【外伝】ポケモン博士と安楽椅子探偵
巫女服の上に金色の羽衣を纏い、白髪を金色の留め具で束ねている。顔に皺があるが若々しい雰囲気をしている女だった。
「教主の鈿女(うずめ)と申します。ここにいらっしゃるということは、あなた方も大切なポケモンを亡くされたのですね?」
「ええ、はい、私の……」
工藤がゆったりと答えた。
「私のヒマナッツが行方不明になり、先日亡骸が見つかりました。こちらでは亡くなったポケモンを生き返らせてくださるのでしょう? どうか私のポケモンを蘇らせてください」
工藤が一息にそう言ったことに宇津木は頭の片隅で驚いた。彼の懐疑心はどこかへ行ってしまったようだ。
鼻息を荒くする工藤を、鈿女と名乗った教主は静かに見つめた。
「それはお気の毒でした」
教主はそう言うと、部屋に置かれた台、本尊を奉っていると思われる仰々しい舞台に上がった。
「ご安心を。私がホウオウの力をもって、あなたの願いを叶えて差し上げましょう」
「ほ、本当ですか!」
工藤は半身を飛び上がらせた。教主は大きく頷くと、二人に背を向け、本尊と向かい合うように立った。
いよいよ始まる。宇津木はただひたすらに目を見開き、鼻息荒く教主の動きを見守った。
舞台の上には漆の棚と、それを囲むように燭台が何本も置かれている。各所に施された金の装飾に蝋燭の灯りが反射し、辺りは輪郭のない輝きに包まれている。
教主は金の羽衣を翻し棚の前に立った。棚にはホウオウを模ったらしい木の人形と、“不思議な紋様”の大きな丸石が飾ってある。教主は両手を広げ、翼が羽ばたくように上下左右に揺らした。
「御鳥に畏み畏み申す」
甲高く、それでいて重い声が腹の底に響いた。教主は祝詞を唱えながら、金色の腕もとい両翼をはためかせ、舞台の上をすすり歩いた。
教主の背中を目で追い、その声をじっと聴く。そんな内に宇津木は頭が一層熱くなっていくことを覚えた。
慣れない正座で固まっていた体が温かい浮遊感に包まれる。視界がぼんやりとした輝きに包まれる。その中を金色の鳥がゆっくりと羽ばたいている。水に溶けたように輪郭が無くなっているのに、その羽の一枚一枚だけはしっかりと視認できる。
ホウオウという呼び名の由来は、ある地方に伝わる美麗な霊鳥だそうだ。
死後の世界というものは、この世のあらゆる苦しみや穢れから解き放たれた、美しい場所だそうだ。
宇津木の痺れた頭はそんな言葉を思い出していた。
「――……御霊をここに。甦えらせたまえ」
ぱん!
鋭い音が、文字通り宇津木を我に返らせた。
教主は大きな丸石の前で、二回、拍手をした。
すると丸石に“ヒビ”が入った。蝋燭とはくらべものにならない鋭い光が辺りを包んだ。“何かが割れる音”が響く。視界は完全に光で満たされた。
「っ!」
息を飲む音がする。それが宇津木のものか、隣に座る工藤のものか、それとも両方か、判別する余裕も無く、ただ固唾を飲んでそれを見守った。
光が収まる。
再びぼんやりとした明かりだけの世界に戻ると、宇津木は辺りを見回した。隣に座る工藤が手を震えさせながら舞台を指さしている。
「なん、だ……?」
舌足らずに宇津木が尋ねた。目線を彼の指さす方へ向けた。
――……背中を向けていたはずの教主は、二人と向き合って立っていた。
彼女の腕の中に黒い影がある。影はもぞりと動き、鳴き声を上げた。
その声を聞くや、工藤が慌てて立ち上がった。
「ま、まさか!?」
「儀式は終わりました」
教主は落ち着いた口調で台を降りた。工藤の前に立つと、腕の中のものを改めて見せた。
彼女の腕の中に収まっていたものは、小さなヒマナッツだった。
ヒマナッツは体を震わせながら鳴いている。まるで“初めて吸った空気の冷たさに驚いている”ように、何度も鳴いている。
ああ!
「本当だ、この子は私のヒマナッツです! 私が進化させたんだから間違いない! もう一度生まれてきてくれたんだ!」
堰を切る工藤の声。教主からヒマナッツを受け取ると、肩を震わせ、その体に顔を伏せた。
宇津木は正座を崩せずにいた。座ったまま工藤の背中を凝視した。
――これが、ホウオウの巫女の力なのか?
宇津木は教主に視線を移した。彼女は口の端を僅かに上げながら工藤の感謝の言葉を受け取っている。あれほどの奇跡を成し遂げたあとだというのに、息一つ乱さず、穏やかに微笑んでいる。
――ああ、あれが奇跡なのか。
相変わらず痺れた頭で宇津木は小さく呟いた。
「教主の鈿女(うずめ)と申します。ここにいらっしゃるということは、あなた方も大切なポケモンを亡くされたのですね?」
「ええ、はい、私の……」
工藤がゆったりと答えた。
「私のヒマナッツが行方不明になり、先日亡骸が見つかりました。こちらでは亡くなったポケモンを生き返らせてくださるのでしょう? どうか私のポケモンを蘇らせてください」
工藤が一息にそう言ったことに宇津木は頭の片隅で驚いた。彼の懐疑心はどこかへ行ってしまったようだ。
鼻息を荒くする工藤を、鈿女と名乗った教主は静かに見つめた。
「それはお気の毒でした」
教主はそう言うと、部屋に置かれた台、本尊を奉っていると思われる仰々しい舞台に上がった。
「ご安心を。私がホウオウの力をもって、あなたの願いを叶えて差し上げましょう」
「ほ、本当ですか!」
工藤は半身を飛び上がらせた。教主は大きく頷くと、二人に背を向け、本尊と向かい合うように立った。
いよいよ始まる。宇津木はただひたすらに目を見開き、鼻息荒く教主の動きを見守った。
舞台の上には漆の棚と、それを囲むように燭台が何本も置かれている。各所に施された金の装飾に蝋燭の灯りが反射し、辺りは輪郭のない輝きに包まれている。
教主は金の羽衣を翻し棚の前に立った。棚にはホウオウを模ったらしい木の人形と、“不思議な紋様”の大きな丸石が飾ってある。教主は両手を広げ、翼が羽ばたくように上下左右に揺らした。
「御鳥に畏み畏み申す」
甲高く、それでいて重い声が腹の底に響いた。教主は祝詞を唱えながら、金色の腕もとい両翼をはためかせ、舞台の上をすすり歩いた。
教主の背中を目で追い、その声をじっと聴く。そんな内に宇津木は頭が一層熱くなっていくことを覚えた。
慣れない正座で固まっていた体が温かい浮遊感に包まれる。視界がぼんやりとした輝きに包まれる。その中を金色の鳥がゆっくりと羽ばたいている。水に溶けたように輪郭が無くなっているのに、その羽の一枚一枚だけはしっかりと視認できる。
ホウオウという呼び名の由来は、ある地方に伝わる美麗な霊鳥だそうだ。
死後の世界というものは、この世のあらゆる苦しみや穢れから解き放たれた、美しい場所だそうだ。
宇津木の痺れた頭はそんな言葉を思い出していた。
「――……御霊をここに。甦えらせたまえ」
ぱん!
鋭い音が、文字通り宇津木を我に返らせた。
教主は大きな丸石の前で、二回、拍手をした。
すると丸石に“ヒビ”が入った。蝋燭とはくらべものにならない鋭い光が辺りを包んだ。“何かが割れる音”が響く。視界は完全に光で満たされた。
「っ!」
息を飲む音がする。それが宇津木のものか、隣に座る工藤のものか、それとも両方か、判別する余裕も無く、ただ固唾を飲んでそれを見守った。
光が収まる。
再びぼんやりとした明かりだけの世界に戻ると、宇津木は辺りを見回した。隣に座る工藤が手を震えさせながら舞台を指さしている。
「なん、だ……?」
舌足らずに宇津木が尋ねた。目線を彼の指さす方へ向けた。
――……背中を向けていたはずの教主は、二人と向き合って立っていた。
彼女の腕の中に黒い影がある。影はもぞりと動き、鳴き声を上げた。
その声を聞くや、工藤が慌てて立ち上がった。
「ま、まさか!?」
「儀式は終わりました」
教主は落ち着いた口調で台を降りた。工藤の前に立つと、腕の中のものを改めて見せた。
彼女の腕の中に収まっていたものは、小さなヒマナッツだった。
ヒマナッツは体を震わせながら鳴いている。まるで“初めて吸った空気の冷たさに驚いている”ように、何度も鳴いている。
ああ!
「本当だ、この子は私のヒマナッツです! 私が進化させたんだから間違いない! もう一度生まれてきてくれたんだ!」
堰を切る工藤の声。教主からヒマナッツを受け取ると、肩を震わせ、その体に顔を伏せた。
宇津木は正座を崩せずにいた。座ったまま工藤の背中を凝視した。
――これが、ホウオウの巫女の力なのか?
宇津木は教主に視線を移した。彼女は口の端を僅かに上げながら工藤の感謝の言葉を受け取っている。あれほどの奇跡を成し遂げたあとだというのに、息一つ乱さず、穏やかに微笑んでいる。
――ああ、あれが奇跡なのか。
相変わらず痺れた頭で宇津木は小さく呟いた。