第3話
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そして、怪訝そうに眉をひそめながら考える。
何故、あれほど国家錬金術師を嫌悪するのか。
「国家錬金術師って聞いただけで、なんでみんな、あんな反応するのかな」
「さァな…それよりも、腹減った~」
ぐう~、とエドの腹が盛大に鳴る。
(もう…人が深く考え込んでいるってのに)
キョウコは冷ややかな眼差しでエドを見た後、軍部に属する錬金術師が忌み嫌われる理由がなんとなくわかる気がした。
一般人から見たら錬金術は羨望の的だ。
だから、数々の特権と引き換えに軍事国家に魂を売ってしまう国家錬金術師は、蔑 みの気持ちを込めて"軍の狗"と呼ばれる。
故に今でも多くの人にとっては軍部の人間と聞いただけで露骨に嫌悪する。
(……ま、そんなのはわかり切ってた事だしね。今さらすぎる)
酷薄に細められた暗い瞳、皮肉げに歪められた口許から浮かぶその表情は、まるで氷のような冷徹な威圧感を醸し出していた。
それも僅かな間、すぐに気持ちを切り替えてトランクから目当てのものを探る。
「いい加減、泣き止みなよ。ほら、あたしの余ったお菓子あげるから」
そう言って、キョウコは綺麗にラッピングされた小箱を差し出した。
「ありがとうキョウコ!喜んで、謹んで、頂戴いたしますぅーーっ!?」
「お、大げさだなぁ……」
歓喜と共にエドがキョウコの手から小箱をひったくり、布をむしり取るように開く。
中身は特になんの変哲もない、クッキーとチョコレート。
ごくありふれたお菓子だったが、今のエドにはそれが最高級の料理に見えた。
キョウコは隣で夢中になって頬張るエドに苦笑いしながら自身も一口、チョコレートをぱくりと食べる。
うん、甘い。
一方、二人を追い出した宿では、先程まで喜んでいた男達が悄然と肩を落とし、あるいは顔をしかめてブツブツとこぼす。
「なんだよ。久しぶりに、外の者が来たと思ったら」
「しらけるなー」
軍人と聞いただけで嫌悪する男達の会話を聞いて、アルは率直な感想を述べる。
「えらい、嫌われ様だね」
「そりゃそうだよ。ここのみんなは軍人なんて大っ嫌いなんだもん。ここを統轄してるヨキ中尉ってのが金の亡者でさ、もー最悪」
眉をつり上げて言い放つカヤルに続き、他の男達も街の統括者・ヨキへの不満や不平をまくし立てる。
「なんでも、中央の高官にワイロを贈るのにご執心らしいぜ」
「今の官位も金で買ったのさ。奴ぁ」
「元はただの炭鉱経営者だったのだが、出世に欲が出ちまってよ」
お金、地位、名誉のことしか考えていないヨキという人物。
強きに媚びて弱きをくじく、典型的な悪徳軍人だ。
「え?じゃあ、ここって…」
「そ。炭鉱 はヨキの個人資産って事」
「奴がここの権利を握ってやがって、俺達の給料はスズメの涙!」
「お上に文句言おうにも、奴らヨキとワイロでつながってるから握りつぶされ!」
「な?最っ低だろ?」
低賃金で炭鉱夫を雇って重税を課すヨキの悪政に苦しめられ、その悪行を指摘しようものなら軍は聞く耳持たない。
「そこに、国家錬金術師ときたもんだ」
最後に、ホーリングが料理を出しながら力強く言い放つ。
「『錬金術よ。大衆のためにあれ』。術師の常識であり、プライドだ。数々の特権と引き換えとはいえ、軍事国家に魂売るような奴ぁ、俺は許す事ができん」
まるで当たり前のことだが、軍部は天下の嫌われ者。
そして等価交換が原則とはいえ、一般人から見たら錬金術は羨望の的だ。
さらに国家錬金術師という制度は、科学者の知的探求心をうまく利用した制度。
国家錬金術師になれば様々な特権が与えられ、今まで不可能だった高度な研究が可能になる。
だから、数々の特権と引き換えに軍事国家に魂を売ってしまう国家錬金術師は、蔑みの気持ちを込めて"軍の狗"と呼ばれる。
ぐぅぅぅぅぅぅ~~~、とエドの腹が盛大に鳴った。
「はらへった………ちくしょ~アルの奴ぅぅ~」
「もう……エドったら、さっき食べたばかりじゃないの」
「うるせー。あんな小さな菓子だけで満腹になるかよ」
ぐすぐすと泣いていると、目の前に料理が入った二人分の皿が差し出される。
視線を上げると、こっそり宿から抜け出したアルであった。
「ボクに出されたの、こっそり持ってきた」
その佇まいはまるで聖人。
後光が差しているかのような神々しさだ。
「弟よ!!」
そんな揺るぎない姿にエドは滂沱 と涙を流し、アルに抱きつく。
「ゲンキンだな、もーー。ハイ、キョウコの分」
愚痴をこぼしていたくせにすぐに態度を変える兄に溜め息を漏らすアルは、親切にもキョウコの分を差し出した。
それを見たキョウコは最初、呆然としていた。
料理が盛りつけられた皿に目線がいく。
彼女の端正な美貌がくしゃっと歪み、瞳を潤ませながら鎧の体に抱きつく。
「アル~~!大好き!」
「うん、ボクも大好きだよ」
二人はようやっと美味しい食事にありつけながら、宿での顚末に相槌を打つ。
「ふーん…」
「腐ったおえらいさんってのは、どこにでもいるもんだな」
「おかげで、充分な食料もまわって来ないんだってさ」
全てを知ったエドは、なんとも複雑そうな表情だった。
「………そっか。しかしそのヨキ中尉とやらのおかげで、こっちはえらい迷惑だよな。ただでさえ、軍の人間てのは嫌われてんのに」
「国家錬金術師になるって決めた時から、ある程度の非難は覚悟してたんだけどね。ここまで嫌われちゃうのも…」
アルはしばらく逡巡した後、ぽつりとつぶやいた。
「…………ボクも国家錬金術師の資格とろうかな」
ぶんぶんと掌を左右に振りながら、エドはアルの国家資格取得を反対する。
「やめとけ、やめとけ!針のムシロになるのは、俺一人で十分だ!
「軍の犬になり下がり―――ね。返す言葉もないけど」
言葉とは裏腹に、キョウコは冷静沈着そのものの声色で、淡々と告げる。
エドは皮肉げに笑いながらキョウコを一瞥する。
その脳裏には、人体錬成を行った時の情景が甦った。
――凄惨な血の嵐が、部屋に飛び散る。
――エドは耐え難い激痛に堪えながらも大声を張り上げる。
「――アル…アルフォンス!!」
――その時、勢いよく扉が開かれ、キョウコが慌てて入ってきた。
「エド、アル、何今の…っ!家が光って…」
「キョウコ…!?来るな、来るんじゃねェ!!」
「――え?」
――不気味な光が、再び。
思い返せば、まだ幼いながらに人体錬成という神の領域に踏み込んでしまった自分達、兄弟。
禁忌を行ってしまった代償は大きかった。
自分は左足を失い、弟は身体の全てを失ってしまった。
さらに右手を代償にアルの錬成を試みるが、錬成できたのは魂のみ。
「おまけに、二人は禁忌を犯して、この身体…」
「しかも、キョウコを巻き込んじまって…師匠 が見たら、なんて言うか…」
人体錬成に居合わせてしまった彼女も瞳と髪の色を奪われ、自分と同じように国家資格を取得した。
ふと三人は錬金術の師匠の顔を思い浮かべる。
しばらく黙考した直後、三人は尋常ではない汗と身体の震えを走らせた。
『こっ…殺される………!!』
ぞわり、と背筋を這い上がる、凄まじい悪寒。
かつて慣れ親しんだその感覚に、三人は脊髄反射で師匠の顔を思い出し、身震いする。
「どけどけ!!」
さほど遠くない場所で届いた大声。
身を乗り出して様子を眺めると、軍服を着た三人の男が宿に訪れた。
「誰だろう、あの人達」
「軍服を着てるから、軍人さんかな?あー、あれが噂のお偉いさん」
「らしーな」
それに同意するように、エドは紅茶を一口飲んだ。
炭鉱を統括する噂の強欲軍人――ヨキは二人の部下を従えて宿を見渡す。
「相変わらず、汚い店だな、ホーリング」
「…これは中尉殿。こんなムサ苦しい所へようこそ」
二人の間で、このやり取りはもうすっかりお馴染みらしい。
皮肉げに挨拶したホーリングに、ヨキは強欲さを隠さず告げる。
「あいさつはいい。このところ、税金を滞納してるようだな。お前の所にかぎらず、この街全体に言える事だが…」
「すみませんね。どうにも、稼ぎが少ないんで」
ホーリングの冷ややかな態度に、ヨキは忌々しそうに鼻を鳴らした。
「ふん…そのくせ、まだ酒をたしなむだけの、生活の余裕はあるのか…という事は、給料をもう少し下げてもいいという事か?」
テーブルに置かれた酒瓶を一瞥し、斬り捨てるように炭鉱夫の減給を宣言する。
「「なっ…!」」
そんなヨキの一方的な言葉に、その場の全員が絶句した。
「この……!!」
カヤルが、持っていた濡れ雑巾を投げつける。
「ふざけんな!!」
狙い過たず、雑巾はヨキの顔面に、べしょ、と当たる。
誰もが予想だにしなかった反撃に、部下が顔色を変えた。
「中尉!!…っのガキ!!」
ヨキは顔から雑巾を取ると、カヤルに向かって腕を振り上げた。
ぎゅっ、と目を閉じたカヤルの身体に衝撃はなく、代わりに柔らかくあたたかいものに包まれていた。
おそるおそる目を開けると、ふわりと余韻を残してそよいだ黒髪が、静かに目の前で揺れている。
「子供相手に手を挙げるのは、どうかと思いますけど?」
キョウコが左腕でカヤルを抱き寄せ、右腕でヨキの腕を掴んでいた。
軽く添えただけのような、手袋に包まれたその細く優美な指は、しかし万力のような力ではヨキの腕を押さえ、身動きを許さない。
「姉ちゃん!」
カヤルは驚きに目を見開く。
突然、現れた正体不明の少女に、部下は声を荒げる。
「なっ……誰だ!?」
「通りすがりの小娘です」
意志の強さを表した面差しを、凜とした声が紡ぐ。
キョウコは少年に視線を向け、さっきの声音とは正反対の、優しい口調で言う。
「大丈夫、カヤル君?」
「う…うん」
間近でキョウコの美貌を見たカヤルは顔を赤らめて頷く。
「小娘、子供だからとて、容赦はせんぞ」
赤くなった指の跡をさすりながら手を挙げると、それが合図かのように、後ろで控えていたもう一人の部下が腰から剣を抜き、カヤルを庇うように抱きしめるキョウコへ振り下ろす。
「みせしめだ」
「っ!!」
キョウコは華麗な微笑みで口許を飾った瞬間、エドが間に入り、機械鎧の腕で剣を受け止める。
「!?…えぇ!?ベキンて…」
ベキン、と半ばから折れた剣を目撃して目を剥く。
またしても現れた正体不明の少年に、ヨキは声を荒げる。
「なっ…なんだ、どこの小僧だ!?」
「え?え?」
男は剣が折れたことに、すっかり動転。
「うわっ」
もう一人は扉から、ぬ~と現れた鎧に驚く。
「通りすがりの小僧です」
キョウコと同じ返答で、エドは平然と紅茶を飲む。
「おまえらには関係ない、下がっとれ!!」
「いや、中尉さんが見えてるってんで、あいさつしとこうかなーと」
ズボンのポケットから銀の懐中時計を、手で包み込むように見せた。
「これがなんだと…」
怪訝に見るヨキだが、時計に刻まれた紋章に顔色を変えて驚愕する。
(大総統紋章に、六茫星の銀時計!!)
何故、あれほど国家錬金術師を嫌悪するのか。
「国家錬金術師って聞いただけで、なんでみんな、あんな反応するのかな」
「さァな…それよりも、腹減った~」
ぐう~、とエドの腹が盛大に鳴る。
(もう…人が深く考え込んでいるってのに)
キョウコは冷ややかな眼差しでエドを見た後、軍部に属する錬金術師が忌み嫌われる理由がなんとなくわかる気がした。
一般人から見たら錬金術は羨望の的だ。
だから、数々の特権と引き換えに軍事国家に魂を売ってしまう国家錬金術師は、
故に今でも多くの人にとっては軍部の人間と聞いただけで露骨に嫌悪する。
(……ま、そんなのはわかり切ってた事だしね。今さらすぎる)
酷薄に細められた暗い瞳、皮肉げに歪められた口許から浮かぶその表情は、まるで氷のような冷徹な威圧感を醸し出していた。
それも僅かな間、すぐに気持ちを切り替えてトランクから目当てのものを探る。
「いい加減、泣き止みなよ。ほら、あたしの余ったお菓子あげるから」
そう言って、キョウコは綺麗にラッピングされた小箱を差し出した。
「ありがとうキョウコ!喜んで、謹んで、頂戴いたしますぅーーっ!?」
「お、大げさだなぁ……」
歓喜と共にエドがキョウコの手から小箱をひったくり、布をむしり取るように開く。
中身は特になんの変哲もない、クッキーとチョコレート。
ごくありふれたお菓子だったが、今のエドにはそれが最高級の料理に見えた。
キョウコは隣で夢中になって頬張るエドに苦笑いしながら自身も一口、チョコレートをぱくりと食べる。
うん、甘い。
一方、二人を追い出した宿では、先程まで喜んでいた男達が悄然と肩を落とし、あるいは顔をしかめてブツブツとこぼす。
「なんだよ。久しぶりに、外の者が来たと思ったら」
「しらけるなー」
軍人と聞いただけで嫌悪する男達の会話を聞いて、アルは率直な感想を述べる。
「えらい、嫌われ様だね」
「そりゃそうだよ。ここのみんなは軍人なんて大っ嫌いなんだもん。ここを統轄してるヨキ中尉ってのが金の亡者でさ、もー最悪」
眉をつり上げて言い放つカヤルに続き、他の男達も街の統括者・ヨキへの不満や不平をまくし立てる。
「なんでも、中央の高官にワイロを贈るのにご執心らしいぜ」
「今の官位も金で買ったのさ。奴ぁ」
「元はただの炭鉱経営者だったのだが、出世に欲が出ちまってよ」
お金、地位、名誉のことしか考えていないヨキという人物。
強きに媚びて弱きをくじく、典型的な悪徳軍人だ。
「え?じゃあ、ここって…」
「そ。
「奴がここの権利を握ってやがって、俺達の給料はスズメの涙!」
「お上に文句言おうにも、奴らヨキとワイロでつながってるから握りつぶされ!」
「な?最っ低だろ?」
低賃金で炭鉱夫を雇って重税を課すヨキの悪政に苦しめられ、その悪行を指摘しようものなら軍は聞く耳持たない。
「そこに、国家錬金術師ときたもんだ」
最後に、ホーリングが料理を出しながら力強く言い放つ。
「『錬金術よ。大衆のためにあれ』。術師の常識であり、プライドだ。数々の特権と引き換えとはいえ、軍事国家に魂売るような奴ぁ、俺は許す事ができん」
まるで当たり前のことだが、軍部は天下の嫌われ者。
そして等価交換が原則とはいえ、一般人から見たら錬金術は羨望の的だ。
さらに国家錬金術師という制度は、科学者の知的探求心をうまく利用した制度。
国家錬金術師になれば様々な特権が与えられ、今まで不可能だった高度な研究が可能になる。
だから、数々の特権と引き換えに軍事国家に魂を売ってしまう国家錬金術師は、蔑みの気持ちを込めて"軍の狗"と呼ばれる。
ぐぅぅぅぅぅぅ~~~、とエドの腹が盛大に鳴った。
「はらへった………ちくしょ~アルの奴ぅぅ~」
「もう……エドったら、さっき食べたばかりじゃないの」
「うるせー。あんな小さな菓子だけで満腹になるかよ」
ぐすぐすと泣いていると、目の前に料理が入った二人分の皿が差し出される。
視線を上げると、こっそり宿から抜け出したアルであった。
「ボクに出されたの、こっそり持ってきた」
その佇まいはまるで聖人。
後光が差しているかのような神々しさだ。
「弟よ!!」
そんな揺るぎない姿にエドは
「ゲンキンだな、もーー。ハイ、キョウコの分」
愚痴をこぼしていたくせにすぐに態度を変える兄に溜め息を漏らすアルは、親切にもキョウコの分を差し出した。
それを見たキョウコは最初、呆然としていた。
料理が盛りつけられた皿に目線がいく。
彼女の端正な美貌がくしゃっと歪み、瞳を潤ませながら鎧の体に抱きつく。
「アル~~!大好き!」
「うん、ボクも大好きだよ」
二人はようやっと美味しい食事にありつけながら、宿での顚末に相槌を打つ。
「ふーん…」
「腐ったおえらいさんってのは、どこにでもいるもんだな」
「おかげで、充分な食料もまわって来ないんだってさ」
全てを知ったエドは、なんとも複雑そうな表情だった。
「………そっか。しかしそのヨキ中尉とやらのおかげで、こっちはえらい迷惑だよな。ただでさえ、軍の人間てのは嫌われてんのに」
「国家錬金術師になるって決めた時から、ある程度の非難は覚悟してたんだけどね。ここまで嫌われちゃうのも…」
アルはしばらく逡巡した後、ぽつりとつぶやいた。
「…………ボクも国家錬金術師の資格とろうかな」
ぶんぶんと掌を左右に振りながら、エドはアルの国家資格取得を反対する。
「やめとけ、やめとけ!針のムシロになるのは、俺一人で十分だ!
「軍の犬になり下がり―――ね。返す言葉もないけど」
言葉とは裏腹に、キョウコは冷静沈着そのものの声色で、淡々と告げる。
エドは皮肉げに笑いながらキョウコを一瞥する。
その脳裏には、人体錬成を行った時の情景が甦った。
――凄惨な血の嵐が、部屋に飛び散る。
――エドは耐え難い激痛に堪えながらも大声を張り上げる。
「――アル…アルフォンス!!」
――その時、勢いよく扉が開かれ、キョウコが慌てて入ってきた。
「エド、アル、何今の…っ!家が光って…」
「キョウコ…!?来るな、来るんじゃねェ!!」
「――え?」
――不気味な光が、再び。
思い返せば、まだ幼いながらに人体錬成という神の領域に踏み込んでしまった自分達、兄弟。
禁忌を行ってしまった代償は大きかった。
自分は左足を失い、弟は身体の全てを失ってしまった。
さらに右手を代償にアルの錬成を試みるが、錬成できたのは魂のみ。
「おまけに、二人は禁忌を犯して、この身体…」
「しかも、キョウコを巻き込んじまって…
人体錬成に居合わせてしまった彼女も瞳と髪の色を奪われ、自分と同じように国家資格を取得した。
ふと三人は錬金術の師匠の顔を思い浮かべる。
しばらく黙考した直後、三人は尋常ではない汗と身体の震えを走らせた。
『こっ…殺される………!!』
ぞわり、と背筋を這い上がる、凄まじい悪寒。
かつて慣れ親しんだその感覚に、三人は脊髄反射で師匠の顔を思い出し、身震いする。
「どけどけ!!」
さほど遠くない場所で届いた大声。
身を乗り出して様子を眺めると、軍服を着た三人の男が宿に訪れた。
「誰だろう、あの人達」
「軍服を着てるから、軍人さんかな?あー、あれが噂のお偉いさん」
「らしーな」
それに同意するように、エドは紅茶を一口飲んだ。
炭鉱を統括する噂の強欲軍人――ヨキは二人の部下を従えて宿を見渡す。
「相変わらず、汚い店だな、ホーリング」
「…これは中尉殿。こんなムサ苦しい所へようこそ」
二人の間で、このやり取りはもうすっかりお馴染みらしい。
皮肉げに挨拶したホーリングに、ヨキは強欲さを隠さず告げる。
「あいさつはいい。このところ、税金を滞納してるようだな。お前の所にかぎらず、この街全体に言える事だが…」
「すみませんね。どうにも、稼ぎが少ないんで」
ホーリングの冷ややかな態度に、ヨキは忌々しそうに鼻を鳴らした。
「ふん…そのくせ、まだ酒をたしなむだけの、生活の余裕はあるのか…という事は、給料をもう少し下げてもいいという事か?」
テーブルに置かれた酒瓶を一瞥し、斬り捨てるように炭鉱夫の減給を宣言する。
「「なっ…!」」
そんなヨキの一方的な言葉に、その場の全員が絶句した。
「この……!!」
カヤルが、持っていた濡れ雑巾を投げつける。
「ふざけんな!!」
狙い過たず、雑巾はヨキの顔面に、べしょ、と当たる。
誰もが予想だにしなかった反撃に、部下が顔色を変えた。
「中尉!!…っのガキ!!」
ヨキは顔から雑巾を取ると、カヤルに向かって腕を振り上げた。
ぎゅっ、と目を閉じたカヤルの身体に衝撃はなく、代わりに柔らかくあたたかいものに包まれていた。
おそるおそる目を開けると、ふわりと余韻を残してそよいだ黒髪が、静かに目の前で揺れている。
「子供相手に手を挙げるのは、どうかと思いますけど?」
キョウコが左腕でカヤルを抱き寄せ、右腕でヨキの腕を掴んでいた。
軽く添えただけのような、手袋に包まれたその細く優美な指は、しかし万力のような力ではヨキの腕を押さえ、身動きを許さない。
「姉ちゃん!」
カヤルは驚きに目を見開く。
突然、現れた正体不明の少女に、部下は声を荒げる。
「なっ……誰だ!?」
「通りすがりの小娘です」
意志の強さを表した面差しを、凜とした声が紡ぐ。
キョウコは少年に視線を向け、さっきの声音とは正反対の、優しい口調で言う。
「大丈夫、カヤル君?」
「う…うん」
間近でキョウコの美貌を見たカヤルは顔を赤らめて頷く。
「小娘、子供だからとて、容赦はせんぞ」
赤くなった指の跡をさすりながら手を挙げると、それが合図かのように、後ろで控えていたもう一人の部下が腰から剣を抜き、カヤルを庇うように抱きしめるキョウコへ振り下ろす。
「みせしめだ」
「っ!!」
キョウコは華麗な微笑みで口許を飾った瞬間、エドが間に入り、機械鎧の腕で剣を受け止める。
「!?…えぇ!?ベキンて…」
ベキン、と半ばから折れた剣を目撃して目を剥く。
またしても現れた正体不明の少年に、ヨキは声を荒げる。
「なっ…なんだ、どこの小僧だ!?」
「え?え?」
男は剣が折れたことに、すっかり動転。
「うわっ」
もう一人は扉から、ぬ~と現れた鎧に驚く。
「通りすがりの小僧です」
キョウコと同じ返答で、エドは平然と紅茶を飲む。
「おまえらには関係ない、下がっとれ!!」
「いや、中尉さんが見えてるってんで、あいさつしとこうかなーと」
ズボンのポケットから銀の懐中時計を、手で包み込むように見せた。
「これがなんだと…」
怪訝に見るヨキだが、時計に刻まれた紋章に顔色を変えて驚愕する。
(大総統紋章に、六茫星の銀時計!!)