第8話
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「その整備師のいるリゼンブールとは、どんな所だ?」
「すっげー田舎。なんも無いよ」
エドは窓際に腕をついて頬に手を添え、キョウコは窓の外の景色を眺める。
汽車は今、広大な平原を横切っているところだった。
両側の壁に等間隔で並ぶ窓から日光が射し込み、さほど柔らかくないシートに座った尻の下で規則的な振動が小刻みに続いている。
「というか、東部の内乱のせいで、何も無くなっちゃったんですけどね」
「軍がもっとしっかりしてりゃ、にぎやかな町になってただろうなぁ」
「…耳が痛いな」
「そりゃいい。もっと言ってやろうか」
話を聞いていて辛いとつぶやくアームストロングに、エドは意地悪く追撃する。
「エド」
キョウコが眉をつり上がらせて身を乗り出すと、エドは視線を逸らして、それ以上の追撃を止めた。
二人の力関係が窺える一幕に、アームストロングはひそかに唸った。
やはり彼女の方が一枚、上手 だ。
キョウコは懐かしむように思いを馳せる。
「…本当、静かな所だけど。何も無いけど、都会には無いものがいっぱいある」
「それが、オレ達兄弟とキョウコの故郷、リゼンブール」
そこでふと、思い出したようにエドは口を開いた。
「ところで、アルはちゃんと、この汽車に乗せてくれたんだろうな」
「ふっふーー。ぬかりは無いぞ」
疑いの視線を受けて、アームストロングは誇らしげに胸を張って自信満々な笑みを浮かべる。
――その頃、木箱に詰め込まれ、荷物扱いとされたアルは今、たくさんの羊達に囲まれたていた。
「……」
――メー、メー、と鳴く羊達と一緒にアルがいる場所は家畜車両であった。
「一人じゃさびしかろうと思ってな!」
それを聞いたエドは真っ向からアームストロングの顔を睨みつけ、憤然と言い放った。
「てめぇ、オレの弟をなんだと思ってんだ!!」
「むうッ、何が不満なのだ!広くて安くてにぎやかで、いたせりつくせりではないか!」
怒るエドを見て、アームストロングは遺憾の意を表す。
何故、怒っているのかわからないといった軍人の態度に、さらに怒りが募る。
「ふざけんなーーーっ!!!」
汽車の中で激しい言い争いをする二人を怪訝そうに眺める旅行客。
その中に一人だけ、おかしそうに笑みを浮かべる者がいた。
黒いゴシックドレスに身を包む謎の美女、ラストがひそかに三人を尾行していた。
事態を打開したのは、向かいの席からかけられた言葉だった。
「公共の場ではお静かにお願いします――そうよね、エド。勿論、アームストロング少佐も。おわかりになりますよね?」
凜とした声で注意を呼びかけたのは、キョウコだった。
冷たく見上げる視線が、軍人の顔を貫いている。
その眼差しは有無を言わさぬ威厳を持って、大柄な軍人の唇を縫いつけた。
(例の笑顔は……浮かべていない)
キョウコが黒い笑顔を浮かべていないかどうか、それをエドは真っ先に確認した。
このプレッシャーは、錬金術ではない。
なんの錬金術を発動していないにもかかわらず、身体の自由を奪う厳冬の冷気が放射されているのを、エドでさえも感じていた。
「それと少佐、先日の発言には看過しがたい個人的中傷が含まれていると判断します。アルを荷物扱いした事、忘れていませんよ」
「それは……」
当然のことながら、アームストロングは口ごもった。
彼自身、悪気があってアルを木箱に詰め込んだわけではない。
「ですが、そのようなあなたも心根は誠実で、情に厚い方だと存じております」
「――キョウコ、それくらいにしておけよ。少佐も十分、反省している事だし」
エドはようやく収拾に動いた。
ようやく……それはつまり、彼もまたキョウコの発するプレッシャーに呑まれていたということだった。
キョウコが優雅に一礼すると、アームストロングもすっかり恐縮して頭を下げた。
汽車の旅は長く、リゼンブールまではまだ遠い。
東部より東南へ進んだ、牧羊が盛んな田舎町を結ぶ、鉄道。
それを、エド達は一定区間ごとに設けられた停車駅ごとに乗り続け、移動していく。
駅舎に停車中、エドは退屈そうに欠伸をし、キョウコとアームストロングは当初こそ、会話が弾んでいたものの、いつしか本を読んでいる。
何気なくホームを歩く通行人の顔を一瞥した途端、アームストロングは座席から身を乗り出す。
「うわ!?」
いきなり身を乗り出したことに仰天するエドだが、構わずアームストロングは声を張り上げる。
「ドクター・マルコー!!ドクター・マルコーではありませんか!?」
その名前にキョウコも反応し、窓から顔を出す。
黒髪に所々、白髪が混じった初老の男――マルコーは怪訝そうに振り返ると、次第に表情を恐怖へと変化させた。
「中央のアレックス・ルイ・アームストロングであります!」
彼は脱兎のごとく逃げた。
「あ…」
走り去っていくマルコーの後ろ姿を見つめながら、エドが訊ねる。
「知り合いかよ」
「うむ…」
「ドクター・マルコー…中央の錬金術研究機関にいた、かなりやり手の錬金術師だって聞いた事があるわ」
「錬金術を医療に応用する研究に携わっていたが、あの内乱の後、行方不明になっていた」
二人の説明から、エドはすぐに行動に移した。
座席から勢いよく立ち上がる。
「降りよう!」
「む?降りるのは、リゼンブールという町ではなかったのか?」
「そういう研究をしてた人なら、生体錬成について知ってるかもしれない!アルと荷物を降ろさないと!早く!」
まくし立てるように言うと、足早に汽車から降りようとする。
「すいませーん、降ります!」
諦めの溜め息をつきつつ、キョウコは読み途中だった本を鞄に入れてエドの後を追って走り出す。
忘れないよう家畜車両から降ろされたアルは、力自慢のアームストロングに運ばれる。
「うわ!アル、羊くさっ!!」
「好きで臭くなったんじゃないやい!!」
羊の群れから解放されたアルは早々、兄から臭いと言われて何度目かのショックを受ける。
慌てて汽車から降りるエド達の後ろ姿を、彼らの動向を監視するラストが見つめ、マルコーの名を繰り返す。
「ドクター・マルコー。ふぅん…」
汽車を降りたエド達は早速、通りすがりの町の人に訊ねる。
「あの、さっきここを通った……えーーと……」
「こういうご老人が通りませんでしたかな?」
マルコーという人物についてどう聞くべきか悩んでいると、アームストロングが手帳に老人の似顔絵を描いて見せた。
即席で描いたにもかかわらず、その腕前は見事でマルコーの特徴を捉えている。
「…少佐、絵上手いね…」
「わがアームストロング家に代々伝わる、似顔絵術である!」
それはさておき、アームストロングの意外な才能を発見したところで、似顔絵を見た町の人は声をあげる。
「ああ、マウロ先生!」
「知ってる、知ってる!」
「マウロ?」
聞き間違いかと思ってキョウコが返すと、どうやら間違いではないらしい。
疑問符を浮かべると、町の人は笑顔で答える。
「この町は見ての通りみんな、ビンボーでさ。医者にかかる金も無いけど、先生はそれでもいいって言ってくれるんだ」
「いい人だよ!」
「ああ。絶対助からないと思った患者も、見捨てないで看 てくれるよな」
実際にマルコーに治療してもらった男は、大怪我を負ったはずの膝を打ちながら豪快に笑う。
「おお。オレが耕運機に足を巻き込まれて死にそうになった時も、きれいに治してくれたさぁ!!」
女性は両手を広げ、治療中の様子を表現する。
「治療中に、こう…ぱっと光ったかと思うと、もう治っちゃうのよ」
「そうそう」
町の人に聞き込みを続け、マルコーの行方を探し、エド達は歩く。
家探しをする途中で、町の人の言葉を思い出していた。
「光……」
「うむ。おそらく、錬金術だ」
「そうか。偽名を使って、こんな田舎に隠れ住んでいたのか。でも、なんで逃げたんだ?」
不思議そうに首を傾げるエド。
すると、キョウコが思い出したように口にした。
「大佐から聞いた話だと、ドクターが行方不明になった時に極秘重要資料も消えたそうよ。ドクターが持ち逃げしたと、もっぱらのうわさだったけど…」
「我々を、機関の回し者と思ったのかもしれん」
町の人に教わった住所に近づいてきた。
小さな庭を持つ石造りの家。
しかも近所に他の家はないようで、実に寂しい辺りだった。
階段を登り、エドが前に出た。
玄関に辿り着くと、ノックをして扉を開ける。
「こんにち…わ」
次の瞬間、目の前に飛び込んだ光景に固まった。
すぐ目の前に突きつけられたそれが銃口と気づいた時には、そのまま発砲された。
「うお!!」
驚く暇もなく避けると、そこには銃を手にしたマルコーが怯えた表情で立っていた。
「何しに来た!!」
「落ち着いてください。ドクター」
キョウコが声をかける横で、エドはよっぽど驚いたらしく、心臓に手を当てていた。
「私を連れ戻しに来たのか!?もう、あそこには戻りたくない!おねがいだ!かんべんしてくれ……!」
次に、アル入りの木箱を担いだアームストロングが否定する。
「違います。話を聞いてください」
「じゃあ、口封じに殺しに来たのか!?」
「まずは、その銃をおろし…」
「だまされんぞ!!」
銃を握る手に力がこもり、緊張で震え、声を裏返しながらも強めの口調でマルコーは拒否する。
いくらなだめても話を聞いてくれず、エドは二人の駆け引きを心配そうに見守る。
ついに、アームストロングの堪忍袋の緒が切れた。
「落ち着いてくださいと言っておるのです」
「「アル!」」
アル入りの木箱を投げつけ、強制的に黙らせた。
そのおかげか、やっと落ち着きを取り戻したマルコーは部屋に招き入れ、イシュヴァール内乱の後、行方不明になったか、その理由を語り始めた。
「私は耐えられなかった…………上からの命令とはいえ、あんな物の研究に手を染め…そして、それが東部内乱での大量殺戮の道具に使われたのだ…本当にひどい戦いだった…無関係な人が死にすぎた…」
凄絶な闘争、戦いが持つ陰惨な情景がよみがえり、マルコーは表情を歪める。
「私のした事は、この命をもってしても、つぐないきれるものではない。それでも、できる限りの事をと…ここで医者をしているのだ」
「いったい、貴方は何を研究し、何を盗み出して逃げたのですか」
キョウコが訊ねると、マルコーは目頭を押さえて迷った挙げ句、弱々しい声音で答えた。
「賢者の石を作っていた。私が持ち出したのは、その研究資料と石だ」
「石を持ってるのか!?」
「ああ」
マルコーはおもむろに立ち上がると、薬品が並べられた棚から小瓶を取り出す。
「ここにある」
中には、真紅の液体が入っていた。
四人は、想像していた物とかけ離れた賢者の石に呆然とする。
「『石』って…これ液体じゃ…」
するとマルコーは瓶の蓋を開け、中身を机の上に垂らす。
「「ええ!!?」」
エドとキョウコが思わず叫ぶが、それは疑問に変わる。
「「……え?」」
液体は飛び散らずに、楕円形となって机の上にとどまった。
キョウコとアルは興味津々に見つめ、エドは指でつつく。
「うわ」
アームストロングも興味深そうに顎に手を当てて観察する。
キョウコが石を見つめながらじっと考え、小さな口から言葉を紡ぐ。
「『哲学者の石』『天上の石』『大エリクシル』『赤きティンクトゥラ』『大五実体』。賢者の石にいくつもの呼び名があるように、その形状は石であるとは限らない…」
かつて太古の錬金術師達が作ろうとした、魔術と科学の到達点。
無機物、生物、あらゆる物体の根底を設計し直して別物を生み出そうとという発想の下 、幾度も研究が重ねられてきた。
けれど、結局誰も到達できなかった夢物語の産物。
形状そのものが石とは限らないように、賢者の石にも様々な呼び名がある。
言葉の意味を察したマルコーは黒髪の少女の冷静な思考に、感嘆の声を漏らす。
「ほぉ。君は頭がいいね」
「ありがとうございます」
「だが、これはあくまで試験的に作られた物でな。いつ限界が来て、使用不能になるかわからん不完全品だ。それでも、あの内乱の時、密かに使用され、絶大な威力を発揮したよ」
エドの脳裏に、リオールで遭遇したコーネロが持っていた指輪型の赤い石が浮かぶ。
(不完全…そうか、あいつが持ってたのは…)
「すっげー田舎。なんも無いよ」
エドは窓際に腕をついて頬に手を添え、キョウコは窓の外の景色を眺める。
汽車は今、広大な平原を横切っているところだった。
両側の壁に等間隔で並ぶ窓から日光が射し込み、さほど柔らかくないシートに座った尻の下で規則的な振動が小刻みに続いている。
「というか、東部の内乱のせいで、何も無くなっちゃったんですけどね」
「軍がもっとしっかりしてりゃ、にぎやかな町になってただろうなぁ」
「…耳が痛いな」
「そりゃいい。もっと言ってやろうか」
話を聞いていて辛いとつぶやくアームストロングに、エドは意地悪く追撃する。
「エド」
キョウコが眉をつり上がらせて身を乗り出すと、エドは視線を逸らして、それ以上の追撃を止めた。
二人の力関係が窺える一幕に、アームストロングはひそかに唸った。
やはり彼女の方が一枚、
キョウコは懐かしむように思いを馳せる。
「…本当、静かな所だけど。何も無いけど、都会には無いものがいっぱいある」
「それが、オレ達兄弟とキョウコの故郷、リゼンブール」
そこでふと、思い出したようにエドは口を開いた。
「ところで、アルはちゃんと、この汽車に乗せてくれたんだろうな」
「ふっふーー。ぬかりは無いぞ」
疑いの視線を受けて、アームストロングは誇らしげに胸を張って自信満々な笑みを浮かべる。
――その頃、木箱に詰め込まれ、荷物扱いとされたアルは今、たくさんの羊達に囲まれたていた。
「……」
――メー、メー、と鳴く羊達と一緒にアルがいる場所は家畜車両であった。
「一人じゃさびしかろうと思ってな!」
それを聞いたエドは真っ向からアームストロングの顔を睨みつけ、憤然と言い放った。
「てめぇ、オレの弟をなんだと思ってんだ!!」
「むうッ、何が不満なのだ!広くて安くてにぎやかで、いたせりつくせりではないか!」
怒るエドを見て、アームストロングは遺憾の意を表す。
何故、怒っているのかわからないといった軍人の態度に、さらに怒りが募る。
「ふざけんなーーーっ!!!」
汽車の中で激しい言い争いをする二人を怪訝そうに眺める旅行客。
その中に一人だけ、おかしそうに笑みを浮かべる者がいた。
黒いゴシックドレスに身を包む謎の美女、ラストがひそかに三人を尾行していた。
事態を打開したのは、向かいの席からかけられた言葉だった。
「公共の場ではお静かにお願いします――そうよね、エド。勿論、アームストロング少佐も。おわかりになりますよね?」
凜とした声で注意を呼びかけたのは、キョウコだった。
冷たく見上げる視線が、軍人の顔を貫いている。
その眼差しは有無を言わさぬ威厳を持って、大柄な軍人の唇を縫いつけた。
(例の笑顔は……浮かべていない)
キョウコが黒い笑顔を浮かべていないかどうか、それをエドは真っ先に確認した。
このプレッシャーは、錬金術ではない。
なんの錬金術を発動していないにもかかわらず、身体の自由を奪う厳冬の冷気が放射されているのを、エドでさえも感じていた。
「それと少佐、先日の発言には看過しがたい個人的中傷が含まれていると判断します。アルを荷物扱いした事、忘れていませんよ」
「それは……」
当然のことながら、アームストロングは口ごもった。
彼自身、悪気があってアルを木箱に詰め込んだわけではない。
「ですが、そのようなあなたも心根は誠実で、情に厚い方だと存じております」
「――キョウコ、それくらいにしておけよ。少佐も十分、反省している事だし」
エドはようやく収拾に動いた。
ようやく……それはつまり、彼もまたキョウコの発するプレッシャーに呑まれていたということだった。
キョウコが優雅に一礼すると、アームストロングもすっかり恐縮して頭を下げた。
汽車の旅は長く、リゼンブールまではまだ遠い。
東部より東南へ進んだ、牧羊が盛んな田舎町を結ぶ、鉄道。
それを、エド達は一定区間ごとに設けられた停車駅ごとに乗り続け、移動していく。
駅舎に停車中、エドは退屈そうに欠伸をし、キョウコとアームストロングは当初こそ、会話が弾んでいたものの、いつしか本を読んでいる。
何気なくホームを歩く通行人の顔を一瞥した途端、アームストロングは座席から身を乗り出す。
「うわ!?」
いきなり身を乗り出したことに仰天するエドだが、構わずアームストロングは声を張り上げる。
「ドクター・マルコー!!ドクター・マルコーではありませんか!?」
その名前にキョウコも反応し、窓から顔を出す。
黒髪に所々、白髪が混じった初老の男――マルコーは怪訝そうに振り返ると、次第に表情を恐怖へと変化させた。
「中央のアレックス・ルイ・アームストロングであります!」
彼は脱兎のごとく逃げた。
「あ…」
走り去っていくマルコーの後ろ姿を見つめながら、エドが訊ねる。
「知り合いかよ」
「うむ…」
「ドクター・マルコー…中央の錬金術研究機関にいた、かなりやり手の錬金術師だって聞いた事があるわ」
「錬金術を医療に応用する研究に携わっていたが、あの内乱の後、行方不明になっていた」
二人の説明から、エドはすぐに行動に移した。
座席から勢いよく立ち上がる。
「降りよう!」
「む?降りるのは、リゼンブールという町ではなかったのか?」
「そういう研究をしてた人なら、生体錬成について知ってるかもしれない!アルと荷物を降ろさないと!早く!」
まくし立てるように言うと、足早に汽車から降りようとする。
「すいませーん、降ります!」
諦めの溜め息をつきつつ、キョウコは読み途中だった本を鞄に入れてエドの後を追って走り出す。
忘れないよう家畜車両から降ろされたアルは、力自慢のアームストロングに運ばれる。
「うわ!アル、羊くさっ!!」
「好きで臭くなったんじゃないやい!!」
羊の群れから解放されたアルは早々、兄から臭いと言われて何度目かのショックを受ける。
慌てて汽車から降りるエド達の後ろ姿を、彼らの動向を監視するラストが見つめ、マルコーの名を繰り返す。
「ドクター・マルコー。ふぅん…」
汽車を降りたエド達は早速、通りすがりの町の人に訊ねる。
「あの、さっきここを通った……えーーと……」
「こういうご老人が通りませんでしたかな?」
マルコーという人物についてどう聞くべきか悩んでいると、アームストロングが手帳に老人の似顔絵を描いて見せた。
即席で描いたにもかかわらず、その腕前は見事でマルコーの特徴を捉えている。
「…少佐、絵上手いね…」
「わがアームストロング家に代々伝わる、似顔絵術である!」
それはさておき、アームストロングの意外な才能を発見したところで、似顔絵を見た町の人は声をあげる。
「ああ、マウロ先生!」
「知ってる、知ってる!」
「マウロ?」
聞き間違いかと思ってキョウコが返すと、どうやら間違いではないらしい。
疑問符を浮かべると、町の人は笑顔で答える。
「この町は見ての通りみんな、ビンボーでさ。医者にかかる金も無いけど、先生はそれでもいいって言ってくれるんだ」
「いい人だよ!」
「ああ。絶対助からないと思った患者も、見捨てないで
実際にマルコーに治療してもらった男は、大怪我を負ったはずの膝を打ちながら豪快に笑う。
「おお。オレが耕運機に足を巻き込まれて死にそうになった時も、きれいに治してくれたさぁ!!」
女性は両手を広げ、治療中の様子を表現する。
「治療中に、こう…ぱっと光ったかと思うと、もう治っちゃうのよ」
「そうそう」
町の人に聞き込みを続け、マルコーの行方を探し、エド達は歩く。
家探しをする途中で、町の人の言葉を思い出していた。
「光……」
「うむ。おそらく、錬金術だ」
「そうか。偽名を使って、こんな田舎に隠れ住んでいたのか。でも、なんで逃げたんだ?」
不思議そうに首を傾げるエド。
すると、キョウコが思い出したように口にした。
「大佐から聞いた話だと、ドクターが行方不明になった時に極秘重要資料も消えたそうよ。ドクターが持ち逃げしたと、もっぱらのうわさだったけど…」
「我々を、機関の回し者と思ったのかもしれん」
町の人に教わった住所に近づいてきた。
小さな庭を持つ石造りの家。
しかも近所に他の家はないようで、実に寂しい辺りだった。
階段を登り、エドが前に出た。
玄関に辿り着くと、ノックをして扉を開ける。
「こんにち…わ」
次の瞬間、目の前に飛び込んだ光景に固まった。
すぐ目の前に突きつけられたそれが銃口と気づいた時には、そのまま発砲された。
「うお!!」
驚く暇もなく避けると、そこには銃を手にしたマルコーが怯えた表情で立っていた。
「何しに来た!!」
「落ち着いてください。ドクター」
キョウコが声をかける横で、エドはよっぽど驚いたらしく、心臓に手を当てていた。
「私を連れ戻しに来たのか!?もう、あそこには戻りたくない!おねがいだ!かんべんしてくれ……!」
次に、アル入りの木箱を担いだアームストロングが否定する。
「違います。話を聞いてください」
「じゃあ、口封じに殺しに来たのか!?」
「まずは、その銃をおろし…」
「だまされんぞ!!」
銃を握る手に力がこもり、緊張で震え、声を裏返しながらも強めの口調でマルコーは拒否する。
いくらなだめても話を聞いてくれず、エドは二人の駆け引きを心配そうに見守る。
ついに、アームストロングの堪忍袋の緒が切れた。
「落ち着いてくださいと言っておるのです」
「「アル!」」
アル入りの木箱を投げつけ、強制的に黙らせた。
そのおかげか、やっと落ち着きを取り戻したマルコーは部屋に招き入れ、イシュヴァール内乱の後、行方不明になったか、その理由を語り始めた。
「私は耐えられなかった…………上からの命令とはいえ、あんな物の研究に手を染め…そして、それが東部内乱での大量殺戮の道具に使われたのだ…本当にひどい戦いだった…無関係な人が死にすぎた…」
凄絶な闘争、戦いが持つ陰惨な情景がよみがえり、マルコーは表情を歪める。
「私のした事は、この命をもってしても、つぐないきれるものではない。それでも、できる限りの事をと…ここで医者をしているのだ」
「いったい、貴方は何を研究し、何を盗み出して逃げたのですか」
キョウコが訊ねると、マルコーは目頭を押さえて迷った挙げ句、弱々しい声音で答えた。
「賢者の石を作っていた。私が持ち出したのは、その研究資料と石だ」
「石を持ってるのか!?」
「ああ」
マルコーはおもむろに立ち上がると、薬品が並べられた棚から小瓶を取り出す。
「ここにある」
中には、真紅の液体が入っていた。
四人は、想像していた物とかけ離れた賢者の石に呆然とする。
「『石』って…これ液体じゃ…」
するとマルコーは瓶の蓋を開け、中身を机の上に垂らす。
「「ええ!!?」」
エドとキョウコが思わず叫ぶが、それは疑問に変わる。
「「……え?」」
液体は飛び散らずに、楕円形となって机の上にとどまった。
キョウコとアルは興味津々に見つめ、エドは指でつつく。
「うわ」
アームストロングも興味深そうに顎に手を当てて観察する。
キョウコが石を見つめながらじっと考え、小さな口から言葉を紡ぐ。
「『哲学者の石』『天上の石』『大エリクシル』『赤きティンクトゥラ』『大五実体』。賢者の石にいくつもの呼び名があるように、その形状は石であるとは限らない…」
かつて太古の錬金術師達が作ろうとした、魔術と科学の到達点。
無機物、生物、あらゆる物体の根底を設計し直して別物を生み出そうとという発想の
けれど、結局誰も到達できなかった夢物語の産物。
形状そのものが石とは限らないように、賢者の石にも様々な呼び名がある。
言葉の意味を察したマルコーは黒髪の少女の冷静な思考に、感嘆の声を漏らす。
「ほぉ。君は頭がいいね」
「ありがとうございます」
「だが、これはあくまで試験的に作られた物でな。いつ限界が来て、使用不能になるかわからん不完全品だ。それでも、あの内乱の時、密かに使用され、絶大な威力を発揮したよ」
エドの脳裏に、リオールで遭遇したコーネロが持っていた指輪型の赤い石が浮かぶ。
(不完全…そうか、あいつが持ってたのは…)