12話:知られてはいけないこと
「……なんて、ね?」
今更そんなことをしたところで特に意味がないと分かっていながらも、取りあえず笑みを繕うところがなんともおれらしく、同時に馬鹿馬鹿しくもある。その点、神崎君はどうだろう? ……彼を視界に入れるということはしたくない。だが、いつまでもそういうわけにもいかないのだ。
「そこまで言うなら、これからは神崎君にバレないようにすればいいわけだ」
足を翻して一度彼と目が合うと、神崎君はおれのことを視界に入れて放してくれない。その実直な瞳は、きっとおれとは真逆だろう。
「……俺は今、お前と話してるよな?」
だから、この人の言葉は毎回予想が出来なくて驚いてばかりなのだ。
「他に誰もいないけど」
突然の質問に、おれは肩を竦めた。辺りは今、おれの目に写っている範囲に誰もいない。こう言えば十分だろう。
「なら、これまでの話の中でお前の本心はどこにあった?」
神崎君のその声によって、どこか他人事だった今までの言葉が地に落ちた音がした。
「それだけ教えてくれればいい」
思わず眉を歪めてしまう中、おれは疑問を提示する。
「……聞いてどうするの?」
「聞いてから考える」
「今から言うことが本心とは限らないよね?」
「それならそれで、また考えるよ」
いつもの彼とは違う、少し強めの口調がおれを黙らせた。
「もういいだろ、別に。隠す必要が無くなったんだ」
どうしてここまでおれの話を聞きたがるのかと今でも疑問に思ってしまうほどに、二つの水晶はとても澄んでいたと言っていい。
「いや、違うか……」
だが、その澄んだ瞳に僅かに陰りもあった。……そうさせているのは、一体誰だ?
彼は、自分に言い聞かせるかのように口を動かした。
「俺は話を聞くぐらいしか出来ないから、きっとお前の気は晴れないし、多分俺も全部は理解が出来ない」
こうもしつこく彼がおれの真意を突こうとしている理由は、一体何なのだろうか?
この期に及んで目を逸らすなどという行為は、到底許されるものではない。
「……悪い」
神崎 拓真という人物に、心配をされていた。
そしておれは、今までそれに気づかなかった。
……一体何故、彼がそのセリフを口にしなければならないのか。おれには理解が出来ない。でも確実に、おれがそれを言わせている。
「……それ、神崎君の言う台詞じゃないでしょ」
おれは何だかんだと理屈を並べているけれど、彼の行動理由は単純だった。だとするなら、失笑もいいところじゃないか。別に、神崎君がどうってわけじゃない。いつかはバレることだったのなら、早々にバレてよかったのかも知れない。
でも、本当なら言わないで済むほうがよっぽどマシだった。どうやったって存在してしまう、おれの意図しない人との溝が張り巡らされていることが、気に入らなかった。
だからいっそ、嫌われた方がマシだった。本当に、ただそれだけだった。
「神崎君の言いたいことは分かってる。分かってるつもりなんだ。でも、実際に目に入るとどうしても無視が出来ない。無視したところで誰に何を言われるわけがないのに、それが出来ない」
……あの時も、そうだった。神崎君に聞こえているかどうか、それくらいのか細い声で最後にそう付け足した。
少しだけ考える猶予が与えられたかのように、沈黙が訪れる。身体に当たる僅かな風が、少しだけ冷静さを取り戻させたのもつかの間。
「ごめん、完全に八つ当たりだった」
自然と、そんなことを口にしていた。
「神崎君を怒らせないような努力はする。その辺にいるだけの幽霊だったらおれは別に何もしないし、今日みたいなことだってそう起こることじゃないと思う。おれだってゴメンだよ、ああいうのがしょっちゅう起こるのなんて」
今日は例外ってことで、許してよ。そのおれの言葉に、恐らく神崎君は納得はしていなかったのだろう。頭を掻くような仕草が、それを物語っていた。
幽霊のことはある程度理解が出来ても、それなりに時間を過ごしてきた人間のことを、おれは何も分からないのだそうだ。そう思うと、声にもならない笑みが溢れた。
口に出して言ってやりたい言葉が、どうしてもその先へと落ちていかないのが少々もどかしい。
「……なに?」
「いや……。結構喋るんだな、お前って」
それを君が言うか。どちらかと言えばこの人の方が当てはまりそうな台詞に、僅かに口角が上がる。おれは、これ以上この人の独壇場は許さなかった。
「……それ、そのまま拓真君に返すよ」
この時も、はじめてだった。
今日こんなことになったのも、至極当然のように名前を口にしたのも、紛れもなく目の前にいるこの人物のせいだ。
「ところで、本当にそれだけの理由であとつけてきたの?」
「つけてたっていうか……」
居たたまれなくなったお陰で蒸し返されたその質問に、彼は言葉を濁した。まさか、それ以上の理由が他にあったのだろうか?
「これ、返すわ」
その心配は、どうやら無駄に終わるらしい。
「ああこれ? もう読み終わったの?」
「さっき読み終わった」
鞄から出されたのは、彼に貸していたひとつの本。おれの姉さんが作った栞が、僅かに顔を出していた。聞くところによると、おれを追ったは良いものの声をかけられずにそのまま図書室で本を読んでいたそうだ。
……後をつけることは出来るのに、話しかけることはしない。順番が逆のような気がするが、それほど話しかけられないような空気でもあったのだろうか?
「……面白かった?」
それ以上詳しいことは、もう聞かないことにした。
「……そうでもなかったな」
「やっぱり? おれもあんまり好きじゃなかったんだよねぇ」
彼の手からおれの手元に渡っていくのに、そう時間はかからない。気付けば歩みが進み始めていた、なんていうことは別にどうだって構わなかった。
今更そんなことをしたところで特に意味がないと分かっていながらも、取りあえず笑みを繕うところがなんともおれらしく、同時に馬鹿馬鹿しくもある。その点、神崎君はどうだろう? ……彼を視界に入れるということはしたくない。だが、いつまでもそういうわけにもいかないのだ。
「そこまで言うなら、これからは神崎君にバレないようにすればいいわけだ」
足を翻して一度彼と目が合うと、神崎君はおれのことを視界に入れて放してくれない。その実直な瞳は、きっとおれとは真逆だろう。
「……俺は今、お前と話してるよな?」
だから、この人の言葉は毎回予想が出来なくて驚いてばかりなのだ。
「他に誰もいないけど」
突然の質問に、おれは肩を竦めた。辺りは今、おれの目に写っている範囲に誰もいない。こう言えば十分だろう。
「なら、これまでの話の中でお前の本心はどこにあった?」
神崎君のその声によって、どこか他人事だった今までの言葉が地に落ちた音がした。
「それだけ教えてくれればいい」
思わず眉を歪めてしまう中、おれは疑問を提示する。
「……聞いてどうするの?」
「聞いてから考える」
「今から言うことが本心とは限らないよね?」
「それならそれで、また考えるよ」
いつもの彼とは違う、少し強めの口調がおれを黙らせた。
「もういいだろ、別に。隠す必要が無くなったんだ」
どうしてここまでおれの話を聞きたがるのかと今でも疑問に思ってしまうほどに、二つの水晶はとても澄んでいたと言っていい。
「いや、違うか……」
だが、その澄んだ瞳に僅かに陰りもあった。……そうさせているのは、一体誰だ?
彼は、自分に言い聞かせるかのように口を動かした。
「俺は話を聞くぐらいしか出来ないから、きっとお前の気は晴れないし、多分俺も全部は理解が出来ない」
こうもしつこく彼がおれの真意を突こうとしている理由は、一体何なのだろうか?
この期に及んで目を逸らすなどという行為は、到底許されるものではない。
「……悪い」
神崎 拓真という人物に、心配をされていた。
そしておれは、今までそれに気づかなかった。
……一体何故、彼がそのセリフを口にしなければならないのか。おれには理解が出来ない。でも確実に、おれがそれを言わせている。
「……それ、神崎君の言う台詞じゃないでしょ」
おれは何だかんだと理屈を並べているけれど、彼の行動理由は単純だった。だとするなら、失笑もいいところじゃないか。別に、神崎君がどうってわけじゃない。いつかはバレることだったのなら、早々にバレてよかったのかも知れない。
でも、本当なら言わないで済むほうがよっぽどマシだった。どうやったって存在してしまう、おれの意図しない人との溝が張り巡らされていることが、気に入らなかった。
だからいっそ、嫌われた方がマシだった。本当に、ただそれだけだった。
「神崎君の言いたいことは分かってる。分かってるつもりなんだ。でも、実際に目に入るとどうしても無視が出来ない。無視したところで誰に何を言われるわけがないのに、それが出来ない」
……あの時も、そうだった。神崎君に聞こえているかどうか、それくらいのか細い声で最後にそう付け足した。
少しだけ考える猶予が与えられたかのように、沈黙が訪れる。身体に当たる僅かな風が、少しだけ冷静さを取り戻させたのもつかの間。
「ごめん、完全に八つ当たりだった」
自然と、そんなことを口にしていた。
「神崎君を怒らせないような努力はする。その辺にいるだけの幽霊だったらおれは別に何もしないし、今日みたいなことだってそう起こることじゃないと思う。おれだってゴメンだよ、ああいうのがしょっちゅう起こるのなんて」
今日は例外ってことで、許してよ。そのおれの言葉に、恐らく神崎君は納得はしていなかったのだろう。頭を掻くような仕草が、それを物語っていた。
幽霊のことはある程度理解が出来ても、それなりに時間を過ごしてきた人間のことを、おれは何も分からないのだそうだ。そう思うと、声にもならない笑みが溢れた。
口に出して言ってやりたい言葉が、どうしてもその先へと落ちていかないのが少々もどかしい。
「……なに?」
「いや……。結構喋るんだな、お前って」
それを君が言うか。どちらかと言えばこの人の方が当てはまりそうな台詞に、僅かに口角が上がる。おれは、これ以上この人の独壇場は許さなかった。
「……それ、そのまま拓真君に返すよ」
この時も、はじめてだった。
今日こんなことになったのも、至極当然のように名前を口にしたのも、紛れもなく目の前にいるこの人物のせいだ。
「ところで、本当にそれだけの理由であとつけてきたの?」
「つけてたっていうか……」
居たたまれなくなったお陰で蒸し返されたその質問に、彼は言葉を濁した。まさか、それ以上の理由が他にあったのだろうか?
「これ、返すわ」
その心配は、どうやら無駄に終わるらしい。
「ああこれ? もう読み終わったの?」
「さっき読み終わった」
鞄から出されたのは、彼に貸していたひとつの本。おれの姉さんが作った栞が、僅かに顔を出していた。聞くところによると、おれを追ったは良いものの声をかけられずにそのまま図書室で本を読んでいたそうだ。
……後をつけることは出来るのに、話しかけることはしない。順番が逆のような気がするが、それほど話しかけられないような空気でもあったのだろうか?
「……面白かった?」
それ以上詳しいことは、もう聞かないことにした。
「……そうでもなかったな」
「やっぱり? おれもあんまり好きじゃなかったんだよねぇ」
彼の手からおれの手元に渡っていくのに、そう時間はかからない。気付けば歩みが進み始めていた、なんていうことは別にどうだって構わなかった。