第8話
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「俺ぁ、仕事が山積みだから、すぐに中央 に帰らなきゃならん」
「私が東方司令部 を離れる訳にはいかないだろう」
「大佐のお守りが大変なのよ。すぐサボるから」
「あんなやばいのから、守りきれる自信無いし」
『以下同文』
無難というか、一応納得できる理由を告げられて数時間後、エドは早くも憔悴しきっていた。
(だからって……キョウコならまだしも)
身を縮まらせて座るエドの隣には、座席の大半を占領している私服のアームストロングが腕を組んで座っていた。
(なんで、このおっさんがついて来るんだよ………)
この窮地をどうすれば切り抜けられるか、どれだけ考えても思いつかない。
彼にできることは、向かいの席に座るキョウコへ助けを求めることだけだった。
だが、対する彼女の反応は微妙な表情で首を横に振った。
それは突然、アームストロングが滂沱と涙を流したことから始まった。
エドとキョウコは顔を青ざめて、ロイは何故か頭を抱え、ハボックは呆れ顔で嘆息。
ヒューズはやや離れた場所で事態を傍観し、リザは視線をずらし、全身全霊を込めた見ないふり。
派手に涙を流す軍人に思わず困惑する一同を前に、両腕を大きく広げて走り出す。
「聞いたぞ、エドワード・エルリック!!」
そして、軍服の上からでもわかる盛り上がった筋肉で、小柄なエドを思い切り抱きしめた。
「ギニャ~」
その時、彼の全身から骨の折れる嫌な音がしたが、アームストロングは気にせず続ける。
「母親を生き返らせようとした、その無垢な愛!さらに、己の命を捨てる覚悟で弟の魂を錬成した、すさまじき愛!我輩感動!!」
「寄るな」
話す間にも感動がこみ上げて再び抱きしめようとする、その顔面を蹴り上げた。
突き出した蹴りが顔面にめり込んでいるが、気にしないことにする。
エドは額や頬に幾つもの青筋を立てながら、犯人のロイへ非難がましい声をあげる。
「口が軽いぜ、大佐」
「いやあ……あんな、暑苦しいのに詰め寄られたら、君の過去を喋らざるをえなくてね…」
遠い目で語るロイの言葉に、まさか、とキョウコが美貌を引きつらせる。
「聞いたぞ、キョウコ・アルジェント!!」
軍服の裾が、無意味にばさりと翻る。
まるで止まることを知らないアームストロングの顔が近づいてくる。
先程のように抱きしめる――と思いきや、彼女の両手を握りしめ、ブンブン、と勢いよく上下に振った。
「何故"氷の魔女"と呼ばれるか、わかったぞ!己の罰を忘れないためにわざと黒のコートを羽織る、その覚悟!さらに女で国家資格を取る、すさまじき努力!我輩感動!!」
感動がこみ上げて、我慢できずにやっぱり抱きしめようとするが、エドに強制避難させられた。
キョウコはこめかみを痙攣させながら怖い笑顔を浮かべ、腰の後ろから《スノー・ブラック》を引き抜き、銃口を向けた。
「口が軽いんじゃないですか、大佐。顔面に風穴を空けてほしいようですね」
「ちょっ…待つんだ、キョウコ!!その怖い笑顔を浮かべながら、銃口を私に向けるのは止めてくれ!!」
最近になって発覚した、黒いキョウコを"姉"として慕うアルは尊敬の眼差しを送る。
「姉さん!」
「………」
さすがの自分もあそこまで過激にやる度胸もない。
身長の話題になると暴走する性格を棚に上げて、エドは思うのだった。
「と言う訳で、その義肢屋の所まで、我輩が護衛を引き受けようではないか!」
「はぁ!?」
ハンカチで涙を拭いながら紡がれたアームストロングの発言に、思わず声が上擦った。
エドは眉をつり上げて抗議する。
「なに、寝ボケた事言ってんだ!護衛なんていらねーよ!」
「エドワード君」
なおも渋る金髪の少年に向けて、リザは眉をひそめて言い聞かせる。
「またいつ傷の男が襲って来るかもわからない中を、その身体で移動しようと言うのよ。奴に対抗できるだけの護衛をつけるのは、当然でしょう?」
確かに今は、いつまた突然スカーが襲ってくるかもわからない状況だ。
さらに、ハボックも言う。
「それにその身体じゃ、アルを運んでやる事もできないだろ?」
「う…」
本来ならば護衛など無用なのだが、残念ながら今の自分は錬金術が使えず、機械鎧も壊れ、まともに戦うことも出来ない状態で、そんな状況を移動することが危険な行動だということは、エドも理解はしているのだ。
スカーに対抗できるだけの護衛をつけるのは、軍として当然の判断でもあるだろう。
それに、自力で移動できないアルを連れて行かねばならないことを考えれば、黙って従うしかない。
「だったら、別に少佐じゃなくても!」
だが、護衛をつけるのなら別の軍人でもよかったのではないか。
他にも人はいるはずなのに、何故よりにもよってアームストロングなのか。
その問いかけに、ヒューズとロイは正当な理由を告げる。
「俺ぁ、仕事が山積みだから、すぐ中央に帰らなきゃならん」
「私が東方司令部を離れる訳にはいかないだろう」
加えて、頼りになりそうなリザも却下。
「大佐のお守りが大変なのよ。すぐサボるから」
「あんなやばいのから、守りきれる自信無いし」
『以下同文』
ハボック達に至っては、冷や汗を流しながら兄弟の護衛を全力で拒否した。
その時、ヒューズが振り返って言った。
「それに、おまえらには力強い奴がいるじゃねぇか」
「は?」
「傍に、氷刹の錬金術師がいんだろ?」
「……あたし、ですか?」
全員の視線が向けられ、キョウコは自身を指差す。
「……あたしは二人について行くと決めていますから」
「強力な護衛だな」
「大丈夫。二人は、あたしが護ってあげるから」
心強いキョウコの美貌はちょっと得意げな感じに輝いていて、その表情がとても魅力的で。
呆然と見惚れていた二人は、はっとして、護衛としては心強いが、幼馴染みとしては聞くからに恥ずかしい言葉を浴びせられ、なんとも複雑になる。
「でも、キョウコちゃん一人だけじゃ心配よね」
「決まりだな!」
アームストログはそう言って、エドの頭に勢いよく手を置く。
「勝手に決めんなよ!!」
「子供は大人の言う事をきくものだ!」
「子供扱いするな!!」
「子供じゃないの」
キョウコの歯に衣着せないツッコミが入る。
彼女の辞書にオブラートという文字はありません。
「この…アルも何か言ってやれ!」
「兄さん!!キョウコ!!ボク、この鎧の身体になってから、初めて子供扱いされたよ!!」
鎧の身体になってから気苦労が絶えないアルは、目を輝かせて大喜びする。
「だめだ、こりゃー」
「フフ。アルってば大喜びしちゃって」
エドはズッコけ、キョウコはニコニコと微笑む。
不毛な議論を始めるエドとアームストロングの前に、この騒ぎにも動じずデスクに腰かけ、彼らの動向を見守っていたロイが黒いオーラを纏いながら、
「ははははは」
追い討ちをかける。
「まだ、駄々をこねると言うのなら、命令違反という事で軍法会議にかけるが、どうかね?」
「うおお!!汚え!!」
望みを絶たれたエドが焦燥に満ちる間、キョウコはヒューズの胸板に額を押しつける。
「どうした?」
「しばらく会えなくなりますから、充電です」
甘えにきたのかと思って頭を撫でると、気持ちよさそうに目を細める。
名残惜しげにヒューズから離れ、次にリザに抱きつく。
「リザさん!行ってきます」
「気をつけてね」
常に冷静沈着な彼女も、この時ばかりは顔を綻ばせて、心持ち強く抱きしめる。
「うむ。そうと決まれば、早速荷物作りだ」
腕を組むアームストロングの横で、楽しげな鼻歌が聞こえてくる。
歌っているのはアルだ。
すると、木箱に詰め込まれ、荷物札を取りつけられた。
「荷物扱いの方が、旅費より安いからな!」
(この身体になってから、初めて荷物扱いされた…)
「弟よ…」
ぞんざいな扱いにエドは膝をついてうなだれ、アルはアルでショックを受ける。
「エドワード・エルリックも早く仕度しろ。ハンカチ持ったか?」
「子供扱いするなってばーー!!」
まだかなり不満はあるが、どうやらこのままアームストロングの護衛を受け入れる他はなさそうだ。
その間にもキョウコは握手や敬礼などの出立の挨拶を終え、残るはロイだけになった。
「大佐、行ってきます」
「気をつけて行ってきたまえ」
椅子からから立ち上がったロイは、キョウコの漆黒の前髪を掻き上げ、ちゅっ、と額に軽く、口づけを落とした。
その光景を見た瞬間、エドの頭の中は真っ白になった。
パクパクと、口を動かすことしかできない。
突然の怪しい挙動にアルが小首を傾げた、ちょうどその時、ロイの方もエドの挙動に気づき、しかしそれは一瞬で、すぐに口の端をつり上げる。
「――!!」
それを見た瞬間、エドの顔には怒気と嫉妬が合い混ぜになった、悔しそうな表情が浮かんでいた。
「…恥ずかしいんですよね、毎度のこの行為」
額の前髪を直すキョウコに、ハボックは溜め息混じりに言う。
「………おまえさんも大変だな」
「へ?」
唯一、恋愛に関して鈍感な少女は目を丸くする。
今の彼女は、凛々しさと力強さがない代わりに、物凄く可愛い。
慌てて紅潮した顔を逸らし、ハボックはキョウコの頭を撫でる。
「行ってきます」
「おう。行ってこい」
こうして冒頭に戻り、今に至る。
汽車の中でも暑苦しい軍人に、エドは深々と溜め息をつく。
(まったく、踏んだり蹴ったりだ…)
不意に窓を叩かれ、視線を向けると、軍服の上にコートを羽織ったヒューズが立っていた。
「ヒューズ中佐!」
「ヒューズさん!」
「よ」
エド達は窓を開けて顔を出す。
「ども」
「司令部の奴ら、やっぱり忙しくて来れないってよ。代わりに俺が見送りだ」
ヒューズが現れた途端の嬉しそうな、弾けんばかりの笑顔のキョウコの微笑みに胸が熱くなると同時に、ちくりとした敗北感を覚える。
ヒューズは、そんなエドを一瞥、苦笑して続ける。
「そうそう。ロイから伝言をあずかって来た」
「「大佐から?」」
二人はきょとんと顔を見合わせてから、ヒューズに向き直る。
「『事後処理が面倒だから、私の管轄内で死ぬ事は許さん。私のキョウコに怪我でもさせて見ろ、ケシ炭だ』以上」
「『了解。絶対てめーより先に死にませんクソ大佐』って伝えといて」
露骨に顔を歪めて吐き捨てるエド。
「…で、キョウコな。『気を付けて行ってこい、危険になったら鋼のを盾にして生き残れ』だとよ」
「…『気を付けて行ってきます、あたしは大佐のものじゃありません。帰ってきたら、東方司令部の屋上から逆さに吊るしますよ、エロ大佐』って伝えて下さい」
背筋が凍るような怖い笑顔で伝えるキョウコ。
微笑んではいるのだが、目が全く笑っていない。
エドとアームストロングの背筋に震えが走る。
対して、ヒューズはそれが当たり前だと言うように愉快な笑い声をあげる。
「あっはっは!憎まれっ子、世にはばかるってな!おめーらもロイの野郎も、長生きすんぜ!」
「お誉めの言葉、ありがたく頂きます」
「お、そうだ」
思い出したように声をあげると、真面目な顔になってエドに小声で耳打ちする。
「キョウコが他の奴と仲良くしているのを見て、どうしてイライラしたり、胸が痛んだりするのか、よく考えてみろ」
「なっ」
「バレバレだ」
ヒューズは見透かしたように、ニッ、と笑うが、それがなんなのか、自身の胸の内をわかっていないエドは困惑する。
そんな純粋すぎる少年に、ヒューズはほんの少しだけ口の端をつり上げて付け加えた。
「今は俺の特権だから、譲れねぇけどな」
煙の、ボッ、という動力音を噴き出して発車時刻を告げ、車掌の制服を着た鉄道局員が笛を鳴らす。
「じゃ、道中、気をつけてな。中央 に寄る事があったら、声かけろや」
発車のベルがホームに響き渡る中、ヒューズが右手で敬礼し、三人を見送る。
「左手で失礼」
エドは左手で、キョウコとアームストロングは右手で敬礼する。
ゆっくりと汽車がホームを滑り出した。
陽光の薄雲がかかった空の下、汽車は延々広がる荒野の線路を走り続ける。
「我輩は、機械鎧の整備師とやらを見るのは初めてだ」
キョウコが静かに本を読みふけようとしたその時、アームストロングから声をかけられた。
これから会う人物に興味を示しているらしい。
「正確には、外科医で義肢装具師で機械鎧調整師かな」
「昔からのなじみで安くしてくれるし、いい仕事するよ」
「私が
「大佐のお守りが大変なのよ。すぐサボるから」
「あんなやばいのから、守りきれる自信無いし」
『以下同文』
無難というか、一応納得できる理由を告げられて数時間後、エドは早くも憔悴しきっていた。
(だからって……キョウコならまだしも)
身を縮まらせて座るエドの隣には、座席の大半を占領している私服のアームストロングが腕を組んで座っていた。
(なんで、このおっさんがついて来るんだよ………)
この窮地をどうすれば切り抜けられるか、どれだけ考えても思いつかない。
彼にできることは、向かいの席に座るキョウコへ助けを求めることだけだった。
だが、対する彼女の反応は微妙な表情で首を横に振った。
それは突然、アームストロングが滂沱と涙を流したことから始まった。
エドとキョウコは顔を青ざめて、ロイは何故か頭を抱え、ハボックは呆れ顔で嘆息。
ヒューズはやや離れた場所で事態を傍観し、リザは視線をずらし、全身全霊を込めた見ないふり。
派手に涙を流す軍人に思わず困惑する一同を前に、両腕を大きく広げて走り出す。
「聞いたぞ、エドワード・エルリック!!」
そして、軍服の上からでもわかる盛り上がった筋肉で、小柄なエドを思い切り抱きしめた。
「ギニャ~」
その時、彼の全身から骨の折れる嫌な音がしたが、アームストロングは気にせず続ける。
「母親を生き返らせようとした、その無垢な愛!さらに、己の命を捨てる覚悟で弟の魂を錬成した、すさまじき愛!我輩感動!!」
「寄るな」
話す間にも感動がこみ上げて再び抱きしめようとする、その顔面を蹴り上げた。
突き出した蹴りが顔面にめり込んでいるが、気にしないことにする。
エドは額や頬に幾つもの青筋を立てながら、犯人のロイへ非難がましい声をあげる。
「口が軽いぜ、大佐」
「いやあ……あんな、暑苦しいのに詰め寄られたら、君の過去を喋らざるをえなくてね…」
遠い目で語るロイの言葉に、まさか、とキョウコが美貌を引きつらせる。
「聞いたぞ、キョウコ・アルジェント!!」
軍服の裾が、無意味にばさりと翻る。
まるで止まることを知らないアームストロングの顔が近づいてくる。
先程のように抱きしめる――と思いきや、彼女の両手を握りしめ、ブンブン、と勢いよく上下に振った。
「何故"氷の魔女"と呼ばれるか、わかったぞ!己の罰を忘れないためにわざと黒のコートを羽織る、その覚悟!さらに女で国家資格を取る、すさまじき努力!我輩感動!!」
感動がこみ上げて、我慢できずにやっぱり抱きしめようとするが、エドに強制避難させられた。
キョウコはこめかみを痙攣させながら怖い笑顔を浮かべ、腰の後ろから《スノー・ブラック》を引き抜き、銃口を向けた。
「口が軽いんじゃないですか、大佐。顔面に風穴を空けてほしいようですね」
「ちょっ…待つんだ、キョウコ!!その怖い笑顔を浮かべながら、銃口を私に向けるのは止めてくれ!!」
最近になって発覚した、黒いキョウコを"姉"として慕うアルは尊敬の眼差しを送る。
「姉さん!」
「………」
さすがの自分もあそこまで過激にやる度胸もない。
身長の話題になると暴走する性格を棚に上げて、エドは思うのだった。
「と言う訳で、その義肢屋の所まで、我輩が護衛を引き受けようではないか!」
「はぁ!?」
ハンカチで涙を拭いながら紡がれたアームストロングの発言に、思わず声が上擦った。
エドは眉をつり上げて抗議する。
「なに、寝ボケた事言ってんだ!護衛なんていらねーよ!」
「エドワード君」
なおも渋る金髪の少年に向けて、リザは眉をひそめて言い聞かせる。
「またいつ傷の男が襲って来るかもわからない中を、その身体で移動しようと言うのよ。奴に対抗できるだけの護衛をつけるのは、当然でしょう?」
確かに今は、いつまた突然スカーが襲ってくるかもわからない状況だ。
さらに、ハボックも言う。
「それにその身体じゃ、アルを運んでやる事もできないだろ?」
「う…」
本来ならば護衛など無用なのだが、残念ながら今の自分は錬金術が使えず、機械鎧も壊れ、まともに戦うことも出来ない状態で、そんな状況を移動することが危険な行動だということは、エドも理解はしているのだ。
スカーに対抗できるだけの護衛をつけるのは、軍として当然の判断でもあるだろう。
それに、自力で移動できないアルを連れて行かねばならないことを考えれば、黙って従うしかない。
「だったら、別に少佐じゃなくても!」
だが、護衛をつけるのなら別の軍人でもよかったのではないか。
他にも人はいるはずなのに、何故よりにもよってアームストロングなのか。
その問いかけに、ヒューズとロイは正当な理由を告げる。
「俺ぁ、仕事が山積みだから、すぐ中央に帰らなきゃならん」
「私が東方司令部を離れる訳にはいかないだろう」
加えて、頼りになりそうなリザも却下。
「大佐のお守りが大変なのよ。すぐサボるから」
「あんなやばいのから、守りきれる自信無いし」
『以下同文』
ハボック達に至っては、冷や汗を流しながら兄弟の護衛を全力で拒否した。
その時、ヒューズが振り返って言った。
「それに、おまえらには力強い奴がいるじゃねぇか」
「は?」
「傍に、氷刹の錬金術師がいんだろ?」
「……あたし、ですか?」
全員の視線が向けられ、キョウコは自身を指差す。
「……あたしは二人について行くと決めていますから」
「強力な護衛だな」
「大丈夫。二人は、あたしが護ってあげるから」
心強いキョウコの美貌はちょっと得意げな感じに輝いていて、その表情がとても魅力的で。
呆然と見惚れていた二人は、はっとして、護衛としては心強いが、幼馴染みとしては聞くからに恥ずかしい言葉を浴びせられ、なんとも複雑になる。
「でも、キョウコちゃん一人だけじゃ心配よね」
「決まりだな!」
アームストログはそう言って、エドの頭に勢いよく手を置く。
「勝手に決めんなよ!!」
「子供は大人の言う事をきくものだ!」
「子供扱いするな!!」
「子供じゃないの」
キョウコの歯に衣着せないツッコミが入る。
彼女の辞書にオブラートという文字はありません。
「この…アルも何か言ってやれ!」
「兄さん!!キョウコ!!ボク、この鎧の身体になってから、初めて子供扱いされたよ!!」
鎧の身体になってから気苦労が絶えないアルは、目を輝かせて大喜びする。
「だめだ、こりゃー」
「フフ。アルってば大喜びしちゃって」
エドはズッコけ、キョウコはニコニコと微笑む。
不毛な議論を始めるエドとアームストロングの前に、この騒ぎにも動じずデスクに腰かけ、彼らの動向を見守っていたロイが黒いオーラを纏いながら、
「ははははは」
追い討ちをかける。
「まだ、駄々をこねると言うのなら、命令違反という事で軍法会議にかけるが、どうかね?」
「うおお!!汚え!!」
望みを絶たれたエドが焦燥に満ちる間、キョウコはヒューズの胸板に額を押しつける。
「どうした?」
「しばらく会えなくなりますから、充電です」
甘えにきたのかと思って頭を撫でると、気持ちよさそうに目を細める。
名残惜しげにヒューズから離れ、次にリザに抱きつく。
「リザさん!行ってきます」
「気をつけてね」
常に冷静沈着な彼女も、この時ばかりは顔を綻ばせて、心持ち強く抱きしめる。
「うむ。そうと決まれば、早速荷物作りだ」
腕を組むアームストロングの横で、楽しげな鼻歌が聞こえてくる。
歌っているのはアルだ。
すると、木箱に詰め込まれ、荷物札を取りつけられた。
「荷物扱いの方が、旅費より安いからな!」
(この身体になってから、初めて荷物扱いされた…)
「弟よ…」
ぞんざいな扱いにエドは膝をついてうなだれ、アルはアルでショックを受ける。
「エドワード・エルリックも早く仕度しろ。ハンカチ持ったか?」
「子供扱いするなってばーー!!」
まだかなり不満はあるが、どうやらこのままアームストロングの護衛を受け入れる他はなさそうだ。
その間にもキョウコは握手や敬礼などの出立の挨拶を終え、残るはロイだけになった。
「大佐、行ってきます」
「気をつけて行ってきたまえ」
椅子からから立ち上がったロイは、キョウコの漆黒の前髪を掻き上げ、ちゅっ、と額に軽く、口づけを落とした。
その光景を見た瞬間、エドの頭の中は真っ白になった。
パクパクと、口を動かすことしかできない。
突然の怪しい挙動にアルが小首を傾げた、ちょうどその時、ロイの方もエドの挙動に気づき、しかしそれは一瞬で、すぐに口の端をつり上げる。
「――!!」
それを見た瞬間、エドの顔には怒気と嫉妬が合い混ぜになった、悔しそうな表情が浮かんでいた。
「…恥ずかしいんですよね、毎度のこの行為」
額の前髪を直すキョウコに、ハボックは溜め息混じりに言う。
「………おまえさんも大変だな」
「へ?」
唯一、恋愛に関して鈍感な少女は目を丸くする。
今の彼女は、凛々しさと力強さがない代わりに、物凄く可愛い。
慌てて紅潮した顔を逸らし、ハボックはキョウコの頭を撫でる。
「行ってきます」
「おう。行ってこい」
こうして冒頭に戻り、今に至る。
汽車の中でも暑苦しい軍人に、エドは深々と溜め息をつく。
(まったく、踏んだり蹴ったりだ…)
不意に窓を叩かれ、視線を向けると、軍服の上にコートを羽織ったヒューズが立っていた。
「ヒューズ中佐!」
「ヒューズさん!」
「よ」
エド達は窓を開けて顔を出す。
「ども」
「司令部の奴ら、やっぱり忙しくて来れないってよ。代わりに俺が見送りだ」
ヒューズが現れた途端の嬉しそうな、弾けんばかりの笑顔のキョウコの微笑みに胸が熱くなると同時に、ちくりとした敗北感を覚える。
ヒューズは、そんなエドを一瞥、苦笑して続ける。
「そうそう。ロイから伝言をあずかって来た」
「「大佐から?」」
二人はきょとんと顔を見合わせてから、ヒューズに向き直る。
「『事後処理が面倒だから、私の管轄内で死ぬ事は許さん。私のキョウコに怪我でもさせて見ろ、ケシ炭だ』以上」
「『了解。絶対てめーより先に死にませんクソ大佐』って伝えといて」
露骨に顔を歪めて吐き捨てるエド。
「…で、キョウコな。『気を付けて行ってこい、危険になったら鋼のを盾にして生き残れ』だとよ」
「…『気を付けて行ってきます、あたしは大佐のものじゃありません。帰ってきたら、東方司令部の屋上から逆さに吊るしますよ、エロ大佐』って伝えて下さい」
背筋が凍るような怖い笑顔で伝えるキョウコ。
微笑んではいるのだが、目が全く笑っていない。
エドとアームストロングの背筋に震えが走る。
対して、ヒューズはそれが当たり前だと言うように愉快な笑い声をあげる。
「あっはっは!憎まれっ子、世にはばかるってな!おめーらもロイの野郎も、長生きすんぜ!」
「お誉めの言葉、ありがたく頂きます」
「お、そうだ」
思い出したように声をあげると、真面目な顔になってエドに小声で耳打ちする。
「キョウコが他の奴と仲良くしているのを見て、どうしてイライラしたり、胸が痛んだりするのか、よく考えてみろ」
「なっ」
「バレバレだ」
ヒューズは見透かしたように、ニッ、と笑うが、それがなんなのか、自身の胸の内をわかっていないエドは困惑する。
そんな純粋すぎる少年に、ヒューズはほんの少しだけ口の端をつり上げて付け加えた。
「今は俺の特権だから、譲れねぇけどな」
煙の、ボッ、という動力音を噴き出して発車時刻を告げ、車掌の制服を着た鉄道局員が笛を鳴らす。
「じゃ、道中、気をつけてな。
発車のベルがホームに響き渡る中、ヒューズが右手で敬礼し、三人を見送る。
「左手で失礼」
エドは左手で、キョウコとアームストロングは右手で敬礼する。
ゆっくりと汽車がホームを滑り出した。
陽光の薄雲がかかった空の下、汽車は延々広がる荒野の線路を走り続ける。
「我輩は、機械鎧の整備師とやらを見るのは初めてだ」
キョウコが静かに本を読みふけようとしたその時、アームストロングから声をかけられた。
これから会う人物に興味を示しているらしい。
「正確には、外科医で義肢装具師で機械鎧調整師かな」
「昔からのなじみで安くしてくれるし、いい仕事するよ」