の線路に沿って、汽車が長々と走る。
リオールから汽車に揺られ、森を過ぎり、荒野を越え、三人は目的地の炭坑へと到着した。
プラットフォームから出た三人を待ち構えていたのは、豊富な資源である石炭の宝庫、そして開拓の手を伸ばして活気に湧く人々の声――ではなく、生気の抜け落ちた表情で働く人々の姿だ。
「なんか…炭鉱っていうと、もう少し、活気あるもんだと思ってたけど…」
「みなさん、お疲れっぽい…」
寂れきった過疎地帯と化している炭坑を歩いていると、背後から近づく気配にキョウコは叫ぶ。
「――エド!後ろ!」
「んあ?」
目に映るものに気を取られすぎて、エドは気づかなかった。
その時、後ろから歩いてきた少年の担いでいた木材が後頭部に激突した。
「…あちゃあ~」
キョウコは額に手を当てて嘆いた。
木材が何かとぶつかった音から少年は振り向き、目を見開く。
「おっと、ごめんよ」
「いてーな、この…」
後頭部を押さえて痛みに呻いでいると、炭鉱では見慣れない顔つきなのか、少年は訊ねてきた。
「お!!何?観光?」
「あ。いや」
「どこから来たの?メシは?」
「ちょっと………」
こちらが答える時間も与えず、一方的に話しかける少年。
「宿は決まってる?」
どうやら三人を観光客だと思ったらしく、次々と質問攻め。
思わずエドが、困ったような顔でキョウコを見やる。
質問に答えようにも次々と繰り出され、しどろもどろになってしまう。
「親父!客だ!」
「人の話、聞けよ!!」
呆気に取られる三人に構わず、少年は近くにいた父親へと声をかける。
「あー?なんだって、カヤル」
「客!金ヅル!」
嬉しそうに目を輝かせる少年――カヤルの脳内では、ある方程式ができていた。
(ユースウェル炭鉱+観光客=金ヅル)
「金ヅルってなんだよ!!」
聞き捨てならない発言にエドは声を荒げるが、カヤルは既に父親のもとへ駆け寄っていた。
「おう!」
息子の言葉から、観光客だと一目で察知した父親は相槌を打った。
ユースウェル炭鉱に到着した三人は、とりあえず当初の予定通り、宿 で一夜を明かすこととなった。
「いや、ホコリっぽくてすまねえな。炭鉱の給料が少ないんで、店と二足のワラジって訳よ」
カヤルの父親――ホーリングが経営しているという宿には現在、他の宿泊客はなく、贅沢にもほぼ一行の貸し切り状態である。
そこには、彼と同じ炭坑仲間の男達が談笑していた。
「何言ってんでえ、親方!!その少ない給料を困ってる奴にすぐ分けちまうくせによ!」
「奥さんも、そりゃ泣くぜ!」
「うるせぇや!文句あんなら、酒代のツケ、さっさと払え!!」
男達が愉快に会話する横で、キョウコはホーリングの妻に話しかける。
「優しい旦那さんですね」
「ホントに、人が出来すぎて困っちゃうわ。えーと、一泊二食の三人分ね」
「いくら?」
金額を訊ねると、ホーリングはにやりと笑う。
「高ぇぞ?」
「ご心配なく。けっこう持ってるから」
口の端をつり上げ、余裕の態度を見せるエド。
外見は子供でも、これでも軍部の国家資格を取得した二人。
国家錬金術師になれば様々な特権が与えられ、高額な研究費用が支給される。
勿論、三人が様々な場所を旅できるのは、その高額な研究費用のおかげでもある。
だが、ホーリングの口から告げられたのは、とんでもない金額。
「30万!」
エドは勢いよく椅子ごとすっ転び、キョウコは、ひくっ、と美貌を痙攣させる。
「さっ…!?」
「ぼったくりもいいトコじゃねぇかよ!ひとケタちがうわい!」
あまりにも格違いな値段を前に、すっかり怒り心頭のエド。
「も、もう少し、安くならないんじゃ…」
キョウコも困惑を隠せないようだ。
「だから言ったろ『高い』って。めったに来ない観光客には、しっかりと金を落としてってもらわねえとな!!」
「冗談じゃない!他あたる!」
高額な料金に憤慨して宿を出ようとすると突然、何者かに頭を鷲掴みにされた。
ホーリングだった。
「逃がすか、金ヅル!!」
その目つきは獲物を狙う猛禽類のごとく、ホーリングはエドの後頭部をがっちり掴んで離さない。
「ひ~~~」
「エドーー!!」
悲鳴をあげて、なんとか逃げ出そうともがくエドと、顔を青ざめて叫び声をあげるキョウコ。
見兼ねたカヤルが、諦めろ、とばかりに言葉を紡ぐ。
「あきらめな、兄ちゃん。よそも同じ値段だよ」
とりあえず観念した後、ごにょごにょと、作戦会議というか井戸端会議を始めた。
財布の中身を確認するが、圧倒的に足りない。
「………足りん…」
「あたしも自分の分しか持ってないよ」
「こうなったら、錬金術でこの石ころを金塊に変えて!!」
見れば、エドの掌には一塊の金がちょこんと載っている。
エドお得意の錬金術で、先程石から錬成したものだ。
「エド…金の錬成は国家錬金法で禁止されてるでしょ!」
悩ましげに頭を振るキョウコは眉をつり上げ、びしりと人差し指を突きつける。
「何言ってんだ、お前も協力しろ、キョウコ!」
「えぇ!あたしも!?」
「バレなきゃいいんだよ、バレなきゃ」
「兄さん、悪 !!」
フフフフフ腐、と極悪人面のごとく笑い、最低最悪なことを言ってのける兄に弟はつっこむ。
そんな光景を、少し遅れてやって来た少年が耳を傾ける。
この井戸端会議にもう一人増えていることに、キョウコが気づいた。
「……アレ……?」
ゆっくりと視線を移せば、こちらをまっすぐ見つめる眼差しはキラキラと輝き、はっきりと言い放った。
「親父!この兄ちゃんと姉ちゃん、錬金術師だ!!」
両手を合わせると、机の上に置かれた、折れて使い物にならなくなったツルハシへと手をかざす。
「わっ!!」
次の瞬間、錬成特有のまばゆい光が溢れ、皆は見事に直ったツルハシを見て歓声をあげる。
『おーーーーー!!』
男達の歓声に気をよくしたエドは行儀悪く机に片足を乗せて、日の丸の扇を広げる。
「すげェ!」
「新品みてェだ!」
「こっちも直ったぞー!」
キョウコも錬金術で、同様に壊れた道具を直す。
「いやあ、嬉しいねぇ!久しぶりの客が錬金術師とは!」
ホーリングは満面の笑顔でテーブルに料理を出す。
鼻孔をくすぐる匂いが実に食欲をそそる。
「俺も前に、ちょっとかじっててな。まあ俺には才能が無かったんで、研究はやめちまったが。術師のよしみで、代金サービスしとくぜ。ツルハシ直してもらった分も、差し引いて」
「やった!」
「どれくらいですか?」
顔を綻ばせ、値引きという期待も込めていくらかと訊ねると、ホーリングは笑顔で先程の値段の半額を告げる。
「大まけにまけて、15万」
「まだ高いよっ!!」
互いに譲らないエドとホーリングの押し問答を、キョウコは少し汗を滲ませながら曖昧な笑みを浮かべた。
そこへ、一人の男がキョウコに声をかける。
「おーい、キョウコちゃん。悪いけど、これもよろしくー」
ちょうど、彼女は料理を食べようとしていたところだが、迷いに迷って行くことにした。
「はーい!」
「あっ、てめぇ、次は俺っつったろ!」
道具を直す順番で騒ぐ男達のもとへ向かうキョウコを、エドは引き止める。
「あ、オイ、キョウコ…」
「すぐ戻ってくるから」
足を止めて振り返ったキョウコは、心配ない、というふうに微笑む。
男達に頼られる姿を見て、我知らず、口がへの字に曲がる。
(キャバクラか、ここは…)
そこへ、何やら意味深めな笑いを漏らしてアルが近づき、囁く。
「フフフ、何?兄さん、ヤキモチ?」
「ちっ…違ぇよ!!」
アルに真っ赤な顔で、そう叫び返すエド。
意地っ張りですね。
「ふーん」
ニヤニヤ笑いを堪えきれていない怪しいすぎるアルに、顔を逸らすエドは気づかない。
キョウコが両手を合わせた瞬間、ボロボロになった物や壊れた物は新品のように元通りになる。
「はい、終わりました!」
「サンキュー!やっぱスゲーな。錬金術って」
感嘆の声をあげると、一人の男が言ってきた。
「そーいえば、姉ちゃんの髪の色、珍しいな」
「確かに。目の色も黒なんてよ。しかも真っ黒なコートなんか羽織って…こう、なんか――」
次の道具を直そうとしていた彼女の動きが一瞬、止まる。
途端、キョウコは大急ぎで、
「あっ、ご飯冷めちゃう」
と逃げるように走り出した。
――彼女の二つ名は"氷刹"。
――漆黒の髪と瞳を煌めかせ、黒のコートを纏う、氷雪系最強の錬金術師。
――人々はそれを、異怖と憐憫と侮蔑と嘲笑を込めて……。
キョウコが慌てて席に着くと、ホーリングは思い出したように三人の名前を訊ねる。
「そういや、名前きいてなかったな」
「あ。そうだっけ」
エドはナイフとフォークを持っているので、キョウコから先に名前を教えた。
「私は、キョウコ・アルジェントです」
「エドワード・エルリック」
次にエドが名前を教えて料理を口にしようとした途端、ホーリングは笑顔で料理を取り上げる。
必然的に、がち、という音という共に、フォークがテーブルに突き刺さった。
「錬金術師で、エルリックとアルジェントと言ったら―――国家錬金術師の?」
国家錬金術師――その称号に、宿にいた全員が反応する。
エドはカップへと手を伸ばしながら答え、一気に変わった雰囲気にキョウコは首を捻る。
「……まぁ、一応……」
「あの、それが何か……?」
さらに、ホーリングはカップすらも取り上げる。
「なんなんだよ、いったい!」
憤慨したエドは抗議するが、キョウコとアル共々、外に投げ出された。
「出てけ!」
「こらー!!オレたちゃ、客だぞ!!」
「かーーぺぺぺっ!!軍の犬にくれてやるメシも、寝床も無いわい!!ごめんな、姉ちゃん」
「オイッ!なんでそこで、態度が違うんだよ!!」
二人の正体が国家錬金術師だと知った途端、すっかり態度が変わったホーリング。
エドに向けては唾を吐き捨て嫌悪感をむき出しにするのに対し、キョウコの方に顔を向けてやんわりと謝る。
あからさまに敵意を向けてくる理由がわからず動揺する二人の横、アルがおもむろに手を挙げた。
「あ、ボクは一般人でーす。国家なんたらじゃありませーん」
「おぉそうか!よし入れ!」
「裏切り者っ!!」
ショックを受けるエドと未だ思考が間に合わないキョウコを残して、アルは堂々と店の中と入っていった。
既に暗くなり始めた夜。
夜半を越えて空に垂れ込めた雲が街を覆う。
その片隅、追い出された宿の外でキョウコは揃えた膝に小さな顎をのせて考え込んでいた。
思案気な彼女の様子を、エドは目を丸くしながら声をかける。
「キョウコ、どうした?」
キョウコはエドに向き直ると、
「うん…ちょっとね」
と続けた。
両側の壁に等間隔で並ぶ窓から景色が広がり、さほど柔らかくないシートに座った尻の下で規則的な振動が小刻みに続いている。
汽車に乗っているのは三人だけで周りは誰もおらず、がら空きである。
「…だーれも乗ってないね」
「うわさには聞いてたけど、これほどとは…」
「だいたい、こんな所に観光もないだろうけどな」
エドの肩にもたれかかるキョウコは熟睡中。
キョウコの柔らかな身体に密着したエドは、心臓がもうあまりのことに暴れて、身動きもできずに固まっていた。
腕に押し当てられる、美少女のふくらみ。
成長途上の、であることは間違いが、決して僅かな、でもない。
15歳としては、少なくとも平均を上回っていることは間違いなかった。
「……うん……」
さらに漏れた声が、何故か色っぽさを演出してしまい、
「アアアア、アルフォンス!!」
エドは真っ赤になりながらアルに助けを求める。
「もう…ウブだなぁ、兄さんは。いいかげん、慣れればいいのに」
「これが慣れられるかァァ!!」
思春期の男の子とは、そういう生き物である。
悲しい、哀れな、可愛らしい生き物なのであった。
そんな兄とは対照的、冷静なアルは溜め息をついて、とりあえずキョウコを起こすことに決めた。
名前を呼んで身体を揺する。
「キョウコ、キョウコ。起きて、兄さんが欲情……」
「うぉわあああああ!!」
何気に聞き捨てならないアルの言葉を、エドが奇怪な叫び声をあげて遮る。
「う、ん……なに、着いたの?」
キョウコは寝ぼけまなこをこすって、おもむろにポケットを探った。
取り出した地図を、まじまじ眺める。
「"東の終わりの街"、ユースウェル炭鉱」
荒野の線路に沿って、汽車が長々と走る。
リオールから汽車に揺られ、森を過ぎり、荒野を越え、三人は目的地の炭坑へと到着した。
プラットフォームから出た三人を待ち構えていたのは、豊富な資源である石炭の宝庫、そして開拓の手を伸ばして活気に湧く人々の声――ではなく、生気の抜け落ちた表情で働く人々の姿だ。
「なんか…炭鉱っていうと、もう少し、活気あるもんだと思ってたけど…」
「みなさん、お疲れっぽい…」
寂れきった過疎地帯と化している炭坑を歩いていると、背後から近づく気配にキョウコは叫ぶ。
「――エド!後ろ!」
「んあ?」
目に映るものに気を取られすぎて、エドは気づかなかった。
その時、後ろから歩いてきた少年の担いでいた木材が後頭部に激突した。
「…あちゃあ~」
キョウコは額に手を当てて嘆いた。
木材が何かとぶつかった音から少年は振り向き、目を見開く。
「おっと、ごめんよ」
「いてーな、この…」
後頭部を押さえて痛みに呻いでいると、炭鉱では見慣れない顔つきなのか、少年は訊ねてきた。
「お!!何?観光?」
「あ。いや」
「どこから来たの?メシは?」
「ちょっと………」
こちらが答える時間も与えず、一方的に話しかける少年。
「宿は決まってる?」
どうやら三人を観光客だと思ったらしく、次々と質問攻め。
思わずエドが、困ったような顔でキョウコを見やる。
質問に答えようにも次々と繰り出され、しどろもどろになってしまう。
「親父!客だ!」
「人の話、聞けよ!!」
呆気に取られる三人に構わず、少年は近くにいた父親へと声をかける。
「あー?なんだって、カヤル」
「客!金ヅル!」
嬉しそうに目を輝かせる少年――カヤルの脳内では、ある方程式ができていた。
(ユースウェル炭鉱+観光客=金ヅル)
「金ヅルってなんだよ!!」
聞き捨てならない発言にエドは声を荒げるが、カヤルは既に父親のもとへ駆け寄っていた。
「おう!」
息子の言葉から、観光客だと一目で察知した父親は相槌を打った。
ユースウェル炭鉱に到着した三人は、とりあえず当初の予定通り、
「いや、ホコリっぽくてすまねえな。炭鉱の給料が少ないんで、店と二足のワラジって訳よ」
カヤルの父親――ホーリングが経営しているという宿には現在、他の宿泊客はなく、贅沢にもほぼ一行の貸し切り状態である。
そこには、彼と同じ炭坑仲間の男達が談笑していた。
「何言ってんでえ、親方!!その少ない給料を困ってる奴にすぐ分けちまうくせによ!」
「奥さんも、そりゃ泣くぜ!」
「うるせぇや!文句あんなら、酒代のツケ、さっさと払え!!」
男達が愉快に会話する横で、キョウコはホーリングの妻に話しかける。
「優しい旦那さんですね」
「ホントに、人が出来すぎて困っちゃうわ。えーと、一泊二食の三人分ね」
「いくら?」
金額を訊ねると、ホーリングはにやりと笑う。
「高ぇぞ?」
「ご心配なく。けっこう持ってるから」
口の端をつり上げ、余裕の態度を見せるエド。
外見は子供でも、これでも軍部の国家資格を取得した二人。
国家錬金術師になれば様々な特権が与えられ、高額な研究費用が支給される。
勿論、三人が様々な場所を旅できるのは、その高額な研究費用のおかげでもある。
だが、ホーリングの口から告げられたのは、とんでもない金額。
「30万!」
エドは勢いよく椅子ごとすっ転び、キョウコは、ひくっ、と美貌を痙攣させる。
「さっ…!?」
「ぼったくりもいいトコじゃねぇかよ!ひとケタちがうわい!」
あまりにも格違いな値段を前に、すっかり怒り心頭のエド。
「も、もう少し、安くならないんじゃ…」
キョウコも困惑を隠せないようだ。
「だから言ったろ『高い』って。めったに来ない観光客には、しっかりと金を落としてってもらわねえとな!!」
「冗談じゃない!他あたる!」
高額な料金に憤慨して宿を出ようとすると突然、何者かに頭を鷲掴みにされた。
ホーリングだった。
「逃がすか、金ヅル!!」
その目つきは獲物を狙う猛禽類のごとく、ホーリングはエドの後頭部をがっちり掴んで離さない。
「ひ~~~」
「エドーー!!」
悲鳴をあげて、なんとか逃げ出そうともがくエドと、顔を青ざめて叫び声をあげるキョウコ。
見兼ねたカヤルが、諦めろ、とばかりに言葉を紡ぐ。
「あきらめな、兄ちゃん。よそも同じ値段だよ」
とりあえず観念した後、ごにょごにょと、作戦会議というか井戸端会議を始めた。
財布の中身を確認するが、圧倒的に足りない。
「………足りん…」
「あたしも自分の分しか持ってないよ」
「こうなったら、錬金術でこの石ころを金塊に変えて!!」
見れば、エドの掌には一塊の金がちょこんと載っている。
エドお得意の錬金術で、先程石から錬成したものだ。
「エド…金の錬成は国家錬金法で禁止されてるでしょ!」
悩ましげに頭を振るキョウコは眉をつり上げ、びしりと人差し指を突きつける。
「何言ってんだ、お前も協力しろ、キョウコ!」
「えぇ!あたしも!?」
「バレなきゃいいんだよ、バレなきゃ」
「兄さん、
フフフフフ腐、と極悪人面のごとく笑い、最低最悪なことを言ってのける兄に弟はつっこむ。
そんな光景を、少し遅れてやって来た少年が耳を傾ける。
この井戸端会議にもう一人増えていることに、キョウコが気づいた。
「……アレ……?」
ゆっくりと視線を移せば、こちらをまっすぐ見つめる眼差しはキラキラと輝き、はっきりと言い放った。
「親父!この兄ちゃんと姉ちゃん、錬金術師だ!!」
両手を合わせると、机の上に置かれた、折れて使い物にならなくなったツルハシへと手をかざす。
「わっ!!」
次の瞬間、錬成特有のまばゆい光が溢れ、皆は見事に直ったツルハシを見て歓声をあげる。
『おーーーーー!!』
男達の歓声に気をよくしたエドは行儀悪く机に片足を乗せて、日の丸の扇を広げる。
「すげェ!」
「新品みてェだ!」
「こっちも直ったぞー!」
キョウコも錬金術で、同様に壊れた道具を直す。
「いやあ、嬉しいねぇ!久しぶりの客が錬金術師とは!」
ホーリングは満面の笑顔でテーブルに料理を出す。
鼻孔をくすぐる匂いが実に食欲をそそる。
「俺も前に、ちょっとかじっててな。まあ俺には才能が無かったんで、研究はやめちまったが。術師のよしみで、代金サービスしとくぜ。ツルハシ直してもらった分も、差し引いて」
「やった!」
「どれくらいですか?」
顔を綻ばせ、値引きという期待も込めていくらかと訊ねると、ホーリングは笑顔で先程の値段の半額を告げる。
「大まけにまけて、15万」
「まだ高いよっ!!」
互いに譲らないエドとホーリングの押し問答を、キョウコは少し汗を滲ませながら曖昧な笑みを浮かべた。
そこへ、一人の男がキョウコに声をかける。
「おーい、キョウコちゃん。悪いけど、これもよろしくー」
ちょうど、彼女は料理を食べようとしていたところだが、迷いに迷って行くことにした。
「はーい!」
「あっ、てめぇ、次は俺っつったろ!」
道具を直す順番で騒ぐ男達のもとへ向かうキョウコを、エドは引き止める。
「あ、オイ、キョウコ…」
「すぐ戻ってくるから」
足を止めて振り返ったキョウコは、心配ない、というふうに微笑む。
男達に頼られる姿を見て、我知らず、口がへの字に曲がる。
(キャバクラか、ここは…)
そこへ、何やら意味深めな笑いを漏らしてアルが近づき、囁く。
「フフフ、何?兄さん、ヤキモチ?」
「ちっ…違ぇよ!!」
アルに真っ赤な顔で、そう叫び返すエド。
意地っ張りですね。
「ふーん」
ニヤニヤ笑いを堪えきれていない怪しいすぎるアルに、顔を逸らすエドは気づかない。
キョウコが両手を合わせた瞬間、ボロボロになった物や壊れた物は新品のように元通りになる。
「はい、終わりました!」
「サンキュー!やっぱスゲーな。錬金術って」
感嘆の声をあげると、一人の男が言ってきた。
「そーいえば、姉ちゃんの髪の色、珍しいな」
「確かに。目の色も黒なんてよ。しかも真っ黒なコートなんか羽織って…こう、なんか――」
次の道具を直そうとしていた彼女の動きが一瞬、止まる。
途端、キョウコは大急ぎで、
「あっ、ご飯冷めちゃう」
と逃げるように走り出した。
――彼女の二つ名は"氷刹"。
――漆黒の髪と瞳を煌めかせ、黒のコートを纏う、氷雪系最強の錬金術師。
――人々はそれを、異怖と憐憫と侮蔑と嘲笑を込めて……。
キョウコが慌てて席に着くと、ホーリングは思い出したように三人の名前を訊ねる。
「そういや、名前きいてなかったな」
「あ。そうだっけ」
エドはナイフとフォークを持っているので、キョウコから先に名前を教えた。
「私は、キョウコ・アルジェントです」
「エドワード・エルリック」
次にエドが名前を教えて料理を口にしようとした途端、ホーリングは笑顔で料理を取り上げる。
必然的に、がち、という音という共に、フォークがテーブルに突き刺さった。
「錬金術師で、エルリックとアルジェントと言ったら―――国家錬金術師の?」
国家錬金術師――その称号に、宿にいた全員が反応する。
エドはカップへと手を伸ばしながら答え、一気に変わった雰囲気にキョウコは首を捻る。
「……まぁ、一応……」
「あの、それが何か……?」
さらに、ホーリングはカップすらも取り上げる。
「なんなんだよ、いったい!」
憤慨したエドは抗議するが、キョウコとアル共々、外に投げ出された。
「出てけ!」
「こらー!!オレたちゃ、客だぞ!!」
「かーーぺぺぺっ!!軍の犬にくれてやるメシも、寝床も無いわい!!ごめんな、姉ちゃん」
「オイッ!なんでそこで、態度が違うんだよ!!」
二人の正体が国家錬金術師だと知った途端、すっかり態度が変わったホーリング。
エドに向けては唾を吐き捨て嫌悪感をむき出しにするのに対し、キョウコの方に顔を向けてやんわりと謝る。
あからさまに敵意を向けてくる理由がわからず動揺する二人の横、アルがおもむろに手を挙げた。
「あ、ボクは一般人でーす。国家なんたらじゃありませーん」
「おぉそうか!よし入れ!」
「裏切り者っ!!」
ショックを受けるエドと未だ思考が間に合わないキョウコを残して、アルは堂々と店の中と入っていった。
既に暗くなり始めた夜。
夜半を越えて空に垂れ込めた雲が街を覆う。
その片隅、追い出された宿の外でキョウコは揃えた膝に小さな顎をのせて考え込んでいた。
思案気な彼女の様子を、エドは目を丸くしながら声をかける。
「キョウコ、どうした?」
キョウコはエドに向き直ると、
「うん…ちょっとね」
と続けた。