ABCの罪
* * *
自分の言葉が、自分の口を使って誰かが喋っているかのように感じられる。
思考は完全に止まっているのに、言葉だけがするすると出て行くみたいだった。
Aは驚いた様子で固まったまま、俺のことを凝視していた。
ようやく、と息を吐き出した。
口をつくようにして出た謝罪の言葉は、Aに対するものだろうか。それとも、Cに対してだったのだろうか。
それとも、二人の時間を壊したことに対してだろうか。
もう、よく分からない。
赦されるとも、赦されたいとも、考えてはいない。自分が大事なものを壊し続けたことだけが確かだった。
「……謝らないでよ、B」
長い沈黙のあと、ぽつりとAが零す。
「知ってる。なんの意味もないってこと――」
言いかけた言葉が途中で、口が塞がれる。柔らかい感触に目を剥いた。
「ゆるさない」
生暖かい息が、顔にかかる。
「は……?」
何が起こったのか、理解しきれないでいる俺に、再度それは近付いてくる。
Aにほとんど馬乗りになるような形とはいえ、こんなに力が入らないことがあることに違和感を覚える。
けれど、それを拒絶はできなかった。
「D子とも、したの?」
「……なん…っ……お前、こんなっ」
「したの?」
思えば、もうずっとAもおかしくなっていたのだと、この時はっきりと気がついた。
何をしているのかとか、何を聞こうとしているのかとか、お前こそ、だとか。言いたいことはあったし、Aが相手なら言えないはずも無かった。なのに今、目の前のAには俺を黙らせる何かがあった。
「……してるわけないやろっ」
やけっぱちに吐き捨て、勢いで腕を振り払おうとするがやはりびくともしない。
その時改めて、俺は目の前のAが今までの、俺が知っているAではないのだということに確信を持った。
「嘘つき」
噛み付くようにしてまた唇を塞がれながら、殴るみたいに何度も「嘘つき」と囁かれる。
二の句が継げずに黙った俺に浴びせるように、繰り返し。
「教えなよ、D子とどんなことしたのか。怒らないから」
「おま……っいい加減に」
「あんな女に触らせたと思うと煮えくりかえりそうなんだよ。Bが俺から離れるのは、ゆるさない。絶対に」
口調も、一人称も変わっている。
「A……?」
「もう、あの頃の僕じゃないよ。B、わかってるでしょ?」
俺に名前を呼ばれて、顔を上げたAは、今までと同じ声で微かに笑う。
「僕はね、Bと一緒にいたいってCに話してたんだ。だからCは、それをかなえてくれたんだよ。――だから、Bはずっと俺と一緒にいなくちゃ。じゃないと、Cに連れて行かれちゃう」
俺には、Aが何を言っているのかわからない。
わからないけれど、この瞬間に思い出したことがあった。俺たちの通っていた小学校の屋上が、ずっと封鎖されていたってことを。
「……なんでお前、屋上に行ったんや」
Aは冷たく嗤う。
「呼ばれたからだよ」
冷たいものが、足下から俺の体を覆っていくのが、わかる。
その時やっとわかった。Cは、ずっと……。
「どっちが連れていかれるんや……?」
俺に覆い被さるようにして、Aは俺を抱きしめた。
もう動くはずの俺の腕は、何かに絡め取られたようにまだ動けない。
Aが興味もなさげに呟くのが聞こえる。
「……さあ、どっちだろ」
自分の言葉が、自分の口を使って誰かが喋っているかのように感じられる。
思考は完全に止まっているのに、言葉だけがするすると出て行くみたいだった。
Aは驚いた様子で固まったまま、俺のことを凝視していた。
ようやく、と息を吐き出した。
口をつくようにして出た謝罪の言葉は、Aに対するものだろうか。それとも、Cに対してだったのだろうか。
それとも、二人の時間を壊したことに対してだろうか。
もう、よく分からない。
赦されるとも、赦されたいとも、考えてはいない。自分が大事なものを壊し続けたことだけが確かだった。
「……謝らないでよ、B」
長い沈黙のあと、ぽつりとAが零す。
「知ってる。なんの意味もないってこと――」
言いかけた言葉が途中で、口が塞がれる。柔らかい感触に目を剥いた。
「ゆるさない」
生暖かい息が、顔にかかる。
「は……?」
何が起こったのか、理解しきれないでいる俺に、再度それは近付いてくる。
Aにほとんど馬乗りになるような形とはいえ、こんなに力が入らないことがあることに違和感を覚える。
けれど、それを拒絶はできなかった。
「D子とも、したの?」
「……なん…っ……お前、こんなっ」
「したの?」
思えば、もうずっとAもおかしくなっていたのだと、この時はっきりと気がついた。
何をしているのかとか、何を聞こうとしているのかとか、お前こそ、だとか。言いたいことはあったし、Aが相手なら言えないはずも無かった。なのに今、目の前のAには俺を黙らせる何かがあった。
「……してるわけないやろっ」
やけっぱちに吐き捨て、勢いで腕を振り払おうとするがやはりびくともしない。
その時改めて、俺は目の前のAが今までの、俺が知っているAではないのだということに確信を持った。
「嘘つき」
噛み付くようにしてまた唇を塞がれながら、殴るみたいに何度も「嘘つき」と囁かれる。
二の句が継げずに黙った俺に浴びせるように、繰り返し。
「教えなよ、D子とどんなことしたのか。怒らないから」
「おま……っいい加減に」
「あんな女に触らせたと思うと煮えくりかえりそうなんだよ。Bが俺から離れるのは、ゆるさない。絶対に」
口調も、一人称も変わっている。
「A……?」
「もう、あの頃の僕じゃないよ。B、わかってるでしょ?」
俺に名前を呼ばれて、顔を上げたAは、今までと同じ声で微かに笑う。
「僕はね、Bと一緒にいたいってCに話してたんだ。だからCは、それをかなえてくれたんだよ。――だから、Bはずっと俺と一緒にいなくちゃ。じゃないと、Cに連れて行かれちゃう」
俺には、Aが何を言っているのかわからない。
わからないけれど、この瞬間に思い出したことがあった。俺たちの通っていた小学校の屋上が、ずっと封鎖されていたってことを。
「……なんでお前、屋上に行ったんや」
Aは冷たく嗤う。
「呼ばれたからだよ」
冷たいものが、足下から俺の体を覆っていくのが、わかる。
その時やっとわかった。Cは、ずっと……。
「どっちが連れていかれるんや……?」
俺に覆い被さるようにして、Aは俺を抱きしめた。
もう動くはずの俺の腕は、何かに絡め取られたようにまだ動けない。
Aが興味もなさげに呟くのが聞こえる。
「……さあ、どっちだろ」
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