第1章

「ワタルさんっ!」

地下三階から上がってきたゴールドは扉の開いた発電室に入った。そこにはぐったりとしたカイリューとハクリュー、そして倒れているワタルが居た。

「大丈夫か!? ワタルさん!」

その体を大きく揺さぶると、彼は小さなうめき声を上げて目を覚ました。そして視界がはっきりしたのか、彼は飛び起き、辺りを見回した。
 しかしそこにあの二人はいなかった。

「くそっ……、逃げられたか」
「逃げられたって、誰に?」
「研究員、恐らく幹部クラスの爺さんとその手下だ」
「……おいらも、幹部の一人に逃げられちまった」

項垂れるゴールドに、ワタルはふっと微笑み、頭を撫でた。

「いいや、俺の方こそすまないね。そんな怪我まで負ってここを開けてくれたというのに」

血だらけの腕を見て、ワタルは顔を曇らせた。

「ううん、ワタルさんやカイリュー達だって大きな怪我は無さそうだし。良かった」
「そうだな、発電室はもうすでに停止しているし。一応俺たちの目的は達成、かな」

お互いに笑い合い、目を覚ましたカイリュー達ポケモンも含め、皆で健闘と称えあったのだった。


 アジトを出ると、そこにはチョウジ警察とヤナギ、その弟子が待っていた。警察は捕まえたロケット団を連行していた。一方ヤナギと弟子は傍らに立つポケモン達を労わっていた。
 ゴールド達の姿を見て、二人とポケモン達はすぐさま駆け寄る。

「ゴールド君! ああ、またそんな無茶をして」
「留まる所知らず、と言った所か。二人ともな」

ヤナギに目を向けられ、思わずゴールドもワタルも苦笑をした。

「警察もようやくロケット団逮捕に踏み切れたよ」
「これでこの町はもう安心だ。君らには感謝してもしきれない。本当にありがとう」

ヤナギ達は深々と頭を下げた。照れ笑いをして頭を掻くゴールドは、ふと二人の傍に立つポケモン達を見る。

「このポケモンって、二人の?」

ヤナギの傍にはイノムー、弟子の傍にはジュゴンが。二匹の面持ちは非常に凛々しく、実力がにじみ出ていた。

「そうだよ。君たちが突入した後にここから慌てて出てきたロケット団員が居てね。先生と一緒に食い止めていたのさ」
「へ~、意外だな。二人とも、トレーナーって感じはしなかったのに」

と、何気なくゴールドが言うと、他三人は顔を見合わせ、思わず吹き出してしまった。その中でも弟子は腹を抱えて笑い、ワタルは苦笑い、ヤナギは穏やかに微笑むだけだった。

「え? え?」

困惑するゴールドにワタルは教えてあげた。

「この方はチョウジジムリーダーのヤナギさんだ、ゴールド」
「え」

状況を飲み込み、もう一度。

「ええええええ!?」

まさか知らなかったとは、ワタルは大先輩のトレーナーの横顔を盗み見る。しかしジムリーダーの表情は非常に穏やかで、慈しみの目でその若きトレーナーを見つめていた。

「ゴールド」
「は、はいっ」

思わず身を固めるゴールドに、ヤナギは静かに尋ねる。

「君の出身は?」
「ワ、ワカバタウン……でぇす」
「そうか、ならばワカバタウンのゴールドよ。手を出しなさい」

恐る恐る差し出された手に、ヤナギはゆっくりとソレを置いた。
 輝く七つ目のバッジ、アイスバッジ。

「君の実力は十二分に見させてもらった。君こそこのバッジを受け取るに相応しい」

凛とした瞳と、黄金の瞳が交じり合う。次の瞬間、ゴールドは体を震わせ、バッジを天に掲げた。

「アイスバッジ、ゲットだぜ!」

 事件の経緯を聞く為にも、ワタルとゴールドは警察と共に病院へ向かった。安堵の笑みに包まれる住民たちと共に、ヤナギと弟子は二人を見送った。

          ***

 腕の治療を終えたゴールドはポケモンセンターの宿に泊まった。ワタルとは「明日カイリューでコガネシティまで送る」という約束を交わし、病院で別れた。
 その夜はさすがにくたくただった。ポケモン達も既に眠っていて、ゴールドも早々とベッドに身を投げた。

「ふい~、とりあえず寝よ寝よ」

瞼を降ろす、その時だった。ポケギアが鳴った。

「ん~、あ、クリスだ」

ポケギアの着信通知を見て、ゴールドは上半身だけベッドから起こした。
(そういえばもう随分会ってないような気がするな~。今までの事を話したら、クリス、きっと驚くぞ~)
にひひ、と笑い、ゴールドは元気に電話に出た。

「ぃよっ! クリス、久しぶり! 聞いてくれよ、おいら実は七つ目のバッジを」
『それはそれは。おめでとう』

息が止まった。知らない男の声。

「だ、誰だ!?」
『もう寝てた? 悪いねえ。でも君のクリスちゃんについてちょっと話したい事があってさぁ』
「ク、クリス!? クリスがどうした!」

慌てない、と電話越しの男は言って他の者に電話を渡した。そしてそこから聞こえてきたのは。

『久しぶりだな。くそがき』
「グ、グレイ!?」

ポケギアから聞こえてきたのはなんとあのロケット団幹部のグレイの声だった。

「な、何でお前がクリスのポケギアを……。クリスに何をした!」

ゴールドは叫んだ。電話越しからは忌々しい笑い声が聞こえる。

『そうかみつくなよ。ガールフレンドを取られたからって』
「だ、誰がガールフレンドだっ!」
『グレイ様、その言い方はちょっと古いです』
『やだなあ、これだからオジサンは』
『外野は黙っていろ!』

ごほん、グレイは咳払いをして改める。

『お前の仲間は我々ロケット団が預かっている』
「なっ!?」
『返して欲しければ、ここに来い』
「こ、ここって、どこだよ! クリスは!? 無事なのか!?」
『ええい、ごちゃごちゃうるさいな。とにかく俺たちの元へ来い。い。居場所は、そうだな』

にやり、そんな下品な笑みが目に浮かぶように。

『じきに分かるさ。ニュースには目を光らせておくんだな。ラジオでも聞いて』

通話が切られる寸前、ゴールドの耳に入ってきたのは彼の名を呼ぶクリスの小さな声だった。
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