第14話:甘味に紛れた毒の味

「紅茶、いい匂いじゃない? いつものと違うっていうのも新鮮でいいね」

 程なくして訪れたのは、紅茶の匂いが鼻に伝う、忘れかけていた本来の目的である時間だ。いつもと種類が違うらしい紅茶に、お姉さんが意気揚々と笑みを浮かべるところを見るに、どうやら相当それを楽しみにしていたらしい。
 大きめなお皿の上で、既に切り分けられているケーキが綺麗に重鎮している。果たして誰がこの量を食べるのか、正直なところ見ているだけで胃が埋まりそうな程だった。手際よくお皿に取り分けていくのは当然従者で、どうやらこの人がこの前名前だけ聞いたレイナという人らしい。貴族と従者、というには少々距離が近いようで、服装を気にしなければ友達に近いようにも見えた。
 すっかり客人となってしまったオレは、ロエルさんの隣の椅子に腰掛けていた。さっきまではそれなりに騒いでいたせいか、こういう扱いをされるとなんとも居心地が悪くなってくるのを感じながら、ただひたすらオレは客人に徹していた。決してぼうっとしていたわけではないが、ようやく聞こえたカタリという控えめな音に思わずはっとした。目の前には、要望通りのクランベリーのケーキが置かれた。砂糖の蜜で艶やかな朱は、どこからともなく落ちる光を反射して一層輝きを増している。正しく旬と呼ぶにピッタリだろう。
 食べて食べて、とお姉さんにそう急き立てられたオレは、適当な返事を返しつつ添えられたフォークを手に取った。どこか期待に近い視線が痛いほど刺さってくるが、出来るだけそれを視界に入れないようにしながらケーキの先端に注力する。抵抗を感じる柔なそれに、少しだけ力を込めた。
 誰かに見られながら何かを食す、という状況なんてそうは起こらないからか視線が気になってしょうがないが、それよりも勝つのが食欲というものだ。

「うまっ」
「甘……」

 同じタイミングで発せられた、違う言葉。無意識的に左隣に座るロエルさんを見ると、僅かながらに眉を歪ませているのが分かった。
 ロエルさんの手元にあるのは、ナッツが沢山散りばめられているいかにも香ばしさと共に食感が楽しそうなタルトだ。

「ロエルさんって、甘いの好きじゃないの?」
「……別に、甘いってだけで嫌いとは言ってない」
「ふーん?」

 それだけ言うと、ロエルさんは手にしているフォークをタルトに刺した。よくよく見ると、タルトとナッツ特有の食べにくさに苦戦しているだけだったようで、これに関してはオレの考えすぎだったらしい。それなら紛らわしい感想を言わないで欲しいものだけれど、その様子をオレは思わずフォークを噛みしめたまま眺めていた。

「……なに?」
「いや、うん。面白いなって思って」
「は?」
「それにしても来てよかったわー。あれ以来食ってなかったからなぁ」
「あれ以来……?」

 首を傾げながらそう口にするお姉さんに、オレはさも当然というように答えを提示した。

「甘いモン好きって言ったって、流石に毎日は食べないっしょ」
「そうなの? ちょっと意外かも」

 意外と言われるほど甘いものの前ではしゃいだ記憶は無いが、もしかして自覚がないだけで、誰が見ても分かるくらいに意気揚々としていたのだろうか? もしそうだとするなら次からは気を付けないといけないかも知れないが、そうは言っても既に手遅れだし、恐らくは到底無理だろう。

「あ、そうだ。ネイケル君にひとつ、聞いてもいい?」

 ふと、何かを思い出したかのように、ロエルさんのお姉さんが改めてといった様子でオレの顔をまじまじとオレの顔を見つめてくる。交わる視線に、どうにも息を詰まらせてしまった。

「ネイケル君って前髪長いけど、邪魔にならない?」
「あー……これ? 邪魔っちゃ邪魔だけど、もう慣れたっていうか」
「見にくくないの? それによく言うじゃない。目も悪くなるって」
「んー……」

 純粋な疑問なのか、それとも他の意図があってなのか。どちらにしても答えに困る質問だった。別にお洒落でやっている訳でも、この髪型が好きなわけでもない。目が悪くなるというのは確かに聞いたことがあるけれど、それは別に些細なことで、もっと言うなら別にどうだって構わない。

「あんまり、変わんないかな?」

 だから、こういう中途半端な答えしか言うことが出来なかった。
 何かを誤魔化すようにして笑みを浮かべたオレに少し疑問を持ったのか、お姉さんは僅かに思案しているらしい。お姉さんが考えていることは流石に分からない。変に勘繰られなければいいのだが、何かマズいことでも言っただろうか?

「……なに?」

 そして、お姉さんの他にも隣にもうひとりオレを横目で見ている自分物が居た。

「いや……。腹立つなって思って」
「え、酷くない? オレなんかした?」
「さあね」

 適当な返事が返ってきたかと思うと、ロエルさんはやっとフォークを手に取ってタルトを口に含む。ようやく訪れた二回目の行為によって生まれた隙が、オレの手までも動かした。

「あ……」

 フォークが持たれているオレの手は、ロエルさんの前に置いてあるケーキへと素早く向かう。オレの口に運ばれるまでの流れは、ロエルさんが苦戦していた時よりも比較的スムーズだった。

「なんだ、美味いじゃん」

 ナッツとタルト生地を口に含んだまま、オレはニヤけざまにそう言った。
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