ABCの罪

      *   *   *


 サッカー部の練習後のことだった。
「A、知ってるか、この話――」
「は? え、今なんて?」
「おい! その話、本人にするのは……」
 近付いてきたチームメイトが噂話を俺の耳に入れる。それをまた別の奴が制そうとする。
「BとD子が、何? 良いから話して」
 僕は話の続きを促した。
 話を聞いた瞬間、血の気が引くような背筋の寒くなる感覚と、頭に血が上るような衝動があった。
 部活の帰り、僕はBを捕まえて、自宅の部屋へと招き入れる。
 僕との接触をあまり持ちたがらなくなっていたBだったけど、僕が「あのことについて話したい」と言うと渋々とはいえあっさりと付いてきた。
「久しぶりだよね、僕の部屋にBが遊びに来るの」
 言いながら、声が弾むのが分かって恥ずかしくなる。
「……遊びに来たわけとちゃう」
「……だね。でも、ちょっと懐かしくてーーあ、座ったら?」
 立ったままドアにもたれ掛かるBを部屋の中へと促す。
 Bは身じろぎもせず、そのままで首を振る。
「いい。すぐ終わるんやろ」
「――駄目」
 思わず低い、強い声が出た。
「は……?」
 Bの眉が、僅かに上がる。
 僕は慌てて笑みを作った。
「ダメだよ、そこじゃ誰かに聞かれるかもしれないから。……こっち来て」
 Bの手を取り、隣へ促す。
 気まずそうな、それでいて困惑した様子のBを見て、不思議に思う。
 握ったままの手のせいだろうか。この部屋のせいだろうか。
 それとも、今まであまり反抗的なことや、態度を取らなかったからだろうか。そういった態度を、Bに対して取る必要がなかっただけのことだったけど。
 けど、今日は違う。
「ねえB、なんでD子とホテルなんか行ったの」
「お前があの女に逆上せ上がって、いらんこと言うてないか確認しただけや」
「……それで?」
 続きを催促しながら、掴んだままの手を引き、Bに詰め寄る。
「D子と何したの」
「なっ、なんで、そんなことお前に言わなならんねん」
「D子と付き合ってるのは僕だからだよ」
「はっ……お前、ほんまにあんな女に惚れとんのか」
 そういうわけじゃないけど。という言葉は、あえて言わないでおく。
 むしろ、なんのために。と思うとBの腕を掴む手に力が入る。
「お前、そんなこと聞き出すために俺を呼び出したんか」
 Bがムッとしたのが分かる。
 腕を振りほどこうとしていることも。
「ダメだよ。Bは本当に……“あのこと”を引き合いに出すとほいほい付いてきちゃうんだから」
 僕は大きく、これ見よがしに溜息を吐いてみせる。
 Bの空いた方の手も掴んで、左右の床に押さえつけた。
「そうやって、すぐ頭に血が昇っちゃうのも。そんなだから、Cもこうなっちゃったんだよ」
「おまえ……なにを……」
 Cの名前を出したら、脳裏に彼のことが、昔のことが思い出される。
 小学生の頃、Cと知り合ったのは僕が転校してきて、Bと親しくなってしばらくのことだった。
 転校してきたばかりの僕は、大人しくて引っ込み思案で、得意なことも好きなこともない、つまらない子供だった。
 僕がそうでなくなったのは、Bがクラスに馴染めない僕に声を掛けて友達になってくれたからだ。
 当時のBはクラスの人気者で、勉強もできてスポーツが得意で、ちょっとヤンチャだけど気さくな人気者だった。
 Bは僕を気に掛けてくれて、僕の友達はBだけだった。けど、Bの友達は僕だけじゃなかった。だから他の友達に連れられたBをよそ目に、一人になることもあったのだ。
 そんな時、誰もいない屋上で知り合ったのがCだった。
 Cは、ひとりぼっちの僕を自分と重ねていたようで、心配してくれていたんだと思う。
 僕にとってのBは一番の友達で、憧れの存在だったけど、Cは僕に近い子だと感じていた。控えめで、大人しい。友達の少ないタイプ。
 ふんわりとして優しいCと一緒にいるのは落ち着くし、話もたくさん聞いてもらえた。実家のような安心感――というやつだったんじゃないか、と思う。
 そういう意味では、Bとは違う。Bは、それまでに無かった世界へと足を踏み込む楽しさと、スリルにも似た刺激を与えてくれる。絶えず飽きることがなかった。
 どちらも大事な友達。だけどあの頃、もしもどちらかとの時間を選ばなくちゃならないことがあるなら、きっと僕はBを選んでいただろう。
 多分そう、僕はCがいなくなることを知っていた。
「――Cは、さ。いつも屋上で僕に声をかけてくれたんだ。『今日も一人なの?』って。あの頃僕にはBしか友達がいなかったから。僕が屋上に行くのは決まってBが他の子といなくなっちゃった時だった」
 Bはほんの少しだけバツの悪そうな顔で、目を背ける。
「でも、だから驚いたな。Bが屋上に来て、僕とCをあの場所に誘ったときは。――僕たちが屋上にいるって、知ってたの?」
「校庭から見えてたしな。誰も気付いてへんかったけど」
「そう、なんだ……。あの時、Cと二人になるの、Bは初めてだったよね。何を話したの」
「……なんで、そんなこと今更……覚えてへんわ。あんな昔のこと」
「本当に? 俺は、BがCと二人で仲良くなってるんじゃないかって、何で母親から用を頼まれたのが今日なんだ――って、そんな風に思ったことを今でも思い出すよ」
 乾いた笑みを漏らしながら吐き出した独白に、Bが低く囁く。
「……なんも、話すことなんかなかった。こいつと遊ぶためにお前を誘ったわけじゃないとか、そんなことを考えてた。……と、思う」
 え、と顔を上げる。顔を背けたままのBが続けた。
「お前が待ち合わせ場所に来んから、迎えに行くかどうかとか、そんな話はした。けど、アイツお前んち知らんっていうから、そこまで親しくないんかって思ったらお前んち教えたくなくて、先に行こうって言って連れ出したんや」
 そう言いながら、何かを思い出したようにBの表情が見る見る変化していく。
「――ああ、そうや。あの場所で、Cに、こんなところでいつもお前と何してるんかって聞かれた。俺がAに何かするみたいなことを、言われて……あいつ、ずっと俺を監視するみたいな目で見てるから、余計に腹が立って。お前になんかしてんのは、あいつの方じゃないんかとか。そんなこと思ったら、……いや、それ以前にお前とアイツが一緒にいるんも気にくわんかった。お前らが楽しそうにしとったから、邪魔しようと思って声かけたんや」
 感情的になったかと思われた声が、徐々に冷静さを取り戻し、淡々としたものになっていった。最後は諦めたような、疲れ果てたかような表情と、声で、ようやく向けられた視線も、俺を映してはいない。
「……悪かった」

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