12話:知られてはいけないこと

「昔からさ、ああいうの見えちゃうんだよね。別に見たくて見てるわけじゃないし、放っておいたって誰かに何か言われるわけじゃないんだけど……」

 やっぱり見てていい気分じゃないし、少なからず悪影響はあるから。何となく気になってしまう。そういう類いの言葉を口にしたのは、はじめてだった。

「まあ別に、だからって今日みたいに相手にすることは余りしないけど」

 という言葉を一応付け足して、一旦おれの話は終わりを告げる。学校を出て暫く、帰路を共にして以降おれは神崎君のことを視界に入れることはしなかった。恐らく神崎君もそうだっただろう。
 見る必要が特別あるわけでも無かったからというのはもちろんだけど、視界に入れるという行為を自然と拒んでいたんじゃないだろうか。

「俺にも幽霊が見えたのは、お前がいたからか?」

 現実味のない言葉が彼の口から飛び出してくる。それに違和感を覚えたのは、きっとおれだけではなかったはずだ。

「さあ……。それだったら、姉さんも見えてないとおかしいし。考えられるとするなら――」

 思い当たる節が全くない、というわけでは勿論なかった。
 あの栞は姉さんが好きで作ったもの。でも姉さんは見えない側の人だっていうことは知っているから、もしかしたらおれ自身の力が知らない間に込められていた、なんてことがあったのかも知れない。
 その力というのもが何なのかは余りにも曖昧で明言は出来ないけれど、端的にかつ単純に言うのなら『霊力』というものが当てはまるのではないだろうか。もしそれが近くにいる幽霊に反応したのだとするなら、一応辻褄は合う。小学生の時の出来事だって、それなりに説明はつく。だけど――。

「……いや、どっちにしてもさ、もうそういうの止めてよね。後つけるとか趣味悪いよ」

 そんなこと、視えない側の彼に言ってどうするのだろうか?などという思考が、おれの口を妨げた。
 結果的には、それがよくなかったのかも知れない。

「それは無理だ」

 神崎君の口調が、いつもより研ぎ澄まされたように聞こえた。

「……なんで?」
「なんでも」

 いつも多くのことを口にはしないこの人の主張に、思わず怪訝な顔が隠せなかった。

「いやだって……神崎君だって嫌でしょ?おれについていって視たくもないものが視えるとか。何があるかだって分からないし」

 普段怒らない人間学部怒ると怖い、のような典型的なモノだったと言っていいだろう。これが、世間で言うところの怒っているに値するかは微妙なところだけれど。

「それ、お前だって同じだろ?」

 こういう時の彼は酷く頑固であるということが分かるのは、もう少し先の話だ。

「普通はこういうのに余り関わりたくないとか思うんじゃないの?」
「だから、それはお前だって同じって話」

 同じ言葉を繰り返して、彼は続けてこう言った。その間、彼はおれのことを視界には入れていない。

「見たいとか見たくないとか以前に、得体の知れない奴がそこに居たからとか、見えたからって理由だったとしても、何が起こるかも分からない状況の中なら、別にお前が何とかしようとする必要もないんじゃないのか?」

 おれらの進む足が止まっていたのは、一体いつのことだっただろう。

「……あの時から、ずっと不思議だった」

 こんなに喋る神崎 拓真という人物を、おれははじめて見たかも知れない。

「お前がいつも誰も居ない場所を見て呆けてた時も、それを指摘して何でもないって言われ続けてた時も、誰もいない砂場の中でまるで誰かがそこに居るとでも言いたげに花を差し出してたあの時も、ずっと問いただしたかった」

 だからこそ、その彼の言葉全てを理解するのには少なからず時間が必要だった。

「でもまあ、それはしない方が良いんだろうなって思ってずっと言わなかった」

 最初から、出会った時からこの男は全て把握していたという事実は、到底受け入れがたいものだったのだ。

「だから言わなかったけど、そういうのはもう止めた」

 それでも、この男の言葉全てを聞き逃してはしてはいけないのだと、そう思った。

「今日みたいなことがこれからも起きるんだったら、俺は怒るぞ?」

 聞き逃すまいとしたこの言葉に、おれは酷く動揺した。

「……なんで、神崎君が怒るわけ?」

 自身に突き刺さる全ての語彙に反感が生まるのは、必然だったと言ってもいい。

「さっきから、所詮見えない奴の戯れ言みたいな顔してるよな」

 全て分かった上で、この男は今おれに問いを投げかけている。

「俺はそういうの見えないから、お前がどう思ってるかなんて分からないけど……」

 結局のところ、彼が何を言いたかったのかというところまで、この時点でおれはまだ理解できていなかったのだ。

「今日みたいなこと、お前がやる必要あるのか?」

 この質問はおおよそ二回目。但し、彼は簡単な言葉に切り替えた。

「……まあ、ないだろうね」

 それが分かった時、この人の問いからは逃げられないとそう思った。

「でも、それなら何でああいうのがおれに見えるのかって話になってくるでしょ?そこまで一体誰が説明してくれるの?」

 ……はじめてだったのだ。

「……別に、視たくて視てるわけでも、ああいうことをしたくてやってる訳じゃない」

 こうして、誰かに「やる必要ないんじゃないか」と言われるなんていうことを、想定なんてしていなかった。

「ただ、ああいう存在を認識した上で放置っていうのは、ちょっと薄情が過ぎるでしょ」

 しかも最初から気付かれていて、それを黙っていた?

「単に視えるっていうだけじゃない。それ相応に対処出来る術がおれにあるってことは、だよ」

 そんなことを言われてしまっては、非常に馬鹿馬鹿しくなってしまう。

「……知らない誰かにやれって言われてるみたいで、気味が悪いよね」

 言葉の繋がりに、齟齬が出る。
 それでも言いたいことを口にしたくなってしまったのは、全てこの神崎 拓真とかいう男のせいだ。
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